第3話 勝ち負けにこだわる意味はない
何も考えずに書くのは楽ですね
つつがなく食事が終われば登校の時間だ。俺は黒いリュック、希は灰色の持ち手がついた紺色の四角い鞄を手に持った。
スニーカーを履きドアを開けると、背後から「いってらっしゃーい」と聞こえたので俺の返事は適当で、希はしっかりと挨拶をして外に出た。
俺と希は同じ高校に通っている。距離にして最寄りの駅から電車で三駅。家から駅、駅から学校へはほどほどに歩く。
ゆらりゆらり、と左右に揺れるポニーテールを目で追ってしまう。普通に言えば、艶やかな黒髪。古風に言えば、鴉の濡れ羽色。ともかく、きれいな黒髪をしている。
さらに見よ、ちらりと覗くは白いうなじ。そして夏服からすらりと伸びる手足。
黒い髪と白い肌のコントラストは、見事な調和をなしていた。
などと背後から眺めていると、ふいに希が振り返り、鞭のように右脚をしならせ空を切った。
「私のお尻を見るんじゃない」
冤罪だった。そして残念ながらもはためくスカートの中を見ることもなかった。
希は睨みを利かせながら、歩を遅らせて俺の隣に並ぶ。
「尻は見てないよ」
「ではどこを見てた?」
「……うなじ」希の黒い瞳に思わず本音を漏らす。
しなやかな左脚が俺の尻をはたく。痛くはない。
希は良く脚が出る。手を使うのは、俺が知る限りでは蚊を叩く時くらいだ。
それは美しい絵を生み出す手を守るため、などということは一切なく、むしろ画伯と言われそうなほど絵心はなく、俺が幼い頃に手よりも脚の方が威力が高いと教えたからだ。
つまり大した理由はない。それ以来、脚を使うようになったが、本気で蹴られたことは幸運なことに一度もない。
本気で蹴られそうなことをやってる自覚はありますが。
ぷつりと会話は途切れ、沈黙の時間が流れるけれど、これは決して嫌なものではなかった。心地よささえ感じる沈黙は、ある種のコミュニケーションでもある。
すると横からちらちらと視線を感じたので、タイミングを合わせてにやりと視線をぶつけてやる。くやしいことに俺と希は身長がほぼ同じだ。というか中学生の時までは負けていた。なので視線はまっすぐとぶつかることになる。
はっ、と前を向く希の様子に、思わずくつくつと笑いを漏らしてしまう。
「いったい、どこを見てたんだ?」
俺がそう言うと、希は口惜しそうに顔を歪め「知るかっ」と吐き捨てずんずんと進んでいった。ポニーテールはゆらりゆらりと揺れていた。
「俺の勝ちだな……」腕を組んで勝ち誇った。
これで一勝一敗のイーブンだ。
俺は勝利の味を噛み締めて希を追いかけた。