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第4章 3つ首の竜 12

 ナギとマヤは1つの肉体を共有する独立した2つの人格だった、という事を知ってから暫く経つが、未だにどう受け入れるべきか見当もついていない。

 それなのに、更に彼女の中には未だあたしが出会っていない3つ目の人格があるという。

 正直これは、マヤ達との乗騎契約が霞む程大きな問題にあたしには感じられた。

 第三の人格と上手く付き合えなければ、マヤやナギとの関係も拗れるのだろうか?

 いや待て、問題はそこではない気がする。

 色々な情報が一度に入ってきて完全に許容量を超えてしまい、混乱してまともにものを考える事が出来ない状態になってしまっている気がする。

 一旦、無理にでも落ち着かなくては。

 落ち着く為にひとまず深呼吸をする。

 それからヨハンナが淹れてくれたお茶の存在を思い出し、すっかり冷めたお茶の入ったカップに手を伸ばしかけた時、やけに冷静な声でヨハンナがマヤに質問した。

 「それで、そのミオさんを封印から解く方法はあるの?」

 「あるはずよ。」

 マヤがまた曖昧な返答をした為か、ヨハンナの口調は少し強くなる。

 「はずって?」

 「具体的な方法はあたしには分からない。でも、解く方法は確実にあるはずって事よ。」

 「確実にあるっていう根拠は?」

 「あたしもミオと同様に封印されていたから。」

 マヤの言葉に、あたしはカップに伸ばしかけた手を止め、マヤに向き直った。

 「封印されていたの?どうして?」

 「話しても良いけど、結構長くなるわよ?」

 「じゃあ先に、どの様にしてあなたが封印を解いたのか、教えてもらえる?」

 ヨハンナが横から口を挟んで強引に話を元に戻した。

 あたしは少し苛つきながらヨハンナを見たが、一方のマヤは芝居がかった表情でわざとらしく首を振っただけだった。

 「封印は、あたしが自力で解いた訳じゃない。気づいたら解けていたってだけ。だから、具体的な方法をあたしは知らないの。まあ、推測は出来るけど。」

 そこでマヤが言葉を切り、微笑を浮かべつつあたしの顔をジッと見つめてきたので、彼女が続きを促す言葉を待っているのだと気づいた。

 ヨハンナの横槍にも苛ついていたし、マヤのこういう部分も結構ウザく感じるが、話を進める為にも今は従うしかない。

 「その推測とやらを聞かせて。」

 あたしの言葉にマヤは微笑みつつ小さく頷いた。

 「あたしが封印から醒めた時、あたしは後ろ手に拘束された状態でジメジメとした薄暗い船倉の中にいた。周囲には女に飢えた複数の船員達がいて、あたしは彼らに襲われる寸前だった。」

 マヤの言葉に、あたしは息を呑み自分の顔から血の気が引いていくのを自覚した。

 あたしの反応を見て満足した笑みを浮かべると、マヤはあっさりと続ける。

 「大丈夫、あなたが心配するような事にはならなかったわ。

 あたしはペテンが効く相手なら、相手が複数人でも逃げ出すのはそれなりに得意なの。連中に魔法をかけて混乱させ、同士討ちをするよう仕向けた後は、悠々と脱出よ。」

 あたしがホッと息を吐く横で、ヨハンナが冷静に先を促す。

 「それで、肝心の封印が解けた理由は?」 

 「あくまで推測だけどね。ナギの力が一時的に弱まったから。」

 あたしはマヤの言う事が理解出来ずにヨハンナを見るが、今回はヨハンナもピンと来なかったらしい。

 マヤも自分の説明不足は自覚しているらしく、すぐに補足した。

 「あたしが捕まった状態で目が醒めたという事は、唯一封印されていなかったナギが表に出ている時に捕まったという事よ。その点でも今回と状況は似ているかもね。そしてナギは、あれで手練れよ。となるとナギを捕まえたのは彼女以上の相当な手練れか、あるいは……。」

 「今回のように『ドラゴン殺し』系の道具を使ったか……。」

 あたしの言葉にマヤは頷く。

 「『ドラゴン殺し』の効果のあるアイテムなんでそうそう転がっているはずはないからその可能性は低いと前は思っていたんだけど。でも今回ナギが襲撃された時の話を聞いた後だと、前回の件もそっちの可能性が高い気がしてきたわね。」

 「ナギさんの力が弱まったのかは分かった。でもそれが、あなたの封印とどう関係があるの?」

 ヨハンナの質問に、マヤは例の胡散臭い笑みを浮かべて答えた。

 「それは、あたし達を封印した張本人がナギだからよ。」

 「ナギが?え?」

 あたしは思わず聞き返す。

 ナギがそんな事をするとは思えない。

 だが一方で、いい加減そうに見えるマヤだが、少なくとも悪質な嘘を吐くとも思えない。

 しかしマヤが嘘を吐いてはいないという確信があったとしても、やはりナギがそういう事をするとはどうしても思えなかった。

 「それはおかしいわね。」

 あたしが納得出来ないまましかめっ面をして黙り込んでいると、横からヨハンナが口を出してきた。

 「おかしい?」

 マヤの口元が珍しく歪み、微笑を浮かべつつも苛立ちを隠しきれていないのが分かった。

 「ナギさんはモンクでしたよね?モンクの使える神聖魔法にも封印の呪文は存在しますが、その対象は死霊や悪魔の類に限られます。

 多頭竜の頭の1つの意識を封印するという行為が具体的どういうものかは分かりませんが、恐らく魂を封印する類の呪文でしょう。それは秘術呪文にしか存在しないはずです。」

 「ああ、そういう意味だったのね。」

 マヤの口元から歪みが消え、いつもの軽薄な笑みが戻った。

 「実は、あたし達が封印されたのは2回目なの。 

 最初にあたし達を封印したのは、あたし達の母親よ。あたし達の母親は、ホーライの辺境を治める領主であり、ドレイクだった。」

 「お母様が?どうしてあなた達を封印したの?」

 あたしが思わず口を挟むと、マヤは口元に笑みを浮かべたまま、細い目を更に細めてあたしを見た。

 「ホーライでは領主のほとんどがドレイクであるくらい、ドレイクの地位は高く、尊重されているの。

 ただ、それには例外もある。多頭竜のドレイクは、存在自体が邪悪とされているのよ。」

 「どうして?」

 更に問いかけるあたしの口調は思いの外強く、心ならずもマヤを問い詰めるような言い方になってしまった。

 見当違いの強い口調をマヤに向けてしまった事に自分でも驚き、反省して縮こまっているとマヤの表情が緩んだ。

 「まあ、迷信でしかないとあたしは想っているけど、それを信じ込んでいる連中が多数派になれば、そこではそれがルールとなるわ。

 多頭竜が邪悪という認識が広まった原因の1つが、ホーライの現王朝の成立の歴史と関わっているのも、この迷信を強固なものにしているわね。」

 「確か、前王朝の最後の王が多頭竜のドレイクだったらしいわね?」

 ヨハンナが口を挟むと、マヤはその細い目を少しだけ見開いた。

 「本当に、妹さんは博識なのね。」

 「ホーライにも行った事がある、ハン帝国人の交易商にサラッと聞いた事があるだけよ。詳しくは知らない。」

 ヨハンナは、マヤのわざとらしい褒め言葉に全く反応せずに淡々と答える。

 「あんた、知ってた?」

 少し離れたタンスの上のノエルに話を振ると、彼は不機嫌そうに言った。

 「ホーライについて書かれた本は、この街ではほとんど出回っていないから。」

 マヤはチラリとノエルに目を向けてから、あたしに視線を戻した。

 「前王朝最後の王は、ドラゴン形態では8本の首を持つドレイクだったらしいわ。伝説ではかなり悪逆非道な王様で民衆を苦しめ、それに憤った若きドレイクが反乱を起こして8本首のドレイク王を討伐した。

 その若きドレイクが民衆に請われて王位に就いたのが、現王朝の始まりと言われているわ。」

 「討伐された8本首のドレイクって、本当に悪逆非道だったのですか?簒奪者が自分の行為を正当化する為に、倒した前王を実情以上に悪く喧伝するのはよくある事だと思いますが?」

 幾らかマヤに慣れてきたのか、ノエルが横から口出ししてきた。

 マヤは口元を微妙に歪ませながら、横目でノエルを見る。

 確証はないが、マヤはノエルに対して少し苛立っているように見えた。

 「かなり昔の話だし、あたしは別に歴史に興味がある訳ではないから事実かどうかは知らない。

 問題はさっきも言ったように、ホーライの民衆のほとんどがそれを真実だと思い込んでいるって事よ。

 そうそう、一番悪名高い多頭竜は今出てきた8本首だけど、次に悪名高いのは聖女と魔女の2つの顔を持つ多頭竜ね。

 高いクレリック能力と慈愛に溢れた性格を併せ持つ正に聖女のようなドレイクの女領主がいたんだけど、同時に彼女は邪悪な魔法実験と淫蕩な行為に耽る魔女としての裏の顔も持っていた。

 裏の顔は長らく秘密にされてきたんだけど、結局その姿は領民にバレてしまう。裏の顔を知った領民はどちらが彼女の本当の顔なのか、訝しんでいたんだけど……。」

 「なるほど、聖女と魔女っていう極端な二面性を持った女性の話は古今東西ありふれていますけど、多頭竜、いやこの場合は双頭竜って言うべきかな、それが登場するのが如何にもドレイクの国って感じですね。」

 ノエルをからかって脅そうとしたのか、彼女にしては珍しく陳腐なくらいおどろおどろしい口調で語ったマヤだったが、ノエルは平然と彼らしく空気を読まない感想を言い出してしまう。

 結果、マヤは完全に白けた表情になってしまい、いつも表情を取り繕っている彼女のレアな光景を見られたが、横道に逸れた話をそろそろ戻さないと何時まで経っても先へ進めそうもない。

 「それで、マヤ達が多頭竜だからお母様がマヤ達を封印したの?

 その封印ってナギが行ったという2回目の封印と同様に、マヤとミオさんの意識を封印したって事?」

 あたしが質問すると、マヤはこれまた珍しくあからさまに安堵の表情を浮かべつつあたしに向き直って答えた。

 「そうね。順を追って説明すると、あたしの父はヒューマンのドラゴンテイマーだった。異種族間の夫婦の場合、子供がどちらの種族で生まれてくるか、その確率が半々なのは知ってるわね?」

 「ええ。」

 その事はこの世界の常識なので、あたしは素直に頷く。

 まあ、あたし自身はその常識から外れた存在であるハーフエルフなのだが。

 「そしてヒューマンとドレイクは、子供の頃は全く見分けがつかないのよ。

 というのも、人間形態のドレイクはヒューマンとほぼ見分けがつかない。そしてドレイクが竜形態に変身出来るようになるのは15歳の誕生日の夜明け時。

 そう、人族がクラスを得るのと同じ日よ。

 その日、ドレイクはクラスを得ると同時に竜形態への変身能力を得て、初めて自らの竜としての姿を見る事が出来るの。」

 そう言うとマヤは言葉を切り、その表情から全ての感情が一瞬だけ消えたが、すぐにいつもの胡散臭い微笑を取り戻すと先を続けた。

 「あの日、母親は衛兵やお抱えの魔術的、神官達の前であたし達を竜形態に変身させ、あたし達が3つ首の竜に変身すると即座にあたしとミオの魂を封じたのよ。」

 「即座に?」

 ヨハンナが首を捻ると、マヤは頷く。

 「あたし達は物心ついた時には1つの肉体に3つの魂が共存していた。恐らく生まれた時からそうだったのだと思う。

 幼い頃は単に気分の移り変わりの激しい変わった子で通用しただろうけど、10歳に届こうって頃になればそれでは通らなくなるわ。

 多頭竜のドレイクはホーライでさえ滅多に見かけない存在ではあるけど、伝承だけは豊富にあった。

 色々な伝承の共通点をまとめると、『多頭竜は頭1つ毎に1つの魂を持つ。人の姿になった多頭竜のドレイクは、1つの人の肉体の中に竜の姿の時の頭と同数の魂を内包し、その魂は交互にその人の肉体を支配する』って感じになるわね。」

 「なるほど、母上はあなた達が十中八九多頭竜であると推測し、その推測が事実と分かった瞬間に封印したと。」

 マヤは肩を竦めた。

 「母親1人が疑っていたというより、あたし達とある程度接点がある者は皆疑っていたと思う。

 今思えば母親は、領主としては立派だったと思う。だからこそ、自分の娘に対してはより厳正なケジメをつける必要があったのでしょうね。

 ケジメの方法としては殺害という方法が取られてもおかしくはなかった。それくらい多頭竜のドレイクはホーライでは忌み嫌われていたの。

 それが封印で済んだのは、あの人にも母親の情があったのかもね。」

 過去を語っている時のマヤの表情と態度は淡々としており、彼女の中ではこの出来事が完全に過去のものになっているようにも見えたが、いつも本心が伺えない彼女の事だし本当の所は分からない。

 「1つ疑問なんだけど、何故ナギさんは封印されなかったの?」

 少しばかり感傷的な気分のあたしと異なり、ヨハンナは好奇心を隠そうともせずにグイグイと質問を重ねてくる。

 「多頭竜の場合、全ての頭の魂が揃っていなければ竜形態に変身は出来ないの。逆に言えば、1つだけ魂が残っていれば、普通のヒューマンを装って生きる事は出来る。」

 「なるほど。」

 ヨハンナは妙に感心したように頷いた。

 もしかしたらヨハンナは、マヤ達ではなくその母親の方に共感しているのかもしれない。

 同じように人の上に立つ立場だし。

 マヤも同じ様な事を感じたのか、少し口調が投げ遣りになる。

 「その1つだけの魂にナギが選ばれたのは、恐らく彼女が一番周囲の人達にとって扱い易かったからよ。」

 「そうなの?」

 あたしは首を捻る。

 ナギは無愛想だし、かなり頑固で理不尽な事は頑として受け入れないイメージがあり、特に貴族社会では扱い辛いイメージがある。

 あたしの疑問に、マヤはその口元に薄っぺらい笑みを浮かべた。

 「あたしとミオは、7歳の頃には自分で付けた名前を名乗っていた。でもナギだけは、親が名付けた名前を名乗り続けている。

 あの女は基本的に『いい子』なのよ。」

 『いい子』というマヤの言葉に、あたしは妙に納得してしまった。

 今現在のナギはいい子というイメージではないが、いい子を拗らせた結果、今のナギの人間性が形成されたといういうならばの凄く腑に落ちる。

 独り納得して頷くあたしの様子を見てマヤは満足げに笑みを浮かべるが、その横でヨハンナは更に質問を続けた。

 「あなた達が封印された後、ナギさんはどうしたの?

 それとも、封印されていた間の記憶は全く無いから分からないとか?」

 「封印されている間は眠っているのに近い感じで、ナギが見聞きした事は夢を見ているのに近い感覚だった。だから抽象的にだけどある程度は共有出来るわ。

 加えて、ナギの記憶も彼女の感覚のフィルターを通す形ではあるけど表面的な部分は覗けるし、ナギと頭の中で対話をする事だって出来るから、それを通して得られる事だってある。

 ナギは自分にとって都合の悪い事は頑固に口を閉ざすけど、嘘を吐いたり話を過剰に盛るタイプでもないから。」

 ナギが正直であるという点についてはマヤもナギを信用しているのだな、と少し意外にあたしは思った。

 「そういった事を総合して判断するに、ナギはすぐに辺境の修道院に入れられたらしいわ。

 そこからほぼ30年、ナギはその修道院からほとんど出ずに暮らしていたらしいわね。」

 「30年……。」

 あたしは思わず呻いた。

 その修道院とやらがどういう施設なのか分からないが、15歳から1つの施設で30年も暮らすなど、あたしには想像も出来ない。

 「30年もの間、どうやって暮らしていたんだろう……?」

 続いてほとんど独り言のようにボソボソッと呟いたあたしの言葉を聞きつけて、マヤが少し突き放すような口調で言う。

 「修道院での生活は、ホーライでも、ここ西方でも大差ないと聞いているけど?」

 マヤの言葉を聞いて、あたしはノエルに視線を走らせた。

 「西方での修道院の例で言えば、同性のモンクが20〜30人集まって集団で暮らしていると聞いてるよ。

 ほぼ自給自足の質素な生活で、生活を維持するのに必要な最低限の作業以外はひたすら修行と瞑想に明け暮れているらしいね。

 貧しい人達への治療活動や魔物の討伐に出る以外はほぼ外部との接触は無いらしいけど。」

 自分の知識を披露出来る機会を与えられて、ここぞとばかりに饒舌になる安定のノエル君。

 あまりナギには集団生活が得意なイメージはないが、一方で今のナギも今聞いた修道院での生活と似たような生活スタイルを続けている気もする。

 ただ1つ、気になる事はあった。

 「30年もの間、ナギはあなたやミオさんの事を全く放置していたの?

 いや、ナギには封印を破る方法が無かっただけなのかもしれないけど。」

 「ああ。」

 マヤの表情が少し面白くなさそうなものに変わる。

 「ナギの言い分を信じるのならば、母親はナギにも別に呪文をかけたみたいね。

 どうも記憶をイジられて、あたしとミオの存在や、自分がドレイクである事も忘れていたみたい。」

 少し突き放す口調のマヤの言葉を聞いて、あたしはヨハンナを見た。

 「そういう記憶をイジる呪文ってあるの?」

 「短時間ちょっとした記憶を失わせたり、改竄する呪文なら中レベルの魔術師でも使える。

 でも、何十年と効果を持続させる呪文となると、結構高レベルの儀式呪文になるわね。

 発動前に時間をかけて面倒な準備をする必要もあるし、高価な魔道具だって複数必要だったりする。

 それだけ苦労して準備して呪文を発動しても、術者と対象のレベル差が相当無いと、まず効果が無い。

 まあその点については、お母様は領主だったというからそれなりにレベルは高かっただろうし、ナギさんも成人直後で最低レベルだったと思うから問題にはならなかったでしょうけど。

 とにかくコストパフォーマンスの悪い呪文だから、滅多に使われる事は無いわね。」

 「そうか……。」

 あたしが重いため息混じりにそう呟くと、マヤは彼女らしくない不自然な笑みを浮かべ、促されてもいないのに先を続けた。

 「30年間修道院に籠もった後、ナギは托鉢の旅に出たわ。」

 「え、どうして?」

 あたしの質問に、マヤの口元に嘲笑じみた笑みが戻った。

 「30年間老化しないヒューマンなんて、妹さんのような超高レベル魔術的みたいな例外を除けばそうそうはいないわ。高レベルモンクも噂では老化がかなり遅くなるらしいけど、同じ修道院で同じ修行をしているのに1人だけレベルが突出して上がるなんてあり得ないじゃない?

 まあ早い話、1人だけ老化しないナギは浮いてしまったんでしょうね。」

 「ドレイクの寿命って?」

 何となくマヤに直接訊くのが憚られたあたしは、ヨハンナの方を向いて尋ねる。

 「確か、エルフより短いけどドワーフよりは長いはず。」

 ヨハンナの答えを聞いてから遠慮がちにマヤを見ると、彼女は黙って頷いた。

 人付き合いを最低限にしたがるナギの傾向は、この修道院での経験も関係しているのかもしれないとあたしは思った。

 「その托鉢の旅はどれくらい続けたの?」

 「多分、20年くらいじゃない?」

 マヤの口調は相変わらず他人事のようだった。

 「モンクの托鉢の旅ってどういうものか、聞いた事ある?」

 あたしはノエルの方を向いて尋ねた。

 「僕も詳しくは知らないけど、西方のモンクの例だと、ある程度レベルが高い者は独りで、それ程高くない者は3、4人くらいの少数のグループで旅をするみたいだね。

 旅の途中で出会う様々な困難を克服するのが目的みたいなものだから、具体的な目的地を定めず一定期間延々と放浪を続ける結構過酷なものらしいよ。」

 ノエルの解説を聞いて、あたしは暗い気持ちで俯いた。

 ナギの場合、当時のレベルがどれ程だったかは分からないが、修道院を出た経緯を考えるに短期的に道連れが出来た事があったとしても基本的には独りだったのだろう。

 おまけに目的地を定めずに、旅をする事自体が目的のような旅を20年も続けるなど、あたしならとても正気を保てそうもない。

 托鉢の旅を続けている時のナギの孤独な心情を想像してしんみりしていると、再びマヤが促されるのを待たずに話を進めた。

 「ところがある日、あたし達にかかっていた封印の魔法が突然全て解けたのよ。

 あたしとミオは開放され、ナギは忘れていた記憶を全て思い出した。」

 「え、そういう事あるの?」

 まんまとマヤの術中に嵌まったあたしはナギへの同情が頭の中から消し飛んでしまうくらい驚き、反射的にヨハンナを見ると、彼女は相変わらず落ち着きを払ったまま小さく頷いた。

 「珍しいけど、無い訳じゃない。

 原因として考えられる可能性の1つは、ナギさんのレベルが相当上がって、呪文をかけたお母様を遥かに凌駕したという事。

 もう1つの可能性としては、呪文をかけたお母様の魔力が何らかの形で大幅に損なわれたって事ね。」

 「魔力が大量に損なわれるって?」

 ヨハンナの珍しく曖昧な物言いに対してあたしが質問を重ねると、ヨハンナは少しだけ顔を顰めてチラリとマヤを見た。

 「要因は色々あるけど、一番分かり易いのは術者が死亡した時ね。」

 「御名答。」

 ヨハンナの言葉に対してあたしが何か思う前に、相変わらずの軽い口調でマヤが答えた。

 いや確かに今までの話を聞いて、マヤ達とその母親との間に確執があるのは分かってはいたが、それにしても今の反応は軽すぎないだろうか?

 「それは確かなの?」

 マヤの軽さが気になって思わず確認してみたが、相変わらずマヤは気軽な様子で頷いた。

 「噂で聞いただけだし、確認はしていないわ。ただ、噂で聞いた母親が亡くなったという時期と、あたし達の封印が解けた時期はほぼ一致しているし、あたしとしてはそれが原因で間違いないと思っている。」

 「お母様は寿命で?」

 ヨハンナが、探るような口調で尋ねた。

 「ドレイクとしてはまだ折り返しくらいで、寿命には程遠かったわね。

 さっきも言った通り、あたしは母親の死を確認した訳じゃないの。母親の領地に戻れば素性がバレて、今度こそ殺される可能性もあると思ってもいたから近づきもしなかったし。」

 確かに、マヤの話を聞く限りそれもありそうだ。

 どの道マヤからはこの話題についての更に詳しい情報は得られそうもないと判断したあたしは、話を進める事にする。

 「封印が解かれたマヤ達はどうしたの?」

 「まあ細かい事は色々あったけど、基本的には一箇所に留まらず放浪していたわ。

 まあ、あの頃は長らく封印されていた反動もあって、あたしもミオを結構後先考えずに好き勝手していたし。それでなくとも人格がコロコロ変われば周囲の人間には気味悪がられるから、どの道一箇所に腰を据えて生活する事は不可能だった。

 そうやって放浪を続けている間に悪名が広がって居られる場所がどんどん減ってしまってね。それで思い切って半分密航のような形で交易船に乗り込み、大陸本土に渡ったのよ。」

 「ハン帝国?」

 「そうよ。」

 ハン帝国は東方最大の国で、その周囲には小さな国々も散在するが、西方人の中には東方は全てハン帝国の支配下にあると誤解している者も珍しくないくらい、西方でも名の知れた大国だ。

 「ハン帝国に渡ってからはあたし達も自分達の行動を反省した。

 取り敢えず、3つの魂の間で意思の疎通を密にし、人格の交代をある程度はコントロール出来るように訓練を繰り返し、他の人格になるべく迷惑をかけずお互いにフォローし合う事に決めたの。

 結局の所ハン帝国でもホーライの時と同様に、滞在した街にいれなくなっては放浪してしまうのを繰り返したのだけど、ホーライにいた時よりも移動スピードは大分抑えられるようになったわ。」

 「でも結局は、一箇所には留まれなかったのね。」

 あたしはため息交じりに言うが、マヤは悪怯れずに先を続けた。

 「あたし達は数年毎に街を移る事を繰り返し、結局ハン帝国からも出て、最終的に辿り着いたのが『海の民』の都のシャハドだった。」

 海の民はこの大陸の南端部とその周囲に浮かぶ島々に住む民族だ。

 この大陸の中央部には西方世界と東方世界を分断する人跡未踏の大山脈が存在するが、この大山脈は大陸中央部から更に南にまで伸び、巨大な半島として突き出している。

 切り立った崖の海岸線が延々と続くこの半島は耕作に適した土地も居住に適した土地も少なく、ほぼ人の手の入っていない未開の地と化しているが、半島の南端部及びその周囲に浮かぶ群島だけは例外だ。

 この半島南端部に住んでいるのがいわゆる『海の民』であり、陸の孤島と化したこの地で彼らは東方とも西方とも異なる独自の文化を発展させていった。

 その最たるものが、外洋を航海出来る船を建造出来る造船技術と、同じく外洋を航海出来る操船技術だ。

 この両方の技術に加えて地理的な要因も重なり、かつて『海の民』は大陸の東方と西方、そして南方大陸との海上交易を独占し、莫大な利益を上げた。

 その後、『海の民』の当時の頭領のハーレムに潜り込んだ伝説的女盗賊のハーレイが、頭領に反感を抱いていた船大工や船乗りをまとめ上げると彼等を率いてシャハドを脱出し、様々な冒険の末に辿り着いたのが、当時は辺境の漁村に過ぎなかったハーケンブルクだと言われている。

 この地に辿り着いたハーレイ一行を支援したのが現在の四大商家の祖先達であり、ハーレイ達がもたらした技術と四大商家の資本が合わせる事で辺境の寒村だったハーケンブルクは短期間の内に西方世界最大の交易都市として発展したのだ。

 「シャハドの雰囲気は、冒険者が少ない事と住民のほとんどがヒューマンな事を除けばかなりここハーケンブルクと雰囲気が似ていたわね。

 あの街は自由な雰囲気があって、結構好きだったわ。」

 珍しく昔を懐かしむ様に目を細めつつ、しみじみとした口調で語るマヤの様子にあたしは少しだけ苛ついたが、平静を装って尋ねる。

 「シャハドには長くいたの?」

 「そうね、故郷のホーライ程ではないけど、ハン帝国よりは長くいたわね。

 あの街にいた時、とある交易商人と仲良くなってね。彼の所有する船に乗せてもらって南方大陸に行った事もあるし、ここハーケンブルクにも2回程連れてきてもらった。だから実は、ハーケンブルクを訪れるのは今回で3回目になるんだけどね。」

 「ふ〜ん。」

 あたしはつい、大人気なく拗ねた口調で相槌を打ってしまったが、あたしの様子を見て何故かマヤは満足気な笑みを浮かべた。

 「実はその時、まだ若かったルドルフとも会っているのよ。

 今回はちょっと困った状況でこの街に来たから、その時のコネがあって正直助かったわ。」

 「その話をする前に、どうしてあなたの魂が再度封印されたのか、聞かせて欲しいのだけど。」

 ヨハンナが、脱線はいい加減に止めて本題に戻れとあからさまに匂わせつつ言う。

 マヤは、ヨハンナの態度に少し苦笑しつつ答えた。

 「そうね、ナギがどうしてあたし達を封印したのかって話ね。」

 マヤのその言葉に、あたしは思わず身を乗り出していた。

 やはりどうしても、ナギがマヤ達を封印するとは思えないからだ。

 あたしの様子を見たマヤは案の定、不快そうな表情を浮かべ、わざとらしく深いため息を吐いたが、それでも渋々ではあったが話始めた。

 「あんまり言いたくないけど、公平性を保つ為に敢えて言うと、ナギは確かにあたしとミオを封印したけど、あの女にその意図はなかった。」

 マヤの癖なのかもしれないが、こうも勿体つけた曖昧な言い回しを繰り返されると、あたしも苛々が募ってつい口調もキツくなってしまう。

 「マヤ、そういう持って回ったような言い回しが多いのはあんたの悪い癖よ。」

 「いや、ちょっと待って。」

 注意するあたしを、意外な事にヨハンナが制した。

 驚いてヨハンナを見ると、彼女はその細い顎に人差し指を当てながら小声でブツブツと何か言っている。

 「なるほど、自分が死んだ時に備えて封印の行使権を移譲していた……。でもナギさん本人には秘術魔法の知識は無いはず……。いや、だからこそ移譲自体にも気づかずに無意識に封印を行使してしまったのかな?」

 どうやら魔術研究者としてのヨハンナのスイッチが入ってしまったらしく、自分の考えに没頭してしまっている。

 「あんた、どうすんのよコレ?」

 あたしが視線でヨハンナを示してから白い目でマヤを見ると、マヤは初めて微笑ましいものを見るような目をヨハンナに向けた。

 「別にいいんじゃない?実はあたしも、魔法は感性で行使する方だから、理論の方は苦手なのよね。だから、魔法理論をキチンと学んだ専門家の意見が聞けるのは助かる。」

 あたしはマヤの言葉よりも、マヤが初めてヨハンナに向けた友好的な眼差しを見て黙り込んだ。

 ヨハンナが考え込んでいた時間はそれ程長くはなく、顔を上げると特に悪怯れた様子もなくマヤを見た。

 「仮説が合っているかどうかを確認する為にも、話を続けて。」

 「とはいっても、それ程あたしも詳しく分かっている訳じゃない。

 シャハドで暮らす様になって10年近く経った頃かな?

 ある日、ナギがキレたの。

 その結果彼女の魔力が暴走し、あたしは自分が封印される感覚を再び味わい、意識を失って永らく眠りに近い状態が続いたのよ。そして再び気づいた時にはさっき話した状況だったって訳ね。」

 「それで大体分かったわ。あなた達のお母様は最初にあなた達を封印した時、一種の保険として封印が破られた時に備えて、ナギさんに再封印の力を与えていたのだと思う。」

 「ちょっと待って。モンクであるナギには魂を封印するような呪文は使えないってさっき言ってたじゃない?」

 あたしの言葉にヨハンナは頷く。

 「そう、だから恐らくお母様はアイテムか呪紋の形で残していたのだと思う。

 それなら簡単なパスワードを唱えるなり、大量の魔力をアイテムに込めるなりするだけで、クラスに関係なく発動出来る。

 マヤさん、何かそれっぽいものに心当たりはない?」

 「……確かにお洒落には無頓着なはずのナギが、ダサい簪を後生大事にしていたのを覚えているわ。

 そう言えば2度目の封印が解けて以来、その簪は見かけないわね。」

 いつも飄々としているマヤだが、やはりナギの事になると少し様子が変わり、苦虫を噛み潰したような表情になる。

 「やっぱり使い捨てのアイテムだったのね。まあ、魂を封印するような呪文を無制限に使えるアイテムなんてそうそう作れるものじゃない。

 というか、使い捨てでもかなり高度な技術と膨大な魔力が必要なはず。」

 「あの簪を後生大事にしていたって事は、あの女は延々とあたし達を封印する機会を伺っていたのね。」

 マヤはにこやかに笑いながら、ナギに対する恨み言を言う。

 笑いながら言うのは怖いから止めてくれ、と心底思ったが、あたしはそこでふと気づいた。

 「さっきあんた、ナギは母親にあなた達の事と自分がドレイクである記憶を消されてたって言ってなかった?」

 あたしの言葉に、マヤは表情を消して押し黙った。

 「……それはあの女が自分で言っていただけだし。」

 言い訳する時でも自信たっぷりにふてぶてしくはぐらかす事が多いマヤにしては珍しく、気まずそうな顔で歯切れ悪く言う。

 どうやら自分の言っている事の矛盾点に、今になって気づいたようだ。

 「あなたとナギさん、両方が嘘を吐いていないとすると、可能性は2つね。」

 横からヨハンナが口を挟んできた。

 「1つはナギさんの記憶の封印が解けた時、例の簪の使い方も思い出した。

 もう1つは簪の使い方を知らないままでナギさんは発動させてしまった。」

 しっくりくるのは最初の可能性だが、ナギの性格を考えると2番目の方が有り得そうな気もする。

 「でも、自覚がないまま発動させるアイテムって、存在するの?」

 あたしの問いに、ヨハンナは頷いた。

 「作る事自体は可能よ。呪われたアイテムの類は大抵そうだしね。

 ただ呪われたアイテムの例でも分かるように、本人の意に沿わずに発動させる魔法のアイテムは禁制品扱いで、制作でも流通でも関わった事が露見すれば厳罰に処されるわ。

 それでも闇ルートではそれなりの数が出回っているらしいけどね。」

 そこまで言うと、ヨハンナはマヤの方を向いた。

 「もしかしたらその簪には、常に身につけておきたくなる強迫観念を与えるような、ある種の呪いもかかっていたのかもしれない。

 お洒落に無頓着だったナギさんがその簪を大事にしていたのも、それで説明はつく。

 そして、ナギさんがキレた拍子に意図せずに封印を発動させたっていうさっきのあなたの発言との整合性も取れるわ。」

 ヨハンナもあたしもマヤの反応を確かめるべく彼女の顔をジッと見つめたが、マヤはそっぽを向いたまま黙り込んでいた。

 いつもとは余りに異なる様子に、あたしは少なからず調子を狂わされながらも尋ねる。

 「あんた、ヨハンナに指摘される前から薄々勘づいてははいたんでしょう?

 だけど、ナギを嫌うあまりその可能性を頭から消そうとし続けていた。違う?」

 あたしは心して落ち着いた口調で語りかけたが、マヤはそっぽを向いて黙ったままだ。

 あたしは一度深呼吸してから、少しだけ語気を強めて尋ねた。

 「そもそも、どうしてナギはキレたの?」

 あたしの問いにマヤはビクッと両肩を震わせたが、その後も黙ったまま全く動こうとしない。

 あたしはそれでも辛抱強く待った。

 やがてマヤの方が根負けしたらしく、あたしの方に視線を向けるとこれ見よがしに何度目か分からない大きな溜め息を吐いた。

 「あまりゾラには言いたくない事だけど。」

 「話して。」

 マヤの前置きにあたしが即座に反応すると、マヤの表情が少しだけ和らいだが、それでも更に長々と躊躇った後で、ようやく言葉を発した。

 「簡単に言えば、男関係よ。」

 言ってからマヤは、あたしの表情を伺うように見る。

 あたしはポーカーフェイスを心掛けたが、出来ていたかどうかは分からない。

 「続けて。」

 あたしは口調が強くなり過ぎないよう意識しつつ先を促す。

 マヤは大きく息を吐くと、意を決したようにあたしの顔を正面から見つめて話し始めた。

 「あの頃のあたしは男関係が結構奔放だった。ミオの方も、あたしと違って1人の男に入れ込むタイプだったけど、入れ込んだ相手とはスキンシップを求めるタイプではあった。

 一方ナギは、相手が誰であろうと身体を重ねる事について酷く苦手意識を持っていたの。あたしはずっと、あの女がそういう行為自体を嫌悪していると思っていたけど、最近のあの女のあなたに対する態度を見るに、単に自覚のない同性愛者ってだけで、嫌悪していたのは行為そのものではなく、行為の相手だけだったみたいね。」

 マヤはそこで言葉を切り、再び反応を伺うようにあたしを見た。

 あたしは思ったより冷静に、マヤの言葉を受け入れていた。

 ミオという人格については未だに知らないから思い入れはないし、マヤについては元々同性愛者ではなく、自覚の無かった両性愛者な上に快楽主義者だろうと思っていたからだ。

 あたしが視線で先を続けるように促すと、マヤの口は少しだけ滑らかになった。

 「この頃には、あたし達は人格の交代をかなり自分達でコントロール出来るようにはなってはいたけど、それでも意図せずに交代してしまう事故は度々起きてしまっていた。

 そういう事故って、どういう訳か最中とか事後といった時に頻繁に起きるのよ。

 そういう事故でナギの人格が表に出た時、ナギはいつだってパニックになっていた。

 そのせいでミオは何度か男と別れるハメになって、ナギと険悪になっていった。

 あたしの場合は、ナギは元々水と油で反りが合わなかったし、この頃には互いに無視し合う関係だったから、正直あの女がパニックになってもザマァとしか思わなかった。

 ただそういう事故を何度か繰り返す間に、ナギがパニックを起こす事が次第に減っていって、下手くそなりに人格が代わった事を誤魔化す事さえするようになったのよ。

 それで、あたし達も油断してしまった。」

 そこまで言うとマヤは言葉を切り、大きく溜め息を吐くと、あたしの顔をジッと見た。

 あたしが再び無言のまま小さく頷いて先を促すと、マヤはもう一度ため息を吐いてから話を続けた。

 「でもそれは、あの女が状況を受け入れられた訳ではなく、単に我慢していただけだったみたいね。ある夜、あたしがいつも以上に羽目を外した後、事故が起きてナギが表に出ると、遂に彼女は感情を爆発させてしまったのよ。」

 何だか凄く分かる話だ。

 ナギは常に冷静沈着で感情的にならないイメージがあるし、実際人並み以上の自制心は持っているのだろう。

 だが彼女の自制心にも許容範囲が存在するし、一度その許容範囲を超えてしまえば結構脆い事を既にあたしは知っていた。

 「呆れた。逆恨みじゃない。」

 あたしの横で、ヨハンナが容赦ない事をボソリと言った。

 それを聞いて、マヤはジロッとヨハンナを見る。

 「でも、あの女もひどいのよ。無自覚だったとはいえあの女があたし達を封印した後、自分ではその封印を解こうとする努力を一切しなかった。それに、封印を解かれたあたしが次にミオの封印を解こうとした時も、渋々としか協力しようとしなかった。」

 全く彼女らしくなくムキになって言い返すマヤを見て、あたしは何故そうなったのかはすぐには自分でも分からなかったが、口元に自然な笑みが浮かんでいた。

 あたしはほぼ無自覚のまま立ち上がり、マヤに近づくと彼女の頭に両腕を回して自分の胸で包み込むように抱き締めた。

 マヤの動きが数秒間止まった。

 それからマヤは、慌てた様子であたしの両肩を掴んで引き離した。

 「何するのよ、いきなり!」

 マヤは顔を背けたが、耳まで真っ赤なのが丸わかりだった。

 それまでのマヤなら、自分の知られたくない部分は決してあたしに見せなかったはずだ。

 だが今回、自分の醜いと思っているであろう過去を晒してくれた。

 彼女のキャラが今回散々崩壊してしまったのも、その暴露が彼女にとっていかに高いハードルだったのかの証左のような気がする。

 そうまでして自分の過去を暴露したのも、あたしに自分の事を知ってもらいたいという気持ちもあっただろうが、ナギと真の意味で和解したいという思いの現れの様な気もした。

 ともあれ、常に何事もスマートにこなすマヤの不器用で感情的な部分を見た時、あたしはマヤをこれまでになく愛おしく感じたのは事実であり、衝動的にその気持ちをマヤに行動で伝えたくなってしまい、つい、あたしらしくない行動を取ってしまった。

 その時、気まずそうなヨハンナの大きな咳払いが響き、あたし達は我に返った。

 この時改めてマヤが凄いと感じたのだが、数秒前までの感情を顕にしていた態度を一変させると、即座に何の照れもなくいつもの胡散臭い笑みを完璧に顔に貼り付けてしまった。

 こいつやっぱり凄えな、と思いつつ椅子に座り直し、ふと横のヨハンナを見ると、彼女が一番気まずそうな顔をしていた。

 「それで、図らずもあなたとミオさんを封印した後、ナギさんは相変わらずシャハドで暮らしていたのよね?」

 「そうね。どうやらシャハドのスラムで医者の真似事をしていたみたい。」

 「その後、どういう訳か捕まり、ハーケンブルク行きの船に乗せられてしまったと?」

 「状況からしてそうなるわね。その辺の所はあの女に直接訊いた方が早いと思うけど?」

 「勿論後で、ナギさんからも話を聞くわ。

 ところであなた達を運んだ船、その後で幽霊船って騒ぎになった船じゃなかった?」

 ヨハンナの問いに横で聞いていたあたしは驚いたが、マヤはその質問を予想していたのか、薄っすらとした笑みを口元に浮かべただけだった。

 「前にハーケンブルクを訪れてからかなり経っていたらしかったからね。

 ハーケンブルクの街に忍び込んだ後、急いで情報を集めたんだけど、その結果、信用出来そうで、かつ存命していたコネはルドルフのお爺ちゃんくらいしかいなかった。

 だからあたしはルドルフの元に飛び込み、後は彼に丸投げしたわ。」

 「じゃあ、あの幽霊船騒動って、ルドルフの仕業なの?」

 どうやらある程度の情報を握っているらしいマヤとヨハンナの間でサクサク話が進んでいるようだが、情報の乏しいあたしにはさっぱり理解出来ず、2人にとっては間抜けな質問かもしれないと思いつつも我慢出来ずに口を挟んでしまった。

 マヤとヨハンナは顔を見合わせたが、先にヨハンナが口を開いた。

 「あたしの知っているあの件に関する情報は、おそらくルドルフがリークしたものが大半だと思うし、あなたの持ってる情報の方がより正確だと思うけど?」

 「そうなの?まあ、あたしだってお爺ちゃんにほぼ丸投げしたから詳しく知っている訳ではないけど、それで良いなら話すわね。

 ルドルフのお爺ちゃんから聞いた情報によると、シャハドの街で拉致したナギ……というかあたし達をハーケンブルク近海まで運んだのは、おそらくモリソン商家の息のかかった海賊らしいわね。」

 マヤの言葉にあたしは顔を顰める。

 ハーケンブルクも『海の民』も表向きは海賊と敵対している事になっており、事実ハーケンブルクは定期的に海賊討伐を行っているが、実際の所四大商家を始めとする個々の大商人達は汚れ仕事を行わせる為に海賊と裏で繋がっているとの噂は絶えない。

 海賊討伐についても、その目標は自分達のコントロール下を離れそうになっている海賊だけが相手とも言われ、同時に未だコントロール下にある海賊達への見せしめの意味もあるという。

 そして海賊に依頼する汚れ仕事の代表例が密輸とライバルの交易商人の船への襲撃だ。

 拉致した人間の輸送もある意味密輸と言えなくもない。

 「あたしが脱出した時、船はクレタ湾の外の、でもハーケンブルクからそれ程離れていない小さな入り江に停泊していた。おそらく夜になるのを待って、『積荷』を下ろすつもりだったのでしょうね。

 あたしがルドルフお爺ちゃんの所に逃げ込んで事情を説明すると、お爺ちゃんは素早く動いたわ。

 私兵を送り込み海賊船を制圧、乗組員は全員殺すか捕虜にしたらしいわ。

 その後、ご丁寧に夜になるのを待ってクレタ湾まで海賊船を移動させ、全員退避した後船を漂流させて幽霊船を仕上げてから、それとなく冒険者ギルドに情報をリークしたって事らしいわね。」

 「実際の所はしっかり錨も下ろしてあったし、漂流はしていないのだけどね。本当に漂流状態だと、干潮時に潮の流れに乗って湾の外に出てしまう可能性もあったから。その時はまだ、騙されて連れてこられた移民希望者も乗っていたし、それは流石にまずかったのでしょう?」

 「その辺の所はお爺ちゃんの判断で、あたしは関わっていないわ。それより、あの海賊船を幽霊船だという噂を流したのは冒険者ギルドだと聞いたけど?」

 「色々なルートからあの船の素性を誤魔化すよう圧力がかかってきたからね。素性を誤魔化すのに幽霊船は良いアイデアだったと思うけど?」

 何だか陰謀について話し始めると、マヤとヨハンナが途端に生き生きし始め、ついさっきまでバチバチやっていたのが嘘のように意気投合しているようにさえ見える。 

 「ところでルドルフは、どうしてそんな手の込んだ、しかも目立つような事をしたの?」

 あたしが尋ねるとマヤはヨハンナを見て、彼女が説明するよう促すように顎を少しだけ動かした。

 「まあ、それはモリソン商家への牽制でしょうね。お前の犯罪行為をいつでも公に出来るぞという。しかもその牽制を、誰が行ったのか分からない分、疑心暗鬼にもなりやすい。」

 「事実、モリソン商家も暫く大人しくなったしね。そのお陰で、あたし達の正体も暫くの間はバレずに済んだ。」

 マヤの言葉を聞いて、あたしはマヤを見つめた。

 「モリソン商家、というか当主のロジャーはドラゴンに関するものを手当たり次第に集めていたって聞いてたけど、あんた達が狙われていたのもそのせい?」

 「多分ね。ルドルフお爺ちゃんの話だと、その話は裏社会ではそれなりに広く知られているらしいわね。特にドレイクの女には高額の賞金をかけていたみたい。

 ただドレイクの女を捕えた事自体はロジャーには伝わってはいたけど、幸いにも具体的にどういう女かは、彼には伝わってはいなかったみたいね。」

 「そのまま大人しくしていれば今もロジャーに身バレせずに済んだのに、テンペストの件で悪目立ちしたから。」

 ヨハンナは呆れたように言うが、マヤはシレッとした顔で言う。

 「最初に悪目立ちしたのはゾラの方よ。

 だからゾラの方が先に襲われたの。」

 マヤの言葉にあたしは目を見開いた。

 「じゃあ、あたしが狙われたのは、マヤ達を釣る為の餌目的って事?」

 あたしの質問にマヤではなく、ヨハンナが答えた。

 「というか、手下にしたかったのでしょうね。恐らく姉さんを狙った段階では、姉さんと自分達が誘拐したドレイクが繋がっていた事を知らなかったはず。」

 「手下ねえ。」

 ドラゴンに異常な執着を示すというロジャーの噂が本当なら、ドラゴンを使役出来る能力を持つあたしに興味を持つ事自体は分かる。

 「でも、あたしの拉致が上手くいったとして、あたしが素直に言う事を聞くとでも思ったのかしら?」

 「思わなかったからこそ、拉致という強硬手段を取ったのでしょう?」

 あたしの言葉にヨハンナは呆れたように返す。

 「正直、頑固な姉さんがそう簡単に姉さんがロジャーの言う事を聞くとはあたしも思えないけど、多分ロジャーは姉さんの人となりを知らないだろうし、興味も無いと思う。」

 ヨハンナの言葉にあたしは顔を顰めた。

 「つまりあたしは、ロジャーにとってはコレクションしているアイテムと同じという事か。」

 あたしの言葉にヨハンナは頷く。

 「ロジャーの感覚としてはそうなるでしょうね。

 そしてアイテムに対して気を使う必要なんて無いから、従わないならどんな手段を使ってでも従うようにするだけの話よ。

 まあ姉さんにはあたしに対する切り札としての使い道もあるからら自我を失わせるような事は流石にしないだろうけど。」

 なる程、ベクターが生け捕りにこだわった訳だ。

 コレクションにするにせよ、ヨハンナに対する人質とするにせよ、あたしが生きていなければ価値は無くなるし、容易に生け捕りに出来るとも踏んでもいたのだろう。

 「じゃあ、マヤ達がドレイクだとバレたのはあたしの襲撃の後?」

 あたしの言葉にマヤは頷く。

 「でしょうね。

 さっきも言ったけど、ルドルフお爺ちゃんが迅速に動いてくれたお陰で、捕らえたドレイクの具体的な人相についてはロジャーに伝わっていなかった可能性も高いし、行方についてもほぼ情報は無かったと思う。

 ただ、東方人の女くらいの情報は伝わっていてもおかしくなかったとは思うし、目をつけられたのはやっぱりドラゴンテイマーのゾラと親しくしていたせいじゃないかな?」

 「まあ、そんな所でしょうね。」

 ヨハンナはため息混じりに言った。

 「ロジャーだって、冒険者ギルドやルドルフのアールワース商家にスパイくらい潜り込ませているだろうし、ドレイクの可能性のある人物の目星さえつければ、ある程度の裏取りは可能なはず。」

 なる程、そこまで読んでいたからヨハンナはマヤ達を監視していたのか。

 結果的にそれが功を奏したとはいえ、その事を素直にマヤに告げるのは憚られる気がしたので口には出さなかった。

 「じゃあ、あたしと関わらなければ未だロジャーにドレイクだとバレずに済んだ可能性は高かったと?」

 あたしの質問に、マヤは肩を竦めた。

 「そうでしょうね。」

 「じゃあどうして、あたしと関わったの?」

 あたしは無意識の内に真面目な表情になりつつ尋ねた。

 「そりゃあ、ゾラの事が好きなったからに決まっているからじゃない。」

 あたしの問いにマヤは即答するが、ニヤニヤ笑いつつ軽い口調で言うので真摯さをまるで感じない。

 少し脱力してしまったあたしは、敢えて軽い口調で質問を重ねた。

 「その事は知っているけど、それはある程度付き合いがあった後の話でしょ?

 そもそもどうしてあたしに近づいたのか、どうしてドラゴン関係の魔法のアイテムを借金してまで探す依頼をしたのかって話よ。」

 あたしの問いにマヤは俯き、また大きくため息を吐いた。

 暫く間を置いてから顔を上げた時、彼女の表情は珍しく少し憂いを帯びていた。

 「ミオの封印をどうしても解きたかったのよ。」

 マヤの言葉には珍しく真摯な響きがあり、あたしには嘘には聞こえなかった。

 「あんたにも良い所あるじゃない。」

 マヤの言葉に感銘したあたしは素直にその気持ちを言葉にしたが、あたしの言葉を聞いてマヤの口元にいつもの薄っぺらい笑いが浮かぶ。

 「ゾラは少し誤解しているようね。ミオの魂が封印されている間は竜形態になる事が出来ないからよ。

 竜形態になるには、3つの魂全てが開放されている必要があるの。ミオを開放しようとするのにそれ以上の理由は無いわ。」

 マヤの口調には強がっている様子もなく、本音のように聞こえるが、だがマヤには偽悪的な所もあるのでそのまま本音だと受け取る事も出来ない。

 「封印を解く為に姉さんに近づいたり、ヘスラ火山にアイテム探しに行った理由は分かったけど、手法としては場当たり的もいいとこね。」

 ヨハンナが、ちょっと疑わし気に言う。

 「確かにそうね。ヘスラ火山の魔剣だって、依頼してきた時点では具体的にどんなアイテムか分かっていなかったみたいだし、未契約のドラゴンテイマーに封印を解ける能力があるなんて文字通り希望的観測でしかない。」

 あたし達の言葉に対しても、マヤはいつもの様に悪怯れる事なく答える。

 「正直、どう封印を解けば良いのか見当もつかなかったから、可能性があるものを手当たり次第試したのが本音ね。あたし達の1人が封印されたせいで、自由に竜形態になれないという状態がどうしても気持ち悪かった。そういう状況が焦りを生んだのかもしれない。」

 焦りがあったというマヤの発言には、常に余裕綽々だった彼女の印象からして同意しかねるが、常に積極的に行動していたのはマヤの方だった気がするのは確かだ。

 一方、ナギの方は一連のマヤの行動には無関心だった気がする。

 「さっきあんたも言っていたけど、意図的ではないにせよ封印した張本人であるナギが、封印を解く事に消極的だったのはどうしてだと思う?」

 ナギの事を聞くとまたマヤが不機嫌になるという危惧はあったが、今回の質問に関してはマヤは平静だった。

 どうやらナギをディスれるなら彼女に関する質問をしても不機嫌にはならないらしく、マヤは嘲笑じみた笑みを浮かべつつ言った。

 「あの女にしてみれば、あたし達が封印されている状態の方が長かったし、そっちの方が自然だったんじゃない?」

 なるほど、ナギにしてみればマヤやミオは突然自分の中で目覚めた闖入者のような存在であり、しかも2人が最初に封印されていた約50年間、ヒューマンとして暮らしいたのだから、竜形態になれる事に対する拘りも無いのかもしれない。

 逆にマヤからしてみれば、ナギはある意味自分達の人生のかなり長い期間を盗んだ泥棒という感覚なのか。

 2人の仲が険悪なのも分かる気がする。

 「あなたの言い分は分かった。」

 ヨハンナは先程よりはやや落ち着いたトーンの声で言った。

 「でも、あなたの話を疑う訳じゃないけど、ナギさんの話も聞きたい。あなた、先程人格のコントロールはある程度は出来ると言っていたわよね?」

 「ええ。」

 ヨハンナの言いたい事に気づいたのだろう、マヤの口元が僅かに歪む。

 「ナギさんからも話を訊きたいから、代わってくれないかしら?」

 マヤは何故か依頼したヨハンナではなく、あたしの方を見て、感情の読み取れない目であたしの事をジッと見つめた。

 またマヤの機嫌を損ねる可能性には充分思い至ってはいたが、あたし自身もヨハンナの要求の必要性は充分分かっていた。

 「あたしからもお願いします。」

 あたしがマヤに向けて深々と頭を下げると、懸念したようにあからさまに不機嫌になる事は無かったが、わざとらしく大きな溜め息を吐かれた。

 「仕方ないわね。あたしだって聞き分けの無い女とは思われなくないし、ゾラにも妹さんにも借りがあるしね。」

 渋々といった様子を隠そうともせずに言うと、マヤは彼女らしくない困ったような笑みを浮かべた。

 「少しだけ時間をちょうだい。

 それとゾラ、あたし達の様子に引かないでね。」

 そう言うとマヤは目を閉じ、顔を俯けると小声で何やらブツブツ呟き始めた。

 ハッキリとは聞き取れないが、言葉のイントネーションからして東方の言葉に聞こえる。

 「ハン帝国語とは違うみたいだね。」

 ボソボソッとノエルが呟いた。

 大陸東方で盟主的な地位にあるハン帝国の言葉は、あたしは簡単な挨拶程度しか知らないので違うと言われても判断出来ないが、物知りなノエルが言うならそうなのだろう。

 おそらくさっきマヤが呟いていた言葉は、マヤ達の故郷であるホーライの言語なのだろう。

 「呪文詠唱時の集中状態に似ているけど、魔力の動きは感じられない。興味深いわね。」

 一方ヨハンナはそんな事を呟いている。

 普段は理知的な印象のヨハンナだが、忘れた頃にマッドサイエンティスト的な言動をするのは相変わらず困ったものだ。

 1分もしない内に彼女は顔を上げた。

 彼女は笑いを堪えているような、それでいて困っているような、何とも言えない表情をしていた。

 あたしにはすぐ、マヤから人格が替わっていない事が分かった。

 「予想外の事が起きているわ。」

 マヤが、困惑した声で言った。

 「どうしたの?」

 あたしは思わず身を乗り出しつつ尋ねる。

 「ナギの魂が、意識の奥底に落ちて全く返答しない。平たく言えば、封印されたのと同じ状態にあるの。」

 あたしは自分の顔から血の気が引いていくのを感じた。

 あたしの表情を見て、マヤの口元がまた僅かに歪みかけたが、すかさずヨハンナが空気を読まずに質問したせいでマヤの気が逸れた。

 「先程襲撃を受けた時、表に出ていたのは確かにナギさんだったのよね?」

 「それは確かよ。」

 そこでヨハンナは、顎に指を当てて考え込む。

 「何か心当たりでもあるの?」

 焦って尋ねるあたしに、ヨハンナは自分の考えに半分没頭しつつブツブツと答えた。

 「ナギさんの傷は正直、一撃で気を失う程の深手ではなく、気を失ったのは用いた短刀の『ドラゴン殺し』の能力である事は間違いない。

 『魂を傷つける』という効果について、あたしは比喩的な表現であって実際は精神的、あるいは魔力的にダメージを与える事によって精神的な疲労感や意識の混濁を与え、そういったダメージを積み重ねる事で最終的に意識を失わせたり昏倒させるものだと思っていた。

 だけどもしかしたら文字通りの効果だったのかもしれない。」

 「そんなアイテム、あるの?」

 『魂そのものにダメージを与える』という効果について、抽象的過ぎてどんな効果か具体的なイメージは全く湧かないが、それでも非人道的で恐ろしいイメージだけはある。

 「あたしも知識として知っているだけで実物は見た事は無いし、お伽噺的な存在だと思っていた。

 そもそもその手のアイテムは、制作過程で生贄を捧げるとか非人道的な過程を必要とする上にコストパフォーマンスも低いから、まともな魔術師やエンチャッターは扱わないし、禁忌扱いだからバレた時のリスクも高い。

 でもだからこそ、闇市場では需要もあったのかもしれない。

 ともかく、もう一度、『ドラゴン殺し』の短刀を詳しく調べる必要があるわね。」

 「それで、『ドラゴン殺し』の攻撃を受けた時、表にいたナギの人格の魂が最も影響を受けて封印されたって事?」

 長々と、今は必要性の低い情報を語るヨハンナに苛ついたあたしは食い気味に尋ねる。

 「妹さんの推測は合ってると思う。

 それで結果的にナギの魂が封印された事で、もう一つ予想外の事が起きたのよ。」

 「それって……。」

 勘の良いヨハンナは何か思い当たったようだが、あたしには正直さっぱり分からず、苛立ちが募る。

 「何?」

 「封印した張本人のナギの魂が封印された事でミオの魂の封印が解けた。

 彼女は今すぐ表に出たがっているけど……?」

 困った様に話すマヤがあたしを見るが、突然そんな事言われてもあたしも混乱するだけだ。

 大体、ミオの存在だってついさっき初めて知ったばかりで、彼女の人間性とか欠片も知らない。

 「あなたの様子だと姉さんに会わせたくない様子だけど、そのミオさんって問題のある人格なの?」

 全くこの事態に動じていない様子のヨハンナが、冷静にマヤに尋ねる。

 「異常者とかではないけど、今ゾラに会わせるのは正直……。」

 答えかけたマヤの声が尻すぼみに小さくなっていったと思うと、突然カクンと首が落ち、そのままベッドから崩れ落ちそうになる。

 「マヤ!?」

 あたしは慌てて立ち上がり、彼女の両肩を掴んで倒れるのを防いだ。

 慌ててその顔を覗き込むと、目を閉じたまま細かく唇が動き小声で何やらブツブツと呟いていた。

 数秒間脱力状態が続いた後、不意に彼女の身体に力が戻り、ゆっくりと顔を上げた。

 細い目の奥の瞳は焦点が合っていなかったが、暫く経つとゆっくりとその瞳に精気が戻り始め、同時に目の前のあたしを無視して部屋の様子を確認するようにゆっくりと見回し始める。

 その目がヨハンナを捉えても無反応のままスルーしたが、何故か警戒体勢のまま見つめるジーヴァと、少し怯えた様子のノエルを見て僅かに微笑んだ。

 最後にようやく目の前のあたしを正面から見据えると、その薄い唇を大きく曲げ、裏表の無さそうな陽気な笑顔を浮かべた。

 その笑顔を見て、あたしは彼女がマヤでもナギでもないと確信した。

 「あなたがナギの彼女で、マヤのセフレのゾラね?」

 ボソボソと喋るナギとも、ネットリと喋るマヤとも異なり、カラッとした明るい声で女が言った。

 「えっと……。」

 マヤやナギとの関係性が自分でも良く分かっていないあたしはその言葉に困惑し、返事を言い淀む。

 そんなあたしの態度を見て、一見陽気そのものに見えた彼女の笑顔が、明らかな攻撃性を帯び始めた。

 「初めまして。アタシはミオ。

 取り敢えずその手は離してくれない?

 あたし、ナギやマヤと違って女同士の趣味は無いから。」

 その笑顔と同じくミオの声は明るくカラッとしていたが、同時にその声からはハッキリとした嫌悪感と拒絶反応が感じられた。

 読んで下さりありがとうございます。

 第4章はこれで終了となります。

 以前告知した通り、来月上旬に新しいプロローグの前編を投稿する予定です。

 その時に旧プロローグのエピソードは削除する予定ですが、旧プロローグ本編については新プロローグ前編の後にコピーして載せるつもりです。

 そして前回の後書きで3月中旬に投稿予定と書いていた新プロローグ後編についてですが、4月上旬に延期させていただきます。

 大変申し訳ありません。

 尚、第5章は5月上旬から投稿を始める予定でいます。

 以上、長々と失礼しました。

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