第46話
「……あ、気が付いたか?良かった……。身体の具合はどうだ?」
気が付くと離れた場所に白い壁があった。いや壁だと思っていたのは天井だった。背中には柔らかな感触があって、自分はいつの間にかベッドに寝かされていたらしい。
離れていた筈のバーナードがなぜ自分の傍にいるのかも分からなかった。
「身体は別に平気だけど……?ここは……?」
起き上がるとどこかの部屋のようだった。雰囲気からして客室かもしれない。
「ここは会場の客室だよ。急に倒れたって聞いて驚いたけど、医者が言うには原因は寝不足だろうってさ」
「昨日は楽しみで眠れなかったのか?」と微笑みかけるバーナードを無視して、直前までの記憶を辿る。
エリザベスが転生者だってのは間違いなくて、それで問い詰めようとして……。そうだ!あのモブに邪魔されたんだ!
「パーティーは!?エリザベスは!?」
テンセイシャは胸倉を掴む勢いで問うと、彼は若干のけぞりながら答える。
「パ、パーティーはもう終わったよ。エリザベスも多分家に帰ったんじゃないか?」
(やられた……!)
彼女は拳を握り締める。何が寝不足だ、ヤブ医者め。あんな場面で寝不足で倒れる訳があるか!絶対エリザベスが何かして私を眠らせたんだ!
しかもそのせいで以降のイベント全部スキップされるし、あいつが余計なことしたせいで計画が散々だ。
「アマーリエ?怖い顔してどうしたんだ?……」
いけない。バーナードの前では可愛らしいヒロインでいないと。テンセイシャは引き結んだ唇を無理矢理戻した。
「折角今日を楽しみにしてたのに、寝不足で倒れたのが悔しいし情けなくて……」
本当ならエリザベスの中の奴の心を折って諦めさせるつもりだったのに、出し抜かれたなんて屈辱でしかない。しかもまだ回収していないイベントやスチルもあったのに。
「そうか悲しかったな……。なら別の日になるけど僕の城でパーティーの続きをしよう」
「えっ?良いの?」
歯噛みしていると予想外の提案に悔しさも吹き飛ぶ。そんなルートなんてあったっけ、と記憶を辿るも覚えが無い。
「勿論。参加者は僕達二人だけだからあまり賑やかにはならないけど、それでやり直しできるならしよう?」
「うん!お城でだなんて素敵!」
モブが居たところで背景なだけだし、二人きりでいられるのならむしろ好都合だ。テンセイシャは喜んで頷いた。
(なんだぁ、失敗した場合の埋め合わせパターンなんてものがあったんだぁ。知らなかったけどラッキー!)
エリザベスの中身もたまには良い働きをするものだと、彼女は感謝すると同時に嘲る。結局悪役令嬢がどう抗ったところで、世界はヒロインを救って悪役を破滅させるよう出来ているのだ。
「本当にそう言っていたのか?」
「彼女の耳だよ?もしかして部下を疑ってるの?」
その後のパーティーを無事に終えて帰宅したヘスターは父親の元へとある報告をしていた。
人気のない場所へエリザベスを連れ出そうとしても、全く動こうとしない彼女へ向けた言葉。エリザベスは聞き返していたが、護衛していた部下の耳はハッキリと聞き取った。「悪役令嬢に転生したくせにバカにしやがって」と。
つまりテンセイシャはエリザベスも自分と同類だと疑っているのだ。だからあんなにも執着し、過剰に排除しようとしているのである。
「いや、そうじゃないさ。ただテンセイシャが自分の他にも居るとして、なぜエリザベス嬢に疑いを向けるのかと思ってね」
「んー……。向こうから見た一番の脅威はエリザベス様だから、それで思い込んだとか?知らないけど?」
そういう意味かと少しだけ覗かせた剣呑な瞳を消したヘスターは、視線を上へと向けて自分なりの考えを述べる。結局は一個人の勝手な考察なので確証は持てないが。
「それよりも謎も解けてスッキリしたし、向こうの思い込みを利用出来たらなぁって考えてるんだけど、中々良いのが思いつかなくてさぁ……」
「まぁ、それを考えるのは私の仕事だ。腹の探り合いや深謀遠慮は任せてくれないか?」
首を捻るヘスターにそれは自分の領域だと父親が待ったをかける。彼女も確かに父に任せた方がスマートな方法を閃いてくれるかと思い、「それもそうだね」と素直にお願いをした。
「悪巧みよりも学生の本分は勉強だ。そろそろテストが近いんだろう?」
ヘスターはグッと言葉を詰まらせる。机に向かっての勉強が嫌なのではない。魔法のテストで合格できるか心配なのである。
リンブルク家の人間は他者には真似できない死霊術を操れる分、広く一般に知られている汎用魔法を苦手としている。ヘスターの場合は努力でなんとかなる範囲内なので比較的マシなのだが、それでも練習しなかったら赤点の可能性は十分起こり得る。
「……はーい」
今日は疲れてるから明日から頑張ろう。親が聞くと、不安になるようなことを考えながら自分の部屋に戻ろうとすると。
「くれぐれも無理は禁物だよ」
振り返ると、父の目は心配だと書いてある眼差しをしていた。もう少し信じてくれても良いのにと思いながらも、その気持ちがありがたかった。
「大丈夫。『無理』と『無茶』の違いは分かってるから」
子どもだけど子どもじゃないのだ。自分の限界値はそれなりに分かっているし、限界を迎える前に頼る大切さも知っている。
自分はまだまだ本当に大丈夫だと、安心させるように心から微笑みかけた。
パーティーから一夜明けてテンセイシャはあの男子生徒から手紙を差し出された。相手の雰囲気からしてラブレターの類ではない。何だと思っていると、強引に受け取らされる。
「それにドレスの請求金額が書かれている。期日までにきっちり耳を揃えて支払ってくれ」
(本当に持って来たよコイツ……)
昨日の今日でもう持って来るとか、城でのパーティーの日を楽しみにしていたのにテンションがだだ下がりだ。
仕方が無いので封を切って確認すると、予想よりも遥かに高い金額が書かれていた。
(嘘……!どうせ安物だと思ってたのに……!)
「無理に決まってんじゃん!こんなの払える訳ないよ!」
「なら親に事情を説明して払ってもらえ。言っておくがこっちは減額する気は無いからな」
小遣いを全額出しても払える金額じゃない。抗議をしても男子生徒はすげなく背を向けて教室を出て行ってしまった。
これにはさしもの彼女も血の気が引く。ヒロインの実家に手紙を書こうにも住所なんて知らないし、借金なんて怖くてできない。
途方に暮れていると青い顔に気付いた攻略キャラ達がどうしたのかと話しかけて来た。
誤ってある生徒のドレスにジュースを零してしまったと事実を偽って説明すると、バーナードが「なら僕が代わりに支払おう」と申し出てくれた。
「良いの!?」
「これくらいお安い御用さ。パートナーの責任を取るのは紳士の務めだからね」
彼女は喜んでこの話に飛びついた。やはり持つべきものは金持ちの男だ。ついさっきまであれだけ真っ青だったというのに、もう無敵な気分に浸っていた。
だが他の人が聞けば自業自得、彼女にとってみれば理不尽な出来事は重なるもので、テンセイシャは放課後に生徒指導室に呼ばれていた。会場のスタッフから彼女がエリザベスに掴み掛かろうとし、暴れたのが教師達へと報告されたのだ。




