第2章 東方から来た女 1
中二病感満載かつマニアックな拙作を読んでくださった方々、ありがとうございます。
ポイントを付けてくださったり、ブックマーク登録をしてくださった方々にはもう感謝しかありません。
前回の投稿から約5ヶ月が経過しましたが、第2章10話分をようやくほぼ書き終えたので、投稿を再開します。
この8部分から17部分にかけては週1〜2回を目安に投稿するつもりですが、諸事情により全く投稿できない週もあるかもしれません。
ただ、多少間が空いたとしても、余程の事がない限り17部分までは投稿するつもりです。
それでは、再び拙作にお付き合いくだされば幸いに思います。
2025年6月14日
以下の用語を変更しました。
『秘密結社』→『闇ギルド』
また、細かい改変を行いました。
リザの船出を見送ったその足で、あたしは異人街へと向かった。
あたしの昔馴染みのドワーフであるダリルと、その伴侶のヒューマンのエンチャッターのエドガーにあたしの右腕の義肢のメンテナンスを予約していたからだ。
小柄ながら筋肉質かつグラマラスな肢体、健康的な褐色の肌、かなり強い巻き毛の黒髪を数多くのビーズと共にドレッドヘアにした彼女は、何時ものように全く裏表を感じさせない満面の笑みであたしを出迎えてくれた。
あたしが物心ついた頃には既に、彼女は近所のカッコイイお姉さんだった。
何時しかそれが恋心に変わり、自分がレズビアンであると自覚したキッカケをあたしに与えた彼女だったが、彼女自身は全くのノンケで、あたしの恋心に対して全く気づいた様子はなかった。
あたしの右腕の二の腕から外取り外された義肢は、作業台の上で分解され、ダリルと彼女の伴侶である貧相なくらい痩せたヒューマンのエンチャッター、エドガーによってメンテナンスされている。
いかにも痩せすぎの学者肌といった容貌のこの男を目にすると、あたしの心はいつもザワつく。
彼に問題がある訳では無い。
ちょっと頼りない印象もあるが、誠実な彼は信用できる人物なのはもう随分昔から分かっていた。
問題があるのは、もう30年も昔の初恋を思い出に昇華できないあたしの方だろう。
今更ダリルとどうにかなりたいという気もないはずなのに、今でも仲良く共同作業している2人を見てるとモヤッとする。
あたしに初めての恋人が出来たのは冒険者になってしばらく経ってからで、それ以降、あたしも人より多めに恋愛遍歴を重ねてきたはずだと思うのだけど。
「なあ、ゾラ。ワイヤーは本当に純ミスリルにしなくていいのか?」
一通り部品のチェックが終わった所でダリルが尋ねてくる。
金属製ワイヤーは離れている相手にも確実に攻撃呪文を発動させられる便利なモノだが、このミスリルと銅の合金製ワイヤーはこの前の戦闘であたしの全力の魔法の負荷に耐え切れず焼き切れてしまい、危機を拡大させてしまった。
「無い袖は振れないからねぇ。」
あたしとしては苦笑するしかない。
純ミスリル製のワイヤーは、ミスリルにその強度を保ったままで柔軟性を与えるという相反する要素を両立させなければならないので、手間がかかるし非常に高価だ。
大体、ミスリルと銅の合金製ワイヤーだって、純ミスリル製に比べれば安価というだけで決して安い買い物ではない。
ダリルはあたしの懐事情もある程度把握しているので、しつこくは言わない。
劣化した部品や消耗品を交換し、約2時間でメンテナンスは終了した。
2人の様子からして特に大きな問題は無かったようだ。
あたしの右腕の義肢との接続部分にはいくつか金属パーツが埋め込まれている。
義肢を肉体にしっかりと固定すると同時に、義肢と生身の肉体の神経を接続する役目を持つ埋め込まれた金属パーツは、時間をかけて何度も魔法の儀式を行い、今では金属でありながら魔術的にはあたしの肉体の一部と化している、生体金属となっている。
専門的な事は分からないが、この生体金属部分は骨や外骨格と同質な存在と、あたしの肉体の他の部位からは認識されているらしい。
実は義肢全体を生体金属化する事も可能なのだが、そうすると義肢の制作コストが数倍に跳ね上がるだけでなく、定期的なメンテナンスの費用も同様に高額になる為、あたしにとっては金銭的にほぼ不可能な選択肢だった。
義肢の装着は、まず義肢の掌が外側に向いた状態で義肢を接続部分に差し込み、180°回転させる。
すると、カチャリと義肢が嵌まる音がする。
これだけでも一応は固定されてはいるが、更に義肢最上部にあるスライド式の親指の爪程の大きさの小さな扉を開け、中のボタンをやはり音がするまで奥に押し込むとロックがかかる。
スライド式の扉の奥のボタンは4箇所あるので、同様の作業を4回繰り返すと装着作業は終了だ。
一般人の義肢はここまで装着に手間は掛けないが、冒険者を生業とするあたしの場合はかなり荒っぽい使い方をする事もあるので、ここまで気を使わなければならない。
外す時は単純に逆の操作で、4箇所のロックを外してから義肢を180°回して引き抜く。
義肢を装着し直すと、何時ものように動作に問題が無いかテストを始める。
指を1本ずつ動かしたり、手首や肘を動かして基本的な動作に問題が無いかを確認した後、ダリルから重めハンマーを借りてそれを振り回し、負荷を与えた状態での動作の確認。
最後に持ってきた自前のギターを取り出し、簡単なフレーズを弾いて細かい動きに問題がないかを確認する。
「問題無さそうね。」
あたしがそう言うとダリルはニッと笑い、エドガーは表情を変えないまま小さく頷くと席を立ち、作業場の出口へと向かう。
彼はいつもあたしに気を使ってくれているのか、自分の仕事が終わるとあたし達をなるべく2人にしてくれようとする。
単に居心地が悪いだけかもしれないけど。
「夕食の支度、任せていい?」
「いいよ。」
そんな彼にダリルが声をかけると、エドガーは短く返事を残して出ていった。
「さて。ゾラ、剣も出しな。」
エドガーが出て行くと、ダリルは唐突にそんな事を言い出す。
「え?今日は義肢のメンテしか頼んでいないはずだけど?」
「遠慮なんかしてるんじゃないよ、小娘が。どうせ雑な手入れしかしてないんだろうから、ついでに見ておいてやるよ。」
口が悪いのに嫌な感じがしないのは、彼女の人徳のなせる業か、長い付き合いで彼女の優しい内面が分かっているお陰か、多分両方だろう。
苦笑しながら鞘に入ったままの片手半剣をダリルに渡す。
ダリルは片手半剣を抜くと、様々な角度からそれを観察し始める。
「……この剣使って何年になる?」
「そろそろ5年かな?」
「う〜ん、そうか……。そろそろ新調を考えた方がいいかもな。」
「え、そう?そんなに劣化している?」
「劣化って程じゃないが、わずかに歪みが見える。今すぐどうこうって訳じゃないが、こういう歪みは根本的には治せないもんだ。思わぬ事故にならない内に、新しい剣に変えておいた方がいいぞ。」
「え〜っ、でもワイヤー変えたばかりで予算がなぁ。」
「酒場通いを少し控えろ。また記憶無くすくらい飲んでるんじゃないか?」
ダリルの的を得た言葉にあたしはグウの音も出ない。
いつもの定位置のあたしの右肩ではなく、壁際の小物の入った棚の上にいたあたしの使い魔のカラスのノエルがクツクツ笑い出したので、あたしは彼を睨みつける。
「お前の両親もお前と同じ冒険者だったけど、自分達は質素な生活をしてお前とヨハンナにそれなりの暮らしをさせていただろう?飲むなとは言わないけど、自分の命を預ける装備品の予算を削って飲み代に当てるのは違うだろ?」
「は〜い……。」
あたしは不貞腐れたように頷く。
両親の事を引き合いに出されて説教されるのは正直面白く無いが、ダリルは昔あたし達の両親にかなり世話になったらしく、彼等に恩義を感じているからこそ娘のあたしへ説教してくると分かっているので、そこは受け入れるしかない。
「しかしまあ、思ったよりちゃんと剣の手入れはしてるようで、安心はしたよ。」
渋々ながらも彼女の苦言を受け入れると、ダリルはニカッと笑いつつ鞘に戻した片手半剣を返してくれる。
ダリルのこういう後腐れの無い所に、あたしは本当に弱い。
「休憩するからちょっと付き合え。」
そう言うと、ダリルは自分の煙管一式を取り出した。
あたしも自分の煙管を取り出し、しばらく2人で黙って煙管を吸う準備をする。
そして、最初の一服を終えてからダリルが口を開いた。
「お前の剣の剣を見て思ったのだが。」
「うん?」
「最近、結構な相手と斬り合いでもしたか?」
「結構な相手かは分かんないけど、巨大化したブラックウルフに騎乗したゴブリンロードとは戦ったよ。」
「そのゴブリンロードの得物は重い鈍器か?」
「いや、鉈をそのまま大きくしたみたいな形の長剣だったな。ああでも、斬れ味悪そうだったし、あれじゃあ鈍器と変わんないかも?」
「だからかぁ。」
ダリルは一人で勝手に納得すると、また一服する。
何か説明が続くのかと思ったが、ダリルは宙を見つめたままボンヤリしている。
話を振っておきながらあたしを置き去りにして勝手に独り納得したっぽい事に文句を言おうとしたが、ダリルの疲れた様な表情がちょっと気になってしまった。
「ねえ、ダリル。」
「うん?」
「もしかして、最近忙しいんじゃない?」
あたしの問いに、ダリルはキョトンとした顔をする。
その表情を見て、もしかして全く見当違いの心配をしたかと不安になったが、あたしも自分の直感を信じて押し通す。
「ダリルってさ、一見強面だけど実はお人好しじゃない?だからさ、自分じゃ処理出来ない厄介事まで引き受けてるじゃないかって思ったんだけど?」
あたしがやや早口で言うと、ダリルは、何だか空想上でしか存在し得ないような奇想天外な生物を目の当たりにしたような目つきであたしをしばらく見つめた後、堰を切ったように笑いだした。
「え?何かおかしな事言った?」
せっかくの心配してあげたのに大笑いされ、あたしが大人気なくキレ気味に尋ねると、ダリルは明らかに謝意よりも面白さが先行している口調で謝罪する。
「いや、悪い悪い。ゾラみたいな小娘に心配される日が来るとは。」
そう言ってダリルは笑い続ける。
ダリルはよくあたしの事を小娘呼ばわりするが、実の所あたしと彼女は10歳しか離れていない。
ヒューマンにとっては結構な歳の差だろうが、ドワーフやハーフエルフにとってはそこまでの歳の差ではないはずだ。
精神年齢について突っ込まれれば、反論できる自信はないけど。
「いや、ゴメンゴメン。ちょっと笑い過ぎたな。」
憮然としたあたしを見て、今度は少しだけ誠意を込めてダリルは謝罪する。
「まあいいけど。」
あたしが半分不貞腐れながらもダリルの謝罪を受け入れると、彼女は少し声を潜めた。
「ところでゾラ、お前は1ヶ月前の幽霊船の話、どこまで知ってる?」
1ヶ月前の幽霊船騒動。
ハーケンブルクが面するクレタ湾で、船員の居ない帆船が漂流しているのが発見された事件だ。
事件直後は結構な大騒ぎになって色々な噂が飛び交ったが、その後騒ぎ自体は明確な解決の無いまま尻すぼみな印象で何となく終息した感じになってしまった。
「あれって密輸船っていう事で結論付けられたんじゃなかったけ?臨検に見つかりそうになって、船員が逃げたって結論で落ち着いたように覚えているけど?」
よく、『ハーケンブルク人は何でも商売の種にする』と他の地域の住人からやっかみ半分に言われるけど、実はハーケンブルク人にも禁忌にしている商売の種はある。
それが麻薬と人身売買だ。
少なくとも表向きは厳しく取り締まられている。
ただ逆に言えば、取締で捕まる連中も定期的に現れるという現実もあり、裏社会ではこれらの取引もしばしばと行われているらしいという事は、この街の住民なら誰もが薄々感づいている事だ。
だから今回の幽霊船騒動も、船倉から軟禁状態の南方人や東方人が見つかった事が公になり、オカルト的な要素のない単なる違法な人身売買というのが真相らしいという説が有力になった途端に、この街の噂好きの連中の興味は無くなってしまったという事のようだ。
人身売買自体の悪質さや、関与した連中が一切捕まってもいないのにもかかわらず、ありふれた話として騒ぎが終息してしまったのも如何なものかと思うが。
「まあ大方間違ってはいないと思うけど、ギルドの連中は何だかこの件に人身売買以外の裏があると思っている節があるんだよな……。」
「そうなの?」
「まあハッキリ言われた訳ではないから私の勘でしかないんだが。」
そこまで言って、ダリルはふと気付いた様にあたしを見る。
「っていうかお前、妹から何も聞いてないのか?」
ダリルの鋭い目付きに、あたしは何も後ろ暗い事が無いのにやましい事をした気分になってしまう。
「いや、この件に関しては特に……。」
「まさかお前、自分の妹を避けて全然会ってないとかじゃないだろうな?」
相変わらずの鋭い目付きだったが、彼女があたし達の姉妹仲を心配してるだけだとあたしは少し間をおいてから気付く。
「いや、そんな事無いって。3日位前にも会ったし。」
「本当か?」
「本当だって。」
念押しすると、ようやくダリルは納得したようだ。
「となると、ヨハンナがゾラに話さないのは敢えてか?あの娘は頭良いから何か考えがあるんだろうな。」
ダリルはまた、なんだか一人で納得している。
「え〜と、何の話?」
「いや、気にするな。私は何も知らない。」
ダリルは無駄に最高の笑顔を浮かべながら、あまりにも雑過ぎる誤魔化し方をする。
あまりの雑さにあたしが呆然としていると、彼女は更に、さも当然のような顔で強引に話題まで変える。
「それで話を戻すとだな。」
「え?」
「え、じゃない。私が無駄に幽霊船の話題を出したとでも思っているのか?」
「ああ、はい。そうですね。」
あたしが投げやりに相槌を打つと、ダリルは満足そうに頷いた。
「ギルドから連絡が来てな。その幽霊船モドキから保護した人身売買の被害者の中で、ハーケンブルクへの定住を希望する人達を異人街で受け入れて欲しいと。話を聞くに、彼らは暴力的な誘拐とかじゃなく、口の上手い人買に騙されて船に押し込まれたみたいで、故郷に帰ろうって連中は案外少なくてな。」
思いの外真面目な話だったので、あたしは居住まいを正す。
「何人?」
「23人だな。」
「なるほど、その受け入れの色々な仕事でダリルは疲れているんだね。」
あたしが幼少の頃から既に異人街の人口密度はかなり高かったし、そこに加えて23人も一度に受け入れるのは大変な仕事なのだろう。
「まあ普段ならどうって事ない仕事なんだが、忙しい時期に限って不思議と色々な事が重なるもんでな。」
ダリルの表情が、疲れたというよりは面倒臭そうな感じになる。
「他にも何かあるんだ。」
「細かい面倒事は色々あるんだがもう一つ、最近になって……。」
ダリルが語ろうとしたタイミングで扉をノックする音がして、入室の許可を得てからエドガーが入ってきた。
「歓談中に悪いが、ゾラさんにダリル、急な来客でね。」
何時もの様に丁寧な口調でエドガーが話しかけてくる。
「どうした?」
それに対するダリルの口調も相変わらずぶっきら棒だが、あたしに対するよりは若干柔らかい気がした。
「また強盗が現れたらしい。レナが知らせに来た。」
エドガーの言葉にダリルの目が鋭くなる。
「どの辺?」
「ラルの雑貨屋がやられたらしいな。」
「分かった。すぐ行く。私達が出たらあんたは扉の鍵を閉めて私が戻るまで外出しないように。」
「ああ、分かってる。」
2人の会話にあたしは不安になる。
異人街は、住民の平均収入が低い割には治安はそう悪くはない地域だった。
強盗事件の類もたまにしか起きなかったはずだが、エドガーが『また』と言っていた事からして、最近はそうではないのかもしれない。
「強盗なんて、最近はよくあるの?」
「まあ、よくあるって程ではないが、以前よりは確実に増えてはいるな。」
ダリルは憮然とした表情で言いながら、慣れた様子で革鎧を装着し始めた。
ダリルのクラスは『ブラックスミス』で、冒険者向きのクラスではないのだが、ドワーフはクラスに関係なくある程度の近接戦闘能力と神聖魔法の発動能力を持っているので、全くの戦闘の素人という訳ではない。
「もう一つの大きな面倒事がこれさ。」
「え?」
「さっき言ったろう?被害者の受け入れ以外にも忙しい理由があるって。最近、急に治安が悪くなってな。全く、時期を考えてくれって。」
ダリルはブツクサと文句を言う。
「え〜と、その受け入れた被害者が治安を悪くしているの?」
「ああん?」
あたしがダリルの言わんとしている事が咄嗟に分からず質問したら、何だか彼女にガラ悪く睨まれてしまった。
ただ、ダリルの方も自分の説明不足にすぐに思い至ったらしく、態度を軟化させる。
「いやいや、そうじゃないよ。単に時期が重なっただけさ。」
ダリルは断言するが、その根拠については語らぬまま黙々と準備を進める。
革鎧を着込むと小型のウォーハンマーを吊った太いベルトを腰に締め、小型の盾を肩に背負う。
その様子を眺めながら、この街の様子とかダリルについてとか色々な事について何となく心配になったあたしは申し出た。
「あたしも一緒に行こうか?」
「そうしてくれると有り難いが、タダ働きになるぞ。いいのか?」
一応、愛用の片手半剣と万能大型ナイフは携帯してきたが、それ以外の冒険用装備は持ってきていないし、革鎧すら身に着けていない全くの普段着姿だったから荒事に対するには心許ないが、一緒に行けば何かしら役に立つかもしれない。
「まあ、今回のメンテ料金に色を付けてくれれば。」
「友達でも、そういうなあなあは好かんのだがなぁ。まあ、考えとく。」
ダリルはボヤく。
豪快なイメージのダリルさんだが、金の絡む事には案外細かく、実はあたしの方がどんぶり勘定だったりする。
「そうと決まったら、ジーヴァ、ノエル、行くよ。」
あたしが声をかけるとすぐに、ジーヴァは立ち上がり、ノエルはあたしの右肩に乗る。
玄関の所で待っていたのは『ハーフキン』の女性だった。
『ハーフキン』とはヒューマンの半分程の身長の人族で、外見的にはヒューマンと大差なく、だから『半分の親族』を意味する言葉を一方的にヒューマンから名付けられた。
侮辱と感じてもおかしく無い命名だが、ハーフキン達はそれを別に侮辱と感じる訳でも無くごく普通に受け入れ、今では自分達でそう名乗ってさえいる。
彼らの細かい事を気にしない大雑把なメンタリティは時々羨ましくなるが、伝令としてやってきたレナというハーフキンの少女は、あたしのハーフキンのイメージからすればあり得ない程焦っていた。
「早く早く!急がないとラルのおっちゃんの雑貨屋が大変な事になってしまうよ!」
レナは滅多に見れないような、あまりにもテンプレ過ぎる地団太を踏みつつ言う。
因みにハーフキンはすべからく小柄で童顔なので、レナが本当に少女と言うべき年齢なのかは分からない。
「レナ、コイツは私の妹分のゾラだ。」
ダリルは手短にあたしの事を紹介してくれる。
「ああ、ダリルの話によく出てくるゾラさんね。」
レナは、普段ダリルがあたしについてはどんな話をしているのか不安になるような、微妙な笑顔を浮かべつつ言う。
「ゾラ、コイツはレナ。異人街で、メッセンジャーや配達の仕事をしている。」
「うん、よろしく。ってか、ゆっくり自己紹介してる場合じゃないよね?」
「それはそうだが、挨拶は大事だろ?」
カッコイイにもかかわらずチョット天然の気もあるダリルは、明らかに誤魔化す為だけに正論を言うが、すぐに表情を改める。
「ところで、衛兵の詰所にも誰か知らせに行ったのか?」
冒険者ギルドの治安維持部門である衛兵隊は街のあちこちに小さな詰所を持ち、衛兵業務専門の冒険者を常駐させて、何かあればすぐ駆けつけられるようにしている。
「もちろん。ドランが向ったよ。」
「奴なら問題ないな。」
ダリルは頷くと、あたしの方を向いた。
「じゃあ、行くぞ。」
「皆、気をつけて。」
エドガーが玄関の所で見送ってくれる。
彼はいつも通りに落ち着いていて、何だか危機感が薄れそうになる。
「えーと、どっち?」
「あっち。道なりだからすぐ分かる。」
「じゃあノエル、先に行って偵察してきて。」
「了解。」
ノエルはレナが指差した方向へと飛んでいく。
不器用な飛び方しか出来ないノエルでも、あたし達が人々の間を抜けて走るよりは早い。
「よし、私達も行くぞ。」
ダリルの号令であたし達も一斉に駆け出すが、すぐにダリルが遅れ始める。
忘れていた。
ドワーフは背が低い分脚が遅いのだ。
彼女を待つべく速度を緩めると、ダリルは逆ギレ気味に怒鳴った。
「何してる?私を置いて先に行け!」
ダリルの表情を見るに、どうやら彼女自身も自分の鈍足を失念していたらしい。
シチュエーションが違えば格好いい台詞なのに、と苦笑しつつあたしはレナを見る。
「じゃあ、先に行こうか、レナさん。」
「了解したっ!」
レナは敬礼するように手を挙げると、元気一杯に駆け出す。
ハーフキンはドワーフより更に小柄なのに、平均的なヒューマンより脚が速かったりする。
まあ、レンジャーであるあたし程ではないけど。
そこであたしはふと気になって、走りながらレナに尋ねる。
「詰所に行ったっていうドランって人、ドワーフっぽい名前だけど?」
「ドラン君はラルのおっちゃんの甥っ子なので、当然ドワーフです!」
レナの言葉にあたしは苦笑した。
詰所はダリルの家の更に先だ。
鈍足のドワーフでは辿り着くまでさらに時間がかかる。
現場に着いた後衛兵が到着するまで結構長い時間、あたし達だけで対処しなきゃならないなと考えていると、勘違いしたらしいレナが言う。
「大丈夫です!ドラン君はドワーフにしては腰が低いので、詰所の人を怒らせたりはしないはずです!」
「それなら安心だ。」
あたしの言葉にレナは満足そうに笑う。
その笑顔を見ると、俊足のレナがより距離が遠い詰所に向えばよかったのに、とはとても口には出せなかった。
その時、ノエルからの念話が届く。
(野次馬ぽいのが沢山集まっている場所を見つけたけど、そこかな?)
(どんな感じ?)
(野次馬の中心が庇の陰になってよく分からない。)
(ああ、あたしにも見えた。)
「あそこです、ゾラさん!」
あたしが人垣を見つけたのとほぼ同時にレナが前方を指差す。
それ程野次馬の数は多くはないが、密集していてその奥までは見通せない。
「退いて、退いて!」
レナは大胆にも人垣の中に突入する。
割り込まれた人達は、当然のように困惑や、中には怒りの表情を浮かべたりした者もいたが、闖入者の正体がレナだと気付くと、一様に諦め混じりの優しい表情に変わったのが印象的だった。
「ゴメンなさいね。」
レナが作った人垣の中の道を、愛想笑いを浮かべつつあたしも進む。
レナに対するのと違ってあたしに対しては皆、胡乱げな表情を向けたが特に何も言われなかった。
人垣を抜けたあたしが見たのは、入口の扉が破壊された小さな商店だった。
強盗という話だが、思った以上に荒っぽい手口だ。
ただ不幸中の幸いというべきか、事件は既に解決しているらしかった。
店の前には5人の人物。
内、3人はいかにもチンピラといった風貌の連中だ。
おそらくこの3人が強盗犯だろう。
強盗犯らしい連中の内、1人は既にロープで縛られて地面の上に転がされ、もう1人は今まさに縛られてる最中だ。
2人共既に気絶しているっぽい。
縛っているのは編み込んだ長い髭を生やし、革のエプロンを身に着けた中年くらいに見えるドワーフの男。
雰囲気からしてこの雑貨屋の店主かもしれない。
そう言えば、ラルという名前のドワーフの雑貨屋店主に覚えがあるような気もする。
でも自分の頼りない記憶を探る前に、もっと衝撃的な光景が目に入り、あたしの関心はそっちに集中してしまった。
3人目の強盗は、他の2人より2回り以上は大きな体格の大男だった。
戦士系の冒険者には大男も少なくないが、そういった連中と比較してもこの男の体格は群を抜いていた。
その大男が、今は道路にうつ伏せに組み伏せられている。
そして、組み伏せている人物の方がより異様だった。
正確には、その人物そのものが異様というより、その人物がとてもこの並外れた体格の大男を組み伏せられるような体格には見えない事だ。
こちらに背を向けているのでその容姿は分からないが、長い黒髪を後でキッチリとお団子に結い、無地の焦げ茶色の長衣を纏ったその人物はあたしより小柄で、華奢にすら見えた。
ゆったりとした長衣のせいで確信は出来ないが、どうも女性っぽい。
大男の右腕の肘を極めてるようだが、それだけであの大男の動きを完全に封じられるものなのだろうか。
2人の陰になって見えにくいが、近くには戦闘用の両手持ち大型ハンマーが転がっていた。
あの大男にはお似合いの武器で、堅牢な城門ですら破壊出来そうな代物だ。
店舗の扉など簡単に破壊出来るだろう。
組み伏せられても大男は未だに観念はしてないらしく、未だ自由な手足をバタつかせているが、それでも組み伏せている方はビクともせず、全く脱出できそうにない。
「おっちゃん、おっちゃん。」
レナがこの状況にも全く臆する事無く、ドワーフに近付いていく。
「ああん?……おお、レナか。ダリルを連れてきたのか?」
ちょうど2人目を縛り終えたドワーフが立ち上がりつつあたしの方を見るが、当然ダリルとは別人のあたしを見て怪訝そうな表情になる。
「誰だ、おめえ?」
ドワーフはあたしに近付くと、斜め下から威嚇するように見上げる。
「ダリルは、ドワーフで鈍足だから置いてきた!」
レナは1つ前の質問を、元気一杯に答える。
いや、間違ってはいないけど、あたしの事を威嚇中の強面ドワーフにその言い方はちょっと心臓に悪い。
「いや、あたしはたまたまダリルの所に居合わせた冒険者でして。」
あたしがヘラっと愛想笑いを浮かべつつ言うと、ドワーフは納得したように頷く。
「ああ、冒険者か。儂はこの店の店主のラルだ。」
そう言うと、ドワーフの雑貨屋店主のラルは道路に転がっていたロープの束を拾い上げ、あたしに投げ渡す。
「これは?」
「冒険者なら、強盗の拘束は儂みたいな素人より上手く出来るだろう?」
ああ、そうですか。
さっきの威嚇は完全に玄人のそれに見えたけど、ラルさんはただ単に人相が凶悪なだけの素人さんらしい。
まあ、シーフの業にはロープワークも含まれてるし、劣化版シーフとしての技を持つバードのあたしでもそれなりにロープワークは行える。
シーフや船乗りには劣るが、完全な素人よりはマシなはずだ。
でも、組み伏せられても暴れ続けている大男に近付くと、すぐに気持ちが萎える。
「えーと、脚から縛ればいいのかな?」
大男を組み伏せている、おそらく女性だろう黒髪の人物に尋ねる。
つい習慣で愛想笑いを浮かべてしまったが、すぐに先方にはこちらを振り向く余裕など無い事に気付く。
「俺を縛るだと!?ふざけるな!!」
あたしの質問に対して、野太い怒鳴り声の返事が返ってきた。
無論、黒髪の人物ではなく大男の方だ。
と、いきなり黒髪の人物が、大男の首の付け根辺りを殴った。
それ程強く殴った様には見えなかったが、大男は途端に動かなくなる。
「麻痺の点穴を突きました。今の内に脚を縛って下さい。」
今度は間違い無く黒髪の人物の声だった。
ちょっと感情の感じられないボソボソとした口調だったが、声自体は凛々しくも涼やかで、つい聞き惚れてしまいそうですらあった。
「マヒのテンケツ?」
そんな声で言われた聞き覚えのない単語を、あたしは思わずオウム返しで繰り返してしまう。
「この手の怪力の大男には点穴の効果は薄いです。だから早く縛って下さい。」
相変わらずボソボソとした平板な口調であったが、その声に僅かながら苛立ちが感じられたせいであたしは我に返り、大男の両足首をロープで縛って拘束しようとする。
縛りながら大男をよく観察すると、力が抜けてグッタリとしているのではなく、むしろ逆に全身の筋肉が硬直しているのが分かった。
『テンケツ』の意味は分からないが、間違いなく黒髪の人物は大男を麻痺させたようだ。
あたしが両足首を縛り終えるとほぼ同時に大男の麻痺が解けたようで、大慌てで咳き込むようにして呼吸を再開する。
麻痺している間、呼吸も満足に出来なかったのかもしれない。
「コイツッ、解きやがれっ!」
大男は麻痺が解けると懲りずに再び暴れ始めるが、両足首を縛られたせいで先程より明らかに勢いが減じている。
と、黒髪の人物は極めていた右腕から手を離すと、流れるような動きで大男の首に両腕を巻きつける。
するとほんの数秒で、大男は再び動かなくなった。
「えーと、また麻痺のテンケツ?」
「いや、今度は落としました。」
「落とす?」
「簡単に言えば、気絶させたのです。」
「は〜。」
あたしの理解を超える業の数々に、間抜けな声しか出ない。
と、黒髪の人物が立ち上がってこちらを向いた。
透き通るような白い肌に、目尻がやや吊り上がった切れ長の目、その目の奥の深い漆黒の瞳。
誰もが認める美人というにはやや癖の強い顔立ちだが、その声のイメージ通りの凛々しい印象の美しさを持つ女性だった。
思わずあたしは彼女を見つめてしまう。
だがあたしが彼女に見惚れたのは、彼女の美しさも確かに要因の一つではあるが、それよりももっと大きな要因があった。
正直、何と表現すればいいのか分からないが、魔術的に魂が激しく揺さぶられたとしか表現出来ない様な感覚を、彼女の顔を見た瞬間に感じたのだ。
「どうかしましたか?」
黒髪の女が怪訝そうに尋ねる。
そこであたしは、自分が彼女をガン見していた事を初めて自覚した。
「ああ、何でもないの。ゴメン、ジロジロ見ちゃって失礼だったわね。」
「いえ……。」
黒髪の女は明らかに不機嫌そうな表情で言う。
どうやらあたしの前例のない強烈な感覚はあたしが一方的に感じただけで、彼女の方は特に何もあたしに感じる所は無かったようだ。
その事に思い至った瞬間、あたしは微妙にショックを受けた。
そして、そんな些細な事でショックを受けた自分にも驚く。
初対面のよく知らない相手が、あたしが期待したリアクションをしないからといってショックを受けるなんて、あたしの精神年齢ってそんなに幼いのだろうか。
さすがにそこまで自分が子供だとは思いたくないので、気を取り直して気絶した大男の両手首を縛る作業に没頭する事にした。
腹いせに必要以上にキツく縛ってやろうと思う辺り、やっぱりあたしも子供っぽいがそこは敢えて気付かない振りをしておく。
「どうなった?皆、無事か!?」
そこへ、ようやく到着したダリルが大声を上げつつ野次馬を掻き分けやって来る。
「店の扉が壊されたが、強盗共が逃げる前に偶然ナギさんが通りかかってな。お陰で盗られたモノも全て取り返せたし、強盗共も捕まえられたよ。」
ラルがダリルに説明するのを聞いて、あたしはこの黒髪の女性の名がナギという名前らしい事を知る。
リザの二の舞いにならないようにしっかりと覚えておかないと。
その特徴的な容貌からも、西方人とは明らかに異なる響きの名前からも、彼女が東方人である事は間違い無さそうだ。
あたしが大男の両手首を後ろ手に縛っている間も、ラルはまるで自分の手柄のようにナギの活躍を自慢している。
「いやいや、ぶったまげたよ。武器を抜いた強盗共の攻撃をヒラヒラと華麗にかわしつつ、ぶん投げたり蹴っ飛ばしたり。年甲斐も無く、儂もつい興奮しちまったよ。」
下手な踊りにしか見えないジェスチャーを加えて語るラルの話が胡散臭く聞こえたのか、ダリルはあたしの傍に来て尋ねる。
「本当か?」
「いや、あたしが着いたときには終わっていたから。でも彼女、この大男を独りで抑え込んでいたし、信憑性はあるんじゃない?」
チラリとナギを横目で見ると、大活躍したらしいというのに隅の方で物凄く居心地悪そうにしている。
一刻も早くこの場から立ち去りたいと思っているのがバレバレだ。
「しかし、彼女みたいな細身の女にそんな事可能なのか?」
「出来るんじゃない?彼女の焦げ茶色の長衣、あれ『モンク』のものでしょ?」
あたしの言葉にダリルは眉をひそめる。
「確かに彼女がモンクというのは聞いていたが、モンクってそんなに強いクラスだったのか?」
「レベルが高いんじゃない?」
あたしも、モンクのクラスを持つ知り合いはほとんどいないので、それくらいの事しか言えない。
モンクは、クレリックには劣るものの神聖魔法を使える事で知られているクラスだが、それ以上に有名なのは神秘的とも言われる徒手空拳での近接戦闘能力だ。
魔力を呪文の形で放出するのではなく、常時身体や感覚を強化する形で用いる事により超人的な格闘能力を得る、らしい。
『らしい』としか言えないのは、モンクの神秘的な格闘術の噂はしばしば聞くが、実際にこの目で見た事は無いからだ。
『モンク』はまあレアな方のクラスだが、『カメレオン』程では無く、あたしも20年の冒険者生活の中で3人程見かけた事があるが、3人共短期間で冒険者を辞めてしまった。
彼らとパーティを組んだ者の話では、劣化版クレリック程度の印象しかなかったらしい。
だが今、目の前でナギが見せた業は、『モンクは胡散臭い噂先行のハズレクラス』というあたしの認識を一発で改めるだけのインパクトがあった。
もしかしたらモンクはハズレクラスではなく、単に大器晩成型のクラスというだけなのかもしれない。
「まあともかく、ナギ。」
ダリルに話しかけられると、ナギは傍目にも分かる程警戒心を顕にし、身を強張らせる。
「よくやってくれた。私からも礼を言う。」
「いえ、ここの皆さんにはお世話になってますから。」
ダリルの礼に対して、ナギは棒読みの形式的な返事を返す。
大男を押さえ込んでいた時の凛々しさは消え失せ、むしろ不安がっているようにも見える。
「すぐにギルドの衛兵達が来るだろうから、それまでここにいてくれ。衛兵たちに事情に事情を説明しなければならないだろうし、用件は一度で済ませた方がいいだろ?」
「そうですね。」
ダリルの態度から察するに、ナギの余所余所しい他人行儀の態度は今に始まった事ではなく、いつもの事らしい。
「それにしても、酷くやられたな。」
ダリルが破壊されたラルの店の扉を見ながら言う。
「ウチはまだマシだ。ナギさんのお陰で奪われたモノも取り返せたし。ドウェインやルーカスの所は派手に壊された上に賊にも逃げられ、奪われたモノも返っきてないしな。」
「そこは異人街の互助会から再建資金の一部を提供するように働き掛けるさ。」
「ソイツは有難い。まあ、一連の強盗事件の犯人が今回捕まえたコイツらだとすると一件落着かな?」
「だと、いいが……。」
「捕えたコイツらから、再建資金を出させたい所だが……。」
「とてもそんな金を持っているようには見えないな。」
「ああ、期待は出来ないな。」
結構深刻なダリルとラルの会話を聞いていると、建物の上から現場を見守っていたノエルから念話が届く。
(ゾラ、ゾラ。)
(どうしたの?)
(見張っている奴が2人いる。)
(2人?)
(1人はゾラも知っている情報屋のヨークだ。何時ものように物乞いに変装してそっちを見てる。)
(ヨークか。奴の属する『紫霧』がこの手の事件に直接関係しているとは思えないけど……?)
これはハーケンブルクに限った事ではないが、人々の集まる都市部には犯罪者が集い、その犯罪者の数が一定数を超えると彼らは徒党を組み、犯罪者集団を形成するようになる。
こうした犯罪者集団は、闇ギルドという俗称で呼ばれる。
多くの場合、公権力は闇ギルド撲滅を表向きには掲げているが、実際の所は裏で癒着している事も多い。
そしてハーケンブルクの場合、公権力の力の及ばないそれなりに規模の大きなスラム街を抱えている事もあって複数の闇ギルドが存在し、スラム街を中心に裏社会の覇権を巡って終わりのない暗闘を続けている。
そんな闇ギルドの1つ『紫霧』は闇ギルドの中でも穏健派と言われており、あからさまに過激な事をして堅気の連中の余計な反感を買っては長期的には自分の首を絞める事を熟知しているらしく、余程の事がない限りこんな派手で、明らかに無用の敵を作るようなやり方はしないはずだ。
ただ、短絡的に手っ取り早く稼ぐ傾向のある闇ギルドも存在するし、またどの闇ギルドであっても末端の連中がしばしば上層部の意向を無視して暴走する時もままあるので、この強盗犯がどこかの闇ギルドの下っ端の可能性も無い訳ではない。
それに、ヨークは盗みではなく情報の売り買いで生計を立ててる奴だ。ダリル達の話から推測するに、この強盗犯共は最近派手に動いていたみたいだし、ヨーク辺りが探りに動いていても別におかしくはない。
(もう1人はヨークの仲間っぽい?それとも別口かな?)
(仲間ではなさそうだよ。でも、見た事無い奴だね。)
ノエルの記憶力は異様に良く、一度見た人物は決して忘れない。
プロの密偵なら尾行や監視の際にはそれなりの変装はするから、ノエルの記憶力の良さも時には欺けるが、こんな下町の強盗事件にプロの密偵が出張ってくるとしたら、それはそれでヤバい案件という事になる。
(あ、移動し始めた。)
あたしが考えていると、再びノエルの念話が届く。
(ヨークじゃ無い方?)
(うん。ここから去るっぽい。)
(尾けられる?)
(尾行はあんまり得意じゃないから、気付かれるかもよ?それでもいいなら、やるけど?)
あたしは迷った。
正式に依頼された冒険なら迷わず尾行を命じるが、事情も分からず成り行きでここにいる身としては、どこまで深入りすべきか決心がつかない。
(あ、ヨークがそいつを尾行し始めた。)
ノエルの報告にあたしは迷いから解放された気分になる。
ヨークとは既にコネがあるし、後々必要になったら彼に訊けばいいだけだ。
(尾行はプロに任せましょう。ノエルはもうしばらくそこで見張ってて。)
(了解。あ、ギルドの衛兵隊らしい連中が来たよ。)
ノエルの言う通り、ドヤドヤと衛兵隊が野次馬を掻き分けながら駆け付けてきた。
ちなみに冒険者という建前がある為、ハーケンブルクの衛兵には制服もないし武装もバラバラだが、派手な腕章を全員付けているので一目で分かる。
ラルと似たような革のエプロンを身に着けた、まだ髭が様になっていないくらい若いドワーフが一団の中に混じっている。
このいかつい集団の中で明らかに浮いている彼が、恐らくラルの甥のドランだろう。
最後に階級が最も上の腕章を付けた、立派に整えられた豊かな口髭が目立つ、中年のヒューマンの男性の衛兵が勿体ぶった態度で現れる。
恐らくこの衛兵隊の責任者であろうが、彼を見てあたしは思わず声を上げた。
「あれ?ワイアット?」
「げっ、ゾラ?何でここに?」
大物ぶった感じで登場したのに、あたしに気付くと悪戯が見つかった子供の様に判り易く動揺するワイアットさん。
何だか、軽く傷つくんですけど。
「おう、お前ら知り合いか?」
ダリルが割って入ってくる。
異人街の顔役の1人と、担当地域の衛兵詰所の責任者だから顔見知りの可能性も高いが、それにしてもダリルさん、誰に対しても偉そうだな。
「ああ、ダリルさんもいらしてたんですか。」
ワイアットもワイアットで急に腰が低くなった。
偉そうな登場からの落差が凄まじくて、小役人感がハンパない。
「ここの詰所に配属されてたなんて、知らなかったな。」
「いいじゃないかよ、そんな事は。」
ダリルさんに対してはペコペコするのに、あたしに対しては仕事場にやって来た悪友を厄介払いする様な態度を取るワイアットさん。
「で、2人はどんな知り合い?」
「ワイアットが駆け出しの頃に一緒にパーティ組んでたのよ。まあ、冒険者パーティの女の子を妊娠させたんで、彼女と結婚した後は収入が安定している衛兵部門に移ったんだけど。」
シーフ兼ファイターのワイアットは、まあ、衛兵としての適性は高かったのだろう、順調に出世したようだ。
「俺の話はいいよ。」
「モリーナは元気?」
部下の前で若い頃の話をされる気まずさは分かるが、つい彼のリアクションが面白くて悪ノリし、彼の奥さんの名前まで出してしまう。
「元気だよ。元気過ぎて困るくらいだ。」
「へぇ。久しぶりに会ってみたいな。」
「いや、マジで止めてくれ。っていうか、そんな話している場合じゃないだろう?」
「そうだ。悪ふざけが過ぎるぞ、ゾラ。」
ダリルからも注意されてしまった。
「スンマセン。」
そもそもダリルからワイアットとの関わりを訊かれたのが話の脱線のキッカケだった気もするが、悪ノリの自覚はあったので、あたしは一応反省の態度を見せる。
意外と言ったら失礼かもしれないが、ワイアットは犯人の連行や、ラルやナギをはじめとする当事者や目撃者からの聴取を手際よく進めていく。
思ったより早く事後処理は終わりそうだった。
聴取の間、ナギは最低限の言葉で、しかし明瞭に受け答えしていたが、やはり落ち着かない様子なのが印象的だった。
「まあ、現時点ではこんな所かな?また聞きたい事が出てきたらダリルさんの所に連絡しますので。」
丁寧かつ迅速に現場処理を終えたワイアットが、ダリルに挨拶に来る。
「連中の刑はどれ位になりそうだ?」
「今回以外に余罪がなければ、ヘスラ火山の地下坑道か、ガレー船で5、6年前後の強制労働になるかと思われます。奴等の強制労働中に発生した給料は、被害者に優先的に渡される事になりますが、給料自体雀の涙なのであまり期待しないでください。」
「だろうなぁ。」
ダリルは渋い顔で頷く。
「あたしに手伝える事、無い?」
あたしはワイアットに尋ねてみる。
「無いだろう?書類を作って、犯人共を担当部署に引き渡したらもうこの件は終わりだよ。後はお役所仕事だから、あんたの出る幕は無いな。」
「そうか。それならいいけど。」
あたしがそう言うと、ワイアットはジッとあたしの顔を見始めた。
「何よ?」
「ゾラ、お前さあ、未だに冒険者と衛兵の手伝い、2足の草鞋なのか?」
「そうだけど。悪い?」
「いや、悪くはないけどよ。俺もこの仕事長くしてるけど、たまに思うんだよね。ゾラみたいな奴こそ、この仕事に向いてるんじゃないかって。」
ワイアットがからかう様子もなく真面目な表情で言ったので、あたしは柄にもなく照れてしまう。
「おや、あたしを誘うなんて衛兵部門は余程の人員不足かな?」
「そうなんだよなあ。ここ数ヶ月で急にそんな感じになってきてな。」
照れ隠しで自虐気味に言ったら、ワイアットから本気のボヤきが返ってきた。
「でも、近日中に追加の人員が送られてくるらしいからそれも解消されそうだけどな。まあ、お前は犯罪捜査には向いてそうだけど、書類仕事はダメっぽいから今のままの方がいいかもな?」
ワイアットは急に一人納得すると、ケラケラと笑い出す。
っていうか、最近、あたしを勝手に持ち上げておいてから突き落とすパターンに遭遇する確率が多いような気がする。
「あの……。」
遠慮がちに声をかけられ、独りテンションがおかしくなっていたワイアットが、慌てて居住まいを正す。
「どうしましたか?……ええと、そう、ナギさん!」
名前を思い出しただけでドヤ顔をするワイアットさんだが、同様の前科のあるあたしは心の中でのツッコミも自粛しておく。
「私、もう帰ってもよろしいでしょうか?」
「私の方は構いませんが?」
そう言って、ワイアットはダリルを見る。
「私も構わないが……いや、一応コイツの事をちゃんと紹介しておくか。
コイツは私の妹分のゾラだ。ゾラ、彼女はナギ。1ヶ月程前からここ異人街で暮らし始めたばかりだ。遠くから来て慣れない事も多いだろうから、仲良くしてやってくれ。」
「右腕がこんなんだから、左手でゴメンね?」
あたしは右腕の義肢を掲げてガチャガチャさせながら左手を差し出す。
一瞬固まってしまったナギを見て、リザの時にも薄々勘づいていたけど、このアピールは若干相手を引かせるらしい事を自覚する。
それでも、ナギは真面目な表情のまま律儀に左手を差し出してきて、あたし達は握手を交わす。
その時、ナギの顔を初めて見た時に感じた魔術的に魂を揺さぶられる感覚を再び感じた。
いや、最初の時より激しく強く、よりハッキリと感じる。
ナギの左手を握ったまま彼女の表情を伺うと、一見今回も無表情に見えたが、よく見れば彼女は僅かに首を傾げて不思議そうにあたしを見た。
その表情の変化自体は気の所為と言われれば納得してしまう程度の僅かなものだったが、それでもナギはあたしの事を切れ長の目の奥の漆黒の瞳で結構長い時間凝視し続けた。
あまりに真っ直ぐなナギの視線にあたしは最初は少し狼狽えたが、かといって不躾とも言える彼女の視線は不思議と不快には感じられなかった。
気づいた時にはあたし自身もナギのその漆黒の瞳を、まるで魅入られたかのように凝視し続けていた。
2024年11月15日
ゾラの義肢の設定について加筆しました
2024年11月25日
上記と同様の加筆修正を少しだけしました