第62話
「こんなの捏造だ!私に変身して私がやったように撮影したんだろ!バーナード様!この女も罪人です!早く捕まえて!」
人に指差し、目を血走らせながらがなり立てるテンセイシャだが、バーナードは彼女と映像が投影されていたところを見比べてオロオロするばかりでいる。
煮え切らない態度の彼にじれた彼女が「早く!」と詰め寄ろうとしたが、それより前に王の低い声が止めた。
「証拠の捏造は一族郎党重罪と知っての発言か……?」
「は?」
迷惑そうに王を見る彼女に無知とは恐ろしいと周囲は震え上がる。王にぞんざいな言葉遣いをしたり、不躾な目で見るだけで不敬だと厳しく罰せられるのに、あんな怖いもの知らずな真似など自分にはとてもできない。
そんな中でヘスターは何を考えているのか分からない顔をしていた。
「それにお前達は前提が間違っているとまだ分からないのか?エリザベス、この馬鹿者共に説明してやってくれ」
国王は彼等に呆れたように言うと、今度は穏やかな声で昨年まで義娘になる予定だった少女に頼む。
「はい。去年から既に殿下との婚約は無効になっております。殿下とは赤の他人になった以上、そもそも彼女に嫉妬する理由も嫌がらせをする理由もございません」
痛いところを突かれて彼女はたじろぐ。大階段に呼び出した表向きの理由が理由なだけに、確かに証言が食い違ってしまう。
「で、でもそれも無効が成立してからの話だろう?以前から散々嫌がらせをしていたじゃないか!」
「そ、そうよ。それは本当よ!」
彼等は悲しそうにすれ違いざまに嫌味を言われた、また避けられたと悲しげな顔をしていた彼女の姿を思い起こす。まだ婚約していた頃の罪はどうするんだと問えば、テンセイシャもこれ幸いとばかりに同調する。
「それについても裏が取れている。既に初期の段階からエリザベス嬢、並びにそなた達の婚約者には影をつけていた。影の報告によると、エリザベス嬢達がそこに居る少女に嫌がらせなどの行為をしていたのは、一切見られなかったそうだ」
「一切」の部分を強調して言い切る王に、彼等は「そんな馬鹿な!」と悲痛な叫びを挙げる。王からしてみれば、息子や息子と仲良くしている者達が、軒並みテンセイシャに陥落されているこれまでの状況がそんなバカなと嘆きたいのだが。
「そうだ!その影って奴はきっとエリザベスに金で買収されたり脅されたりしてるんですよ!影って言うくらいだもん、そんな人間の言うことなんか信用できませんって」
彼等は一瞬少女が何を言ったのか理解できず、周囲は息を飲む。王はいよいよ自分自身を落ち着かせるように、肘掛けを掴む手をギリギリと強くさせた。
影は国王だけの命令を受けて動く諜報員の集団だ。王以外の何者にも属さず、何者にも動かされず、王の為に働く王の手足のような存在だ。
その影を信用できないと言っているということは、王の発言自体が信用できないと言っているようなものである。
ヘラヘラと王の言葉を否定した彼女にバーナード達は、自分の耳がおかしくなったのではとしばし現実逃避する。
「ここまで愚かだと、いっそ何かの喜劇に思えてくるな」
「はぁ!?それどういう意味ですか!?」
馬鹿にされたテンセイシャは突っかかるが、王は無視してヘスターに「彼女を呼んでくれ」と頼んだ。
「かしこまりました……。入っておいで!」
ヘスターの呼びかけにより扉が再び開かれ、一人の少女が入室する。パーティーに招待されていたマーガレット達の「モニカ……?」という呟きは彼女達にしか聞こえなかった。
少女はある程度前に進むと王に対し最敬礼を取る。王は顔を上げる許可を出すと同時に、「話は全て聞いている。苦労をしたようだな」と労わりの言葉をかけた。
「滅相もございません。陛下から直々にお言葉を頂き、嬉しく存じます」
答える彼女の表情はどこか晴れやかであった。
なぜモニカが重要人物としてこの場に呼ばれたのか。特に彼女と同じクラスの人間が首を傾げていると、王から説明をするよう受けたヘスターが目礼する。
「ここにお集まりの皆さんは彼女が既に負のテンセイシャだとはお分かりの筈でしょう」
ヘスターは彼等を侍らせている少女を手で指し示し、朗々とした声で周囲に彼女の正体を聞かせる。
「嘘だ!彼女が負のテンセイシャだなんて!そんな証拠どこにある!?」
何かの間違いだと抗議する彼等だが、振り返ったヘスターに無情にも、「映像の中に『アンタも転生者なんでしょ?』と彼女の台詞がありましたよね?」とバッサリ切られる。「も」と言っているということは、彼女自身が自分もテンセイシャだと認めたも同然である。
どんどん事態が悪い方向へ転がって行き冷や汗をかく彼等とは対照的に、彼女の方は全く持って訳が分からない状態だった。
彼女が混乱するのも無理はない。転生者とは、ここがゲームの世界だと知っている人間だけが持つ特権と秘密の身分の筈だ。それがなぜかモブ達にも周知されているし、彼等も反応しているのだ。
それに「フの転生者」とは一体何なのか。まさかエリザベス以外にも転生者は居るのだろうか。
もしかしてヘスターとかいう女も転生者なのか。そう思い喚こうと口を開きかけたが、何か見えないもので塞がれてしまう。ヘスターの部下が邪魔をさせまいと口を手で塞いだのだ。
「本当のアマーリエ・ニコル・クラークは不運にもテンセイシャに身体を乗っ取られた際、魂は追い出されてしまいました。では本当の彼女の魂はどうなってしまったか。ご安心ください、本当の彼女は我がリンブルクが保護しております」
それを聞いて大人達も生徒達もホッとする。前者は同じ年頃の子を持つ親として、後者は同じ学校の人間が被害に遭ったと聞いて他人事ではいられなかったのである。
「本人の希望もあり、我々は彼女がルカヤで学べるよう、モナウ家に協力を要請しました。モナウ家は条件付きで快諾してくださり、魔法が使える少女の身体を貸して下さいました」
モナウ家がリンブルクの偽名であることは王以外には知られてはならない秘密である。そこで方便としてモナウ家に協力を取り付けた形にしたのだ。条件付きということにしておけば、聞いている者達は各々妥当な条件を想像するだろうことも見越して。
「しかし本名で通学していてはテンセイシャに本物の彼女の存在が知られてしまいます。それではどんな危害が加えられるか分かりません。そこで学校に事情を説明し、全く別人の籍を用意していただきました。その名前こそがモニカ・フォン・ローウェルなのです」
衝撃の事実にモニカをよく知る者達も、知らない者達もこの場に堂々と立つ彼女に注目する。
自分が本当のアマーリエだとは名乗れず、全くの別人として過ごしたのはどれ程の心労と苦労が募ったことだろう。リンブルクに保護されたのは不幸中の幸いとはいえ、精神的負荷は相当なものだった筈だ。
一度言葉を切るとヘスターはテンセイシャの様子を窺う。何か言いたそうな雰囲気だったので、視線だけで部下に塞いでいる口を解放するよう命じた。
喋れるようになった彼女は、そんな馬鹿な話がある筈が無いと唾を飛ばして吠える。
「ハハッ!そんなのいくらでもこじつけできるじゃん!アンタの説明が本当だって証拠はなんも無いんだよ!」
この女の言っていることは全てデタラメだ。とんだ詐欺師だ。何が本当のアマーリエの魂だ。大体死霊を操れるのも胡散臭いし、それっぽいことを言ってこの場の人間を騙そうとしているんだ。
確かに自分は転生者だけど、アマーリエに転生したからには自分が本物のアマーリエなんだ。あんな偽物なんかにバーナードもみんなも取られる筈が無い。
鼻息を荒くし声高に叫ぶ少女は、この時点では自分が正真正銘のアマーリエだと信じて疑わなかった。




