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第29話

 準備の段階からしてお粗末だった彼女が真面目に作業をする筈がなく、彼等が近くに寄ってきた時だけ頑張っているフリをして、彼等が離れれば他の人に丸投げする。その繰り返しだった。


 配膳開始の時間は決まっているというのに、全体の指揮を執る生徒や監督生が注意してもサボるのを止めようとしない。周りの生徒が文句を言っても右から左。次第に何を言っても無駄と見なされ、声すらをかけられなくなったのを良いことに好き勝手していた。

 

 勿論その一部始終を教師が見逃す筈がなく、課外授業の評価は不可である。


 なんとか間に合わせて配膳を開始してもテンセイシャは動こうとしなかった。彼等が来た時にだけ急に張り切るので、並んでいた平民も「なんだこいつ?」という顔で受け取っている。

 

 その顔を使って取り早く平民からの人気を得ようともせず、彼女が何をしたいのかがさっぱり分からない。配膳の時だけ良い顔されてもそれはそれで癪に障るので別に良いのだが。

 結局彼等の前でだけ良い子ちゃんを演じていた彼女の真意は配膳の終了時に判明した。


 最後の一人も配り終わり撤収作業に入ろうとしたその時、テンセイシャは清々したとでも言いたげに声を張り上げた。


「あーあ、やっと貧乏人が引っ込んでくれた。あんなの見てるとこっちの品位が下がるわぁ」


 彼等が居ないのを良いことにこの言動。品位が下なのはどちらだという話である。それに「一つのパンを惜しむ者は百のパンを失う」という諺を知らないのだろうか。


 これは古い逸話からきており、ケチな貴族がパンを一つ欲しいと物乞いをする子どもに「誰がお前のような奴にくれてやるか」と吐き捨てて立ち去って行った。月日が過ぎて貴族の領地経営が上手くいかなくなり、ある商家に援助を求めた。

 しかしその商家のトップはあの日の子どもであり、今では成功して立派な実業家となっていたのだった。

 彼は「貴方は自分が困っている時に、一つのパンさえ与えてくれなかった」と告げて、結局援助を断られてしまったという話である。


 情けをかけない人間は情けを受けられないという教訓だが、昔は食うにも困る生活を送っていた人間が大成功する例もあれば、その逆も現実に起こり得るのだ。

 だから貴族はどんなに貧しい身なりをした平民相手にも雑な扱いはしない。身分差から鷹揚な態度は取るが一定の敬意は払うのだ。


 自分達は平民によって生かされていると躾けられた生徒達にとって、テンセイシャの発言は貴族の風上にも置けない発言だった。

 

 これには全員憤り怒鳴ろうとしたが、それよりも早く動いたのが本物のアマーリエだった。全体課外の為にクラス毎ではなく学年単位で行動していたので、偶然テンセイシャの声が聞こえる位置で作業をしていたのだ。


 完全に頭に血が昇ったアマーリエはテンセイシャに一足で駆け寄ると、その勢いのまま彼女の頬に豪快な平手打ちをしたのである。スパァンと小気味良い音が周りに響き渡る。


「…………っ!?何すんのよ!?」


 突然の痛みに一瞬呆けるテンセイシャだが、直ぐに叩かれた所を手で押さえてアマーリエを睨みつける。折角の可愛らしい顔が中身が彼女だからか、悪魔のように歪んでいる。

 

「それはこっちのセリフよ!?貴女なんて見下げたことを言うの!?それでも貴族……、いいえ人間なの!?」

「貧乏人を貧乏人と言って何が悪いのよ!こっちは貴族だってのに何でこんな貧乏人の為なんかに馬鹿なことをしなくちゃいけないのよ!」


 更に手を上げようとするアマーリエを周りの生徒達は咄嗟に抑え、暴言を放ったテンセイシャに「謝れ!」と叫ぶ。


「気持ちは分かるが落ち着け!そいつを殴ってもなんにもなんないぞ!」

「クラーク!いい加減にしろ!お前には恥というものが無いのか!?」


 運悪く教師や監督生も目を離した一瞬の出来事で、いよいよ収取がつかなくなった時だった。


「一体何の騒ぎだ!これは!」


 王族らしい威厳ある声に全員の動きがピタリと止まる。この好機を逃さないテンセイシャがすかさずアマーリエを指差して叫んだ。


「バーナード様!この人が私のことをぶった!私何も悪くないのにぶったのよ!」


 十分ぶたれるに値する所業をしていたのだが、彼女が何も悪くないと言えば彼等にとってはそれが真実となる。

 周囲が彼女の発現は嘘だという言葉にも耳を貸さずに本物のアマーリエに顔を向けた。

 

「君の名前は?」

「A組のモニカ・ローウェルです」

「ではローウェル。君がアマーリエを叩いたのは本当かい?」

「はい。どうしても許せないことを彼女が言ったのでぶちました」


 バーナードの威厳にも負けずにアマーリエは毅然と答える。しかし彼等にとってなぜ叩くに至ったのかよりも、彼女が叩かれた事実の方が重要らしい。詳細な理由を聞かずに離れた場所までついて来るよう言われ、王子に逆らうこともできずに素直に従う。


 正直怖いが後悔はしていない。彼等に目を付けられたくないからと、自分の信念を曲げてまで我慢するなんてそれこそ耐えられない。あそこで叩かなかったら寧ろその方が悔やんでいたに違いないのだ。

 

 だからどんなに彼等に責められようと絶対に負けたりなんかしない。勿論勝ち誇ったようにバーナードの腕に縋るテンセイシャにだって。

 

 彼等の背が遠ざかった後、周りの生徒はあの人達に連れていかれた!どうしよう!?取り敢えず先生に言わなきゃ!と足が自慢の生徒が駆けて行き、近くで見ていたマーガレットが咄嗟にヘスターを思い出して二年生の持ち場へと走る。


 その時別の作業をしていたヘスターも慌てた声をした部下からの報告を受け取り、急いで近くに居た同級生に伝言を頼む。


「親戚が例の一年関連でトラブルが起こったみたいだから加勢してくる!先生に伝えといて!」

「えっ!?」


 同級生の返事を聞かずにヘスターは意外な脚力で走り出す。途中でマーガレットと合流し、連れていかれた具体的な場所を聞き出すと、問題の場所へと一直線に飛び込んだ。


「誰だ!?」


 彼等の問いには答えず、荒い息を吐きながら見渡す。アマーリエ一人に対し男女六人が対峙していて、彼女が圧倒的に不利な状態であった。

 バーナードと腕を組んでいるテンセイシャは、今こそ突然の乱入者であるヘスターに対して鬱陶しそうな顔をしているが、彼女は見逃さなかった。こちらに気付く前まではアマーリエに見下した顔を向けていたことを。

 

 そしてこの状況にたった一人で立ち向かおうとしていたアマーリエは、背筋を伸ばして気丈に振る舞っているが、「お姉様……」と呼ぶ声はいつもより少し弱弱しかった。

 

 その光景を見たヘスターの目がスウッと細まる。


「女性が一人に対し殿方が五人。穏やかではありませんね……」


 息を整えたヘスターは悠然と微笑んだ。

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