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第1話

 アルドニア王国は、豊かな国である。

 国交は順調で、輸入や輸出が盛んに行われている。

 国外で出現した魔物が王国を襲いにきたとしても、魔法師団の存在がある限り王国は守られる。

 そんな平和なアルドニア王国に、大きな教会がある。

 その白い建物は太陽光を浴びて一層白く輝いている。

 昼下がり、教会の中では一人の民の手を握り、聖女が祈りを捧げていた。

 閉じていた瞼をゆっくりと開け、純白の衣装に身を包んでいる聖女は民に微笑む。


「神の祝福がありますように」


 慈愛に満ちた声色で民の心を癒す。

 手を握られていた中年の男は、聖女の美しさに惚れ惚れしながらも消えていく聖女のぬくもりを寂しく思った。

 神の使いかと錯覚してしまう程、人間離れした美貌は民の心を掴んだ。

 操り人形のようにふらふらと覚束ない足取りで男は教会を出て行った。

 教会の扉が閉まり、聖女は時計で昼過ぎであることを確認すると教会の扉に鍵をかけた。

 今日の仕事は終わり。

 聖女として民に寄り添い、幸福が訪れるよう祈りを捧げる。

 そんな聖女の職に就いているナターシャは、両手を衣服に擦りつけ、椅子に座った。


「きったね」


 聖女として祈りを捧げていた時とは真逆の表情で、中年男の手汗がついた自身の手をぷらぷらと宙に振る。

 未だ残る男の感触を忘れるべく、再度衣服で掌を拭く。

 金髪碧眼の女は聖女と崇められる。ナターシャはアルドニア王国で約百年ぶりに誕生した聖女だった。

 聖女の仕事は、民の手を握り、祈りを捧げる。ただそれだけ。もっと言えば、ナターシャは民の手を握り、目を瞑り、微笑むだけ。これを無償で行うのならばナターシャはすぐ聖女の職から逃げ出していただろうが、国から莫大な金を貰っているため聖女として国に留まっている。聖女としての仕事は、想像以上に必要で高尚なものらしい。

 神だの聖女だのと信じていないが、そんな馬鹿げた話に乗るだけで大金が手に入るのだ。こんなに美味しい話はない。

 ある種の詐欺であるが、真実は自分一人が知っている。

 それらしいことを言えば民も国王も信じて疑わない。金髪碧眼で生まれ落ちた時点でナターシャを疑う者は、誰一人いないからだ。

 早く帰って料理長が作る美味しい料理を食べよう。

 聖女が庶民と同じ生活をするなんて、という国王の言葉により家も使用人も与えられ、ナターシャは何不自由なく生活していた。

 きっと前世で徳を積んだのだ。

 椅子から降りると、扉を叩く音が聞こえた。

 教会の前に立っている守衛だろう。

 はい、と閉まっている扉の向こうにいる者に聞こえるよう声を出す。


「聖女様、ご老人がお会いしたいとのことですがいかがいたしましょう」


 守衛が大きな声でハキハキと話す。

 ナターシャは、ご老人と聞いて思い当たる節があり眉を寄せた。

 最近、昼過ぎになると一人の老爺が教会へやってくる。聖女に加護を貰いに来ているのか、美しい聖女の手を触りたいのか。後者であるとナターシャは確信している。

 鼻の下を伸ばし、厭らしい視線を浴びせる男はその老爺だけではないのですぐ察する。

 美女に生まれてしまった宿命だろうか。

 毎度毎度、鬱陶しい。

 守衛も守衛だ。

 いかがいたしましょう、と大声で問われて、追い返せとは言えない。きっと守衛の隣に老爺がいるのだろう。ナターシャが聖女である以上、この場で拒否はできない。

 気が利かない守衛だ。きっと出世しないだろう。

 それに、聖女の仕事は午前中で終わりだ。稀に昼過ぎに急いでやってくる民もいる。きっと仕事の合間にでも抜け出したのだろう。そうまでして祈りを求めるのだ。聖女として応じないわけにはいかない。

 聖女は朝に力を発揮するため昼以降に祈りを捧げても効果は薄いという云い伝えがある。

 だから民は朝に押し掛け、昼には帰っていく。

 今は時間外だ。国王からも、朝の祈りをよろしく頼むと言われている。昼以降もよろしく、とは言われていない。

 時間外労働分の賃金も貰いたいところだ。

 守衛がそれを払ってくれるわけでもあるまい。余計なことをするな。


「今開けます」


 断ることはできないので、嫌々開錠し、扉を開けた。

 微塵も態度には出さず、目の前に立っている老爺に笑顔を向けた。


「おお、聖女様。今日も祈ってはくれぬか」


 下心丸出しの顔で汚い笑い声を上げる。

 ナターシャは一歩外に出ると扉を閉め、守衛と守衛の間で老爺の手を握る。

 教会で二人きりになんてなりたくはない。

 ナターシャの柔らかい手に包まれ、老爺は更に汚く笑う。

 目を瞑り、祈りを捧げる。

 早くくたばれ、早くくたばれ、早くくたばれ。死に晒せ、クソジジイ。


「神の祝福がありますように」


 その台詞を言い終わると、手を放そうとするが老爺に掴まれてしまう。


「きゃっ」


 驚いた、という風に声を上げて手を引っ込ませると、守衛二人が老爺を警戒するよう体勢を変える。

 早くこの爺を追い返せ。そう念じるも、守衛には届かない。


「そんな声も可愛いなぁ。へへ、神様の祝福よりも聖女様からの祝福が欲しいなぁ」


 気持ち悪いな。

 顰めそうになる顔を抑え、困り顔を作る。

 ほら、この顔を見て。困っているでしょう。早く助けなさいよ。

 また守衛に念を送るが、通じない。

 断言できる、こいつら絶対に出世しない。

 国王に言いつけてやろうか。

 今度は分かりやすいように、守衛二人に視線を送る。

 それでも守衛は動かない。

 実害がなければ助けてくれないわけか。

 ナターシャは怒号を飛ばしたいところを我慢し、老爺の気が済み、去っていくまでその場から動くことはできなかった。




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