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テンセイシャの舞台裏 ─幽霊令嬢と死霊使い─  作者: 葉月猫斗


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第9話

(これがリンブルク家の当主……)


 はしたなくもエリザベスは一瞬の間、彼を観察してしまった。一見鋭い印象を与える釣り目は直線的な眉がそれを抑えて穏やかそうな雰囲気を纏っている。死霊を操るとあって良くない噂は何度も聞いたが、こうして見ると至って普通の……いや顔が良い普通の雰囲気を放つ貴族であった。


 ハッと我に返った彼女が平静を余所って両親と同じソファに腰をかけると、父が「それで火急の要件とは?」と尋ねる。もし両親が何らかの不正の容疑がかけられていたとしたら、などと突拍子の無いことさえ考えてしまう。


「これはエリザベス嬢に関わる件でして、彼女はあるテンセイシャに狙われています」

「うちの娘が……!?」


 あまりの衝撃に父は絶句し、母が両手を口に当てて息を呑む。エリザベス自身も驚きすぎて何を言ったら良いのか言葉が浮かんで来なかった。

 

 テンセイシャとは災厄も僥倖も齎す存在。ふり幅が大きい分、関わったら何が起きるか分からないので、関わらない方が安全だとさえ言われているのだ。

 そんなテンセイシャによりによって狙われているとは最大のピンチとしか言いようがない。


「エリザベス嬢にお聞きします。ここ最近バーナード殿下とはあまり上手くいっていないのでは?」

「エリザベス!?それは本当なのか!?」

「エリザベス!正直に言って。お願いよ!」

 

 名指しされて焦った両親から縋るように問い詰められる。彼等には心配かけたくなくて黙っていたのだが、もう無理だと悟った。


「は、はい。最近殿下はある女生徒に夢中になっておりまして……」

「その女生徒がテンセイシャなのですよ」


 正体を知らされて驚くと同時に納得する。あんな非常識の塊のような人間がどうりで彼等に気に入られた筈だ。大事な友人だと彼等は言い繕っているが、どう見ても恋をしている目をしていたから。


 バーナードとの婚約は家同士の取り決めだが、それでも彼を愛そうと自分なりに歩み寄ったつもりだし、未来の国母として彼の隣に相応しくあろうと努力を積み重ねて来た自負もある。

 彼も自分の努力に応えてくれたし、市井の娘のような燃えるような恋の炎に身を焦がす経験はできなくとも、そこには確かな信頼があったのだ。


 だが、長年培ってきたそれを突如として粉々にしたのがアマーリエなのである。

 あんな娼婦のような媚びで殿方を複数も誑かし、知性も教養も見せずにいとも簡単に婚約者の心を掴んだ。努力を怠らなかったエリザベスにとって、そのショックは相当なものであった。

 

 殿下は実は言わなかっただけでああいうタイプが好みだったのだろうか。何も知らず何も考えず、はしたなく異性に触れてただ甘えるだけのアマーリエのような女が。側室に据えるにしても趣味が悪過ぎる。

 そんなので簡単に彼の心を捕らえられたのなら今までの努力と苦労はなんだったのか。自分もそうした方が良かったのだろうか。それを知らずに只管努力を続けて来た自分が愚かだったのだろうか。エリザベスの心にはそんな答えの出せない考えがグルグルと巡っていた。

 

 大人に頼ろうと担任にいくら訴えても「こちらで与る」などのいまいち頼りにならない言葉の一点張り。両親に相談しようにも、まずアマーリエの人間性が荒唐無稽で話したとしても信じてもらえるか不安で言うに言い出せなかったのである。


 これ以上どうしたら良いのか完全に手詰まりだったエリザベスは我慢の限界を迎えようとしていた。カフェテリアにて、注意の体裁を取った八つ当たりのような苛立ちをぶつけようとしたのだ。

 

 実はアマーリエが入学して来て言動が目に余るようになってきた頃に度々友人が囁いていたのだ。「思い知らせてあげましょう」とか「少しくらい仕返ししてもバチは当たらないでしょうに」などの言葉を。

 最初は馬鹿なことをと逆に友人を叱っていたエリザベスだったが、彼女とて完璧ではない。婚約者の関心が全く自分に向かなくなり、風紀は乱れ、校内の空気が悪くなる一方となれば、被害者である自分が一矢報いても許されるのではないか、という考えが浮かぶようになってしまったのである。

 

 そしてとうとうあの時に実行に移そうとしたのだ。途中で水を引っかけられて今の考えは淑女らしくなかったと冷静になれたが、あの状態が続けばまた我慢の限界が来るのは容易に想像できた。


 エリザベスは今まで出せなかった助けを求める声を、リンブルク家の当主が聞く姿勢を見せたことでようやく吐露できた。

 ひとたび口に出してしまえばあとはもう芋づる式である。婚約者をあっさりと取られた精神的苦痛とアマーリエへの憎しみ、状況のままならなさへの苛立ちや自分の中で渦巻く汚い感情さえも、全部吐き出してしまったのである。

 

 一方娘と婚約者との仲は良好だと安心しきっていた両親にとっては、彼女の告白は晴天の霹靂であった。大事な娘が悩んでいたことにも気付かなかった自分達を嘆き、彼女を抱き締めながら許しを請う。


「すまない……。お前なら大丈夫だろうとちゃんと見ていなかった……。父親失格だ……」

「ごめんなさい、まさかそんなことになっていたなんて……。私達の所為で何も言えなかったのね……」

「良いのよ。お父様、お母様……」


 両側からの温もりを噛み締めながらエリザベスはようやく泣きたかった心を癒される心地でいた。ここで話したところで何も解決してはいないけれど、自分の苦しみを理解してくれる人ができただけでもうんと心強い。


 しばらくお互いの認識を確認し合っていた親子であったが、当主の咳払いで現実に引き戻され慌てて居住まいを正す。


「それで先程テンセイシャに狙われているとお伝えしたのですが、向こう側が狙っているのはバーナード殿下とエリザベス嬢を始めとした複数の縁談の頓挫です」

「なんですって!?」


 とんでもない企みに夫人が悲鳴のような声を上げる。王家との話し合いで決められたものをぶち壊そうとしてくるなんて余程命が惜しくないとみえる。しかし相手はテンセイシャ、こちらの常識や価値観は通じないのである。


「エリザベス嬢が話していただけたように彼女はある少女の身体を乗っ取った後、複数の将来有望な男子生徒を誑かして心を盗み、更には婚約者が居る者には婚約破棄させようと企んでいます」

「一体なぜそんなことを……?」


 力ある貴族にすり寄って後妻や側室に収まろうとする人間は一定数存在する。金の為、権力の為、豊かな生活の為、人に欲望がある限りそういった輩は絶えない。

 また今までにも正式な妻や婚約者を陥れて自分が妻に収まろうとした悪女は少なからず存在した。それでも複数の婚約を破棄させようだなんてケースは見たことも聞いたこともない。


 そんなことを企むなんて、貴族社会を混乱に陥らせようとする他国のスパイか愉快犯かとしか考えようがない。


「恐らくは承認欲求を満たす為かと」

「承認欲求?」


 承認欲求とは他者から自分自身を認められたいという欲求のことで、人間なら誰しもが持つ感情である。エリザベスも褒められれば嬉しいし、期待されればまた頑張ろうと思える。単なる承認欲求でこのような混乱を起こす意味が彼女には分からなかった。


 彼女の心を見透かしたかのように当主は目を細める。


「時折居るんですよ。承認欲求の化け物と言われる存在が」

 

 当主曰く承認欲求を満たす為ならどんな過激な行為や嘘も厭わない人間を「承認欲求の化け物」と呼ぶのだそうだ。

 今エリザベスの頭を悩ませているテンセイシャも顔の良い男にチヤホヤされたい、贅沢な暮らしを羨ましがられたい、多数からの注目を浴びたい、そんな軽い気持ちで彼等の恋人になろうと行動しているに過ぎない。

 婚約者を奪おうとしているのだって、彼女にとってそれが一番手っ取り早い手段だったからであって、被害者の心情や批判する人間などは眼中にないのだ。

 

 それら全てがエリザベスには考えたこともなかったものである。

 自分の努力をぶち壊し、婚約者を奪おうとしている女は理解できない化け物であった。その正体にゾッとし、反射的に自身の身体を抱き締める。両親も信じられないような目で当主を見詰めていた。

 

「今日の昼にカフェテリアで水がかかったかと思いますが、あれは私が部下に命じて水が入ったグラスを傾けさせたのですよ」

「そうなんですか……。止めていただきありがとうございます」

 

 あれのお陰で冷静になれた。彼女には悪いことをしてしまったと気に病むエリザベス達は与り知らないが、アマーリエの咄嗟の機転を責められないように当主による命令ということにしておいたのである。

 知らず知らずのうちに綱渡りをしていた状態に、本当にリンブルク家が介入してくれて良かったと震えが止まらない。

 

「既に王家と学園には話を通しておりますが、貴方方の協力も必要だと判断しました。本物のアマーリエ嬢は以前からこちらで保護しております」


「アマーリエ嬢、御挨拶を」と当主が呼びかける。他の場所で待機しているのだろうかと思っていたが、当主の隣にずっとあった人形が一人でに動き出して反射的に悲鳴が出る。その人形は滑らかな動きでソファから降りると、その足でしっかりと立って淑女の礼を取ったのである。

 

「このような姿で申し訳ございません。私が本当のロユア男爵の娘、アマーリエ・ニコル・クラークでございます」

面白かったら感想に「(=^・ω・^=)ニャーン」だけでも良いのでお願いします。

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