第25話
登校日の放課後、エリザベスは善は急げとボードゲーム部のドアを叩いていた。元々チェスなどのゲームが好きなのだが、クラスメイトから強い人が集まっているとの噂を聞いたのだ。
部室に入ると自分の知らないゲームで和気藹々と会話を楽しみながら遊んでいる人、チェスやトランプなどの伝統的なゲームで集中している人も居て、取り組み方は様々だった。
「いらっしゃい。何か嗜んでいるボードゲームはあるかな?」
「えっと、チェスとポーカーを……」
部長だと名乗った女生徒に馴染みのあるゲームを伝えると、伝統的なゲームが置かれているエリアへと案内される。
「まずは部の空気に慣れる為にも何回かゲームをしてみようか。あちらのゲームをしたいなら勿論声をかけてくれても構わないよ。その時はルールを教えるから」
「はい」
誰か相手をしてくれる人と部長が呼びかけると、丁度チェスの対戦が終わったうちの一人が名乗り出る。彼は部活内では中間の強さらしく、自分のレベルを測る為にも丁度良いよと申し出てくれた。
実際にプレイをしてみると彼は中々の強さだった。ミスをしてもリカバリーできる技量もある。歯ごたえのある勝負は面白く、彼女の勝利で終わる頃には緊張もすっかり解けていた。
「強いねぇ。悔しいや」
彼はそう言うが自分も油断したら負けていたかもしれない。次は自分だと手を挙げた部員と対戦すれば今度は先程の彼よりも強いようで、心地良い緊張感に浸る。
思えばバーナードとはチェスやポーカーなどもよくしていたが、コミュニケーションが第一であって勝敗は二の次三の次だった。場合によっては彼に勝ちを譲ったりしたこともある。
本気を出すなんて家族にしかしたことがなく、ましてや初対面の人間相手に負けても恨みっこなしの真剣勝負をするだなんて想像もつかなかった。
脳が焼き切れそうな程に相手の手札を暗記し、次の手を推測する作業の繰り返しは正直言って凄く楽しい。最終的には負けてしまったが上位1/4に食い込む程の健闘で、真剣勝負の末の負けは逆に清々しい気分だった。
その時にはもうすっかり遅い時間になっていて、顧問の先生から早く帰るよう促される。次来た時は知らないゲームも教えてもらおう。帰り道で自然とそう思うくらいには、エリザベスはボードゲーム部にすっかり魅力を感じていた。
それから他の部も見て周り、やはり一番最初に見学したボードゲーム部にしようと決めたエリザベスは、ある日の放課後に入部届を手に職員室へと足を向けていた。
その途中で廊下に一枚の紙が落ちているのを見つけて拾ってみると、スカートやレースなどのパーツとその組み合わせ方が描かれている。どうやら小さな洋服の図案のようだった。
刺繍部の誰かの持ち物だろうか。きっとどこかで探している筈だと踵を返して刺繍部の方へと寄ってみると、キョロキョロと下を向いて明らかに何かを探している雰囲気の女生徒を見つけた。
「もしかしてこれ、貴女のかしら?」
声をかけて差し出すと、顔を上げた女生徒は今にも泣き出しそうな表情から一変、パァッと音がしそうなくらいに破顔した。
「そうです!ありがとうございます!」
女生徒は図案を受け取るともう離さないとばかりに抱きしめる。細かい書き込みがしてあるので、やはりとても大事なものだったみたいだ。
一頻り安心して我に返ると、女生徒は気恥ずかしいのか慌てて居住まいを正し、少し緊張気味に口を開いた。
「あの、エリザベス様ですよね?ナタリアからストーリーのヒントを頂いたと聞きました。ありがとうございます」
「……?あぁ、貴女がモニカなのね?」
彼女は偶然にも最近ナタリアが仲良くしているモニカだった。だとしたら図案は探偵ジャックで使う物だろうか。
「ナタリアが世話になっているみたいね。仲良くしてくれてありがとう」
「とんでもないです!私こそナタリアの作るぬいぐるみに癒されていますし、おかげでアイデアもたくさん湧いてきて毎日が楽しいです!」
彼女の目は嘘を言っておらず、裏表の無い子だと分かる。彼女のような警戒心の高い子が信用している子だからどんな子なのかと気になっていたのだが、良い人に巡り合えたようだ。
それにくるくる変わる表情は人懐っこい子犬を見ているようで、なんだか微笑ましくて憎めない。時々居るのだ、容姿は平凡でも華のある子が。
アマーリエのような毒々しい猫被りとは違う自然と目を引くような雰囲気。努力では決して得られない天性の才能である。見せられると悔しいが、彼女なら許せるかもしれない。
「それで絵本作りは順調なの?」
「はい!エリザベス様のアイデアのお陰です」
「そんなに褒めても何も出ないわよ?よくある手法を言ってみただけなんだから」
打算や忖度の無い賞賛はむず痒く、つい照れ隠しが出る。モニカは「そうじゃないですよ」と首を振る。
「このストーリーなら子ども達に誰かの為に吐く嘘もあると教えられますし、ジャックの推理で誰も悪くなかったと判明します。それに確かによく使われている手かもしれませんが、あぁいう場面でポンと出せる人は少ないと思います。」
「エリザベス様にはお話作りの才能があります」
そんなの考えたことも無かったのに、手放しで褒められてはその気になってしまいそうだ。この子、褒めるのが上手い。
「もしまたストーリーに行き詰ったらまたアイデアをお願いしますね」
「アイデア料は頂くわよ?」
エリザベスは悪戯っぽく口端を上げる。これを才能だと言うのであれば相応の金銭を要求するのは正当な対価である。ナタリアにアドバイスした分は所謂初回サービスというやつだ。
まぁ第二弾があるのかも分からない今、全ては机上の空論なのだが。
「では次回から報酬の件も交えて打ち合わせしましょうね」
モニカも、もし次があれば本当にきっちりとナタリアと一緒に報酬を支払った上でアイデアをもらうつもりだった。残念ながら相手にその気があまり見られない為、現実にはならないだろうなと思っていた。
しかしお互い半分冗談だった言葉が後に本当になるとは、まさしく神の悪戯なのかもしれない。
モニカと別れて今度こそ職員室に入部届を出すと、顧問はエリザベスの入部を歓迎すると言ってくれた上でこんな提案をした。
「新年祭のゲーム大会に出てみないか?」
「ゲーム大会?」
顧問の話によると、年末年始には新年祭と呼ばれる様々なイベントの催しがあるが、新たに加わったイベントとしてマインドスポーツの大会が開かれるそうだ。その記念すべき第一回目にエントリーしてみないかという話である。
大晦日がチェスの大会で、元旦がポーカーの大会と別れていて、どちらも昼開催だから未成年でも気兼ねなく参加できるそうだ。
「チェスはよく聞きますが、ポーカーも大会があるんですか?」
「隣国でポーカー好きが去年大会を開催させたそうでな。うちでもやってみようと試験的に開かれることになったらしい」
盛り上がれば全国から強豪が集まるような大きな大会に育つかもしれないと聞いた途端、エリザベスの瞳がキラリと輝く。つまり上手くいけば部活以外にも強い人と沢山戦えるということである。
部活動の見学がきっかけで強者と戦う喜びを知ってしまった彼女は、ぶつけ合うのは肉体か頭脳かの違いだが、バトルジャンキーの素質を見事に開花させてしまった。家族もこの変わりようはびっくりである。
そんな彼女が強者と戦える機会を逃す筈がなく、二つ返事でエントリーを済ませると、来る日に向けて鍛えなければと意気込む。
これにはバーナードへのちょっとした仕返しも含まれている。去年までは大晦日や新年はバーナードと過ごしていたが、入学してからはすっかり自分がデートに誘ってもテンセイシャとの約束を優先されてきたのだ。
先に予定を入れてしまえば、例え万が一反省した彼が誘って来たとしても今更もう遅いと言えるし、彼に声をかけられるのを待つなんて惨めな思いはしなくて済む。
エリザベスは婚約して以来、初めて彼の居ない年末年始を過ごすことに決めた。




