第8話
ナターシャを訝し気に見下ろす。
聖女の存在を今まで否定しているつもりはなかったが、実際に聖女を前にするとどうにも胡散臭さが漂っている。
話でしか知らなかった聖女が、今目の前にいるが、何か見落としているような気になる。魔法師の直感が働く。
何が、と聞かれると断言できないがソーマの経験値が何かを訴えている。
「これ以上分からないのなら仕方ない。だが、今後そのようなざっくりとした預言ばかりされては困る」
今後も頼ってくるつもりか。
少しは自分たちの脳みそと技術でどうにかしろ。
心の中で罵倒するが、その怒りに待ったをかける。
聖女と魔法師は同等の位である。しかし、魔法師団団長が国王の命を受けたからだとしても、聖女に預言を頼みに来た上に「今後も頼む」というニュアンスを含む発言をした。
これはもう、同等ではないのでは。
聖女の方が格上なのでは。
大魔法師よりも、聖女が頼りにされているのでは。
魔法が使える魔法師団よりも、何の力もない一般人である聖女が勝っているということでは。
にやり顔になっていく表情筋を抑え、誤魔化すようにこほんと咳払いをする。
「私も日々国民のため祈りを捧げているのですが、修行が足りないようですので精進いたします」
「そうしてくれ」
偉そうな物言いだが、聖女の方が上と認識してしまった今、強がりにしか聞こえない。
格下が偉そうに胸を張って見下している。
そう思うと、滑稽だ。
ぷぷぷ、と笑いたくなる。
恐らくこれで話は終わりだろう。話を続ける気配はない。預言にいちゃもんを付けに来ただけだろうに、未だナターシャの前に立つ。
まだ何か用か、と意味を込めて首を傾げるがソーマはナターシャを見つめるだけで喋らない。
「あの?」
ナターシャが声をかけるとソーマは踵を翻した。
立ち去る前の挨拶はなく、無言で教会を出たソーマに礼儀のなっていない男だと肩をすくめた。
もう会いたくはないが、この預言について何度か話す機会がありそうだ。
預言が的中した時、そうでない時。どちらにせよ、話す場を設けられるだろう。国王を交える可能性もある。
国王一人を相手にするならば簡単だが、大魔法師がいると思うと気を引き締めなければならない。あいつは、嘘に気付きそうだ。
気付いたらきっと唐突に来るだろう。
兵を率いて、魔法師団を率いて、教会を取り囲み突撃してくるだろう。
そうなれば最後、逃げ道はない。
大人しく捕まり、国王に渾身の演技をぶつけるのみだ。
「生き延びねば」
投獄や死刑なんて冗談じゃない。
なんとしてでも大金と共に生き延びて豪遊生活を満喫する。
力強く拳を握った。
ナターシャが預言を行ってから十日が経過すると、魔物が潜む森に動きがあった。
大人しくしていた魔物が影を出し、蠢いていた。
聖女の預言があったものの、魔法師団は国外の警戒を怠っていなかった。そうして魔物の動きを感知すると、王宮にて国王に報告した。
「暫く平和だったからな。魔物の動きが活発になるのもおかしくはない」
「動きと言っても、森の中でのことです」
「森からは出ていないのか」
「はい。しかし、今までにない動きです。休むことなく動き回っています」
ソーマの横に立つ魔法師が詳細を報告する。
ソーマは口を挟むことなく、部下に続けさせる。
「この動きが、どういう意味なのかはまだ解析中です」
「そうか。様子見するしかあるまい」
国王は背もたれに体を預けると、息を吐いた。
「国王、これは聖女の預言とは無関係でしょうか」
黙っていたソーマが聖女の話を持ち出す。
数日前、聖女に預言させた。そして今、魔物の不穏な動きがある。
無関係なのか。
二度聖女に会ったが、どうも信用ができない。
「どういう意味だ。聖女の預言と今回の魔物の動きが、関係していると言うのか?」
国王の眼光が鋭くなる。
「確か聖女の預言は、人間の悪意が爆発するとのことだっただろう。魔物についてではないはずだ」
「本当に人間の悪意なのでしょうか」
「どういう意味だ」
「聖女が預言を間違えた、という可能性は?」
その一言は場に緊張感を与えた。
「聖女が預言を?そんなはずあるまい。現に数年前、聖女の預言は見事的中していた」
「ただの偶然だった可能性もあります」
「ソーマよ、どうしても聖女の預言が信じられないようだが、聖女と何かあったのか?」
大魔法師と聖女を秤にかけると聖女の方が重いようだ。
国王の言葉でソーマは信頼の重さを悟った。
きっと証拠がないままに聖女の疑いを表に出せば、国王は聖女を庇うだろう。
このまま話を続けても得るものはない。
国王が聖女の美貌を好んでいることは知っていた。国の王であるため、そういった振る舞いはしていないが、王宮の者であれば察しているだろう。
「いえ、預言を思い出したものですから、今回の件と関係があるのか疑問に思ったのでつい」
「まあいい。聖女の預言との関係が気になるのなら聞いてくるがいい。ただし、手荒な真似はするなよ。丁重に扱え」
疑い深いソーマは一度気にすると、とことん気になる性格である。
聖女の預言に疑いを持った。
国王は眉をひそめたが、大魔法師のその言い分を突っぱねることはできない。預言が正しい、という証拠はない。しかし、間違っているという証拠もない。
そのため、気は進まないが聖女への聴取を許可した。
「承知しました」
聖女の元へ、預言について聞きに行く。
それだけのことであるのに、国王は聖女を甘やかすような口ぶり。
聖女が人でも殺さない限り、国王は聖女寄りを保ち続けるだろう。
それに対して、嫉妬や劣等感を持つことはないが、信用ならない聖女を思い出すと自然と眉間にしわができる。
一礼し、ソーマは王宮から立ち去った。