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第41話

 ダンスパーティまであと一週間弱に差し掛かり、エリザベス達はパーティ用のドレスを買いにブティックで物色をしていた。

 

 本来であれば手持ちのドレスで済ませる令嬢が殆どだが、今回のパーティは彼女達にとって特別な意味を持つ。

 婚約を無効、もしくは白紙にしてからの初めてのパーティなのだ。精神的に仕切り直ししやすいようにと、それぞれの両親が新品のドレスの購入を勧めてくれたのである。


 「色んなのがあって目移りしちゃうわねぇ」

 「折角なら普段選ぶのとは違う色に挑戦したくて……。でも迷っちゃうわ……」


 婚約を白紙に戻す際に、迷惑をかけた慰謝料として相応の金額も支払われている。金銭面は問題無い。

 

 しかし婚約者が居た者達は、ドレス選びはいつも相手とのバランスを基準にしていたので、いざ自分の為に選べと言われてもどうしたら良いのか分からず、途方に暮れていたのだ。


「色なら私が選ぶわ。ほら、フィリッパならこの色とか似合うんじゃないかしら?」


 付き添いのナタリアが一着の鮮やかな赤紫色のドレスを手に取り、彼女の身体に当てる。


「ほら。思ってた通り。やっぱり似合うわ」

「あらっ、本当だわ」


 派手な色は似合わないといつも可愛らしい色を選んでいたフィリッパだったが、意外にも鏡の中の自分はとてもしっくりきていた。

 その鮮やかな色は決して浮くことなく、彼女自身に活力ある印象を与えている。


「お嬢様のような体型の方でしたら、こちらのデザインがお似合いでございますよ」


 それまで沈黙を保っていた店員が差し出したのは、同じ色のデザイン違いのドレスである。いつも可愛らしいと称される自分とは全く違う、艶やかさを演出させるドレスだった。


「あら素敵!イメージを変えてみるのも良いんじゃない?」

「案外似合うかもしれませんわ!」

「試着室はどこかしら?」


 少し気後れして断ろうとしたのだが、友人達の手によってあれよあれよと試着室に放り込まれてしまう。

 こうなっては仕方がない。一回着てみて、やっぱり似合わなかったら別の服を勧めてもらおう。

 

 そう思い着てみたのだが。


「嘘……」


 鏡の中の自分はまるで別人のようであった。しかも良い意味で。

 カーテンを開けると友人達からの反応も好評で、口々に誉めそやす。


「凄く似合ってるわフィリッパ!」

「シースルーが色っぽくて、でも全然下品じゃない!むしろエレガントよ!」

「それにすべきですわ!」


 店員にもお似合いだと褒められ、再び鏡を見た。

 

 今まで可愛らしいと言われてきた自分。色っぽさやエレガントとは縁遠かった自分。

 しかし今はどうだ、この新しい自分は。髪型もいつものパーティー用と変えたらもっと違うものになるだろう。


 一緒に居た頃とは、影も形もない自分を見たセオドアはどう思うだろうか。驚くか、それとも違いすぎて気付かないか。でももう私には関係のないことだ。


 そうだ、初めてお茶会用のドレスに袖を通した時には、いつもと違う自分に興奮して家に帰っても中々脱がなかったって母が言ってたっけ。

 彼に長い間合わせていた所為で、服の持つ力をすっかり忘れていた。今までの自分は可愛らしいんじゃなくて、彼に合わせて可愛らしさを演出していただけだったんだ。

 

 ドレスは女の戦装束とは先人はよく言ったものだ。これならセオドアに恨みがましい目で見られようと、もう怖くはない。


「そうね……これにするわ……」


 フィリッパは新しい自分になれるチャンスを手に入れた。帰ったら母や侍女と一緒に似合う髪型の研究をしようと思いながら。


 

 ジュリエットには友人と店員の強い勧めで、薄い水色のドレスが手渡された。

 

 普段はクールでかっちりしているイメージを持つジュリエットだが、彼女達の審美眼は確かだった。

 そのドレスに着替えた彼女は普段とは一変して、透明感のある柔らかさを纏っていたのだ。


「何だか自分が自分じゃないみたい……」


 余りの印象の違いに、両手の平を頬に当てて戸惑うジュリエットだが、嫌な気持ちは全然しなかった。

 密かに憧れていたふんわりとした雰囲気の女性に自分がなれたなんて、今でも信じられない心地だ。

 

 きっとマリアスもパーティで自分を見たら顎を外してしまうかもしれない。想像するととても愉快で爽快な光景だった。


 ここまでとんとん拍子に決まり、最後はエリザベスの番になった。


「こちらのドレスはいかがですか?バーナード殿下の瞳と同じ深い青で染められたドレスでございます」


 エリザベスは店員がにこやかに勧めるドレスを見遣る。確かに彼と同じ海のような深い青の美しいドレスだった。目の確かな彼女のことだから、デザインもきっと合うのだろう。

 

 思えば自分は彼を思わせる青いドレスをよく着ていた。彼から贈られた物や自分で購入した物も含めて。

 

 しかしもうその必要は無いし、する気も無い。

 

 それにリンブルク家から手紙が来たのだ。「青いドレスは縁起が悪いので、別の色のドレスを着た方が良い」と。彼の家の忠告には従うが吉だ。


「いいわ、今回は青は止めにする」

「いかがされましたか……?」

「たまには気分を変えてみたいのよ。青以外で似合う色は無いかしら?」


 自分の不手際ではないと分かった店員は、それ以上追究せずに青いドレスを下げる。


「そうですね……。濃い色もお似合いですが、ここは御髪や瞳を引き立たせる明るい色をお勧めいたします」


 店員は並んでいるドレスを確認すると、「こちらはいかがでしょうか」と差し出す。シンプルなデザインの、明るい黄緑色のドレスだった。それでいて袖はシースルーのタックスリーブになっていて、可愛らしさがある。

 

 冒険するのはいつも勇気が要るが、ここは店だ。似合わなかったらまた違うのを選べば良い。そう思い試着してみれば、真っ先に「案外悪くない」という感想が頭に浮かんだ。


 今までのドレスは力強い印象だったが、このドレスはどことなく軽やかさを感じさせる。未来の王太子妃である高貴なイメージとは違う、パーティを楽しむ一人の少女としての自分も中々良いのかもしれなかった。

 

 カーテンを開ければ、待っていた友人達からすぐさま歓声が上がった。

 

「素敵!見惚れてしまいそう!」

「エリザベス様のお髪と瞳の色に合っていてとても綺麗!まるで花の妖精のようですわ!」

「物語やバレエの世界から飛び出たみたいだわ!」

 

 髪は陽光、瞳は花弁、ドレスは葉。綺麗な花に話しかけたら「呼んだ?」といつの間にか隣に居たような。着替えた後の彼女はそんな空想を思い起こさせる雰囲気を醸し出していた。

 

 顔をよく見ない限り、例えバーナードでも気付かなそうだ。

 でもそれで良いのだ。決して彼に認識なんかさせてやらない。彼は普段通りにテンセイシャに骨抜きにされて上の空でいれば良いのだ。

 

 その間に自分は、彼を置き去りにして自由に羽ばたけるのだから。

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