第13話
朝、夢から覚めてはいたけれど起き上がる気になれず、ベッドの中で目を閉じていると、扉を叩く音が聞こえた。
寝た振りをしようかと思い、反応せずにいると女の声で「聖女様」と呼ばれた。
ノック音と声の間が短く、普段と違う。
何かあったのかと思い、のそのそと身体を起き上がらせる。
「何?」
寝起きの掠れた声を出すが、小さすぎて聞こえないようで「聖女様、おはようございます。入らせていただきます」と呼吸もせず一気に言った。
面倒な話でも持って来たのか。
欠伸をしていると、使用人が入ってきた。
上半身を起こしているナターシャを見て、使用人は頭を下げる。
「勝手に入ってしまい、申し訳ございません。王宮から使者が来ております」
「王宮...?」
寝ぼけた頭は働かない。
「国王陛下が聖女様をお呼びだそうです」
「国王…国王!?」
ナターシャはベッドから飛び起きると、複数の使用人が支度をすべく部屋へ入ってくる。
国王に謁見する衣装を纏い、髪を整え、白粉をはたく。
朝食をとる暇もなく、使者と共にクリスタルで王宮へ移動した。
急ぎ支度をしたが見た目は普段と変わらない。うちの使用人はできる人間ばかりだ、と心の内で褒める。
案内された場所は、また庭園だった。
今までも幾度となく庭園で国王と会っている。美女と庭園でお茶をするのが趣味なのかもしれない。
ずらりと並ぶ使用人に見守られながら、国王とソーマが優雅に座っていた。
ソーマもいるのかと顔を歪めそうになる。
「神の祝福がありますように。お呼びでしょうか、陛下」
衣装の裾を摘み、礼を見せる。
聖女らしい白を基調とした衣服は、ナターシャによく似合い、控え目な髪飾りがナターシャを物静かに見せている。国王は眩しそうに目を細めた。
「朝からすまないな。座ってくれ」
空いている席に座ると、目の前にティーカップが差し出された。
「朝食は済ませたか?」
「まだです」
「では用意させよう」
国王が使用人に目配せすると、パンやスープ、サラダなどいくつも置かれた。
朝から豪華なことだ。
ソーマを盗み見ると、コーヒーのみが置かれている。朝食を済ませたのか、それとも朝は何も食べないのか。
「遠慮せず好きな物だけ食べなさい」
「ありがとうございます」
朝食は好きに食べるが、何故この場に呼ばれたのだろうか。
ソーマも一緒ということは、まさか約束を破ったのではないだろうな。国王に暴露し、糾弾するために呼び出したのでは。そんなマイナスなことが頭を占めるが、朝食を口にするとその美味しさに考えていたことが吹っ飛んだ。
さすが王宮だ。野菜も良いものを使っている。
どこで仕入れているのだろうか。
がつがつ食べたいところを抑え、行儀よくちまちまと口にする。
「本題は朝食を済ませてからにしよう」
そう言われると早く食べないといけない、という使命感に駆られる。
しかしナターシャは朝早く呼ばれて来た身だ。事前に予定していたわけでもない。急に呼び出され、急いでやってきた。ゆっくり朝食をとる権利はある。
ソーマに視線をやると、早く食べろという顔をしている。
そんな顔をされ、望み通りにしてやろうとは微塵も思わない。むしろゆっくり食べてやろう。
ナターシャが食べている間、国王は暇なのかソーマと仕事の話をする。
朝の光を浴びながらの朝食は、貴族にでもなった気分だ。
偶にはこういう朝もあっていいが、しないな。早く起きるのが面倒であり、態々外に出るのも面倒だ。
貴族は暇だから朝から優雅な生活が送れるのだろう。
ナターシャは毎朝教会で祈るので、暇ではない。午後からは時間が作れるが、孤児院の支援など、することはある。
今日だって教会へ行く予定だったのだが、国王に呼ばれてはそれもできない。
教会へ行って祈るか、国王に呼び出されて庭園で話すかの二択であれば、後者の方が楽だ。毎日呼び出されたら「国王陛下が呼んでいるので」と言い訳ができるのに。
何に触れたか分からない何人もの手を握るよりも、国王とティータイムをする方が断然良い。
未だもぐもぐと口を動かすナターシャに、ソーマは何度も視線をやる。
早く食べろということか、それとも食べている姿に惚れたか。
頬に少し詰める様子がリスのように可愛いだろうか。それともきゅるきゅるした瞳でちまちま食べている姿が愛らしく映ったのだろうか。
意識してやっているわけではなかったが、ソーマと視線が絡んだので、試しにきゅるきゅるした瞳をつくって口を動かす。
急に可愛い顔をつくり始めたナターシャに、ソーマは眉を寄せた。
何を企んでいるこの守銭奴。
金を要求しているのか。
ナターシャの表情を深読みするが、何も分からない。
「大魔法師よ、そんなに聖女を見つめてどうしたのだ」
国王の言葉を否定したいが、見つめていたのは事実なので「なんでも」と素っ気なく返した。




