第34話
「アルベール殿下?それって本当?」
「変装はしていたがな。気付いている人は気付いているかもしれん」
ヘスターは確かと記憶を巡らせる。
周囲からは優秀な兄に比べて平凡だと言われていたそうだが、突如としてマインドスポーツの才能を覚醒させて、今や社交界で負け無しと評される程有名になった人だ。
また友人達と共同出資で大会を設立してマインドスポーツを盛り上げようとしているらしく、今回の大会も彼の行動に影響を受けた人達による開催らしい。
表で流れている情報としてはこれくらいだが、もっと何かあった筈だと更に思い出そうとする。誰かから割と重要なことを聞いたような……。そうだ、あれは。
「そういえば、ミカからアルベール殿下って隠しキャラだって聞いた気がする」
物語を知っている彼女から蛇足として聞いた情報の中に彼のことがあった。物語を二回目以降に最初から読み込むと、ある条件で登場するらしい。
「物語に登場するのが丁度この時期だって、聞いたことがあった」
「もしかしたら例のテンセイシャと接触したかもしれないな」
「どうだろう?部下からの報告で特に変わったことは無かったけど」
テンセイシャと接触があったにせよ、無かったにせよ、面倒な気配をヒシヒシと感じる。だって自分じゃなくてエリザベスと出会ったと、テンセイシャに知れたら絶対怒り狂って喚き散らすに違いない。
(ん?エリザベスと隠しキャラであるアルベール殿下が、あのタイミングで接触した?テンセイシャが主催した大会で?)
ヘスターはあれ?と違和感を覚える。そもそもアマーリエとアルベールの本来の出会いは、道を歩いている時に落とした物を拾おうとしたら手が重なった、というベタなものだ。
ミカの話の通りならあのタイミングで殿下がマインドゲームの大会に出場しているのはおかしなことになる。だってそうするとアマーリエも大会に参加しない限り出会えないんだから。
「あれ?あの人がアルベール殿下だとすると、事情が聞いていたのと大分違ってくるんだけど?」
「事情?」
聞き返すフェリックスに説明してあげる。
第二王子であるアルベールは実は兄より優秀なのだが、政治面では常に兄を立てるよう、兄より劣った存在でいろと両親や周囲に言われ続けて来た。
本当はより良い国にする為に、バリバリ政策などを打ち立てて活躍したかったアルベールは、それがままならない鬱屈とした気持ちを抱えていた。
しかしアマーリエと出会い、弟が居る姉の身として「ジョゼフ陛下も優秀な弟が居ると知ったら、きっと安心して政ができる」と自分の見解を述べる。
その言葉に目から鱗が出たアルベールは、兄と話し合って有能な政治家としての一歩を踏み出すシナリオだった。チェスを始めとしたマインドゲームなんて一切言及されていない。
それを聞いたフェリックスは目をぱちくりとさせて驚く。
「ほう?大分違うな。あの方はそんな気持ちを抱くどころか、随分羽目を外していた印象だが?」
「お兄様が聞いた殿下の話ってどうなの?」
フェリックスの話によると以前は影が薄かったが、ある時期に突如として様々なサロンに顔を出すようになった。
そこまでなら社交的になったで終わるのだが、話のネタにチェスやカードを挑まれた際にはどんな相手でも勝ってしまう。まさに誰も手も足も出ない強さだった。
そのうち忖度無しの強さが話題になって、勝負目的でサロンやパーティなどの社交に招かれ、それに釣られて人脈もえげつない早さで築き上げているそうだ。
確かに鬱屈どころか「政治じゃなければいくらでも目立っても良いんだろう?」と揚げ足を取ってやりたい放題している印象だ。
聞いていた話と随分と差異があるが、原因は大体推し量れる。アルベール殿下の身近にテンセイシャが居るか、殿下自身が最近テンセイシャとなったかだ。
「それじゃあこの国に来たのも政治とか関係無く自分の趣味の為ってこと?」
「恐らくは。多分強者の青田刈りも兼ねてるんだろうな。もしエリザベス嬢が殿下のお眼鏡に適ったら放っておく筈がないさ」
もしアルベールエリザベスの実力を認めたら、恋愛とか抜きにしても彼はその後も交流を図ろうとするだろう。エリザベスが彼の正体に気付いているのかは分からないが。
と言うことは彼がこの地を離れるまでは、自分達もエイワーズも警戒はしておかないといけない。
相手は変装しているし友好国ではあるが、他国の王子だ。もし会っている場面を政敵に目撃でもされたりしたら、どんなちゃもんをつけられるか分かったもんじゃない。
ただでさえ今のバーナードとエリザベスの仲は不仲だし、これが原因でエイワーズ侯爵は国に対して叛意を抱いていると吹聴されたら、否定のカードを切れない今は途端に不利になってしまう。
こちらとしても野心のある家よりエイワーズの方が権力を持っている現状を維持しておきたい。
しかしこれはあまり問題にはならない筈だ。アルベール殿下に大事にしたくない意思があるならば不用心に変装を解いたりはしないだろうし、その姿ならば問い詰められても、知らぬ存ぜぬで躱せば良い。
真の問題はテンセイシャやバーナードである。
彼の変装した姿を知っている可能性のあるテンセイシャが見たら、「何であんたが殿下と知り合っているの!」と大騒ぎするだろうし、バーナードも以下同文だ。
自分のことを棚に上げて「あの男は誰だ!」と周囲に喚き散らしそうな予感がする。どちらもいい迷惑でしかない。
「自衛の為にもエイワーズ侯爵側にはアルベール殿下のことは伝えておいた方が良いだろう」
兄の提案にヘスターも同意する。完全に蛇足だと思っていたから今の今まで頭の隅に追いやってしまったが、何か起きる前に思い出せて良かった。
事前に伝えておけば要注意人物に知られないよう対策が取れるし、アルベールと顔見知りにでもなれば、婚約無効が成立した後の縁談探しが捗るかもしれない。
国内で良縁に恵まれなかったら外国という線もありだ。一国の王子からの紹介であれば変な人も掴まされないだろう。
「さ、悩むのはこれくらいにして俺達は存分にサーカスを楽しもう!」
フェリックスが手を叩いて今は余暇を満喫しようと促し、ヘスターもそれに合わせて気持ちを切り替える。
姉が夫婦水入らずで旅行に出かけている今、彼女の分の仕事を引き受けて多忙な兄は、正月が終わればまた家を離れるのだから。それまでに沢山遊んでもらわなくては。
その後、リンブルク家からの手紙に道理で既視感があった筈だとエリザベス達は慌てふためくのであった。




