第7話
いつ会えるか分からない、と思っていたが翌日ソーマは教会に現われた。
まだ午前中であり、聖女としての仕事の最中だ。
ちらほら訪れる民の手を握り、後ろに見えるソーマを視界から消すように目を閉じた。
仕事ぶりを覗きに来たのだろうか。
話しかけることもせず、ただ黙ってナターシャを見つめている。
まさか惚れたのか。一瞬そんな期待をしたが、恐らく見物しに来ただけだろう。
しょぼい預言をした聖女は、どんな仕事をしているのか気になった。そんなところだ。
それにしてもあの男、小顔だな。何頭身あるのだ。
老若問わず、女がちらちらと視線を送っている。
気持ちは分かる。あんな顔の良い男は滅多にいない。
教会に足を運ぶ民は多くないが、途絶えることなくやってくる。
ソーマは、一人一人の手を握り微笑するナターシャに、よくそんなことができるなと感心していた。
手袋もせず、どんな人間にも平等に接している。
自分にはできない。
そもそも絶えず笑うということができない。
どうしたら長時間笑みを保っていられるのか。
聖女とはそういうものなのか。
人間を慈しみ、平等に愛を与え、神からの祝福を祈る。
都合の良い存在だ。
もし自分がその立場なら、逃げ出すだろう。こんなことやっていられるか、と怒鳴り散らす。
凄いものだ。
眉一つ動かすことなく、慈愛に満ちた表情で民を想うナターシャはまさに聖女だった。
「聖女様は今日もお綺麗ね」
「神に愛されているんだわ」
「聖女様の美しさを見に来ているようなものよね」
「手を握られるとわたしも綺麗になるような気がするの」
「美しいわ、聖女様」
「聖女様以上の女を俺は知らん」
「うちの妻もあれくらい美人だったら」
「息子の嫁になってくれんだろうか」
「聖女様は誰のものにもならないわ」
「聖女様」
「聖女様」
「聖女様」
横を通る民たちは聖女に魂を抜かれているかのように、うっとりとして出て行く。
まるで宗教だ。
手を握って祈っているが、もしや寿命か理性を抜き取っているのでは。
しかし聖女からは魔力を感じない。魔法を使って何かをしていることはない。
民たちはあの美貌に骨抜きにされたのだ。
恐ろしい聖女。
一歩間違えれば悪魔になるだろう。
国王はその美貌を気に入っているようだったが、これを分かっていて監視下に置いているのか。
そう思ってしまうくらいには、民の様子が尋常ではない。
目を光らせてナターシャを観察する。
「聖女様、母が寝たきりなんです。どうにかなりませんか」
若い女がナターシャに助けを求める。
ならば医者に診せろよ、神頼みが一番効果ないぞ、と言いたいところだがナターシャは「神の祝福がありますように」と瞼を下ろした。
医学に頼るか魔法に頼るか、その他の方法を探す方が先ではないか。教会に来ている場合ではないだろうに。
ここへ来ればすべてどうにかなると思っている人間が多すぎる。
そう思わせることが大切なのだが、愚かな奴等だ。
「聖女様、ありがとうございます。気持ちが楽になりました」
そう言って一筋の涙を流し、女は去って行った。
気持ちを楽にさせる。そういう効果もあるようだが、神頼みで楽になる人のことは分からない。
神に祈ったところで神が解決してくれるわけではない。結局は自分でどうにかしなければならないのだ。
ここへ来るよりも金を稼ぐため働く方が何倍も有意義だ。
昼に差し掛かると民の足が途絶え、教会の扉を閉めた。中ではソーマと二人きりになる。
背筋を伸ばしてソーマの前に立ち、何用かと問う。
「預言を国王に伝えた」
「そうですか。陛下は何と?」
「情報が少ない」
「そ、そうですか」
しゅん、としおらしく目線を下げる。
それにしてもぶっきらぼうな男だ。他に言い方があるだろうし、優しい言葉を付け加えてくれてもいいだろうに。
コミュニケーション能力が著しく低いこの男、さては恋人がいないな。
「もっと詳しい預言はできないのか」
そう言われるのは何度目だろうか。
昨日も同じことを言った。
何度も言わせるな。
「私に、そこまでの力はありません。大まかにしか分からないんです」
「本当に聖女か?」
怪しい、とソーマの表情が語っている。
これはいけない。
聖女としての力が皆無だと知られたら、詐欺罪で投獄されてしまう。投獄だけならまだいい方だ。死刑すらあり得る。
そんなことは、なんとしてでも阻止せねば。
「困りましたね、私の力が弱いばかりに怪しまれてしまうなんて」
得意の困り顔で応戦する。
クソ野郎。この金髪碧眼が目に入らないのか。どこからどう見ても聖女でしかない。
大魔法師に疑われると厄介である。
妙な魔法で嘘を暴かれるかもしれない。
隙を与えず警戒を怠らないよう、気を抜けない。