第2話
ナターシャは決めた。
国王に会いに行こう。
気持ち悪い老爺とこれ以上顔を合わせたくはない。
帰ってすぐに執事を呼び出した。
「国王に謁見したいの」
その一言ですぐに事が進んだ。
多忙な国王がすぐに会ってくれると思っていなかったが、先延ばしにされるとも思っていなかった。
邸宅にある、魔具の通信機にてその日中に返事を貰うことができた。
この時代では魔法の息がかかった器具が増え、庶民も手に入れることができる。
ナターシャの財力では、庶民が買えない魔具を揃えており、日常生活は便利になっていた。
翌日、午前中はいつものように教会で聖女の務めを果たした。昼になると教会の前に国王が寄こした使者が待機しており、その手には小さなクリスタルがきらりと光っている。それは王宮へ瞬間移動ができる特別な魔具であり、ナターシャの身体は一瞬で王宮の中へと移動した。床には魔法陣があり、クリスタルで飛んだ場合この魔法陣の中に外部から移動してくる。
街から急に煌びやかな景色へと変わり、目がちかちかする。
従者が持っていたクリスタルは輝きを失い、灰の色になっていた。
王宮へ移るその魔具、欲しいな。
そう思うが、それは大層貴重なものであり、限られた人間しか持つことを許されていない。
瞬間移動ができる魔具は魔力のない人間が使用すると身体の負担が大きい。と、耳にしたことがある。
貴重な魔具であり、持つ者によっては扱えない。
きっと自分は扱えないな、とナターシャは肩を落とした。
手に入れたところで扱えないのだから、欲しても意味がない。
でも便利なその魔具、欲しい。
ただの石ころとなった魔具をじっと見つめていると、使者は不審そうな表情をした。
慌てて取り繕い、ナターシャは使者に案内させ、国王のいるところまで歩を進めた。
どうやら国王はナターシャと話すため、庭園でお茶をしているらしい。
聖女に対する気遣いだろうが、ナターシャは長居をしたいわけではない。
民にとって聖女は心の拠り所であり、歴代の国王は聖女に敬意を払っていた。現国王も同様である。
国王さえ味方につけていれば怖いものなしである。
機嫌を損ねないよう注意しなければならない。
使用人がずらりと並び、国王は優雅にお茶を楽しんでいた。
後ろにいる男が書類を眺めながら喋っているので、お茶を楽しみながら仕事もしているのだろう。
ナターシャは国王の前で頭を下げ、挨拶をした。
「座りなさい」
長い髪が風で靡く。
見事な金髪を目にし、国王はふっと笑った。
威厳ある顔付きであるため、その笑みが意味深に思えてしまう。
気を抜かず、国王の前に座った。
「久しいな。元気だったか?」
「はい、国王陛下のお陰です」
畏まりすぎても可愛げがないので、固くなり過ぎないよう心がける。
ナターシャの前に高級そうなティーカップが置かれ、一口味わう。
砂糖が入っているようだが、足りない。
あと二つは入れたいところだが、聖女が砂糖をぼとぼと入れるのは印象が良くない。
我慢だ我慢。
苦味の残る口内を気にしながら、もう一口流し込んだ。
「最近はどうだ?」
きた。
ナターシャは眉を下げ、言い出しにくい雰囲気を纏わせる。
数秒目を泳がせ、意を決して口を開く。という演技をした。
「実は、最近困っていることがありまして…国王陛下に相談するなんて恐れ多いのですが…」
遠慮がちに目を伏せると、国王は表情を和らげて「なんでも言ってみなさい」と安心させるように優しい声色でナターシャに言った。
「では、お言葉に甘えまして」
そこからは、ナターシャ劇場だった。
渾身の演技を国王の前で披露する。
もしも聖女の職を失ったら、詐欺師にでもなろう。
この美貌と演技力さえあれば、どんな人間も騙すことができる。
視線の使い方、表情の作り方、自然な仕草。
どこからどう見ても完璧な聖女である。
ナターシャが話し終えると、国王は考え込んだ。
遠回しに、あの老爺が寄り付かないようにしてほしい、或いは守衛を使える人間にしてほしいと伝えた。
直球で言えたならどれだけ楽か。
表情で心細さを作り、国王の返答を待つ。
「よかろう。守衛を別の者にする。聖女に何かあってからでは遅いからな」
「国王陛下…!ありがとうございます」
「聖女の美貌は人を惑わす。無粋な事を企む輩もいるだろう。迅速に対応しよう」
顎鬚を触りながら頷く国王に、ナターシャは高笑いしたくなる。
演技力で自分の右に出る者はいない。
国王すら欺いてしまうこの美貌と演技力。誰か褒めてほしい。
帰ったら美味しいデザートと甘ったるい紅茶でも飲もう。
再度国王に礼を述べ、ティーカップを空にするため苦いお茶を口にする。
「お話中、申し訳ございません」
早く帰るためティーカップを手から離せずにいると、男が一人走ってやってきた。
王宮の使用人だ。
「大魔法師様がお越しになりましたが、いかがいたしましょう」
国王にそう問いかける使用人の声は、ナターシャの耳にも届いた。
大魔法師。
魔法師団団長であり、英雄と評され大魔法師と呼ばれる男。
魔法師団は独立した組織であったが、いつからか国が抱えるようになった。国王から信頼されている魔法師団は魔法を使える者たちで結成されている。魔物が襲ってきても国を守れるように、敵国から襲撃されても国を守れるように、魔法を使うことを許された者たちだ。
一般市民で魔法を使える者はごくわずかであるが、魔法師団に所属していない以上、魔法の使用は許可されていない。もし街中で使用すれば、罰せられてしまう。
国のために魔法を使う魔法師団は、国王や民からの信頼が厚い。
聖女と似た立場である。