第61話
「お招きいただき恐悦至極。エリザベス・ヘンリエッタ・オブライエン、只今参上いたしました」
勿体ぶった言いまわしで入って来たのはエリザベスにそっくりの少女だった。最初からこの場に居るエリザベスと区別する為か、着ているドレスこそは違うがそれ以外は顔や身長、体形に至るまで鏡写しのようだった。
「エリザベス様!?」
「もしや双子なのかしら!?」
「だとしたら何で明かしていなかったんだ?」
もう一人のエリザベスは最初に王に挨拶をすると、次に元から居るエリザベスに軽いお辞儀をする。お互いに挨拶をし合う光景は、雰囲気の違う双子の美少女が寄り添い合っているようでいて、非常に絵になっていた。これには女性も思わず見惚れてしまい、男性はお互いどちらがより好みかコソコソと話し合ったりしている。
「う……そ…………」
テンセイシャが呆然と呟き、バーナードを始めとした彼等は最早パクパクと声を出せない状態であった。
エリザベスが双子だなんて設定は無い筈なのにと考えていると、後から入って来たエリザベスが、本当の彼女なら絶対しないであろう子どものような満面の笑みを浮かべ、一瞬両手で自らの顔を隠す。
手を除けると顔は全く別人のものに変わっており、手品のような鮮やかさに周囲から「おぉ!」と興奮混じりの驚愕の声が挙がった。
しかも奇妙なことに、別の顔に変わったとは分かるが、誰もがそれ以上は認識できないでいた。一つ一つのパーツの形や大きさは理解できるのに、全体像を捉えようとすると途端に雲を掴むようにぼやけてしまうのだ。
どのような顔か認識できない。こんな芸当ができる人間はある一族しか心当たりがなかった。
「リンブルク家の次女、ヘスター・エリカ・リンブルクと申します」
エリザベスだった少女が名乗りを上げると、「あのリンブルク家の……!」「嫡男にはお会いしましたが次女もいらっしゃったのね」と周囲が騒めく。
「リ、リンブルクだと……っ!」
「なぜあの家が……っ」
バーナードも彼等もあの有名な一族の登場に狼狽える。なぜあの家がエリザベスに協力してるのか全く見当もつかないが、今の状況が自分達に不利なことだけは悟った。
まさかあの事件にリンブルクが絡んでいたなんて。だが信じるしかない。顔が認識できないなんて魔術を使われたら、信じる以外はないだろう。
「ねぇ!リンブルク家って何なの!」
アマーリエの身体を乗っ取っただけでこの国の事情を知らない彼女は、自分を置いて勝手に盛り上がっている彼等が気に食わず、少し声を荒げる。
「あ、あぁ……。君も名前くらいは知ってるだろう?死霊使いのリンブルク。死霊を従えている為王家の暗部を司っている噂もあるが、僕も父上から詳細は知らされていないんだ」
服を引っ張られたバーナードが動揺が抜けきらない声で説明するが、彼女の記憶には全く心当たりがなかった。そもそも死霊使いの一族なんてゲームには名前すら出て来なかったのに、なんでこう土壇場で知らなかった情報が出て来るのか。
バグで初期設定のシナリオのルートに入ってしまったか、自分が隠しルートの存在を知らなかっただけか。エリザベスなんて簡単に断罪して、あとは彼と結婚して勝ち組の仲間入りするだけだと思ってたのに、とんだ落とし穴だ。
でもこうなったら何としてでもエリザベスを破滅させるしかない。彼女は拳を強く握り締めた。
そうだ死霊使いだろうが暗部だろうがモブはモブでしかない。モブごときにこのヒロインたる自分が負ける筈がないのだ。
「つまり本物のエリザベスが私を突き落としている間にアンタがアリバイ作りをしていた訳ね!自分からトリックをバラすなんてバカな奴!ほらバーナード様!やっぱりエリザベスは酷い女なんです!アリバイ作りまでして私を排除しようと……」
『やっと来た。遅いから怖気づいて逃げ出したのかと思った』
チャンスが巡って来たと、彼にエリザベスの処罰をしてもらおうと媚びた目で頼み込んでいると、自分の機械染みた声が会場内に響く。何事だと振り向くと、ヘスターは魔石の付いたペンを持っていて、魔石からは映像が会場いっぱいに投写されていた。
あの大階段を背景に勝ち誇ったかのような顔のテンセイシャが大画面で映し出されている。彼女は「何これ!」と叫ぶが、映像や音声は容赦なく再生される。
『知ってんのよ、アンタ転生者なんでしょ?しらばっくれても無駄よ。どんなに見せつけてもちっとも嫌がらせしてこないし、バーナードに嫌われないよう必死で可哀想』
「こんなの捏造だ!止めろよ!このバカ!」
早くふざけた映像を消そうとヘスターに掴みかかろうとするが、身体が全く動かない。リンブルクの部下達が彼女を抑えつけているのだ。
不可解な現象と、力づくで映像の再生を止められない焦りから、被っていたネコをかなぐり捨てて再生を止めさせようと叫ぶ。
しかし焦るあまり彼女は頭から抜けてしまっていた。自分達の前では愛らしい顔しか見せていなかった少女の変貌ぶりに、バーナードも彼女を守ろうと囲んでいる彼等も、信じられない目で彼女を見ていたことを。
彼女の言う通りあの映像は捏造なのかもしれない。だがそうだと断定するには、今の彼女の姿があまりにも衝撃的だった。
彼等と違い彼女の本性など見慣れている周囲は、彼女の口から出た「転生者」という単語に、道理で常識が無い訳だと納得する。しかも言動ぶりからして負のテンセイシャの方だ。
『この期に及んでまだ強がり言ってんの?いくらアンタが何もしてなくても、私がちょっと泣けばアイツらは簡単に私を信じてくれるの。アンタは悪役らしく私に負けていれば良いのよ』
傲慢さと不敬も甚だしい言葉に周囲は不快だと更に眉を顰め、彼等のうちの誰かが「嘘だろう……」とか細く呟く。彼女がそんなことを言っていただなんてと打ちのめされそうな心を、捏造の可能性に縋ることでなんとか持ちこたえるので精一杯だ。
『『悪役』とか『負け』とか一体貴女は何を言っているんですか?』
『ふん、あくまで白を切るつもりなんだぁ』
終始冷静なエリザベス……いやヘスターに対し興ざめしたような、馬鹿にするような表情になった彼女は階段の際まで後ずさる。その時に魔法に長けている者達は、彼女が杖を隠しながら防御魔法をかけるのをハッキリと見抜いた。
『アマーリエさん、それ以上下がると危ないわよ』
『これでアンタも終わりよ』
危険だと忠告するヘスターに、彼女は更にいやらしい笑みを深めて背中から下へと落ちて行った。
重い物が転がり落ちる音と生徒達の叫び声、横たわっている彼女が意思の明確な瞳でこちらを見ると、目を瞑る。
ベンジャミンに横抱きにされた彼女の姿が遠くなり、そこで映像はストップした。
「わざわざ手紙を使って呼び出しされたと、エリザベス様から報告があったので念の為に私が囮となって撮影していたのですが、まさか自ら事件を捏造しようとはね。驚きでした」
そう語るヘスターの表情はどこか楽し気だった。




