第5話
ナターシャは込み上げる笑いと戦いながらソーマを見上げる。
澄んだ瞳は聖女に相応しい。外見はどの角度から見ても聖女そのもの。
ソーマが今まで出会った女とは比較にならない。
守衛が二人で務まるのか、と思ってしまう。
こんなにも麗しい。聖女には目立って護衛はいない。本人が遠慮したというので、国王は聖女に気付かれぬよう隠密の護衛を付けているようだった。
聖女からは見えない場所で、常に護衛が付きまとっている。
当然のことだ。
「預言、ですか。私は未熟なので、的中するかどうか」
「前回は完璧だったようだが」
「偶然ですよ。それに、私の祈りが足りないせいで国に不安を与えてしまいました」
伏し目がちに零れるその言葉は、我ながら反省の色を上手く混ぜることができた。
絡んでいた視線が外れたことに、ソーマは不満を抱いた。
「いいから預言を早くしてくれ」
冷たく言われ、ナターシャは内心むっとする。
どれだけ偉いつもりだ。聖女と魔法師は同等だぞ。
聖女がこうして謙遜しているのだから、そんなことないよと否定くらいしてみせろ。
こいつ、顔だけが良くて許されてきた人間だな。顔が良いから性格が悪くてもいいや、と群がる女が多かったのだろう。きっとそうだ。
聖女の自分を見習え。この美貌でこの性格。完璧だ。爪の垢を煎じて、その口をこじ開けて流し込んでやるぞ。
そんな思いは露程も気取らせず、ナターシャは困り顔を作った。この顔が一番得意である。
「国王からの命令だ」
断るなよ、と鋭い眼光が語っている。
だから何故そんなにも偉そうなのだ。
青筋が浮かびそうになる。
「祈りの時間が必要なので、今すぐ預言というわけにはいきません」
「どれくらい待てばいい。今日中にはできないのか。すぐ預言しろと国王の命令だ」
「分かりました。今日祈って、今日預言できるかは分かりません。三日、一週間のときもあります。今日はお帰りになりますか?」
「待とう」
「では椅子に座ってお待ちください」
面倒だな。今日は預言できないと言って逃げようか。預言があるまで毎日こうして付き纏われても嫌だ。
さて、何て言おうか。
また魔物が襲ってくる、なんて言っても前回と変わらない。
けれどそれくらいしか思いつかない。
火事が起こる、地震が起こる。そういう細かいことは言えない。もっと大まかに、色んな解釈ができる言い方がいい。
神像の前に行き、膝を折る。
聖女にとって大切なこの姿勢はもう慣れた。最初こそ足が痺れて暴言が頭の中で飛び交ったものだが、今や特技へと成長した。
神像を眺め、顔には出さず鼻で笑う。
誰も神を見たことないくせに、神だと崇める像をつくる。
本当に神はこんな姿をしているのか。
「途中でお帰りになっても構いませんよ」
「いいや、待とう」
暇なのか。
どれくらい長い時間を待たせてやろう。
神なのか誰なのかよく分からない像の前で両手を握り、目を瞑る。
あー、どうしよう。
悪い気を纏うものが近づいている。
人間の悪意が大きくなっている。
こんなところか。
人か魔物か。どちらか悪いものが迫って来ていますよ、と。
前回は魔物だったから今回は人間にするか。
いや、しかしここ最近は平和が続いている。ということは、近々その平和が壊れる何かが起るのだ。魔物の話も最近は聞かない。やはり魔物が迫っていることにしようか。
いやでも、そこには人為的な何かが影響しているのかもしれない。
人間にしようか。魔物にしようか。
難しいな。
どんな嘘を吐こうかと思案しているナターシャの後ろ姿を、ソーマは近くにある椅子に腰かけて眺める。
小さな頭に華奢な身体。
神に愛された故の顔の造りだろうか。瞳も、吸い込まれるようだった。
聖女でなければ今頃波乱万丈な人生を送っていたことだろう。
国王が後ろ盾である聖女に手を出そうなんて考える人間はいない。
祈り続ける聖女は、今何を考えているのだろう。
聖女の顔を思い出し、ソーマは笑みを浮かべた。