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第1章 冒険者パーティー『ホワイトドーン』5

2025年6月7日

 以下の固有名詞の変更を行いました。

 アドルフ→ルドルフ

 デンスモア商家→グウィン商家

 クリーガー商家→アールワース商家

 マンザレク商家→ラドリッチ商家


 加えて細かい改変も行いました。

 上記の固有名詞の変更については、投稿済みの部分も順次行います。

 同一人物に別々の固有名詞が付く事で混乱させるかもしれませんが、ご容赦ください。

 予定通り、あたし達は冒険者ギルドに直行し、ザレー大森林での一連の出来事を報告した。

 『ホワイトドーン』の面々は数時間後には解放されたが、あたしだけはその後もギルド内に留まる事を要求された。

 この時点で『ホワイトドーン』の面々との打ち上げは断念し、せめてもの償いに彼らに軍資金という名の小遣いを渡そうとしたが、

 「さすがに子供扱いし過ぎ。」

 と彼らに笑って拒否された。

 問題の重大さからある程度時間がかかる事は覚悟していたが、ギルドでは予想以上に拘束された。

 理由の1つはあたしから話を聞きたがったギルドの幹部連中が、揃いも揃って忙しくしていた為だ。

 どうやらまとまって報告を受ける時間すら取れないらしく、バラバラに来てはその都度報告をやり直すの繰り返し。

 しかも彼らの都合に合わせる形なので、無為に過ごす待ち時間がやたらと長いのが地味に一番しんどかった。

 何回かの個別の会合と帰還翌日の深夜に行われた幹部が唯一全員揃ってのミーティングで、ヌーク村への謝罪と補償の交渉へはギルド長のソニアが直々に赴く事が決定し、あたしが街に帰還した翌々日の早朝には使節団が出発する事が決定された。

 その使節団には当然の如くあたしも同行する事となった。

 この間、あたしはギルドの建物内にずっと缶詰め状態だったので、外に出られたのは正直嬉しかった。

 駆け出しの頃から知っているギルド長と久々に話せるかもと思ったが、彼女は移動中も取り巻きの幹部とミーティング状態、休憩中も書類仕事と見ているこちらが心配になる有様だった。

 結局、彼女とはほとんど話せないままヌーク村に到着し、あたしにも交渉の場の末席を与えられた。

 とはいえ、あたしの役目はギルド長のソニアとヌーク村の代表者であるイリアさんを形式的に引き合わせるという交渉の冒頭でほぼ終了し、後は双方のトップから忘れた頃に投げかけられる質問(あたしの答えが知りたいのではなく公の場で確認した、という事実を遺す為だけの質問だ。)に、愛想笑いを浮かべつつ答えるだけだった。

 この交渉の場でのギルド長ソニアの態度は、あたしに強い印象を残した。

 イリアさんも立派だったが、元々彼女に対する評価は高かったので、さすがとは思いつつもイリアさんならこれ位懐深くて当たり前だよね、という気持ちもあった。

 自分の事は棚に上げて言うが、慣れって怖いもので出来る人程、とことん周囲からしゃぶり尽くされる訳だ。

 まあそれはともかく、ギルド長のソニアだ。

 会談開始直後に、一方の陣営のトップであるギルド長のソニアが深々と頭を下げ率直に謝罪した事で、会談はかなりスムーズに進んだ。

 昔から彼女は肝が座ってはいたが、他人のやらかした不始末の為に頭を下げる様な性格では無かったように思う。

 それが今は、昔とは立場が全く異なるとはいえ、恐らく会った事も無い部下の不始末の為に潔く頭を下げ謝罪する彼女の姿にあたしは思わず見惚れてしまった。

 唯一紛糾したのは、ヌーク村に監禁されている4人の貴族のボンボン冒険者共の処遇だ。

 ヌーク村としては今回の強姦未遂事件が言語道断なのは無論の事、それに加えてそれ以前からも明確な犯罪行為かと言われればグレーゾーンであるとはいえ恒常的に迷惑行為を被り続けてきた訳で、この際思いっ切り厳罰を授けて同様の行為をしている連中の見せしめにして欲しいという要望があった。

 それに対しギルド側が示したのが、ザレー大森林を含むハーケンブルク周辺地域からの永久追放と冒険者資格の永久剥奪だった。

 余りにも罰が軽すぎる、とエルフ達は猛反発した。

 確かにあたしの様に、ずっとハーケンブルクを拠点としている冒険者なら結構な罰だが、貴族のボンボン共にとっては実家に戻ればそれなりに暮らしていけるので、面子を潰される程度の罰でしかない。

 でもいくら冒険者ギルドが治安維持の権限を持っているとはいえ、貴族の縁者に対して行える罰としてはこの程度が限界なのは歯痒いが現実だ。

 いくら自治権を持つハーケンブルクではあっても、貴族達の意向を完全に無視する訳にもいかず、これまでも貴族の起こした犯罪の罰は、同様の罪を犯した平民よりかなり軽くなるケースがほとんどだった。

 話し合いは平行線を辿り、この会談唯一となる休憩を挟んだのだが、その休憩中ふと気付くとイリアさんとソニアが2人で談笑していた。

 何だか凄く違和感のある光景だった。

 話の内容は全く聞こえなかったが、遠目には世間話でもしている様な雰囲気だ。でも2人の取り巻き達は遠巻きに2人を囲んで決して2人の会話に交じろうとはしない。

 ああ、これは公式の場では出来ない話し合いを雑談を装ってしているんだな、とあたしは思った。

 あたしの推測を裏付ける様に休憩後、イリアさんはあっさりと折れ、唯一の対立事項が解決した事でその後の会談はつつがなくスケジュールをこなし、終了した。

 帰り道もソニアは相変わらず忙しそうで、別れ際に掛けられた短い労いの言葉が唯一彼女と交わした言葉だった。

 秘書らしき取り巻きから明朝、もう一度ギルドに来る様告げられた後、あたしはようやく解放されて定宿の『トネリコ亭』に戻った。

 軽い食事を取った後自室に戻ると、連日の疲れもあってあたしはベッドに倒れ込み、そのまま泥のように眠った。

 明朝、夜明け直後に比較的元気なジーヴァに起こされる。どうやら散歩にでも連れて行って欲しいらしい。

 ジーヴァもノエルもずっとあたしに同行していたが、あたしと違って気疲れが無い分疲労が軽かったのだろう。

 ノエルも起きていたが、彼は大人しく器用に嘴でページをめくりながら、自力で光源魔法を唱えてハーケンブルク公営図書館から借りっぱなしで返却期限が過ぎていた大衆小説『竜王子と獅子王子』を読んでいる。

 その小説は史実を元にしながらも、適度に事実を盛ったフィクションでいつか(あたしが言う『いつか』は大抵実現しない事で悪名高いのだが)吟遊詩として完成させたい題材でもある。

 ノエルはヘタレで運動神経も鈍い方だが、非常に記憶力が良く、知識欲も旺盛だ。それに知識はやっぱり力にもなるのであたしは可能な限りノエルに本に接する機会を与えるようにしている。

 まあ、そろそろこの本は図書館に返さないとペナルティを受ける可能性もあるので、今日ギルドに行くついでに図書館に寄って返却しておこう。

 本に熱中しているノエルはまだしも、尻尾を振って散歩に連れて行けアピールするジーヴァには申し訳なかったが、今のあたしはどうしても湯屋に行きたかった。

 なので、ジーヴァに後で必ず散歩に連れて行く事を約束し、ノエルとジーヴァをサンドラさんに預け、独りで湯屋に向かう。

 仕事前に朝湯に入る習慣の者が一定数いるので湯屋はそこそこ混んではいたが、夕方や宵の口ほどではなく、久々のお風呂をタップリ堪能する事が出来た。

 お風呂でサッパリしたせいか、昨夜は余りなかった食欲が回復していた。

 『トネリコ亭』に戻るとノエルとジーヴァと共に朝食を摂る。

 「朝からそんなに食べて、太っても知らないよ。」

 ノエルが余計な事を言ったが、優しいあたしはデコピン一発で許してやった。

 トネリコ亭の朝食は1年中硬いパンと小魚や小海老を玉ねぎや豆と一緒に煮込んだチリスープであるが、今朝に限っては追加料金を払ってまでお代わりをしてしまった。

 滅多にないことなので女将のサンドラにも妙な顔をされてしまったが、ここ数日保存食中心だったし、ジャンクな味とはいえ久々の温かいスープが美味しく感じたのだから仕方がない。

 あのサンドラでさえ突っ込まずにスルーしてくれたのに、本当にノエルは一言も二言も多いな。

 朝食を終えるとジーヴァとノエルを連れて『トネリコ亭』を後にする。

 ギルドに行くついでにジーヴァの散歩もしておく事にする。

 まあ散歩とは言っても、5分かからずに済むギルドまでの道のりを迂回しまくって30分以上かけて歩くだけだが、それでもジーヴァは満足そうだった。

 あたしはそこで意図せず、『異人街』に足を踏み入れていた。

 『異人街』はあたしが育った場所だ。

 ヒューマンの中でもここ西方地域とは明白に異なった容貌と文化を持つ東方人や南方人、そしてエルフにドワーフ、ハーフキンや各種獣人達が多くが住む地域だ。

 僭越ながら、自由都市ハーケンブルクが自由都市と呼ばれる根拠となる場所だと勝手に思っている。

 でも、あたしが生まれ育った頃の『異人街』はもはや存在しない。

 あたしが14歳の時、『ハーケンブルク大火』という大火災があった。

 ハーケンブルクのスラム街、港に近い倉庫街、そして異人街を焼き尽くした大火事だ。

 『異人街』の顔役だったあたしの両親は、現場に残って逃げ遅れた人達の救助を続け、結局逃げ遅れて亡くなった。

 その後、ハーケンブルク自治会議の援助もあって異人街は再建されたが、あたしは再建された『新異人街』には長いこと必要最小限しか近寄らなかった。

 あたしが幼少期を過ごした、土地不足のハーケンブルクによくある5階建ての集合住宅は焼け落ちてもう存在しない。

 そして焼跡に建て直された新しい集合住宅で生き残った住民達が新たな生活を送っているのを見た時、素直に祝福出来ない自分に気付き、そんな感情を抱いた事に自己嫌悪を感じてから自然と足が遠のいた。

 欠かせない用事もあるから最低月一で出向くが、その時も覚悟を決めて寄り道もせず、余計なものを見ないように意識しながら早足で歩くのが常だった。

 でも今日、意図せず異人街をぶらついてみて、過去のわだかまりが随分と薄らいでいる事に気付いた。

 様々な種の獣人の子供達が狭い通りを笑いながら駆け回り、南方人の職人やハーフキンの商店主が仕事をしながらそれを暖かい目で見守っている。

 あたしが幼い時には既にお爺さんだったドワーフの長老が、あたしが子供の頃と同様に軒下に置いた揺り椅子に座って日光浴をしつつ、あたしの知らない新しい住人らしい東方人の女修道士や熊の獣人の人足と和やかに挨拶を交わしている。

 何より、そんな平和な光景を素直に受け入れられたあたし自身の心情を嬉しく感じた。

 あたしが育った異人街はもう無いが、同じような空気は確かにそこに存在した。

 穏やかな喜びに包まれながら、あたしは異人街を後にする。

 それからあたしは公営図書館に寄る。

 ここはハーケンブルクの自治会議が運営している図書館で、一般庶民向け図書館としては王国では異例の規模を誇る。

 もっとも、土地不足のハーケンブルクの例に漏れず、蔵書の割には建物が狭いせいで非常にゴミゴミとしてしまっているのだけど。

 図書館に入ると受付に直行し、顔見知りの神経質そうな中年男の係員に返却期限の過ぎた本を返す。

 係員に露骨に嫌な顔をされたが、延滞金に色を付けて払ったせいか特に文句は言われなかった。

 コイツには何言っても無駄だ、と呆れられてるのではないと思いたい。

 ノエル君が何か新しい本を借りたい、と大胆な事を仰ったが、その言葉に反応した係員が控え目に言って汚物でも見る様な視線を向けてきたので早々に退散する。

 それからギルドに向かう。

 朝一で仕事を求める冒険者達でロビーは混み合っていた。

 もうピークは過ぎたはずだと思っていたので、まだここまで混んでいるとは予想外だった。

 朝一というだけで細かい時間帯まで指示されていなかったので、ジーヴァの散歩を延長してもう少し後に来ようか、とか思っていると声を掛けられた。

 「ゾラさん!」

 振り向くと、イヴァンを始めとする『ホワイトドーン』の面々が勢揃いしていた。

 皆普段着で、これから冒険に出るような雰囲気では無い。

 「やあ、この前は打ち上げに参加出来ずに申し訳なかったね。」

 「仕事なら仕方ありませんよ。ここにいるって事はまだあの件は片付いていないのですか?」

 「片付いていないのは確かだけど、あたしが関わるのは今日で終わりかな?後は上の連中の仕事だよ。」

 あたしがそう言うと、イヴァン達は顔を突き合わせ相談を始める。

 相談はすぐに終わり、イヴァンが代表して話し始める。

 「実は僕達も今日は半分オフみたいなもので、良かったら午後にでも食事しませんか?明日は僕達、冒険の予定なので早目に宿に帰らなければなりませんが、それで良ければ是非。」

 あたしは昨日の秘書っぽい男の言葉を思い出す。

 今日の会合は余り長く掛からないニュアンスだったが、確実とは言えない。

 「多分行けるとは思うんだけど、行けない可能性もあるから、その時には遣いを出すって形でもいい?」

 「構いませんよ。僕達、ランチの混雑時が終わった頃を見計らって『大鹿亭』に行く予定なので、そこに来て下さい。行けない時の連絡もそこで。」

 イヴァンはそう言い残すと、仲間達と共に去って行った。

 「慕われているわね。」

 彼等を見送っていると、また背後から声を掛けられた。

 「急に後から声を掛けないでよ。驚くじゃない。」

 あたしがブーたれつつ振り向くと、何時もの様に無表情な受付嬢チーフのエレノアがいた。

 「私みたいな素人の気配も感じられないんじゃ、そろそろ冒険者引退じゃない?」

 相変わらずこの人は、綺麗な顔なのに可愛くない事ばかり言うな。

 「そうね、考えておくわ。」

 「まあ、引退は明日以降にして下さい。今日はあの件の最終報告をしてもらわなければなりません。それと引き換えに報酬もお渡ししますので。」

 エレノアは相変わらず無表情のままで、冗談を言っているのか本気なのか判断がつかない。

 エレノアの先導であたしは混み合うロビーを迂回し、受付カウンターの中に入って更に奥へと向かう。

 周りに人が居なくなった所で、あたしはこの前から気になっていた事を尋ねてみる。

 まあ、どうでもいい事ではあるのだが、常に無表情のエレノアの困った顔が見られるかも、と思い付くとどうしてもそのリアクション目当てで尋ねてみたくなったのだ。

 「エレノアってさ、あたしには塩対応だけど『ホワイトドーン』の面々には結構親切っていうか、優しいよね?」

 この前、ヌーク村の依頼を受けた時のエレノアの『ホワイトドーン』の面々に向けた彼女らしからぬ優しい表情を見たときからちょっと気になっていたのだ。

 「そんな事無いと思いますが。」

 前を歩くエレノアの表情は見えなかったが、照れて否定したな、とあたしは勝手に思った。

 そうしたら、エレノアは予想外の事を言い出した。

 「私は前途ある若い冒険者全てに優しいのです。『ホワイトドーン』だけを特別扱いしている訳ではありません。」

 余りにも斜め上の答えに、あたしはしばし言葉を失ってしまった。

 「年下好き……?」

 ノエルがボソリと呟く。

 それは本当に小さな声で、耳元で呟かれたあたしだから聴き取れた、と思ったらエレノアは耳聡く聞き付けたらしく、足を止めてその場でクルリと振り返る。

 「すぐにそう言う下世話な発想をする人が居るから言いたくないのです。」

 エレノアの声も表情も何時も通り冷静そのもので分かり辛かったが、何となく怒っている様な雰囲気は感じられた。

 事実、失言の主のノエルは怯えて、あたしの頭の後に顔を突っ込む、何時もの頭の隠して尻隠さずのポーズに入っている。

 「ゴメンね、このカラスには後でキツく言い聞かすから。」

 「構いませんよ。ゾラさんなら分かってくれるかもと思って、つい口を滑らせてしまいまった私にも非はありますし。」

 再び歩き出す、エレノアのキッチリと伸びた背筋や完璧に纏められたダークブロンドの髪を眺めつつ、あれ、あたし思った以上に彼女に好かれている?と少し意外に思う。

 「前途有望な若者が好きなら、何時までも芽の出ないロートルなあたしなんかは嫌ってそうだけど?」

 情けないけど、何時も冷たいエレノアさんに褒めて貰えるかも、という浅ましい下心で自虐気味に尋ねてみる。

 「私、仕事に私情は持ち込みませんので。」

 うっ。

 やはりエレノアさんはエレノアさんだった。

 「ただ、ゾラさんはもしかしたら同志かもしれないとも思っています。」

 「同志?何の?」

 何だか珍しくエレノアさんが心を開いてくれたと思ったら、意外な事ばかり言ってくるな。

 「前途ある若者を手助けする事が好きな同志ですよ。」

 何だかあたしの感覚では恥ずかしい台詞を、エレノアさんが無表情のままシレッと言ってのけた。

 「う~ん、そんなつもりは無いんだけどなぁ。」

 発言した当人が平然としてるのに、何故かあたしの方が一瞬照れてしまったが、すぐ冷静に戻ってそう答える。

 確かにあたしの器用貧乏ぶりは、駆け出しのサポートには向いているし、ギルドもそれを把握しているからその手の仕事があればあたしに斡旋してくる。

 でもその手の仕事が好きか?と問われれば、組む相手による、という答えに落ち着く。

 「そうですか?さっき『ホワイトドーン』の皆さんが、ゾラさんを凄く慕っていた様子だったので、やっぱり向いているなと改めて思ったのですが。」

 「まあ、アイツらはこっちが心配になるくらい素直な連中だし、気も合うからね。」

 「そうかもしれませんが……。例えばですよ?今回問題を起こした『ブルーブラッド』の方々も、冒険者になり立ての頃にゾラさんがサポートし、指導していればまともな冒険者に育っていたとは思いませんか?」

 「無い無い。」

 あたしはエレノアさんの問いを即座に否定した。

 「まあ、そうかもしれませんね。」

 エレノアさんはあたしの否定を即座に受け入れる。

 確信を持って否定したはずなのに、こう即座に受け入れられると何だか悲しい。

 「ゾラさんって一見誰に対しても人当たり良さそうなのに、結構好き嫌いが激しいですものね。」

 エレノアさんの言葉にノエルがプッと吹き出し、あたしが睨むと慌てて視線を明後日の方に向けた。

 何だかエレノアさんの掌の上で転がされている内に、この前の応接室とは別のもっと奥の部屋に辿り着いた。

 その部屋には何度か入った事がある。

 「ゾラさんをお連れしました。」

 扉をノックしてから、エレノアさんはその向こうに声を掛ける。

 「ご苦労さまです。お通しして下さい。」

 扉の向こうの声に従い、エレノアさんは扉を開けると、一礼してあたしに中に入る様に促す。

 「失礼します。」

 あたしが中に入ると、エレノアさんは扉を閉め、そのまま去って行った。

 中は典型的な官僚の執務室といったレイアウトだが、机やテーブル、来客用のソファーの上まで山積みになった書類が散乱し、とにかく雑然としまくっている。

 その書類の山の載った執務机の向こうに、ストレートの長い白髪に真っ白な肌、赤い瞳の、どことなくあたしに似ているが、もっと華奢で儚げな印象の女性があたしの方を向き微笑みを浮かべていた。

 「久しぶり、姉さん。」

 「久しぶりね。それにしても、あんた相変わらず部屋の整理が下手ね。」

 「それは否定しないけど、今は特別忙しいのよ。まあいいから座って、姉さん。」

 そう言うと、彼女は山積みの書類が散乱している来客用のソファーを悪びれる事無く示す。

 この片付けの出来ない女こそあたしの妹で、2人いる副ギルド長の1人のヨハンナだ。

 今はだらしない笑みを浮かべているが、現ギルド長であるソニア率いる冒険者パーティー『シーカーズ』の一員でもあった。

 『シーカーズ』は5年前に解散したが、その前年、発見以来難攻不落と言われ続けていた『アビス』を初めて完全攻略した事から生ける伝説と言われるようになり、その元メンバーもハーケンブルクの冒険者や一般市民の憧れの的となった。

 その一員であるヨハンナは、アストラー王国はおろかその周辺諸国を含めても現役では最強のメイジだろう。

 器用貧乏の姉とは大違いだ。

 彼女はハーフエルフのあたしと違ってヒューマンだが、両親は間違いなく同じだ。

 異種族間で子供を成すと、その子供は両親の種族のどちらかに半々の確率でなるので、兄弟姉妹間で種族が異なる事も珍しく無い。

 ヒューマンとエルフの場合はもう少し複雑で、その子供はヒューマンとエルフ以外にハーフエルフとして生まれる事もあり、その確率はおおよそ3分の1ずつと言われている。

 なので、ハーフエルフのあたしとヒューマンのヨハンナが姉妹でも特におかしな事ではない。

 メイジ単一クラスのヒューマンという事で彼女のレベルアップ速度は元々速かったが、加えて彼女はアルビノでもあった。

 肌や髪の色素がほとんど、あるいは全く無いアルビノは生まれつき魔力が常人の数倍以上あると言われているが、その代わり体力や生命力が極端に低く、その多くが子供の頃にちょとした怪我や病気で亡くなってしまうという。

 実際、ヨハンナも子供の頃は頻繁に体調を崩していたが、幸運にも立派に成人出来た。

 それだけでなく、考えて無しに多くのクラスを取った姉と異なり、自分の長所と短所をしっかりと把握し、超一流の冒険者となり、更に副ギルド長にまでなったのだから姉としても鼻が高い。

 そんな立派で、あたしにとっては自慢の妹と言っても過言ではないヨハンナだが、会う度に彼女はあたしの右腕の義肢を見て申し訳なさそうな顔をする。

 最近はその表情を誤魔化すのが多少上手くなってきたようだが、ちょっとシスコンの気がある姉の目は誤魔化せない。

 ヨハンナは、あたしが病弱な妹の為に無理をして右腕を失ったと思っているのだ。

 実際の所は、低レベル期特有の急激なレベルアップに調子に乗ったあたしの不注意が原因なのだが、何度もそれについて話したにも拘わらずヨハンナは心の底では受け入れられないようだ。

 頭の回転の速い娘だから理屈では分かっているはずだが、感情では未だ受け入れられないのだろう。

 なのであたしは、妹の申し訳なさそうな視線に全く気付かない鈍い姉を演じつつ、ソファーの上の散乱した書類を片付け始める。

 まあ、そんな姉妹間の美しいかもしれない感情の機微が無かったとしても、あたしが座る為にはちょっとした片付けが必要不可欠だったのだが。

 あたしがソファーの上の書類を最低限まとめて座るスペースを確保している間に、ヨハンナはお茶を淹れてくれた。

 ヨハンナは一見儚げな外見をしているが、その見た目とは裏腹に色々とズボラな性格をしている。でも一方で、興味のある事柄には異様に拘る所もある。

 お茶もその興味ある事柄の1つで、色々珍しく高価なお茶を揃えている。

 あたしもお茶は嫌いではないが、正直安物と高級品の違いすら分からない。

 その違いの分からない姉の為に、凝り性の妹が淹れたお茶を飲む。

 正直、クセのある香りに微妙な表情になりかけたが、何となくリラックスした気分にはなるのでやはりいいお茶なのだろう。

 リラックスするとつい煙管を一服したくなるがここは自重する。

 高レベルのメイジは魔力の循環がどうたらこうたらという理屈で様々な抵抗力が上昇するし、老化も遅くなり寿命さえ種族の限界を超えて延びる。

 加えてヨハンナは、冒険者になってしばらくして、背中一面に抵抗力上昇と体力上昇の呪紋を彫った。

 なので現在のヨハンナは、子供の頃の様に病弱ではないし、むしろそこら辺の一般人より頑健かもしれない。

 ちなみに、あたしもおへそ周りと胸元に同様の呪紋を彫っているが、呪紋というものは広範囲に同一効果のモノを入れる程効果は大きくなる。

 あたしみたいに違う効果の呪紋を身体のアチコチにチマチマ入れたりすると、どの効果も中途半端になってしまうのだ。

 ともかく、今は健康に不安は無いと分かってはいても、あたしはヨハンナを見るとつい病弱だった子供の頃を思い出すので、彼女の前で煙管を吸うのはつい憚ってしまうのだ。

 「何だか、最近忙しそうね。」

 あたしの対面に腰を下ろすと、ジーヴァを手招きして思いっ切りモフり始めたヨハンナに、あたしは話しかける。

 ちなみに彼女の使い魔は黒猫のクラレンスで、今は日当たりの良い窓際で気持ち良さそうに居眠りしている。主人が他の動物を熱心にモフっても、まるで気にする気配は無い。

 猫の使い魔はカラスのように言葉は話さないが、あらゆる使い魔の中で最も頭が良く、未来を予知する力さえあるという。

 一方で、猫の使い魔は非常に気まぐれで、気が乗らない時は主人への助力を拒否する事もあるとも言われている。

 少なくとも、ヨハンナはあたしの相棒のジーヴァをモフるのに100%成功するが、あたしは一度たりとも妹の使い魔、クラレンスをモフるのに成功した試しは無い。

 ただジーヴァは一応、モフられに行く前にあたしを見て許可を求めてくるので、そういう所が何だか可愛いらしく、快くヨハンナに送り出してしまう。

 一方、思春期男子メンタルのノエルはヨハンナの前では何時も照れて、お得意の頭隠して尻隠さずのポーズを取る。

 あたしとヨハンナは顔立ちは確かに似ているのだが、何かが決定的に違っており、ヨハンナだけが守ってあげたくなる様な儚げな美貌をしている。

 「ちょっとね。通常業務に加えて最近色々キナ臭くて。」

 ヨハンナはふぅ、と溜息を吐く。

 「キナ臭いって?」

 あたしが尋ねると、ヨハンナはジーヴァをモフりつつも少し考え込む表情になる。

 「あ、いいよ。ヨハンナの立場なら色々話せない事もあるだろうし。」

 「あ、いや、大丈夫。今回の件にも関係ある事だし。」

 あたしは気を遣ったが、どうやらヨハンナとしては話しておきたかった事柄だったようだ。

 あたしは背筋を伸ばし、聴く姿勢を取る。

 「姉さんも知っていると思うけど、私達がギルドの実権を握った時、結構色々あったんだよね。」

 ヨハンナは他人事のように言うが、彼女自身がその中心で色々した張本人の1人であった事は、当時多少の手助けはしたがほぼ蚊帳の外だったあたしでも容易に想像がつく。

 「そうね。色々あったね。」

 妹の言葉がフワっとし過ぎて、言わんとすることが全く分からなかったが、取り敢えず相鎚を打つ。

 「まあ、その色々のせいで損をした連中もいれば、私達を恨んでいる連中もいる。そういう連中の動きが最近活発になっているのよ。」

 その辺の事情は、ハーケンブルクの政情に疎いあたしでも幾らかは知っている。

 ハーケンブルクの最高意思決定機関ではある自治会議は、冒険者ギルド長と四大商家の当主の合計5名で構成される。

 冒険者ギルド長のソニアと、四大商家の1つであるグウィン商家の現当主、『女傑』の異名を持つエリザベータには強固な結びつきがある。

 なにせ、ソニアがギルド長に就くのを全面的にバックアップしたのは当主に就任したばかりの彼女だったし。

 因みに、この『グウィン商家』というのは正式には『屋号』であって『姓』ではない。

 いや、実際には姓として機能しているのだが、『姓は貴族以上の身分しか持てない』という大原則がある為、正式な場で『グウィン商家のエリザベータ』とは名乗れても、『エリザベータ・グウィン』と名乗る事は出来ない。

 面倒臭いし全くの無駄だと思うが、貴族という存在は自分達の権威付けの為には労力を惜しまないものらしく『姓を持てるのは貴族だけ』という規則を全力で守ろうとするし、一方で商家もある程度財力を得ると今度は貴族的な権威や名誉を求めるらしい。

 姓のようで姓ではない『商家名』は、そんな両者の妥協が生んだ産物と言えるのかもしれない。

 話しを元に戻すと同じく4大商家の1つ、アールワース商家の当主で『古狸』の異名を持つルドルフも、例外はあるにせよソニアとグウィン商家に賛同する事が多い。

 そこで割を食う事が多くなったのが、四大商家の残りの2家、ラドリッチ商家とモリソン商家だ。

 自治会議では、話し合いで解決しない重要事項は最終的には多数決で決定されるが、ソニアがギルド長に就いてから、ラドリッチ商家とモリソン商家がこの多数決に勝った事はほとんど無い。

 そして、ハーケンブルクの庶民の多くはこの事態を支持している。

 というのもソニアがギルド長就任以前に自治会議を主導していたのがラドリッチ商家とモリソン商家で、その時期は金持ち優遇の政策を推し進めた結果、貧富の差が拡大して暴動さえ起こった。

 ソニアがギルド長に就任して自治会議のパワーバランスが変わって以来、金持ち優遇政策はなりを潜めて民衆の暮らしは改善した。

 ソニアは益々英雄視され、ソニアを推した『女傑』ことグウィン商家のエリザベータも、金持ち優遇政策全盛の頃はまだ当主でなかった事もあって、同様に民衆人気は高い。

 『古狸』ことルドルフは長らくアールワース商家の当主、そして自治会議議員を勤めていただけあってかつての金持ち優遇政策でかなり利を得たはずだがそこは『古狸』ぶりを発揮し、2人を後見する好々爺のイメージが何となく定着してしまっている。

 割を食った上に、民衆から悪党呼ばわりされがちなラドリッチ商家とモリソン商家が、ソニアや冒険者ギルドに向ける憎悪は想像に難くない。

 そういう背景は想像出来るが、具体的に彼らがどういう行動を起こしているのか、その行動に対してどう対処すればいいかとなると、正直あたしにはサッパリ分からない。

 アドバイスなんて見当違いの事しか言えないだろうし、でも、何か言ってあげたくて考える前に口を開いてしまう。

 「まあさ、あれだね。」

 「ん?」

 「とりあえず、あたしの個人的な考えを言わせて貰えば、ヨハンナ達のやってる事は間違っていないと思うよ。」

 さすが考えなしに言った言葉だけあって、あたしの知る人々の中で最も頭の回転が速いと思われる妹に、キョトンとした表情をさせてしまった。

 なので、あたしは慌てギルドに来る前に見た光景を説明する。

 「今日、ここに来る前さ、ジーヴァの散歩を兼ねて何となく異人街に寄ったんだけど、そこの皆が何って言ったら良いのかな、凄く幸せそうで。

 その光景を見た時、あたしは確信したのよ。ヨハンナやソニアのしている事は間違っていないって。」

 あたしとしては自分の気持ちを正直に語ったつもりだったが、気付いたらやたらと早口だったし、口調もちょっと言い訳している人間ぽかった気もする。

 でも、ヨハンナはしばらくキョトンとした表情を続けた後、堰を切ったように笑い出した。

 うん、優しい姉を自認するあたしとしては、たとえ失笑だったとしても難しい顔の妹を笑わせたのはポイント高い、などと思ったのだが、あまりにヨハンナの笑いが長く続くので少し不安になる。

 「妹よ、そんなに爆笑されると妹は姉に対して最低限の敬意すら持ってないのかと、少しばかり不安になるぞ。」

 そのまま言うのは照れ臭かったので、敢えて顰めっ面を作って言うが、結果としては彼女の爆笑の時間を延長させただけだった。

 あたしが妹の爆笑をしばらく憮然と見守っていると、ようやくヨハンナは笑い終える。

 「ゴメン、ゴメン。姉さんはやっぱり姉さんだなあって思ったら、何かツボに入っちゃって。」

 ヨハンナはそう言うと、まるで最後っ屁のようにもう一度プッと吹き出す。

 「あなたの姉に対する尊敬の度合はよく分かった。」

 あたしは拗ねたように言ったが、本当に拗ねていた訳では無く、照れ隠しにそんな態度を取っただけだ。

 事実、怒った表情を作ろうとしたあたしの努力は5秒程であえなく崩壊したし。

 「話を元に戻すとさ。」

 なんとか笑いが収まると、ヨハンナは真面目な表情になり、声のトーンも低くなる。

 「姉さんには『ブルーブラッド』がやらかした件の尻拭いを手伝って貰った訳だけど。」

 「うん。」

 「姉さんもよく知ってると思うけど、最近あの手の冒険者増えてきたよね?」

 「貴族の子供のボンボン達の事?」

 「そう。あの連中、駆け出しの割に凄く羽振りがいいでしょ?」

 「それは、親の貴族が援助してるからでしょ?」

 「うん、確かにそれもある。でも、その援助はたかが知れてるの。例外もあるけど、大抵の貴族には嫡子以外の子供にあれだけの援助をする余力は無いものよ。」

 「へえ、そうなんだ。」

 あたしは貴族とは、贅沢三昧ばかりしてる存在だとフワッと考えていたけど、内状は意外と厳しいのだろうか。

 「では、誰が援助しているかっていうと、この街の大商人達よ。」

 「え~と……。え?」

 あたしは妹の言う事が理解出来ずに、間抜けな声を上げる。

 いや、妹の言っている意味は分かる。でも、現実にそんな事が有り得るのかと思うとあり得ないという気持ちが先立つ。

 なんというか、信用している人物から荒唐無稽な陰謀論を聞かされたような気分だ。

 混乱したあたしを見て、妹は微笑んだ。

 「姉さんの気持ちはよく分かるよ。

 この情報自体は結構前から摑んでいたけど、大商人達が何故そんな事をするのか動機が分からなくて、情報の方がガセだと思って何度も確認したから。」

 「でも、ガセじゃなかった?」

 「そうね。一例を挙げれば、今回事件を起こした『ブルーブラッド』の連中は、四大商家の1つ、ラドリッチ商家の援助を受けていた。金銭的の援助は勿論、以前に起こした事件の揉み消しなんかもしていたみたいね。」

 「え?四大商家まで関わっているの?」

 あたしの言葉に、ヨハンナは少し憂鬱そうに頷く。

 「そうね、モリソン商家とラドリッチ商家は関わっているどころか、主導している立場よ。

 さすがに、グウィン商家のエリザベータ様は関わっていない。アールワース商家のアドルフ様は……消極的に関わっている感じね。まあ、あの古狸の何時もの保険だろうけど。」

 保険。

 つまり、ソニアやグウィン商家のエリザベータ様が権力を失った時も困らない様に、その反対勢力にもある程度はいい顔しておこうという事か。

 それはそれとして、あたしは最も疑問に思った点を尋ねる。

 「この街が自治権を得ようと思ったのはそもそも貴族達の支配から逃れる為だよね?」

 「そうね。」

 「なのに、どうして今更になって貴族と手を結ぼうとするの?しかも、自治権獲得の中心となった四大商家の内の二家が主導してるんでしょ」

 「あたしもその辺の動機が分からなくて考えたのだけどね。実は簡単な事だったのよ。」

 「簡単って?」

 「100年も権力を握っていれば、考え方や常識も貴族と同じになるって事よ。」

 ヨハンナがあっさりと言った言葉に、あたしは衝撃を受けた。

 この感覚はハーケンブルクで育ち、生活を長年してきた者でなければ分からないかもしれない。

 外からハーケンブルクにやってきた者は、『出自に関係無く、努力と才能さえあれば成り上がれる』とハーケンブルク人が極自然に思っている事に少なからず驚く。

 長らく生きていればそれが理想に過ぎない事も分かってくるのだが、それでも多くのハーケンブルク人は心の奥底ではそれを強固に信じているのだ。

 そう思う原因の一つが、自治権獲得というアストラー王国では後にも先にもハーケンブルクしか成し得なかった成功体験だろう。

 だからその成功体験の象徴とも言える四大商家に対し、ハーケンブルク庶民は何となくの信頼感を持っており、しばしば起こす失策や醜聞に対して一時的に怒っても時が経てば何となく許してしまう。

 「つまり、あたし達ハーケンブルクの庶民の持ってる考え方より、貴族達の考えの方に親近感を持っているからその子供達を支援してると?」

 「ここ100年間、ハーケンブルクを統治してきたのは四大商家の血統よ。

 唯一、冒険者ギルド長だけがその血統から外れていたけど、ここ20年程は四大商家の傀儡と言える人ばかりだった。

 だからこそ、ソニアはギルド長になれたとも言えるんだけど。20年間、彼らにとってギルド長はライバルでも仲間でもなく単なる下僕でしかなかったから、当然ソニアもそうなると思っていたんでしょうね。」

 あたしはソニア以前のギルドマスターを思い出してみる。

 高名な元冒険者もいれば、遣り手のギルド職員が昇格した場合もあり、急には共通点が思い浮かばないくらいだ。

 いや、唯一共通点を挙げるとするならば、就任直後はともかく、しばらくするとあからさまに事なかれ主義になり始め、多様だった前身にも拘わらず言動が似てくる事だ。

 「まあ、連中もソニアをコントロールする自信はあったでしょうけど、そもそも可能ならばギルド長にはしたくは無かったでしょうね。

 彼女は明らかな南方人だし。」

 そう言えば、ここ20年のギルド長の共通点がもう1つあったな。

 皆、西方人のヒューマンばかりだった。

 それ以前にはエルフやドワーフのギルド長も少数いたらしいけど。

 「よくソニアはギルド長に就けたね?まあ、当然あんた達も相当頑張ったんだろうけど。」

 「まあ当時、四大商家はグウィン商家の当主が予想外のエリザベータ様に代替わりしたり、モリソン商家の当主が倒れたりとかで混乱していたしね。

 あたし達もその隙を突く形でソニアをギルド長に据える事に成功したっていう事情もある。

 でも、四大商家側もソニアがギルド長に就任した当初は楽観的だったはずよ。ソニアの事を人気だけの政治の事など何も知らない素人だと侮っていたのは間違いないだろうし、あわよくば上手にソニアを操って彼女の人気すら利用しようと目論んでいた節さえある。

 まあ当然ソニアはそんなタマではなかったのだけど。」

 「外野から見た結果論かもしれないけど、連中、随分と楽観的というか、都合良く考え過ぎじゃない?」

 「そこが彼等が貴族化してるっていう所以よ。ハーケンブルクの組織も民衆も自分達の所有物という意識だから自分達に従って当然と思っている。

 100年前、自分の先祖達がそういう貴族の支配から逃れようと苦労して自治権を獲得したのにね。」

 「それで、連中は貴族と手を結んだ?何だか理性的な選択とも思えないけど?」

 「確かにね。しかも連中は、貴族の中でも特に反動主義的な考えを持った奴らと手を結んでいるらしいわ。そういった反動主義的な貴族達は、ハーケンブルクを王国の古き良き伝統の破壊者の象徴と見なしている。モリソンやラドリッチの望み通りソニアを追い出す事に成功しても、反動貴族達に付け入られて自治権すら危うくなるっていうのにね。」

 溜息混じりに言うヨハンナについ同情してしまう。

 「最大の脅威は敵よりも無能な味方、って誰か昔の人が言っていたわね。」

 「そうね。冒険者ギルドでも同じ事がまさに起こっているし。『ブルーブラッド』なんて、その最たるものでしょ?」

 あたしは苦笑しかけたが、ふと思い付く。

 「まさか、最近貴族のボンボン冒険者が問題を起こしてばかりいるのは、それを狙って?」

 「その可能性は大いにあるわね。

 最近の貴族の子弟の冒険者は極端なまでに2種類に分かれているから。

 『ブルーブラッド』のように無能で問題ばかり起こす連中と、そこそこ有能な連中。

 有能な連中も何か企んでるのでしょうけど、それはともかく無能な連中が送り込まれた理由は明らかね。

 ギルド所属の冒険者として問題を起こし、ギルドの評判を地に落とす事。

 まあ、彼らが自分達の役割にどこまで自覚的なのかは分からないけど、そういう意味で仕事は完璧にこなしているわね。

 まさに適材適所よ。」

 少なくともあたしの前では温厚なヨハンナが珍しく毒を吐く。

 それだけあの連中の事がストレスになっているのだろう。

 「ギルドは冒険者登録への制限に踏み切る気は無いの?」

 あたしは『ブルーブラッド』への処分を聞いた時から気になっていた点を訪ねてみる。

 『ブルーブラッド』への処分は大甘だと思うが、冒険者ギルドが貴族の子弟に対して出来る処分としてはそれが限界なのも理解出来る。

 ただ、あの連中の素行の悪さは恐らくギルドに加入する以前からのモノで、であれば最初からギルドに加入させないのが最良の選択の様な気もする。

 「それも考えなきゃいけないのかしらね。」

 ヨハンナは憂鬱そうに言う。

 ここハーケンブルクに限らず冒険者ギルドというものは、来る者は拒まず去る者は追わず、といのが基本的なスタンスだ。

 加えて、ハーケンブルクの街自体もそういう気風を持つ。

 それが世間一般からは弾かれるような異能の持ち主を呼び込み、組織や社会を活性化させ発展させるのだ、という理念が両者共にある。

 だから明確なクロならまだしも、グレーゾーンの連中を門前払いにするのを躊躇する気持ちも分かる。

 でも最初から悪意を持って潜入しようとする者に対しては、この理念は仇になる。

 ヨハンナにしてもソニアとしても、悩ましいところでだろう。

 2人共まさに世間一般から弾かれる存在ながら、その異能で冒険者として登り詰めた者だから。

 それでも人の上に立つ者としては、現実に起こってる問題に対応する為には理念を曲げねばならない時もあるだろう。

 「やっぱ、ヨハンナは頑張っているね。ホント、頭が下がるわ。」

 色々と板挟みになりながらも、自分のやるべき事をこなそうとしている妹の姿を想像していると、自然とそんな言葉が漏れた。

 「そうでしょう、そうでしょう。優しい姉として、頑張っている妹をもっと褒めてあげてもいいのよ。」

 妙なドヤ顔を作ってきたヨハンナを見ると、何だかさっきの素直な褒め言葉が急に恥ずかしくなった。

 「ああ、はい。偉いね。」

 ぞんざいに褒めると、ヨハンナはあたしの照れを見透かしたかの様にクスリと笑う。

 こういう時、ヨハンナは妹というより姉っぽい。

 ヨハンナは自分の執務机の所に戻ると、引き出しから革袋を取り出しあたしに渡す。

 「はい、ちゃんと妹を褒める事が出来た姉さんにご褒美です。」

 「今回の件の報酬でしょ?」

 一応義理でツッコミを入れた後、エレノアとの会話を思い出す。

 「そういや、今日は今回の件の最終報告って事で呼び出し受けたんだけど。」

 「うん。」

 「ほぼ雑談しかしてない気がするけど、いいの?」

 「いいよ。そもそも最近忙しい過ぎて姉さんとゆっくり話す機会が無かったから、それを口実に呼び出しただけだし。」

 ヨハンナは悪びれた様子も無く、あっけらかんと言う。

 「あんたねえ……。まあ、良いけど。」

 あたしは呆れかけたけど、妹に同情する気持ちもあったので、聞かなかった事にしようと決めた。

 「そもそもねえ、姉さん。」

 すると何故かヨハンナは怒った様な口調で話を続け出した。

 「姉さんは、私とあんまり会わない様にしてるでしょ?」

 普段あまり文句を言わない妹の、突然の苦言にあたしはビビって、言葉を一瞬失ってしまう。

 動揺した姉に対し、妹は容赦無く言葉を続ける。

 「姉さんがさ、妹の七光りと見られるのを嫌がって私を避けるのは分かっていたつもりだけど、ここまであからさまだとよく出来た妹でもさすがに傷つくのよ。」

 何だか台詞の最後の方には色々ツッコミたい部分もあったが、妹の勢いに負けてあたしは素直に頭を下げる。

 「それは申し訳ない事をした。」

 あたしが素直に頭を下げると妹は明らかにトーンダウンし、何だかちょっと誤魔化す様な口調で言う。

 「分かればいいのよ。」

 テンプレなツンデレ口調で言う妹を見て、あたしの頬はつい、だらしなく緩んでしまうのだった。

 

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