第27話
「モニカ、冬休みは家に帰るか決めたの?」
「ええと……実はまだ決めてないの……」
クラリスに聞かれて煮え切らない態度で答える。
ソル・マッセには委員会の活動で王都の孤児院へ訪問する予定があるが、その後王都に残るか実家のある領地に帰るかでまだ決めかねていた。
領地にいる家族とは勿論会いたいし、ロジーの子ども達も見たい。きっと今頃は大きくなって可愛い盛りになっている筈だ。
使用人達にも安心させてあげたいが、今の自分は人形や誰かの身体を借りないと気付いてもらえない状態である。
しかし普段は住み込みで働いている使用人もソル・マッセや新年の時期は持ち回りで帰省が許されている。
ずっとアイリーンに頼って帰らせない訳にはいかないし、かといって人形の身体で帰省するにも、一人で帰ろうとすればどこかのホラー小説になってしまう。問題を起こさない為にも必ず誰かの付き添いが必要だ。
(やっぱり王都に残ろうかな……?)
残念だけどこればかりは仕方がない。それに帰省はできなくても手紙は送り合える。今はそれだけで充分だ。
……と言い聞かせていただけに、ヘスターから「アンタのご家族を招待しようと思っているんだけど、どう?」と聞かれて、思わず間の抜けた返事をしてしまった。
「はい?」
「だからアンタのご家族をこの家に招待しようと思ってるの。支障があるのなら止めるけど」
「あ、いえ。大丈夫だと思います……」
今のところ領地に問題が起きていないし家の者も信頼できるものばかりだ。それくらいなら領地を離れても大丈夫だろう。
「そ?ならテンセイシャは王都に残るようだから、鉢合わせてもバレないようご家族には変装してもらうとして……」
ブツブツと考えるヘスターをアマーリエはぼんやりと見る。あまりにあっさりと悩みが解決したものだから、先程のやり取りは都合の良い夢だったのかしらとさえ思える。
「あの……、私家族に会えるんですか……?」
どうにも現実味が無くて確認すると、ヘスターは「そりゃそうでしょ」とこちらを振り返る。
「今のアンタじゃ帰省は難しいでしょ?だったらこうするしかないじゃん?あ、費用は勿論招待するこっちが持つから心配しないで」
そういうことを気にしているのではないが、ヘスターの言葉を徐々に理解していくと同時に喜びが込み上げてくる。
本当は会いたかったし声を聞きたかった。抱きしめてもらいたかったしいっぱい話したいこともあった。でも仕方ないと諦めていた。
「ちょっとぉ。泣かなくて良いことでしょ、これは」
ヘスターは「あぁもう」と彼女の背中をポンポンと叩く。身体をアイリーンに返していて霊体でいる今は涙は流しても宙で消える。
だって諦めなくて良いんだと思ったら涙が出るのも仕方がないじゃないか。嬉しかったんだから。
「どうじで……ど……じで!そんな、に……よぐじでぐれるんですかぁ……っ!」
「あれま、可愛い顔が」
アマーリエは鼻を赤くさせながら「誤魔化さないで下さい!」と喚く。ヘスターは「うーん」と考えるように少し視線を斜め上に移した。
「これは私の……っていうか家族全体の見解なんだけどね。家族が突然離れ離れになるって寂しいし悲しいからさ。会える機会があるなら会わせてやりたいじゃん?勿論仲が良いことが前提だけど」
リンブルク家は仲が良い。外の人間である自分が見ていてもそう思う。親子間の精神的な繋がりが薄い家もある中で、この家は愛に満ちている。愛が健全に周っている。
それは暖かくて家族を思い出して寂しくなることもあるけれど、だからこそこんな身体になっても精神を保っていられる。自然と頑張ろうと思えるのだ。
きっと噂のような陰気な雰囲気の陰気な親子関係だったら、いくら保護されたとしても早々に心が悲鳴を挙げた筈だ。
この家に保護されて良かった。アマーリエは心からそう思えた。
翌日アマーリエは晴れやかな顔をして学校に来ていた。昨日とは打って変わった雰囲気に友人達が「何か良いことあった?」と聞いて来る。
「んー…………?秘密!」
本当は家族と会えることを話したかったけど、言ったら辻褄合わせが大変になりそうなことは分かっていた。今の自分はクラーク家のアマーリエじゃなくてローウェル家のモニカなので。
だからわざとはぐらかして誤魔化した。
「えぇーっ!?怪しいわぁ」
「まさか、恋人でもできたの!?」
友人達に怪しいとつっつかれても「どうだろう?」で通し切る。後にモニカ・ローウェルには恋人が居るという話はしばらくついて周っていた。
誰かの問題が解決すれば別の所に問題はやって来る。例の彼等がクラスに入って来たタイミングを見計らって、「無い!無い!」とテンセイシャは叫びながら自分の机を探る。それを見た他の生徒が「また何かやってる」という視線を送っていた。
テンセイシャの慌てぶりに気付いた彼らが心配して何かあったのか聞けば、どうやら昨日持って帰るのを忘れた新品のペンが無くなったようだ。
「本当に引き出しの中に忘れて来たのか?鞄の中に入っているとかはないか?」
「うん!鞄の中も確認したし、どこ探しても無いの!」
テンセイシャは瞳を潤ませて泣きそうな顔を作る。そして自分を慰めようとした彼等にしか聞こえない声で「誰かに盗られてたらどうしよう……」と呟いた。
「今まで避けられるだけだったのに……」
「こんなことされるなんて……」
弱々しく言えば彼らの眉が吊り上がる。その時に運悪くエリザベス達がクラスに入って来た。
彼等の視線が彼女達を捉えたのを見たクラスメイト達は、一斉に見守る姿勢に入る。
「アマーリエの私物が無くなったらしい。心当たりはあるか?」
「私物……ですか?どのような物ですか?」
彼女達は一言に私物と言っただけでは何も分からないので聞き返したつもりだが、それが彼等にとってはシラを切ろうとする態度に見えたようだ。
「惚けるな。今白状すれば許してやるぞ」
あくまで知っている前提で話を進めようとする彼等に、彼女達の纏う空気も剣呑なものになっていく。
「アマーリエさんの私物が無くなったとして、なぜ私達に関りがあると決めつけるんですか?」
「そうする理由が君達にあるだろう」
エリザベスは鼻で嗤いそうになったのを寸での所で抑える。理由だけで犯人扱いされるなら世の中犯罪者だらけになるだろう。
横目で友人達を見ると、各々溜息を吐いたり可哀想な人を見る目をしていた。
「理由と言いましても……。彼女は沢山の人に理由を作ってるのをご存知かしら?」
自分達が婚約者を取られただけで敵視していると思っていたら大間違いである。彼女はそれ以外にも周囲に最低限の礼儀さえ払わないし、何より言動が尊大なのである。
自分と他の人間は対等である、場合によっては相手の方が立場が上だという意識が全く無い。みんな自分より下だという意識が言動から透けてるのだ。
そんな彼女に関わることすらしたくないと憤慨する生徒は多いのだが、彼女の本性を理解しようとすらしない彼等には知り得ないことである。
あえて普段とは違う妙に謙る態度が癪に障ったのか、彼等の眉が更に吊り上がっていく。
「見苦しいぞ。僕達がアマーリエと親しくしているからって……」
「あら皆さん聞きまして?この人達ったら特定の異性と距離が近い自覚がおありのようですよ?」
この場を見守っている生徒達にも聞こえるよう嫌味を言えば、そこかしこからクスクスと押し殺したような笑い声が上がる。
羞恥で顔を赤くしたバーナードがエリザベスの元へと一歩足を踏み出そうとしたが。
「それ以上近づかないでいただけます?まだ授業前ですよ?」
エリザベスの鋭い声が響く。
家庭内での厳重注意に留まっている他の者とは違って、バーナードは正式に接近禁止令が出されている。これを破れば即法律違反だ。
周囲の女子生徒がいざとなったら彼女達の壁になろうと、男子生徒が彼等を止めようといつでも動けるよう身構える。
そんな中で自分にとって都合の良い噂しか関心の無いテンセイシャは、接近禁止令のことすら知らずにただ疑問符を浮かべていた。
「それに理由なら貴方達にもあるのではなくて?」
良い考えが浮かんだとエリザベスは大輪の花のような笑みを浮かべる。幼い頃から美しさを讃えられ、王妃教育で表情の作り方を教えられていただけあって、その微笑みは見た人を陶酔させるような威力があった。
「理由……だと……?」
彼女の顔に良くも悪くも慣れているバーナードは、片眉を上げて訝しげにしている。何を馬鹿なことをとでも言いたげな目だった。
その余裕が崩れるのが見ものだとエリザベスは口端を上げる。
「アマーリエさんがより依存してくれるよう、わざと貴方達が彼女の私物を盗んだのではないかしら?」




