第20話
答案用紙を返されたアマーリエはテストの点数を見て「よし!」と満足気に微笑む。初めてのテストでこの点数なら上出来だ。今後もこの点数をずっと取れるようにしよう。
「嘘です!こんなのあり得ない!」
突然隣の教室から大きな声が聞こえて来てアマーリエは椅子から飛び上がる。他の生徒も何だ何だと声がした方に顔を向けた。
その時隣の教室つまりテンセイシャが居るB組では、案の定彼女が返って来た答案用紙を握りしめて教師に何事か訴えていた。
「どうした?ミス・クラーク」
「だってこんなの何かの間違いです!」
テンセイシャは自分の思い通りの展開となり、口端が上がるのを我慢しながら悲劇の生徒を演じようとする。
「それは答案が白紙で返って来たことか?」
「え?」
しかし教師から先に言われて出鼻を挫かれる。その隙を逃さず教師は畳みかける。
「しかも全教科白紙だ。こんなこと初めてで我々も非常に困惑した」
全教科白紙という驚きの言葉に教室内がざわつく。普通に考えればそんな愚行など、やる理由が無いからである。
「で、ですよね!きっと誰かの嫌がらせに違いありません!」
多少予想外ではあったが、これでエリザベスによる不正をでっち上げられると意気揚々と被害を訴えようとしたのだが。
「それはあり得ないな」
「え?」
ハッキリと否定されて勢いを無くす。しかしそれも一瞬で彼女の心に段々と怒りが沸き上がって来る。ヒロインの自分が不正があったと言ったら素直に認めれば良いのに、モブのくせにこの自分に楯突くつもりか。
怒りで顔を真っ赤にさせてキャンキャンと喚き散らかすテンセイシャだが、教師はそれを全て無視して前の席の生徒に小型の筒状の物を配り始めた。
「それぞれ別の学校でだが、以前に答案用紙のすり替えや答案用紙の書き換えの事件が起きている。そこで我々はかねてより不正対策を講じてきた」
筒状の物は地球で所謂ブラックライトであった。教師の指示通りにライトを当てれば答案用紙全体に大きな印のような物が浮かび上がる。
「すり替え対策として正規の答案用紙には、試験の直前にパープルライトを当てると浮かび上がるインクで判を押している。あらかじめ盗んだ答案用紙とすり替えてもそれには判が無いから直ぐに分かる仕組みになっている。
ミス・クラークの用紙には……ちゃんと印があるな」
隣の席の生徒がチラリと盗み見ると、確かにテンセイシャの容姿にも印がしっかりと押されていた。目論見が外れて彼女は唇を噛み締める。
教師の説明はこれでまだ終わらない。
「また書き換え防止に集めた答案用紙は、魔法でも開かない特殊な鍵付きの引き出しに保管している。その鍵も教師が肌身離さず所持している」
つまりこっそり教師がいない間に職員室で答案を探しての書き換えは不可能である。また相手の所持品をこちらに引き寄せる魔法も存在しているが、それは武器を持つ犯罪者を無力化させる為の魔法であり、武器以外に使えば窃盗となる。
「更に答案用紙にはパスワード式の認識阻害魔法を付与している。つまり犯人は教師から鍵を盗み出し、職員室が無人になるタイミングを狙って侵入し、認識阻害を潜り抜けて特定の生徒の答案を的確に選んで書き換えたということになるな」
一部の生徒以外は「あ、これは無理だな」と思った。答案用紙のすり替えや書き換えだけでも退学案件なのに、窃盗は明らかな犯罪行為である。
しかも嫌がらせの為だけに数ヵ所もある壁を乗り越えるのは単純に労力に見合わないし、それだけして正答を一つ二つ消すならまだしも、白紙なんてのにするのは直ぐに不正がバレてしまう。
教師の説明を聞いた生徒達は、嫌がらせ目的ならそんなことをしなくても、もっと他の方法があるだろうなと互いの目を見る。
テンセイシャをはじめとした一部の生徒と他の生徒の間の温度差を感じとった教師は、確かな手応えに心の中で拳を握る。やはりこのタイミングで彼女を騒がせたのは正解だったようだ。
案の中にはテンセイシャをあらかじめ別室に呼び出すというのも出ていた。
全て白紙の答案用紙を見せた後でなぜそうしたのか言い訳を聞いた上で、こちらが行っている不正防止策を説明。
更に大人しくさせる為に再試験を受けさせるという流れである。しかしある懸念が浮上したので結局不採用となった。
その懸念とはテンセイシャが自らの不正を認めず、仲良くしている彼等に自分にとって都合の良い嘘を話す可能性である。
涙ながらに誰かの陰謀を訴えても証拠が無い以上認めてもらえず、間を取って再試験となった。その再試験で実力を出せず散々な点数になってしまった。全く試験勉強をしていなかった彼女がこの言い訳をする可能性は高い。
それを聞いた彼等が騒がない筈が無い。例え大勢の人間の前で不正を吹聴しなくても、教師に食って掛かる様子はそれなりの人数の生徒の印象に残るだろう。
そして生徒から生徒へ不正の噂が広がれば、この学校やエリザベスの名誉が傷つけられることになる。
それを回避する為にわざとテンセイシャに授業中に騒がせ、他の生徒達の前で自然に不正防止策の説明をする流れに持っていく案を採用したのである。
こうすることで、もし彼等がテンセイシャの嘘を信じたとしても他の生徒は疑ってくれる。下手に隠そうとするよりかは最初から開示してしまった方が痛くない腹を探られなくて済むのだ。
「でも……私はちゃんと問題を解いたんです……」
テンセイシャの視線が一瞬バーナードの方を向いたのが見えた。誰に向けたアピールなのかは明確だった。
どんなに説明したところで彼女が何がなんでも認めないというのは分かっていた。ここでわざと白紙で提出したと認めてしまえば彼等の同情を引けなくなるからだ。
全体的に教室の空気が白けているのに悲劇の演技を続ける胆力はある意味見事であるが、こちらは目的が達成できた。
「どうしても納得できないのであれば今から特別に再試験をしよう。ついて来なさい」
これはテンセイシャの為ではなく、あくまで少しでも彼等を大人しくさせる為の措置である。
彼女は同情を引きたいだけだったのに面倒なことになったと、言いたげに顔を顰めて億劫そうに立ち上がる。悲劇を演出するのならここは安堵の表情を出した方が良いのに、やはり詰めが甘い。今その不満気な顔を全員が目撃しているのに気付いていないのだから。
他の生徒は自習を言い渡され二人が抜けた教室内にて、生徒達は当然自習どころではなくヒソヒソと友人同士で話をする。
「つまり彼女って、あの人たちの同情を引くためにわざと白紙で提出したってことか?」
「しかも誰かの嫌がらせだってでっち上げようとしたんだろ?普通そこまでやるか……?」
同情を引くだけでなく、誰かに罪を着せる為に芝居を企てた彼女の狡猾さに、下手したらどんな濡れ衣を着せられるか分かりゃしないとクラスは恐れ慄く。
一方で心配そうに彼女の方を見遣る彼等には、クラスメイト達の会話は全く耳に入っていなかった。




