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第26話

 12月に入れば世間も学校もソル・マッセに向けて浮き立ってくる。恋人同士や婚約者が居る者はデートの約束をし、相手が居なくとも友人同士でどこを周ろうか楽しそうに計画を立て始める。


 家では子ども達がアドベントカレンダーをワクワクしながら毎日開け、街では色鮮やかな飾り付けがされる。

 そんな中でエリザベス達は婚約者をデートに誘う気にもなれず、のんびりとした時間を過ごしていた。


「暇ですわねぇ……」


 ジュリエットがボウッと呟き他の人も同意する。本当は周りのように遊ぶ計画を話し合いたいのだが、最近ナタリアが忙しくしていて中々その時間が得られないのだ。


「ふぅ……。すみません、すっかりこんな時間になってしまいました」


 昼休みもあと10分で終わろうかという頃にやっとナタリアがカフェテリアへと顔を出す。エリザベスが彼女の為にあらかじめ買っておいたサンドイッチを渡せば、お礼を言って受け取った。


「大丈夫?部活動に熱中するのも良いけど、無理して倒れたら元も子もないわよ?」


 ナタリアの顔に疲労の色こそ見られるが、充実しているようでサンドイッチをもりもりと食べながら最近取り組んでいることについて話し始める。


「すみません。探偵ジャックの制作が佳境に入ってまして……」

「あら?文化祭に発行予定じゃなかったかしら?」


 確かこの前聞いた時は間違いなく来年の学校解放日に合わせて制作していると話していた。ソル・マッセを目標にすると大分タイトなスケジュールになるのに、一体どんな心境の変化があったのだろうか。

 

「モニカが委員会の活動で孤児院で絵本を読み聞かせをすると聞いたものですから、探偵ジャックの反応を見るのに丁度良いと思ってまして……」


 モニカが所属している慈善委員会では、毎年ソル・マッセになると孤児院でお菓子を配ったり、絵本の読み聞かせをしたりするのが伝統になっている。

 学校解放日よりも、実際に読み聞かせの機会があるソル・マッセを目標に発行した方がより子ども達の反応が得易いと、急遽制作スケジュールを大幅に前倒ししたらしい。


「でもエリザベス様のおっしゃる通り、本当に無理は禁物よ?倒れたらモニカさんも困るでしょう?」

「大丈夫、頑張ったお陰でなんとか間に合いそうだから。当日は子ども達の反応を生で見る為に委員会から同行の許可ももらっているの」


 手早く食べ終えてご馳走様と食後の挨拶をしたナタリアは、一仕事も二仕事も終えたような爽快感が漂っていた。

 

 自分がアイデアを出したストーリーが子ども達にどう反響があるのか、急にエリザベスは気になって居ても立っても居られなくなった。

 

「私も同行してもらうのは可能かしら?」

「え?まだ間に合うので大丈夫だとは思いますけど……」


 キョトンとするナタリアは無理はしなくても大丈夫だと言うが、エリザベスだけでなくジュリエットもフィリッパも是非行きたいと声を挙げた。

 どうしてと首を傾げるナタリアにジュリエットが「あらやだ、分からないの?」と、しょうがないなと言いたげな少し呆れたような顔を向ける。

 

「私達全員、貴女を応援してるからに決まってるじゃない」


 たかが趣味と言われようと頑張っているナタリアの姿をずっと見ていた彼女達は、この試みが上手くいけば良いなとずっと見守っていたのだ。

 それにエリザベスのアイデアをどんな風にストーリーに取り入れたのか、そのストーリーでぬいぐるみ達はどんな風に動くのか、完成を心待ちにしていた。

 

 孤児院への読み聞かせはナタリア達の頑張りが実を結ぶかどうかが分かる大事な日である。民との交流も貴重だが、何も手伝えない分応援だけはしたかった。


 そう話すとナタリアは笑顔に満たない口角だけを微妙に上げた顔で、しかし頬はリンゴのように赤く染めて、「本当は心細かったので一緒に手を握ってほしい」と可愛らしいお願いをしたのだった。



 

 エリザベス達が最早婚約者に何の期待もしていないと知らないテンセイシャは、攻略キャラ達に上手くソル・マッセの約束を取り付けていた。更についでだからと、ちゃっかり新年祭の約束まで決めてしまっていて抜け目がない。

 

 テンセイシャのように寮生活をしている生徒は冬休みは実家に帰るか寮に残るか決めなければならないのだが、彼女は当然のように後者を選んだ。

 実家に帰れば折角のイベントも単に家族と過ごしただけの何の面白みも無い内容になるし、キャラとの好感度を大幅に上げられるチャンスをドブに捨てるようなものである。

 

 要は前者は友情エンド止まりにする為だけの調整用の役割でしかない。時間の流れは現実に即しているようだし、キャラとの好感度を抜きにしても目を引くような場所が何も無さそうな田舎の領地よりも、遊ぶ場所が溢れている王都に残るに決まっていた。


「でも良いの?特別な日なのに婚約者と過ごさなくって?」


 こてんとあざとく小首を傾げて婚約者の存在を思い出させる。勿論わざとで、婚約者よりも自分を選んだという言葉がほしいのだ。

 テンセイシャの言葉に彼等は気不味そうに視線を逸らし、「いや、良いんだ……」と意味深な言葉を吐く。

 

 本当はバーナードが接近禁止令を出されたのを皮切りに、他の者達も勝手なことをして家の名に泥を塗らないようにと、「ほとぼりが冷めるまで婚約者に近づくな。破ったら敷居を跨げないと思え」と親からキツく言われていた。

 

 そんなのアマーリエには恥ずかしくて言えやしなかった。

 彼等は気付いていない。婚約者とは別の女に鼻を伸ばしている件について、両親はどうしても何も言ってこないのか。


 何も知らないある意味で幸せなテンセイシャは、口ではしおらしくしながらも内心はニヤニヤが止まらなかった。彼等は自分と婚約者、二つの選択肢のうちから自分を選んでくれたのだと。

 実際には彼等の選択肢から婚約者は既に失われていただけなのだが。

 

 そして彼等は彼等で両親には怒られるし、友人達には避けられるしで最近良いこと無いが、アマーリエと過ごせるのだから良いか、と楽観的に考えていた。

 

 先日友人達から完全に見限られた彼等だが、幼い頃から人に囲まれていた為に無意識に、人気者の自分から人が離れていく筈がないと思い込んでいる。

 

 そんな彼等は性懲りも無く遊びに誘っては、友人達に「別の人を誘ってくれ」などとけんもほろろに断られてしまったが、その時でさえ「まだ怒っているのか」とズレた考えをしていた。

 

 だからといって仕方なく婚約者に声をかけるのは絶対に無しだ。近づけば両親から大目玉を喰らうし、何より彼女が謝って来るまでこちらは頑として許さない構えである。

 

 となると残りはアマーリエだが、生憎と彼女は一人しかおらず、駆け引きによっては断られてしまうかもしれない。一人で過ごすのは嫌だと、お互い牽制し合っていた時にアマーリエから誘ってくれたのは正に渡りに船だったのだ。


 図々しくも婚約者を押しのけて重要な日にお誘いをする女と、安易に彼女の誘いに乗った男達。周りにどう見られるか考えなかった結果、一部始終を目撃した周囲によって益々誹られることになるのだった。

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