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テンセイシャの舞台裏 ─幽霊令嬢と死霊使い─  作者: 葉月猫斗


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第53話

 その日オブライエンではエリザベスも両親も使用人達もてんやわんやであった。リンブルクの使者から手渡された手紙には、テンセイシャは最終的にはバーナードとエリザベスの婚約破棄を企んでいる旨が書かれていた。

 

 既に婚約は無効にとなっているが、テンセイシャは公の場でエリザベスによるイジメなどの罪をでっち上げて婚約破棄をするという流れにするつもりのようだ。

 

 こんなのとんでもない名誉毀損だ。しかもバーナードをけしかける為に、エリザベスがあたかも階段からテンセイシャを突き落としたかのように事件を意図的に起こす算段らしい。

 

 可愛い娘が無実の罪で貶められるようなことがあってはならない。一刻も早く反撃に転じられるよう、急ぎリンブルクの人間を迎える準備をしていたのである。


 応接室にて彼等が来るのを待っていたエリザベスは、ずっと落ち着かない気持ちでいた。とてもじゃないけど座っていられない。

 だって自分がいくら彼女のことを気に入らないからって階段から突き落とすなんて。下手したら死亡事故になってしまうではないか。しかも周囲の目からそう見えるようにするなんて。


 同級生達は今のところ自分に同情してくれるけれど、もし事件がでっち上げられたら手の平を返して自分を批判するかもしれない。

 そうでなくても「あんなことをしてもおかしくはない」と言われるかもしれない。だって自分と彼とはとうに赤の他人になっている事実を世間は知らないのだから。


「リンブルク家の方が到着されました」

「そうか。通してくれ」


 メイドが客の来訪を知らせ、エリザベスはそそくさとソファに座る。父も母も自分と同じようにソワソワとしていた。


 現れたのは当主と自分と同じくらいの年齢の少女だった。恐らくは当主の娘や身内なんだろう、目元が彼とよく似ていた。


「急な訪問になって申し訳ない、エイワーズ侯爵。隣に居るのは私の娘のヘスターです」

「リンブルクの次女のヘスターと申します」


 ヘスターはスカートを持ち上げお辞儀をする。その仕草は容姿も相まって猫のようなしなやかさを感じた。外見だけならごく普通の可愛らしい少女で、死霊を操る異端さなどどこにも見られない。


 挨拶もそこそこに早速本題へと入る。時間は有限だ。それに計画を早く練って安心しておきたい気持ちが彼等を急かしていた。


「概要は手紙にあった通りですが詳細な日付が判明しました。テンセイシャが婚約破棄を起こす日は三月二十日、バーナード殿下の誕生日です」

 

 エリザベスは向こうも考えたものだと奥歯を噛み締める。晒し上げるには最適な日だ。

 王族の誕生日では主要な貴族が集められ、盛大なパーティーが行われるのが慣わしだ。オブライエン家も王家との付き合い自体は続いているので当然招待されている。やむを得ない理由を除いて辞退など許されないのだ。


 絶対断れない日を狙って計画してくるなんて、こういうことに関してはずる賢いからタチが悪い。エリザベスはスカートをギュッと握り締めた。


「向こうの計画はこうです。殿下の誕生日の数日前に、手紙などでエリザベス嬢を指定の場所に呼び出し、周囲から見たらエリザベス嬢が突き落としたように見える角度で、わざと転げ落ちるというものです。

 人気の多い場所なら騒ぎとなりましょう。またその場所で彼等と待ち合わせなどをしていたら、必然的に彼等も目撃者となります」


 エリザベスは自分から血の気が引いていくのを感じていた。部屋は暖かくしている筈なのに薄ら寒ささえ覚える。

 

 テンセイシャが自分に悪意を持っているのは知っていた。彼女とのことで彼に幻滅する前までは、彼に好意を向けている女性達からやっかみやちょっとした嫌味は受けていたのだ。


 だがこんなことをしてまで自分を悪者に仕立て上げようとする人間は居なかった。

 他人を蹴落とす為ならどんな手段も厭わないし、その結果他人がどうなろうと自分には関係無い。悪意の塊のような人間の恐ろしさを垣間見てしまったような気分だ。

 

 いや彼女は本当に人間なのか。実は人間のフリをした悪魔ではないかとさえ思えてくる。

 

「しかしわざと階段から落ちるとは……。正気の沙汰とは思えないのですが……」


 母が青い顔で腕を擦る。人気の多い場所の階段なら一カ所心当たりがあるが、そこは距離が長いのだ。落ち方が上手くなければまず骨折は免れないだろうし、運が悪ければ死ぬ可能性さえあるのに。


「向こうはやる気満々のようでしてね。被疑者死亡も都合が悪いので、防御魔法を習得させるよう仕向けましたが」


 向こうもさすがに痛いのは嫌だったらしく、怪我を軽減させる方法を学校の図書室で探していた。そこで防御魔法を載せた本を見つけるよう誘導させたそうだ。

 

 魔法について、まだ彼と婚約していた時期に先行して座学を受けていたエリザベスは知っていた。

 防御魔法は習得が簡単で使い勝手も良いが、反面効果時間はあまり長くはない。一時間前や二時間前にかけるということはできないのである。


「軽い怪我で済んだ理由を問い詰められた際、彼女は『突き落とされた瞬間に咄嗟に防御魔法をかけた』と証言する可能性は高い。

 しかし戦いに慣れている者ならいざ知らず、戦いとは無縁な人間が暴行を加えられて一瞬で理解し、判断するのはほぼ不可能です。そこを矛盾の材料の一つにします」


 当主が言うには、魔法が使えても戦闘経験の無い人間がいきなり階段から突き落とされて、瞬時に冷静に防御魔法を張れるのは不可能なのだそうだ。精々体を丸めさせて頭や腹などの重要な部分を守れれば関の山らしい。


「実際に危害を加えられたことを理由に、殿下はエリザベス嬢に婚約破棄を突き付ける決断をするでしょう。そしてその日は衆目の目が集まる誕生日にという算段です」

「事件を起こす日は分かっているのですか?」


 父が不安げに問うと当主は頷いた。

 

「はい。3月15日、殿下の誕生日の3日前ですね」

「もうそんなに時間がないではありませんか!」


 母が悲鳴を挙げる。今日はもう3月7日、あと一週間ちょっとしかない。そんな少ない準備期間で間に合うだろうか。

 

「ですのでエリザベス嬢は向こうや彼等に知られないよう、事件当時のアリバイを作ってください。友人同士で勉強会でも、何でも良いので成るべく第三者に目撃されるようにしてください」

「ですが、呼び出しに応じなければ彼女がどうするか……」


 アリバイは作ること自体は難しくはない。しかし呼び出しに応じなかったらそれはそれで彼女は何かしでかすに違いない。なぜ来なかったのかと詰め寄るか、あるいは彼女に無視されたとバーナード達に泣きつくかもしれない。


「ええ、ですので呼び出しにはヘスターが応じます」


 当主が自信があるかのように微笑むと、彼の隣に座るヘスターが両手を叩く。すると何と自分そっくりに変わったではないか。顔だけでなく、背丈も体型も自分と寸分違わないようだ。


「このように声も変えられるので、立派に貴女の代わりを果たしてみせます」


 驚く自分達にこれだけでは終わらないと、ヘスターは更に声まで自分と全く同じものにしてみせた。


「我々の計画はこうです。エリザベス嬢のふりをした娘が向こうの呼び出しに応じます。その際に録音、録画機能のある魔石を持たせます。こちら側の視点の映像があれば向こうを突き落としていない証拠になりましょう。

 向こうが落ちた騒ぎに乗じてこちらは姿を眩まします」


 録音録画機能のある魔石はとても高価だが、魔力を注いでいる間はその場の出来事を記録できる代物だ。裁判では協力の証拠となるだろう。


 これさえあれば裁判は問題ない。しかしエリザベスにはある懸念があった。

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