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テンセイシャの舞台裏 ─幽霊令嬢と死霊使い─  作者: 葉月猫斗


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第24話

 その瞬間全員の動きが止まった所為でエリザベスの呟きは思ったりも大きく響いた。友人達の目が一様に自分の方を向いて、正直怖くてギョッとしてしまう。すんでのところで平静は保てたが。


「エリザベス様部活動をするんですか!?」

「素敵ですわね!どれに入る予定ですの!?」


 キャアキャアと自分よりも盛り上がる友人達を落ち着けさせようとするが、時既に遅し。彼女達は最近明るい話題に飢えていた。

 

「まだ決めてないわ!それに何の部活動や同好会があるのかもよく知らないし……」

「なら今書き出してみますわね!」

「彼等が入っているのは避けましょう。リスクヘッジは大事です!」

 

 入学時に部活動の案内の用紙が配られたが、自分には関係無い話題だと思ってよく見ていなかった。なので後でゆっくり決めようと思っていたのだが、フィリッパが意気揚々とメモ帳とペンを取り出して思いつく限りの部活を書き始める。

 

 結局止めきれなかったエリザベスだが、友人達が楽しそうにしているので「まぁ良いか」と結局好きなようにさせた。こういう暴走なら可愛いものだ。


 その中で興味のあるものを本人が選び、見学をする予定の部活の一覧表が出来上がった。

 ボードゲーム部、カメラ部、合唱部、ハンドメイド部と書かれたメモをフィリッパから手渡されて眺めていると、不思議と高揚感のようなものが沸き上がってくる。

 

 そういえば自分のスケジュールの殆どはバーナードの為であって、自分の為に何かをするというのはあまり無かったような気がする。


(とりあえずは……休みが明けたら見学に行ってみようかな……?)


 何をすれば良いのか分からず正直手探りだが、悪い気はしなかった。


「危ない!」


 その時鋭い声と悲鳴が聞こえて来て、彼女達は驚愕で身体を震わせたまま固まってしまう。

 声がした方を見ると、一台の馬車があわや五歳くらいの少年と接触しかけていた。


 当たったら無事では済まない。咄嗟に彼女達は少年の元に駆け寄って怪我が無いか確認する。避けようとした際に転んだのか、所々に擦り傷があったが無事なようだった。

 わんわんと堰を切ったように泣く少年に母親らしき女性が慌ててやって来て抱き締める。どうやら目を離した一瞬の出来事だったようだ。


「まったく乱暴ですわね……。もし轢いたらどうするつもりだったのかしら?」


 冷や汗を流すジュリエットがもう小さくなっている馬車を睨みつける。

 少年は平民だが、貴族だの金持ちだからだのと平民相手に何をしても良い訳ではない。もし怪我をさせたり死亡させた場合は賠償金を支払わねばならないし、それに加えても轢きかけたのに相手の無事を確認すらしようとしないなんて、人としてあるまじき行為だ。

 

 全員が馬車の持ち主の顔を見てみたいと憤る中で、エリザベスだけは愕然としていた。

 

「あれ……王族のお忍び用の馬車だわ……」


 バーナードの婚約者であるエリザベスには馬車の正体が分かっていた。彼とお忍びで街に出かけた時に自分も何度も乗っていたから見間違えようもない。

 友人達は驚いて顔を見合わせる。ではあの馬車に乗っているのは一体誰なのか。


「何?あの子ども?危ないじゃないの、こっちまで怪我しそうになったじゃない」


 馬車に乗っていたのは幸か不幸か、テンセイシャ一人だけであった。人を轢きかけたことに対する焦りは全くなく、まるで自分が完全な被害者であるかのような口ぶりだった。


「怪我はございませんか、お嬢様?」

「アンタも気を付けなさいよ。頭をぶつけたらどうしてくれるのよ」


 御者は申し訳ございませんと謝罪するが、バーナードから借りた馬車なのにまるで自分の家のように寛ぐ少女は、「今度下手な運転したらバーナードに言ってクビにしてもらうから」と吐き捨てる。


 先程の言動と言い、一国の王子を呼び捨てにする常識の無さと言い、エリザベス様ならこんな横暴な振る舞いはなさらないのにと、御者は心の中でため息をつく。


 そもそもバーナードに人事権は無いので言ったところでクビは飛ばないのだが、人の権力を傘に着る行為は非常に卑しい。

 王様もお妃様も以前までの王子様も良い人だからこそ、彼女の姿は物語で描かれるような民衆に嫌われる典型的な貴族そのものであった。


(何で王子様はこんな碌でもない女に引っかかっちまったのかねぇ……)


 エリザベス様と仲睦まじくデートをしていた日々は昨日のことのように思い出せる。 二人の姿は微笑ましくて、こっちまで幸せのお裾分けをもらっていたものだ。

 

 それが温室育ちで分かりやすい媚を売る女に免疫が無かったのが悪かったのか、今のバーナードは大人から見て一発でダメだと分かる女にすっかり骨抜きにされてしまった。


 その所為でこうして王族のお忍び用の馬車もこの女に気軽に貸し出されている始末である。王様やお妃様が何を考えているのか、所詮一介の御者でしかない自分が推し量るなんておこがましいが、早くこの女の横暴を止めてほしいと切に願っていた。


 

 御者の嘆きなど意にも介さないテンセイシャは最近妙に自分の思い通りにならないと不満そうに鼻を鳴らす。さっきのだって折角人が気持ちよく買い物をしていたのに、水を差されたような気分だ。

 

 学校も本当だったら今頃は嫌がらせが過激になるエリザベス達とそれに頑張って立ち向かうヒロインの自分、そして自分を支える攻略キャラと応援する沢山のモブ達の構図になっている筈なのに、現実にはどうだ。嫌がらせは頻度も被害も大したことがないし、何故か最近エリザベスの方が同情されている始末だ。

 

 おかしいじゃないか。同情されるべきは実際に嫌がらせの被害に遭っている自分の方なのに、する側のエリザベスが同情されるなんて。よく考えてみれば上手くいかないことの方が多いし、この世界がバグってるとしか言いようがない。


 これは自分の所為なんかじゃない。もっと別の要因がある筈だ。


(……っ!もしやエリザベスも転生者なんじゃ……!)


 そうだ、その可能性をすっかり忘れていた。自分がヒロインに転生したのなら、悪役令嬢のエリザベスに誰かが転生しててもおかしくない。

 エリザベスに転生した奴が婚約破棄をどうにか回避しようとして、嫌がらせしないようにしているに違いない。


 テンセイシャはギリリと爪を噛む。道理で攻略キャラとの仲を見せつけても嫌がらせの回数が少ないと思った。きっと取り巻きにもあまり刺激しないよう言い含めていた筈だ。


 だったらこっちにだって考えはある。

 攻略キャラ達は今や自分の言葉は何でも直ぐに信じてくれる。嫌がらせを捏造して泣きつけば怒ってくれるし、私がいかに可哀想な人間かモブ達を説得して身分の低い娘に横暴を繰り返す悪の令嬢、エリザベスの打倒に一役買ってくれるだろう。

 

 あとはあの日にエリザベスを脅迫でもして呼び出して、階段から落ちれば婚約破棄イベントは確実だ。あ、でもまともに落ちたら絶対痛いからそこは対策しなくちゃいけないか。

 

 あとできるのは嫌がらせの捏造だけじゃなくて、わざと煽って怒らせる手もあるか。見せつけるだけじゃダメだ。もっと向こうを焦らせる何かが無いと。


 その時テンセイシャの頭にあるイベントが思い浮かんだ。そうだ、クリスマスと年末年始が使えるじゃないかと。

 この世界にもクリスマスにあたる「ソル・マッセ」と言うイベントがある。と言ってもこの世界にキリスト教は無いのでキリストの降誕祭ではなく、昔あった国の慈悲深い王様が厳しい冬を乗り越えられるよう、民に食料を配った話が由来なのだが。


 ソル・マッセは勿論、年末年始もこの世界の人間にとって重要なイベントに変わりなく、家族や恋人と過ごす大切な日でもある。


 そのイベントに一緒に過ごしてくれるよう彼女達より先に誘うのだ。きっと自分の誘いは受けてエリザベス達の誘いは断ってくれる筈。

 その後で自分とデートをしている攻略キャラを見たエリザベス達はどうするんだろう?

 

 婚約破棄は避けられないと焦るだろうか?絶望するだろうか?諦めるだろうか?それとも私達の間に割って入ろうとするだろうか?どう転んでも楽しみだ。


 

 ついさっきまで不機嫌そうな空気を放っていたのに、がらりと鼻歌でも歌い出しそうな程に上機嫌になったテンセイシャ見た御者は、気味が悪いとサブイボを立てるのだった。

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