第4話
ナターシャが国王に謁見した二日後、守衛が変わっていた。
元気の良い挨拶が目立ち、教会に訪れる国民に妙な人間がいないか目を光らせてくれている。
実にできる男二人である。
例の老爺が訪れた際も、ナターシャが知らない内に追い返してくれたらしい。
「ここは教会ですからね、当然の対応です」
守衛は笑顔でナターシャに答えた。
感動した。きっと二人は出世する。
「今日見た感じだと、妙な人はそのお爺さんくらいでした」
午前中の祈りが終わり、教会から帰る前に守衛二人と雑談をする。
前の守衛と違い、爽やかで気遣いもでき、笑顔は明るい。
顔は男前と褒める程ではないけれど、悪くない。
「王宮でのお仕事もあるでしょうに、ごめんなさい」
「とんでもない!我々の仕事ですので!」
申し訳なさそうにする聖女に気を遣わせまいと、二人は背筋をぴんと伸ばす。
この二人が守衛なら問題はなさそうだ。
ナターシャは二人に会釈し、その場を離れようと思ったが目の前にやってきた男により阻まれた。
黒い制服を着て、黒い髪。
悪魔の使いか、と一瞬思ってしまうくらい黒一色だが纏っている制服が魔法師団のものだと気づき心臓が大きく動いた。
しかも、よく見ると胸元に金色のバッチが付いている上に、ナターシャが知る魔法師団の制服とはどこか違う。
男はじっとナターシャを見下ろし、言葉を発さない。
困惑したナターシャは振り返って守衛二人を視界に入れると、力強く敬礼している。
どことなく緊張を滲ませ、ナターシャとは目が合わない。
まさか。
「お前が聖女か?」
中世的な顔立ちに、凛とした声。
この色男は恐らく、大魔法師。
いつか街の女たちがきゃあきゃあと騒ぎながら大魔法師について語っていた。
見た目も声も、体格も、すべてが良いのだと。
あんないい男、他にいないのだと。
大魔法師を見たことはなかったが、絶対にこの男だ。
女の勘が働いた。
「そうですが、もしや大魔法師様でしょうか?」
「ほう、知っているのか」
目を細める大魔法師は、ナターシャから視線を外さない。
国王が褒めるだけある。
ナターシャを見て抱いた最初の感想がそれだった。
「私に何かご用ですか?」
「あぁ、中に入ってもいいだろうか」
「どうぞ」
ふざけんな帰れ。
そんな思いとは反対に、聖女としての手が扉を開けてしまう。
「ごめんなさい。ここは教会なので、お茶は出せないんです」
「知っている」
「それで、どのようなご用件でしょうか?」
こてん、と可愛らしく首を傾けてみる。
首が動くのと同時に金色の髪も揺れる。
ソーマとは正反対の輝く髪。女特有の艶もあり、思わず手を伸ばしてしまいそうになる。
「大魔法師様?」
何も言わないソーマを不審がる。
一体どんな用でここに来たのだ。
まさか嘘がばれたのではないだろうな。
静まり返る教会内で、二人は向き合ったまま。
大きな瞳に映る自分の姿が鮮明に浮き上がると、ソーマは口を開いた。
「預言をお願いしたい」
ナターシャはひっくり返りそうになった。
一度、そんなことをやった覚えがある。
何の力も持たず、神すら信じていない偽りの聖女がナターシャだ。
大金が貰えるので聖女をやっているだけなので、当然預言なんてできないし、予知もできない。
先見の魔法なんて存在しないので、こうして大魔法師が聖女に頼みに来ている。
「以前してもらったが、今回は国王からの頼みだ」
ナターシャは小刻みに震えそうになるが、両腕を擦ることでなんとか耐える。
「そういえば、以前もしましたね」
前回は、聖女の力を疑う他国から移住してきた輩が「本物の聖女なら証拠として預言でもしてみせろ」と大声で喚き散らし、民衆の物珍しい視線に耐えきれず、預言をした。
「今回もできるだろうか」
真剣に聞かれ、吹き出しそうになる。
できるわけないだろう、馬鹿め。
あれは出まかせを言っただけだ。
その時思いついたホラを吹いたのだが、まさか現実になるとは思わなかった。
細かく預言していない。近いうちに、いくつもの邪悪なものが迫るでしょう。確かそう暈した気がする。魔物の大群が襲ってくるなんて、一言も言っていない。
国王と国民の盛大な勘違いだ。
もし預言に反して何も起こらなかったとしても、「修行が足りませんでした」とかなんとか言って長い間引きこもればいいだけである。
その間は誰にも祈りを捧げなくていいので無職同然。満喫するのもありだな、と思っていた。
的中したときは笑いが止まらなかった。
天才とは自分のことだと腹を抱えた。
そんな真面目に、預言してほしいなんて言われて、笑わずにいられるだろうか。
無理だ。
もう喉の辺りまで笑いが込み上げている。
駄目だ、笑っては駄目だ。
でも、そんな、そんな整った顔で預言などと馬鹿げた話をするなんて。
あっひゃっひゃ。本気で信じてるのか馬鹿め。人智を越えた力を持つ大魔法師が、何の力もない、ただの金髪碧眼美女に頭を下げに来てご苦労なこった。そう声に出したい。でも我慢だ。