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THE DARK REALM  作者: 天神飯
3/12

大蛇を討ち倒した後、アリスはまだ焼け付くような疲労感を引きずりながら、ダークレルムの指輪の重みを感じつつ、川沿いの道を歩いていた。冷たい風がアリスの頬を撫で、彼女の白銀の髪が揺れる。川の流れは静かで、彼女の心を癒すかのように囁いているかのようだった。アリスは自分が手にした指輪を見つめ、老騎士の最後の言葉が頭の中で反響していた。


「こんな呪われた指輪を継承するなんて…でも、私にはやるべきことがあるの。」


自分に言い聞かせるように呟くアリスは、その瞳に決意の色を宿していた。道は徐々に険しくなり、やがて川が滝となって崖を流れ落ちる場所に辿り着いた。アリスは険しい崖を降りる準備を整え、慎重に足を運ぶ。体の疲労が重くのしかかるが、彼女はそのまっすぐな性格からくる決意で、崖の下に広がる平原までたどり着いた。


アリスは平原を抜け、村の入り口に辿り着いた。村の周りには外敵から身を守る為と言わんばかりの石塀が辺りを囲んでおりここ一帯の物々しさを語っているようだった。村の入口に立つアリスは、その閉鎖的な雰囲気に一瞬戸惑ったが、疲れた体を休めるためにも、ここで一晩を過ごすことを決意した。


村の中に足を踏み入れると、何人かの村人が彼女に気づき、訝しげに視線を向けてきた。アリスは彼らに軽く会釈しながら、最も年配らしき男性に近づいて声をかけた。


「こんにちは。旅の者ですが、今晩こちらの村に泊めていただけないでしょうか?」


その男性はアリスをじっと見つめ、目を細めた。彼の顔には深い皺が刻まれており、生活の苦労がにじみ出ているようだった。しばらくの沈黙の後、彼は低い声で答えた。


「旅の方か…。珍しいことじゃが、こんな時に村に入るとは。どうしてもというなら、村長に聞いてみるがよい。」


彼は村の中心にある少し大きめの家を指差し、そこが村長の家であることを教えてくれた。アリスは礼を言って、その家に向かった。玄関の前で扉を叩くと、やがて中からやせ細った老人が姿を現した。


「旅の方か…、何用かな?」


村長は少し警戒した様子でアリスを見上げたが、彼女のまっすぐな瞳に気づくと、その緊張した表情が少し和らいだ。


「今晩、こちらの村に泊まらせていただきたいのですが…。」


アリスが丁寧に頼むと、村長はため息をつき、しばらく考え込んだ後に頷いた。


「…分かった。だが、今夜は気をつけるんじゃ。最近、この村にはよくないことが起きておる。」


村長の言葉には重みがあり、アリスはその言葉の裏に何か深刻な事態が潜んでいることを感じ取った。


「よくないこと…?」


アリスが尋ねると、村長は再びため息をつき、言葉を続けた。


「数週間前から、この村では夜になると、村人たちが狂気に取り憑かれるような声を聞くようになったんじゃ。その声は、死んだはずの女のものだと言われておる。怨霊が出るのじゃよ…。」


村長の話を聞いて、アリスは少し驚いたが、同時に興味を引かれた。怨霊などの話は多くの村で聞いたことがあるが、ここではそれが現実の脅威として存在しているようだった。


「それで、村人たちはどうしているのですか?」


アリスの質問に、村長は苦々しい顔をした。


「皆、夜になると家に閉じこもり、決して外には出ないようにしておる。だが、それでも時々、村人の一人が発狂したように叫びながら外に出てしまい、翌朝には行方不明になるのじゃ…。」


アリスはその話を聞いて、村の人々が抱えている恐怖を理解した。彼女は少し考え込みながらも、決心したように頷いた。


「ありがとうございます。私がこの村に滞在している間、怨霊のことを調べてみます。」


村長は驚いたようにアリスを見つめたが、彼女の言葉に希望の光を見出したかのように、ゆっくりと微笑んだ。


「…そうか、何もかもは頼らんが、もしできることがあれば…頼む。」


夕闇が村を包み込む頃、アリスは夕食を取るために、村の中心にある大聖堂に似た形をした建物へと向かった。その建物は、中世ゴシック風の暗く重々しい雰囲気を漂わせており、石造りの外壁には古い年月の痕跡が刻まれていた。内部に入ると、大食堂と呼ばれる広間が広がっており、天井の高いアーチ型の構造が威圧感を与える。その大食堂には、村の人々が既に集まり、長い木製のテーブルに座っていた。アリスもその一つに腰を下ろし、食事を待つことにした。


やがて村長が大食堂に現れ、村人たちの前に立った。重苦しい沈黙の中で、彼は新たな犠牲者が出たことを告げた。


「…また、犠牲者が出た。昨夜、ペドロの息子、トマスが怨霊に襲われ、行方が知れぬままとなっておる…。」


その言葉が告げられると、食堂内は一瞬にしてざわめきに包まれた。村人たちの不安が、囁き声となって広がっていく。アリスはその様子を見つめながら、村全体を覆う暗雲のような恐怖を肌で感じ取った。


やがて、祈りの儀式が始まり、全員が頭を垂れ、目を閉じて静かに祈った。その儀式が終わると、ようやく食事が始まった。食事はビュッフェ形式で提供されており、アリスは村人たちと一緒に列に並んで料理を取った。目に留まったのは、草食の緑龍の丸焼きだった。その巨大な体がテーブルの上に堂々と横たわり、その周りには大キノコの煮込みがたっぷりと盛り付けられていた。香ばしい香りが広間に漂い、アリスの胃をくすぐった。


席に戻り、アリスが静かに食事を進めていると、隣の席に座っていた農夫の娘ペトリシアタと鍛冶屋の息子メルコムが彼女に話しかけてきた。ペトリシアタは明るく快活な少女で、メルコムは寡黙ながらも鋭い目を持つ青年だった。


「怨霊の噂、信じてるの?」ペトリシアタが興味津々な様子で尋ねた。


アリスは首を傾げた。「まだよくわからないわ。でも、村の人たちがこれだけ怖がっているなら、何かが起こっているのは確かね。」


メルコムが深く頷いた。「でも、あれは怨霊じゃない。狂気に走った人間が藁を身にまとっているだけだっておばさん達が噂してた。」


「それが誰かもわからないんだもの、どうしようもないけどね。」ペトリシアタが続けた。「でも、怖いわ…夜が来るたびに何が起こるかって。」


アリスは、少し考え込んだ表情を見せたが、すぐに話題を変えることにした。彼女の旅の話が村人たちの暗い気分を少しでも和らげられたらと考えたのだ。


「ところで、君たちはこの村でずっと暮らしているの?」アリスが尋ねると、ペトリシアタがすぐに答えた。


「そうよ。小さな村だけど、ここが私たちの家だから。ところで、アリスさんはどんな冒険をしてきたの?」


メルコムも興味津々といった様子でアリスを見つめ、彼女の答えを待っていた。


「ええ、そうね…例えば、雨林地帯の奥底に潜む古代遺跡での話なんかどうかしら?高度な技術が眠るその場所を巡って、他の冒険者たちと熾烈な争いを繰り広げたわ。」


アリスの話に、ペトリシアタの目が輝いた。「それで?どうやってその技術を見つけたの?」


「遺跡は自然の中に巧妙に隠されていて、見つけるのは本当に大変だったわ。でも、現地の人々から得た手がかりを頼りに、やっとの思いでたどり着いたの。中に入ると、罠や守護者が待ち構えていて、何度も命の危険を感じたけれど…最後には遺跡の秘密を解き明かすことができたのよ。」


メルコムが感心した様子で口を開いた。「それに比べたら、俺たちの生活はずいぶん平凡だな…。他にも何かある?」


アリスは微笑み、続けて話した。「北の山岳地帯でね、そこで現地の人々から特別な呼吸法を教わったの。魔力と闘力を底上げするための修行だったんだけど、その呼吸法のおかげで、体の限界を超える力を引き出すことができたわ。寒さや高地の過酷な環境での修行は、本当に厳しかったけど、その分、得るものも大きかった。」


二人はすっかりその話に夢中になり、アリスもまた自分の冒険を思い出しながら熱く語っていた。しかし、話が一段落ついたところで、ふとお互いが自己紹介をしていないことに気づいた。


「そうだ、私たち自己紹介してなかったわね。」ペトリシアタが笑いながら言った。「私はペトリシアタ、農夫の娘よ。」


メルコムも続けて言った。「俺はメルコム。鍛冶屋の息子さ。」


「アリスよ。遠いところから来た冒険者ってわけ。」アリスも微笑みながら答えた。


食事を終えた後、アリスはペトリシアタとメルコムと一緒に大食堂を後にした。外に出ると、夜の冷たい空気が肌を刺すように感じられた。村全体が闇に包まれ、月明かりが細く差し込むのみで、影が不気味に揺れていた。


宿に向かう途中、アリスは二人と別れた。宿の入り口に着くと、古びた木製の扉が軋む音を立てて開き、彼女を迎え入れた。内部は古いが手入れが行き届いており、待合室には暖かな暖炉の火が灯っていた。壁には錆びた甲冑や古い地図が飾られ、中世の騎士物語を彷彿とさせる雰囲気が漂っている。重厚な木製の家具が部屋を満たし、暗い色調のカーペットが足音を吸収して静寂を保っていた。


アリスは宿の主人に軽く挨拶をし、部屋の鍵を受け取って階段を上がった。廊下にかかる絵画や古びた蝋燭立てが、時間の流れを感じさせる。部屋に入ると、木製のベッドが一つと、小さなテーブルに椅子が一脚あるだけの質素な造りだったが、どこか落ち着くものがあった。


アリスは荷物を置き、ベッドに腰掛けた。部屋は静まり返り、窓から差し込む月明かりが薄暗い室内をぼんやりと照らしている。彼女は、今日出会ったペトリシアタとメルコムのことを思い出し、彼らの純粋な好奇心に触れたことで少し心が軽くなったように感じた。


「明日からどう動くか、考えなきゃね…。」


アリスは大蛇との戦いの記憶や、指輪が持つ呪いについても思いを巡らせたが、やがて疲れが一気に押し寄せてきた。ベッドに横たわると、そのまま深い眠りに落ちていった。夢の中で、大蛇や指輪、新たな友と過ごしたこの村の夜が、入り混じるようにしてアリスの心に影を落とした。

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