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THE DARK REALM  作者: 天神飯
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OUTLAW

挿絵(By みてみん)ギルド街「ジェイル」に足を踏み入れた瞬間、アリスとリリアはその圧倒的な活気と喧騒に包まれた。この街はまさにギルドを中心とした商業街で、四方八方から人々の声が響き渡っていた。通りは決して広くはなく、むしろ狭苦しいほどだが、その狭さを補うかのように、露店や商店が所狭しと軒を連ねていた。


大通りには様々な店が並び、それぞれの店先から独特の匂いや色彩が漂っていた。占い店の入り口には古びたタロットカードが並び、紫色の布が風に揺れていた。精肉店では新鮮な肉がぶら下がり、店主が手際よく包丁を振るう音が響く。菌類店には巨大なキノコが所狭しと並べられ、その独特の香りが鼻を突いた。呪材店では、怪しげな瓶や袋が所狭しと並び、店主が熱心に何かを混ぜ合わせている姿が見えた。そして、魔石店では色とりどりの宝石が並び、その輝きが通りを行く者たちの目を引いていた。


通りを行き交う人々もまた多様で、普通の商人はもちろんのこと、深くフードを被って顔を隠す者や、古傷が目立つ豪傑な冒険者など、見るからに訳ありな人物も多かった。その中には、背中に大きな荷物を背負い、鋭い目つきで周囲を警戒する者もいれば、何かに追われるように急ぎ足で通り過ぎる者もいた。道の端では、フードを被った人物がひっそりと立ち、周囲の様子を窺うようにじっとしていた。


通りの賑わいは絶え間なく、時折、巨大なボナコンが荷物を運ぶために通り抜けると、その狭い道はさらに狭く感じられた。ボナコンの重い足音と共に地面が震え、通行人は慌てて道の端に寄り、その通過を見守った。アリスはこの街の喧騒と忙しさに圧倒されながらも、その混沌としたエネルギーに魅了されている自分に気づいた。


「忙しい街だな…」アリスは心の中で呟いた。しかし、その瞬間、彼女の腕が突然引っ張られた。驚いて振り返ると、しつこい商人が彼女に布を押し付けていた。


「お嬢さん、この布はいかがかな?最高級の絹で仕立てた一品だ!触ってごらん、滑らかで柔らかいだろう?」商人はそう言いながら、布をアリスの手に押し付け、逃げ場を与えない。


「いや、別に今は必要ないんだけど…」アリスは困惑しながらもなんとか断ろうとしたが、商人はそれを聞き入れない。


「必要ないだなんて、そんなことはないさ!これほどの品質の布は、他では見つからないよ。これを手に入れるチャンスを逃すなんて、後悔することになるぞ!」商人はアリスの腕を強く握り、まるで彼女をその場に縛りつけるかのように話し続けた。


アリスは必死にその手を振り解こうとしたが、商人はしつこく食い下がり、布を彼女の目の前に突き出しては、その魅力を熱弁していた。最終的に、リリアが助けに入り、商人を振り払うことで、ようやくその場から抜け出すことができた。


再び大通りを進む二人の前方に、目的のギルド「アウトロー」の建物が見えてきた。アリスはその異様な姿に目を見張った。建物自体は山小屋のように大きな屋根を持っていたが、その屋根は不自然なまでにカーブしており、先端が鋭く尖っていた。全体的な形状は歪であり、まるで建物自体が生き物のように、くねくねと体をよじらせているかのようだった。


しかし、それだけではなかった。アリスは屋根から何かが吊るされていることに気づき、目を凝らした。暗い影が垂れ下がっていると思っていたそれは、実は人だった。人間の死体が三人、首を吊られて揺れていたのだ。その光景にアリスは思わず息を呑んだ。吊るされた死体の横には、漆黒のカピロテを被った処刑人が立っており、その顔には不気味な笑みが浮かんでいた。カピロテから覗く目は、冷酷でありながらもどこか狂気じみた光を宿しており、その視線がアリスたちに向けられると、背筋に冷たいものが走った。


「どういうこと?」アリスはリリアに尋ねたが、リリアは冷静に答えた。「あれは犯罪者の見せしめよ。この街では、ああやって処刑を公開することで治安を保っているの」


アリスはその言葉を聞きながら、この街の物騒さを改めて感じた。そして二人は、「アウトロー」の入り口へと足を向け、その異様な建物の中へと消えていった。


ギルド「アウトロー」の扉を開けると、アリスとリリアは瞬時にその喧騒と熱気に包まれた。広々とした一階は、ギルド酒場として賑わいを見せており、大小のテーブルが所狭しと並べられている。壁には古い地図や武具が掛けられ、天井近くには無数のランプがぶら下がって、薄暗い店内を暖かな光で照らしていた。だが、その光景をただの酒場と呼ぶには、この場所はあまりに独特な雰囲気を醸し出していた。


ギルドの中央には、カウンターがどっしりと構え、そこでは派手な服装をした年配の女性が、何やら小言を呟きながら注文をこなしていた。彼女が「アウトロー」の女主人、マザールであることは一目で分かった。その背後には、さらに高く見上げると、吹き抜けの二階があり、そこからは宿泊施設が広がっている。二階の手すりから覗き込むように、いくつもの視線がアリスたちを観察しているのがわかった。ギルドの広い一階フロアは酒場になっており、長い木のテーブルがずらりと並び、各テーブルには様々な冒険者たちが集まり、杯を酌み交わしていた。壁には無数の剣や盾が飾られ、どれも戦いの跡が刻まれており、この場所がいかに多くの冒険者を受け入れてきたかを物語っていた。


ギルドの一角では、契約や商談が進められているらしく、真剣な表情で紙を広げる者たちが集まっていた。また、酒杯を片手に笑い合う者たちもいれば、カードを広げて賭博に興じる者たちのテーブルもあった。だが、その雰囲気は一瞬にして変わった。


「イカサマだ!」という怒号が響き渡り、テーブルを挟んで座っていた二つのグループが激しく対立し始めた。一方は薄汚れた革鎧を身につけた粗野な冒険者たちで、もう一方は洗練された身なりの商人風の男たちだった。冒険者たちは商人たちがイカサマをしたと主張し、その怒りに任せてテーブルをひっくり返した。倒れた酒杯からは液体が床にこぼれ落ち、賭け金が散らばり、店内は一気に緊張感に包まれた。


「落ち着け、話し合いで解決しよう」と商人たちは冷静を装っていたが、その目には恐怖の色が滲んでいた。冒険者たちは武器に手を伸ばし、乱闘が勃発する寸前だった。


すると、突然その混乱の中心に、堂々とした赤髭の大男が現れた。彼は一瞬で場を掌握するかのように、ゆっくりと乱闘の中心に歩み寄り、深い声で一喝した。「ここで騒ぎを起こすのは誰だ!」彼の名はファルドール、ギルド「アウトロー」の夫婦共同経営者であり、この街で最強の夫妻として知られている。


その声の威圧感に、ギルド全体が一瞬で静まり返った。乱闘をしていた二つのグループも、大男の存在に圧倒され、動きを止めた。その大男は赤髭が立派に生えた威厳ある顔立ちをしており、彼の一挙手一投足が周囲に絶対的な影響を与えるようだった。


大男は静かに二人の首根っこを掴み、まるで小さな子供のように軽々と持ち上げた。その力強さにアリスは驚きのあまり目を見張った。彼は振り返りもせずに、二人を軽々と持ち上げたままギルドの入口まで運んだ。そして、扉を勢いよく開け放ち、二人を外へ放り投げた。二人の体が空中でくるりと回転し、地面に激しく叩きつけられる音が響き渡った。


その瞬間、ギルドの中は一瞬の静寂に包まれた。だが、次の瞬間、大男が何事もなかったかのようにアリスたちの方を振り返り、軽く頭を下げると、「仕方なく一喝しただけさ」と謝罪するように言った。彼のその言葉が合図であったかのように、ギルドの中にいた冒険者たちは一斉に歓声を上げた。


「さすがファルドール!」 「これぞギルドの王だ!」 「まったく、お前に逆らう奴なんていないさ!」


賑やかな声と共に、ギルド全体が再び活気を取り戻した。アリスはその圧倒的な光景にしばし見とれていたが、リリアがそっと彼女の肩に手を置いて、「行きましょう」と促した。ファルドールは一瞬、アリスと目を合わせ、意味ありげな笑みを浮かべてから、再び乱闘を止めたテーブルの方へ向かって歩き出した。


「まったく、もう少し静かにしてほしいもんだね」マザールがカウンター越しに小言を漏らし、再び忙しなく手を動かした。


アリスはファルドールの見事な対応に感心しつつ、その大きな体格に圧倒された。彼の肩幅は広く、腕も太く、まるで巨人族のように見えた。


「巨人族の血でも入ってるの?」アリスが興味津々に尋ねると、ファルドールは豪快に笑った。


「ワハハハハ、いいや、ただの鍛錬の積み重ねさ!鍛えれば誰だってここまで強くなれるさ!」彼の笑い声は店全体に響き渡り、その場の空気をさらに和ませた。


しかし、彼の笑い声が止むと、突然真剣な表情に変わり、アリスに問いかけた。「お嬢ちゃん、こんなところへ一人で来たのかい?」


アリスはリリアの方を指差し、彼女が一緒にいることを示した。その瞬間、リリアが近づいてきて、ファルドールに宿泊について尋ねた。


「宿泊なら、受付は妻のマザールがやってるよ」ファルドールはカウンターにいる派手な服装の女性を指差し、手続きをするように促した。


リリアが宿泊の手続きをしている間、アリスはカウンターの横で待っていたが、その場にじっとしていることができず、自然と目がギルド「アウトロー」の内部に向けられた。


まず彼女の目を引いたのは、カウンターの上方に広がる吹き抜けだった。二階から三階にかけて、天井まで続く広大な空間が広がり、木製の梁が複雑に組み合わさっている。天井には何本かの太いロープが下がっていて、それらに古いランタンが吊るされ、かすかに揺れている。ランタンの灯りは、ギルド全体に柔らかな影を落とし、温かみのある薄暗さを作り出していた。


アリスは少し背伸びをして、二階の手すり越しに見える宿泊フロアを眺めた。廊下にはいくつかの部屋が並んでおり、冒険者たちが賑やかに行き来しているのが見える。彼らの多くは武具や荷物を持っており、誰もがどこか疲れているようで、しかし、それぞれの顔には達成感や誇りが浮かんでいるのがわかった。


カウンターに目を戻すと、派手な服装をしたエプロン姿のおばさん、マザールがリリアと真剣にやり取りしているのが見えた。マザールの手際の良さと、時折見せる微笑みが印象的で、彼女がこのギルドを取り仕切る力強い存在であることを感じさせた。


その間もアリスの視線は、ギルドの他の部分へと自然に移っていった。ギルド酒場のテーブルでは、数人の冒険者が乱闘の後始末をしており、彼らの間に漂う緊張感がまだ完全には解けていないことがわかる。しかし、アリスが最も興味を引かれたのは、ギルドの中央にある大きな暖炉だ。その周囲には何組かの冒険者が集まり、火を囲んで静かに語らっている。暖炉の火がぱちぱちと音を立てるたびに、彼らの顔に温かな赤い光が映し出され、アリスはその光景を眺めながら、何とも言えない安らぎを感じた。


しばらくして、リリアが手続きを終えたのか、カウンターの方からアリスに手を振った。アリスは吹き抜けに見入っていたことに気づき、少し頬を赤らめてリリアの方に歩み寄った。「手続きは終わった?」と尋ねると、リリアは小さく頷きながら「ええ、今晩の部屋が取れたわ」と答えた。


アリスは再びギルドの広い内部に目をやり、ここで一夜を過ごすことへの期待と、同時に感じる不安が入り混じる気持ちを胸に抱いた。リリアの後に続いて階段を上がるとき、アリスは改めてこの場所の大きさと、その奥深さを実感した。


部屋に入ると、アリスとリリアはまず荷物を置いて、やっとの思いでたどり着いた安堵感から、しばらく無言でその場に立ち尽くした。部屋は決して豪華とは言えなかったが、木製の家具がしっかりと配置され、窓からはギルド街の喧騒がかすかに聞こえてくる。ベッドは二つ並んでおり、それぞれに厚手の毛布がかけられていた。壁には暖かな色合いのランプが取り付けられ、柔らかな光で部屋全体を包み込んでいた。


アリスはベッドに腰掛け、深いため息をついた。「やっと一息つけたわね」と呟きながら、鞄から地図を取り出して広げた。


リリアももう一方のベッドに座り、ほっとした表情を見せたが、すぐに険しい顔に戻った。「だけど…この宿泊費、かなり痛かったわね。思ったよりも高かったから、これからどうしようかしら」と、手持ちの金貨を数えながら話しかけた。


アリスも手持ちの金を確認し、小さく唇を噛んだ。「うん、私たちが持っている資金じゃ、この街に長く滞在するのは難しいかもね。計画ではもう少し余裕があるはずだったけど、ここは思ったより物価が高い」


リリアは頷きながら、テーブルに金貨を並べて見つめた。「何か小さな仕事を見つけて、少しでも稼がないと。このギルド街は情報が豊富だって言うし、ここでの情報収集も大事だけど、まずはお金がなければ動きが取れないわ」


アリスは地図を折り畳み、リリアの方に向き直った。「そうね、ここで仕事を見つけるのが一番の方法だと思う。ギルドなら何かしらの依頼があるはずだし、私たちの腕ならこなせる仕事も多いはず」


リリアは少し微笑んでアリスを見た。「さすが、前向きね。大丈夫、きっと上手くいくわ」


アリスも微笑み返し、リリアの手を軽く叩いた。「まずは休んで、明日からの準備をしっかり整えよう。無理をしないで、できることから始めればいいんだから」


リリアはその言葉に力強く頷き、「そうね。まずは疲れを取って、明日から新しい仕事を探しましょう」と応じた。


二人は部屋のランプを消し、しばしの静寂の中で、それぞれの思いを胸に休息を取ることにした。

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