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テンセイシャの舞台裏 ─幽霊令嬢と死霊使い─  作者: 葉月猫斗


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第33話

「マインドスポーツ大会は中々の成功と見てよろしいのではないでしょうか?」

「素人にも分かるよう工夫した甲斐がありましたね」


 とあるサロンにて、大会の主催者達がテーブルを囲んで一先ずの成功を労い合う。初めての試みなので苦労した部分も大きいが、成功した時の喜びもひとしおだ。

 

「平民の間でもブームが起きそうな気配がしておりますわ」

「何だかんだで金は人を動かしますからね」


 今回の大会では主催者達は一つの理念を掲げていた。それは「身分問わず等しく夢を与える」というものである。

 

 そこで彼等は貴族や平民など身分で区別せず、エントリーすれば等しく参加者として扱った。それが大会をより盛り上げる為に一番重要な要素だと考えていたからである。

 無論ならず者が紛れないよう、身体検査を行ったり警備は厳重にしていたが。


 しかし理念だけ掲げていても人々が参加しようという気にならなければ終わりである。そこで彼等は優勝賞金として、平民であれば一年間は働かずに暮らせる金額を設定した。

 

 貴族ならば新品のドレスを二、三着は仕立てられる金でもある。貴族でも経済的に苦しい家は体裁に使う金を何とかやりくりしたり、あるいは借金などで用立てている状況だ。

 賞金のお陰で首の皮が繋がったというのは貴族から見ても非常にありがたい。


 人々に大金が入る夢を見させられればこちらの勝ちで、あとは周りが勝手に動いてくれる。実際に賞金の授与を見た人の中には出場を目指す者も出てくるだろう。

 まだ設立したばかりでこの金額設計は少し痛いが、盛り上がって運営が円滑になればそう遠くないうちに回収できるようになる。


 それに思いがけず嬉しい誤算もあったのだ。このチャンスを逃す手は無い。

 

「エリザベス嬢の出場は貴族の間でも今一番の話題になっておりますわ。しかもポーカーの部で優勝してしまうとは」

「あんなにお強いとは。彼女には是非今後とも盛り上げて頂きたいですね」


 そう、バーナード王子の婚約者として知られているエリザベスが出場したのだ。彼女がこういうのに興味があるとは意外だったが、どこに実力を隠し持っていたのか、随分な強さを見せつけていた。

 

 チェスの部では残念ながら負けてしまったがあれは相手が悪過ぎた。

 雰囲気からして貴族だろうがその素性は知れない。しかしチェスの腕はこれまでに見た誰よりも強かった。彼女だからあれだけ持ち堪えられたのであって、並の者だったら手も足も出ずに瞬殺されていただろう。

 

 彼等は最初こそあの青年は何者だと騒めいたが、落ち着くにつれて正体を暴くのは無粋だと詮索は止めておいた。誰しも事情はあるものだ。


「盛り上がっているようですね。ケンジはお役に立ちましたか?」

「セレスト男爵!今日もカッコイイわねぇ!毎回思い出せなくなるのが勿体ないくらい!」

 

 セレスト男爵と呼ばれた青年が彼等に挨拶をすれば、夫人の血色が分かりやすいくらいに良くなる。彼はこのサロンで商売をしている家の息子なのだが、その神秘的な容貌から夫人や令嬢に人気があった。


「いやぁ紹介してくれて感謝してるよ。私は前世で大会には出たことあれど、運営の経験はさっぱりだからね。経験者の彼が居てくれて助かった」


 「前世」という単語が出て来ても青年に驚いた様子は無い。何を隠そうここはテンセイシャが日々を暮らしやすくする為に集うサロンである。


 彼等が前世で暮らしていた国はこの世界よりも技術が高く、その恩恵に与っていたテンセイシャとしては、この世界での暮らしは地味にストレスが溜まるようなのである。

 一度快適を知ってしまったら知らなかった頃にはもう戻れないらしい。

 

 例えば文房具では、鉛筆は良いとして消しゴムの質が悪く、何度擦っても綺麗に消えない。逆に汚れが広がるだけとか。

 例えば月の障りのたびに布を使うんじゃ埒が明かない。もっと効率的に血液を吸収する物が必要だとか。

 例えば以前病院を視察したが衛生面が酷い有様だった。看護婦も専門知識が必要であるとか。


 自身がテンセイシャだと周囲に隠して生活している者達は、こうして時折集まってはどうすれば暮らしが便利になるか知恵を出し合って実行し続けていた。

 そこにリンブルクがどう関わるのかと言うと、簡単に言えば彼等への幽霊の貸し出しである。

 

 こうして集まる機会があっても、普段テンセイシャであることを秘している彼等が前世について話せないのはストレスがかかる。使用人や侍女など、身近な人間がテンセイシャであった場合は問題無いのだが、全員が全員そうとは限らない。


 そこでリンブルク家の出番である。趣味の合いそうなチキュウ出身の幽霊を紹介してもらったり、何か事業を起こしたい時などニーズに合いそうな幽霊からアドバイスをもらうのだ。


 面談をしてお互いの相性が良かったり、必要なスキルを持っていれば晴れて交渉成立。リンブルク家がおらずとも意思疎通できるよう、仮契約をして依頼に見合った金額を支払うのである。


 こうして穏やかに暮らすテンセイシャとリンブルク家は持ちつ持たれつの関係を続けているのだ。

 

「それは良かった。支払いはいつものようにお願いします」

「あぁ、また何かあったらよろしく頼むよ」


 そしてセレスト男爵と呼ばれる青年の正体はリンブルク家の長男、フェリックスである。

 長い間視察や仕事で家を離れていたのだが、この時期だけはと死ぬ気で仕事をキリの良いところまで終わらせて帰省していだ。

 

 正月もまだ開けていないのに、両親から容赦なくサロンに顔を出せと駆り出されたのは少々不遇かもしれない。だが彼は全く気にしていなかった。


「お兄様、そちらでの挨拶は終わったの?」

「ああ!ヘスター!終わったぞ」


 どんな形にせよ、家族と一緒であれば頑張って仕事を終わらせた甲斐があるというものだからだ。

 

 テンセイシャと会話していた時とは打って変わって快活な笑みをする彼に、ヘスターは本当に家族の前じゃなければ神秘的なのになと思う。

 

 フェリックスは外見と中身にギャップのある人間であった。栗色の巻毛の髪と静かな湖畔のような青い瞳、落ち着いた神秘的な容姿をしているのだが、中身は快活が服を着ているような人間だった。

 

 外ではその容貌を活かす振る舞いができる器用さを持ちあわせているので大丈夫なのだが、だからこそ他の人の目がある時と無い時の差が激し過ぎて風邪を引きそうである。


 しかしヘスターはそんな兄のことは嫌いではなかった。ちょっと暑苦しい時もあるけれど、家族想いで優しくて、落ち込んでいてもその明るさで暗い気持ちを吹き飛ばしてくれる兄のことを素直に慕っていた。


「どこか寄り道してから帰ろうか?面白そうな劇もあるし、移動サーカスも来ているみたいだぞ?」

「ごめんね?劇の方はもうアマーリエと観ちゃったの」


 今人気の劇はこの前アマーリエと見たと話した途端、フェリックスが眉間に皺を寄せて天を仰ぐ。


「ヘスターが友達と演劇鑑賞する日が来るなんて……っ」


 彼は感動のあまり少し涙ぐんでいた。

 事情が事情だからかあまり同じ年頃の子とは馴染めず、しかも一人が苦ではないのか学校に通い出しても他の生徒とは付かず離れずの暮らしをしていたヘスターに、とうとう友達ができたなんて。更には友達と一緒に遊ぶ日が来るだなんて兄としては感無量である。


 帰省した日にアマーリエとその家族とも会話をしたが、みんな善良で彼女なら妹を任せられると確信した。我が妹ながら良い子と巡り会えたものだ。


「ならサーカスにしよう!早く行かないと始まってしまうな!」


 嬉しくて仕方がない様子の兄に促されてサーカス会場へと向かう道すがら、フェリックスは思い出したように「そうだ」と口を開いた。

 

「例のテンセイシャに関係あるかは分からんが一応耳に入れておこうと思ってな。マインドゲーム大会が開かれたのはお前も知ってるだろう?」


 ヘスターは頷く。心境に変化があったのか、エリザベスが出場したことも。彼女が頷いたのを見てフェリックスは再度口を開いた。

 

「チェス部門で優勝をしたあの青年、どうやら隣国の第二王子のアルベール殿下の可能性が高いみたいなんだ」

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