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テンセイシャの舞台裏 ─幽霊令嬢と死霊使い─  作者: 葉月猫斗


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第43話

第43話

 会場が静まりかえるがそれは決して二人に見惚れてなどではない。むしろ「本当にやったよあの人達……」と、不快感を覚えているが故である。


 それを自分のドレス姿の美しさと、バーナードと並ぶ様子の似合いっぷりに見惚れているからだと誤認したテンセイシャは、鼻を高くして更に彼の腕に身体を密着させる。


 確かにアマーリエの容姿はヒロインらしく美少女である。外見だけならば大物女優にもなれる美しさであろう。


 しかし中身であるテンセイシャは他人の婚約者を伴っていた。これがどんなに異常なことか。

 既にエリザベスとバーナードの婚約は無効が成立しているが、公にはまだ発表されていない。その為周囲からは、二人の婚約はまだ続いていると認識されている。


 それなのにパーティーでまったくの赤の他人がパートナーになっているのだ。しかも本来はエリザベスが着る筈だった青いドレスまで着て。


 何という傲慢不遜、恥知らずの常識知らず。エイワーズに喧嘩を売る痴れ者。

 いくら外見は美しくても行動は醜悪の一言に尽きた。


 そんな中でも、何も考えずに彼女の見た目だけの美しさに心を奪われる人間は存在する。

 誘蛾灯のように誘われる攻略キャラ達であったが、足を向けようとした途端、鋭く温度の無い声に呼び止められる。

 

「性懲りもせず行こうとするの?」

 

 マリアスはビクリと肩を震わせる。自分よりも背が低い筈の姉の威圧が自棄に痛い。恐る恐る顔色を窺えば、姉の目は冷え切っていた。

 

 それも当然で、将来の義妹になる筈だったジュリエットとはもう赤の他人になってしまい、加えて元凶は知らずに暢気にしているときた。怒りを募らせるのも無理はない。


 家族の義理でパートナーにはなってやったが、自分はジュリエットのように優しくはない。このパーティー中は何がなんでもあの女の元に行かせないよう、目を光らせるつもりであった。

 

 これはベンジャミンの従妹も同様である。学校の生徒を経由して「女に現を抜かして醜態を晒している」と噂が広まり、今や我が一族はすっかり嘲笑の的になってしまっていた。

 

 しかも悪意ある嘘じゃなくて純然たる事実なんて、面目丸潰れもいいところだ。パートナーになったのだってこれ以上何かやらかさない為の監視目的である。

 

「あの女の所に行くのは許しませんよ」


 従妹はギリギリとベンジャミンの腕を掴む。騎士の家出身だけあってそのチカラは強い。彼は背中に冷や汗を流してそれ以上は行かなかった。


 そしてセオドアとマリアスは、瞬時に察知した教師から「貴方はそうやって相手に恥をかかせるつもりですか?」と叱られた。

 人前だからか声は荒げていないものの、聞き分けのない子どもに言い含めるような声色に、羞恥から二人は動けなくなった。


 テンセイシャはすぐ彼等が駆けつけて褒めてくれると期待して待っていた。しかしいくら待っても彼等が来る気配が全く無い。

 訝しみながら彼等の姿を探せば、パートナーの女性達に行かせないとばかりにガッチリ掴まれている彼等を見た。


 (なぁんだ、あれじゃあ無理ね)


 綺麗だ、似合っているとチヤホヤされたかったが、あんな目尻を上げた女と一緒に来られても困る。

 しかもセオドアとアランなどおばさん先生がパートナーだ。何が悲しくてわざわざ嫌味なお局教師と顔を合わせなきゃならないのか。


 まぁ良いや。バーナードは居るし彼とイチャイチャはできるかと、テンセイシャは彼等のことは頭から消し去った。

 それよりもエリザベスの居場所を知りたかったが、ダンスの時間になったのか楽団が音楽を奏で始めた。

 

 ファーストダンスはパートナーと踊る決まりとなっている。その後は規則に従って相手を変え、音楽が止むまで踊り続けるのだ。

 勿論ファーストダンスさえ踊ってしまえば後は壁の花になってもいい。パーティをどう過ごすかはその人次第である。


 エリザベス達はそれぞれの元婚約者と顔を合わせないよう、注意を払ってパートナーを変える。曲が変わるたびに相手の顔が「あの彼女が」と、驚愕の色に染まるのは見ていて愉快だった。


 最後の曲の時、エリザベスのパートナーとなった生徒は少し目を見開くと紳士らしい微笑みを浮かべる。


「珍しいですね、その色もお似合いですよ」

「ありがとう。そう言っていただけると嬉しいわ」


 彼のセリフには純粋な褒め言葉と違い、何らかの含みがあった。内心で首を傾げていると。


「貴女ならば彼の人に振り向いてもらえずとも青いドレスを選んでいるかと思っていたのですが、何か心境の変化があったのですか?」

「……いえ、単に気分を変えてみたかっただけですわ」


 確かにリンブルクが接触して来なかったら、今もエリザベスは未練がましく彼の心を引き戻そうと青いドレスを着ていたのかもしれない。


 しかしは現実には青ではなく、彼とは無関係の色である緑のドレスを着てここに立っている。それに対し訝しむ人間が出てきてもおかしくはない。

 

 特に意図は無いと説明すると、パートナーは表面上は納得したかのように引き下がったが、本心はそうではないのが見えていた。これは近いうちに自分がバーナードをとうとう見限ったのではという噂が流れるかもしれない。


 だが認めない限り、噂は噂に過ぎない。それに自分にとって都合の良いことしか聞こえてない今の彼にはその噂も耳に入らないだろう。エリザベスは念の為両親には報告しようと頭に留めておいて、それ以上は気にしないことにした。


 一回目のダンスが無事に終わり、しばらくは参加者同士の雑談や芸人による余興の時間となる。


 友人知人と思い思いに雑談する中で、当然テンセイシャに話しかけようとする物好きはバーナード以外は誰も居ない。だが彼女にとってむしろそれは好都合であった。


(さっさとエリザベスを見つけて退場させないと)


 エリザベスも自分と同じ転生者だと思い込んでる彼女は、このイベントがゲーム通りに進まないことは分かっていた。

 

 本来のゲームの流れでは、バーナードが目を離した一瞬の隙を狙ったエリザベスが、その色を纏うのは一人で充分だと、ヒロインのドレスにジュースを思いきりかけるのである。

 そして呆然としているヒロインに向かって、「あら?斬新なお色ですわね?」と嘲笑うのだ。


 ドレスを汚されたショックで、泣きながら会場から出て行き帰ろうとするヒロインを、バーナードが探し出して抱き締める。そんな流れとなっている。


 しかしエリザベスが転生者であると知った今では、このイベントは起きないとハッキリと予想できる。そんなことをすれば余計彼の心が離れると向こうも理解している筈だからだ。

 

 ならば彼女は婚約破棄を回避する為に何をするか。これは推測でしかないが、思い出のドレスを着て今までの絆を切々と訴える可能性は大いにある。

 バーナードは情に訴えられると弱い部分がある。そこを突いて彼の心を取り戻そうとする魂胆なのかもしれない。そうはさせない。

 

 だからその前にゲームとは逆に自分が彼女のドレスを汚してやれば良いのだ。無残な姿になれば彼の前には出て来られないだろうから。

 

 彼には会場を見て回りたいと言って離れ、エリザベスを探す。彼女はゲームの通りならば、以前バーナードから贈られた青いドレスを着ている筈だ。


 途中でスタッフからぶどうジュースの入ったグラスを受け取っていると、丁度良いタイミングで見覚えのある青が視界の端に映った。


 足音を立てないようその背中を追えば、好都合にも人目の少ない場所を無防備に歩いている。

 今が絶好のチャンスだ。


「エーリザーベス♪」

「はい?」


 バシャッ


「キャアッ!」


 振り向きざまに手に持っているぶどうジュースを勢いよくドレスにぶちまける。綺麗な青だった布地にみるみるうちにジュースのシミが広がり、歪なまだら模様を描いた。


 やった、やった、ざまあみろ。所詮悪役令嬢はこのヒロインたる自分の踏み台になっているのがお似合いなんだ。

 テンセイシャは愉悦の笑みを浮かべながら、ショックを受けたエリザベスの顔でも拝んでやろうと目を合わせる。


 しかし目の前に立っている少女は、エリザベスとは似ても似つかない容姿をしていた。

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