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第4章 3つ首の竜 11

 あけましておめでとうございます。

 昨年、拙作を読んで下さった方、ブックマークや評価、リアクションをしてくださった方、改めて感謝すると共に、今年も宜しくお願いします。


 やはり、あたしと転移呪文との相性は変わらず最悪のままだった。

 覚悟していたとはいえ今回もまた、床に突っ伏して吐き気を堪える羽目になってしまった。

 あたしが情けない姿を晒している間に、双子は未だ意識を取り戻さないナギをベッドに手際よく寝かしつけていた。

 すぐに収まるとは分かってはいても、テレポート酔いなど無いに越した事はない。

 テレポート酔いによる吐き気がほんの少しだけ楽になった所であたしはフラフラと立ち上がり、近くにあった椅子に腰を下ろした。

 「お水、飲めそうですか?」

 エマがカップに入った水を差し出してくれた。

 「ありがとう。」

 あたしは引き攣った笑みを浮かべながらカップを受け取ったが、今の胃の状態を考えるに、水を飲むのはもう少し後にした方が良さそうだ。

 しばらくするとテレポート酔いも大分楽になっていき、ようやくあたしは周囲を見回すだけの余裕が生まれた。

 3日ぶりに戻ってきた『ローゼン・ガーデン』地下の隠し部屋は、あたしが去った後キチンと清掃されたらしく、最初に訪れた時と同様に綺麗になっていた。

 一応、あたしもここを発つ時に掃除はしたのだが、段違いに綺麗になっており、どの様な分野でもプロというものは凄いと感じられた。

 ヨハンナはというと、ベッドの上のナギに向けて何やら幾つもの呪文を唱えていた。

 あたしもナギの元に駆け寄りたい衝動に駆られたが、そんな事をしてもヨハンナの治療の邪魔になるだけなのは明白だったので、大人しく様子を見守る事にする。

 やがてヨハンナは、顔を上げると双子の方を向いて言った。

 「治癒呪文はキチンと効いたみたいね。先程より状態は確実に良くなっているし、後は自然に目が醒めるのを待つだけよ。

 そういう訳だから後はあたし達に任せて、あなた達は本来の仕事に戻って下さい。」

 ヨハンナの言葉にあたしはホッと息を吐く。

 ヨハンナはこういう時、安直に気休めを言うタイプではないし、一先ずナギは重篤という状態ではなさそうだ。

 一方、例によって双子は完全にシンクロした動きで一礼した。

 「それでは我々は失礼します。」

 「何か御用がありましたらそこの通信用魔道具で遠慮なくお呼びください。」

 「ありがとう。今日は助かりました、エマ、エルマ。」

 ヨハンナが双子に向けてニッコリと上品に微笑んだ。

 本物の上流階級のような、自然な上品さが感じられる所作だった。

 こいつ、本当にあたしの妹か、と一瞬だけ呆気に取られたが、すぐに我に返ってあたしもお礼を言う。

 「今日は助かったよ。ありがとうね。」

 言っている内容はヨハンナと全く同じものだったはずなのだが、あたしが言うと取ってつけたようような軽いお礼になってしまう気がする。

 しかし双子は気にした様子もなく、ニッコリ笑顔を浮かべて一礼すると部屋から出て行った。

 「あの双子ってさあ、ただの娼婦じゃないよね?『紫霧』の構成員なの?」

 双子が閉めた扉を眺めつつあたしが尋ねると、ヨハンナは妙な表情をして一瞬黙り込んだ。

 一拍間を置いてからヨハンナはあたしに背を向け、テーブルの上に置かれたテーセットへと手を伸ばした。

 あんなティーセットはあたしが滞在していた時には無かったはずだ。

 「そうね。ところで、姉さんもお茶飲むでしょう?」

 いつもそつがないヨハンナにしては、何だかわざとらしい話題の変え方だったが、色々と疲れていたあたしは大して気にも留めずに聞き流した。

 「ああ、うん。頂くわ。」

 あたしはヨハンナの提案に頷いたが、エマから受け取った水の入ったカップを、全く口を付けないまま手に持っていた事を思い出した。

 あたしは立ち上がってそのカップをテーブルの上に戻し、それからベッドの上に横たわるナギに近づいた。

 呼吸のせいで胸だけは上下に動いているのが分かるが、それ以外は相変わらずほとんど動きを見せない。

 あたしはベッドの脇の床の上に跪くと、ナギの手を握った。

 彼女の手は、先程同様ひんやりと冷たかった。

 「ヨハンナ、ありがとうね。」

 「え、何が?」

 「ナギを助けてくれて。」

 あたしはナギの白い顔を見つめていたので、背後に居るヨハンナがどういう表情をしていたのか分からなかったが、ただ彼女が返事するまで少し間があった。

 「……別に、善意から助けた訳じゃないわ。これから彼女の力が必要になると思ったから助けただけ。」

 振り向いてヨハンナを見ると、彼女の表情はひどく冷たく見えた。

 「もちろん、姉さんの力もね。」

 ヨハンナは付け加えると、微笑を浮かべつつ淹れたてのお茶の入ったカップをあたしに向けて差し出してきた。

 あたしは作り笑いを返しつつカップを受け取ったが、今日の一連の救出劇で自分の無力さを思い知った身としては、自分にヨハンナ達の助けになれる力があるとは到底思えなかった。

 ベッドから少し離れた場所に置かれた椅子に腰を下ろしてお茶を飲み始めたヨハンナを見てから、あたしは形だけカップに口を付けただけでそれをテーブルの上に戻し、ナギに視線を戻した。

 「ナギは、大丈夫なんだよね?」

 先程のヨハンナと双子の会話は聞こえていたが、それでも不安な事を拭えなかったあたしは、改めて尋ねる。

 「そうね。元々連中も生け捕りにするつもりだったらしいし、命に別状はないわ。」

 あたしはヨハンナの言葉に頷くと、一報を聞いてからずっと疑問に思っていた事の一つを口にする。

 「でも、よくナギが拉致された事にすぐに気づいたわね。」

 「偶然じゃないわ。アビゲイルに頼んで彼女の周囲を常時見張っていたから。」

 ヨハンナの言葉に驚いて、あたしはまた振り返る。

 「彼女を見守ってって言ったのは姉さんの方でしょ?」

 ヨハンナは開き直るように言うが、珍しく後ろめたそうでもあった。

 「確かに言ったけど……。」

 だがそれは、終日監視しろという意味ではない。

 まあ実際狙われていた訳だし、結果オーライと言えなくもないが、なんだかモヤモヤが残る。

 しかし結局、ナギを無事に救出してくれたヨハンナに強く抗議する気にもなれず、あたしは別の疑問へと話題を変えた。

 「ところで最初から疑問に思っていたんだけど、どうしてナギがカシュガル達に捕まったの?普通ならあんな連中相手なら、ナギは簡単に返り討ちに出来たと思うのだけど?」

 あたしがそう言うと、ヨハンナはお茶の入ったカップをテーブルの上に戻し、居住まいを正した。

 「そこも含めて、ナギさんが目を醒ます前に姉さんと話しておきたい事が幾つかあります。」

 口調まで改めてきたので、あたしも釣られて居住まいを正した。

 「話って?」

 あたしが尋ねると、ヨハンナは懐から革袋を取り出し、その革袋に入っていた物をテーブルの上に並べ始めた。

 並べられたのは、大きく湾曲した短刀と薄汚れ濡れそぼった小さな布袋、それに短い金属製の錫杖だ。

 大きく湾曲した短刀は、先程エマがヨハンナに渡した代物であるのは分かったが、他の2つには見覚えがない。

 「それは?」

 「この短刀はさっき見たわね。他の2つはナギさんが襲われた現場に落ちていたのを回収した物よ。」

 そういえば、カシュガルの事務所近くにテレポートした後、ヨハンナはエマからこの革袋を受け取っていたし、エマから渡された短刀もその革袋の中に仕舞い込んでいた気もする。

 「アイテムの効果については大体予測がつくけど、念の為鑑定の呪文を掛けるからちょっと待って。」

 ヨハンナはそう言い、テーブルの上に並べたアイテム1つ1つに順番に鑑定の魔法をかけていく。

 その作業を終えると、ヨハンナはあたしの顔を正面から見た。

 「簡単な事しか分からなかったけど、今は充分ね。この3つのアイテムはどれも、効果は様々だけどドラゴン、あるいはドレイクに悪影響を与える事に特化しているという共通点がある。」

 「……うん。」

 ヨハンナの指摘に、あたしは小声で頷いた。

 「監視していたアビゲイルの配下の話によると、襲撃者達はまず『ドラゴンの動きを弱らせる』魔法の粉の入ったこの布袋をナギさんに投げつけ、その後『ドラゴンを昏倒させる』錫杖を持った者が襲いかかった。そいつはナギさんが反撃で倒したらしいけど、そいつとほぼ同時に『ドラゴンの魂を傷つける』短刀を持ったカシュガルが反対側から襲いかかり、ナギさんは一撃で意識を失ったらしいわ。」

 順番に指でアイテムを指し示しつつ淡々と説明をしていたヨハンナが、その途中であからさまに顔を顰めたのは、おそらく話を聞いていたあたしの表情が凄い事になっていたからだろう。

 あたしは自分を落ち着かせようと大きく深呼吸してから、低い声で言う。

 「続けて。」

 「短刀で刺された事によるナギさんの脇腹の傷は、見た目程深くはなかった。止血がいい加減だったから感染症や失血の危険はあったけど、それより『魂を傷つける』という魔術的な負傷の方が深刻だったの。

 加えて、最初の『ドラゴンを弱らせる』魔法の粉は派手にぶち撒けられて襲撃者であるカシュガル達自身も明らかに吸い込んだ様子だったらしいけど、彼等は影響を受けた様子は全く無く、一方ナギさんは明らかに怯んで動きがぎこちなくなってしまったみたいね。

 あたしの言いたい事、分かるわよね?」

 「……ええ。」

 あたしは何とも言えない気持ちで再び頷いた。

 ヨハンナは暫く黙ったままあたしの顔を見つめた後、眉間に深い皺を作りつつ続ける。

 「本題に入る前に、姉さんに確かめたい事があるの。姉さんは確か、南方大陸から渡ってきた『ドリフトウッド』の人達と仲良くしていたわよね?」

 「それがどうかした?」

 唐突な話題の変更にあたしはヨハンナの意図が全く分からなかったが、嫌な予感だけは感じた。

 「姉さんは彼らの秘密についても知っているわよね?」

 ヨハンナの言い方は、明らかに彼女自身も『ドリフトウッド』の秘密について知っている事を示唆していた。

 だが、どの秘密をどの程度ヨハンナが知っているか具体的に分からなければあたしも話すのは難しい。

 「秘密って?」

 あたしが探る様に尋ねると、ヨハンナは小さくため息を吐いた。

 「あたしは彼等を断罪するつもりは無いの。だから、惚けるのは止めて、姉さん。」

 腹の探り合いなど時間を無駄だといった感じでヨハンナは苛立たし気に言うが、あたしだって彼等との約束を、妹相手とはいえ安易に破りたくはない。

 「リーダーのシウバが、パーティの女性メンバー全員と内縁関係にある事?」

 取り敢えず、秘密の中でもグレーゾーンのものを言ってみてヨハンナの様子を見てみる。

 アストラー王国では、建前上は重婚は犯罪だ。

 しかし、貴族や金持ちに限らず正式な伴侶以外に愛人を持つ事は犯罪ではないし、重婚が犯罪になるのはあくまで正式な婚姻関係を複数相手にした場合だけだ。

 シウバがパーティメンバーの3人の女性と同時に関係を持っているのは、彼等と親しくない者でも何となく察しているくらい公然の秘密であり、それを理由に彼等を嫌う者も少なくないが、そもそも彼等自身正式な婚姻関係を結んでいる訳ではないので、法的には重婚に当たらない。

 あたしの探りに、ヨハンナは再びため息を吐いた。

 「それは確かに感心しない事だけど、同意の上の関係なら他人が口を出す事柄ではない。あたしが言っているのは、『ドリフトウッド』のシウバ以外の3人が、『シェイプシフター』である事よ。」

 ヨハンナの言葉にあたしは顔を強張らせた。

 これは、シウバがパーティの3人の女性全員と関係を持っている事より重大な件で、ハーレム案件と異なりあたし以外に知る者はほとんどいないはずだった。

 というか南方大陸から渡ってきたばかりの彼等が酔った勢いでうっかりその事実を口にした時に、決してその事を口外しないよう強く釘を刺したのは、他ならぬあたしだ。

 シェイプシフターは一見ヒューマンと同じに見えるが、特定の動物に任意に変身出来る能力を持っており、『ドリフトウッド』のメンバーで言えばウォーリアのオヤは豹に、レンジャーのジャニは狐に、ドルイトのウルは熊に変身出来る能力を持っている。

 そして、シェイプシフターはかつて西方世界にも普通に住んでいたらしいが、今はほぼ見かけない。

 伝承では数百年前に、邪悪な存在として他の人族によって狩られ、絶滅してしまったらしい。

 その伝承の真偽は定かではないが、今現在西方世界では、シェイプシフターは人族でありながら魔物扱いされているという事実はある。

 「シェイプシフターは紛れもなく人族の一員よ。」

 あたしは強い口調で言ったが、ヨハンナは軽くそれを受け流した。

 「言ったでしょう、あたしは彼等を断罪するつもりは無いって。

 シェイプシフターが人族の一員である事は紛れもない事実だし、絶滅の経緯の伝承が仮に史実だとしたら、あたしはそれは恥ずべき事だと思っている。

 あたしが今、わざわざ彼らの話題を持ち出したのは、テイマーとシェイプシフターの関係性が、姉さんとナギさん達、つまりドラゴンテイマーとドレイクの関係性と酷似していると思われるからよ。」

 テイマーとシェイプシフターとの関係性の特殊さ。

 それは、シェイプシフターが人族の中で唯一テイマーにテイムされ、更に相棒契約まで可能である存在であるという事実だ。

 それは、シェイプシフターを人族とは認めようとしない人々にとっての根拠ともなっていた。

 人族かどうかの定義はクラスを取得出来るか否かによって決まる、というのが今現在の一般的な考え方であり、その定義によればシェイプシフターも紛れもなく人族であるのだが。

 ただ、人族をテイムする、あるいは相棒契約を結ぶという状況に、あたし自身思う所が無い訳でもない。

 『ドリフトウッド』のシウバと女性3人との関係を知った時も何か引っ掛かりを感じたが、それはシウバが3人の女性とハーレム関係を築いているという事以上に、シウバが人族の女性3人と相棒契約を結んでいるという所にモヤモヤを感じていたからだった気がする。

 そもそも、ハーレムという不自然な状況を3人の女性が受け入れている状況自体、相棒契約による強制力の様な物が働いている結果ではないか、とあたし自身勘繰いる部分は否定出来ない。

 ただ、あの4人がその関係を維持する為に故郷の南方大陸を離れて遠くハーケンブルクにまでやって来た事を考えると、安易に彼らの関係を否定する気にはなれなかったのも事実だ。

 加えてあのパーティの3人の女性達の明るさはとても自然体で現状に満足しているように見え、シウバから魔法的にハーレム関係を強制されたというあたしの勘繰りを弱める結果となっている。

 結局の所、『彼らが満足なら部外者のあたしが口を挟むべき事柄ではない』という結論に随分昔に辿り着き、今も時々疑問を感じる事はあってもその結論に変化は無い。

 ただ、あたしも人族の一員であるドレイクをテイム出来ると知り、それが現実味を帯びた今、部外者とか他人事だと割り切る事は最早出来ない。

 ヨハンナは、あたしとナギ達の力を借りるつもりだ、と先程言っていた。

 そして、あたしの友達の『ドリフトウッド』の特殊性をわざわざ持ち出した。

 「つまり、あたしにもシウバと同じ様に、人族をテイムする覚悟を持てと?」

 あたしの問いに、ヨハンナは少し声を低くした。

 「ちょっと違うわね。あたしが求めているのは、覚悟というより自覚よ。」

 「自覚?」

 あたしは首を捻った。

 「南方大陸ではかつての西方とは違って、シェイプシフターであるだけで迫害される事は無いの。シェイプシフターとテイマーと肉体関係を持つ事が禁忌なのよ。」

 ヨハンナに指摘され、あたしはかつて『ドリフトウッド』の連中からカミングアウトされた時の事を思い出す。

 禁忌故に故郷の南方大陸を出る羽目になった事は聞いたが、禁忌の具体的理由については聞いていなかった。

 シェイプシフターやらハーレム関係やらそれまで聞かされた内容で既に彼らがヤバい秘密を抱えているのに気づき、その事をきつく彼らに口外しないよう警告するのが手一杯で、それ以上詳しく聞く事はなかった事は覚えている。

 「そこまでは知らなかった。でも、どうしてそれが禁忌になっているの?」

 「テイマーとシェイプシフターは、本能的に強く惹かれ合うらしいわね。あたし達の間で魔法的結合反応と呼ばれているもので、場合によっては本人達の理性では抑えが効かない事も少なくないものらしいわ。

 それ故、お互い夢中になり過ぎて、周囲を巻き込んだ上で自分達の身を滅ぼす事態にまで至ってしまう事もあったみたい。」

 ヨハンナは回りくどい言い方をしているが、要は色恋沙汰が原因の事件を引き起こす確率が、この手の組み合わせのカップルだと非常に大きいという事か。

 しかも、『ドリフトウッド』の例を考えるに、ハーレムや逆ハーレムの形となる案件も多そうだし、事案の規模も大きく派手になりそうでもある。

 「そこまでの事態は流石に稀だったようだけど、それでも異種族同士は子供が産まれ難いのに、そういったカップルばかりが生まれては種の繁栄にも関わるといった事情もあった。

 ともかく、偏見もあったかもしれないけど禁忌になるくらい『やらかし』が多発したって事だとは思うし、西方でシェイプシフターが滅ぼされたのもこの事実とは無関係とは思えないわ。

 あたしが本題に入る前に姉さんに釘を刺したかったのは、その事よ。」

 ヨハンナの声は、心なしか今まで聞いた事が無いくらい冷たく感じられた。

 あたしがナギやマヤに入れ込んでしまっているのは、恋愛とか運命とか精神的な繋がりとかではなく、魔法的結合反応とかいう特別でも何でもない単なる生理的現象に過ぎないと、ヨハンナから言外に言われた気もする。

 「あんたが言いたい事は分かった。」

 「それならいいわ。」

 あたしの言葉に、ヨハンナは少し疲れた様に笑った。

 その表情から察するに、ヨハンナにとってもこの話をするのは気が進まなかったのだろう。

 ヨハンナはおそらく、あたしとナギやマヤとの関係を知っているか、少なくとも察してはいるのは確かだ。

 だがあたしが、妹とその手の話題を話すのが気まずいように、ヨハンナも姉とその手の話をするのは気まずいのだろう。

 あたしはヨハンナからナギに視線を移すと、彼女の額にかかったほつれ毛を手櫛で直してやる。

 マヤとの身体の相性が飛び抜けて良かったり、ナギの普通なら感じない様な下手くそな愛撫にも感じてしまったのも、愛情とかではなく単にそういう魔法的結合反応とやらがあっただけという事か。

 そう考えると、あたしとナギ達の関係も途端に安っぽいものに感じてしまう。

 実際、あたしがナギやマヤに最初に会った時に感じたあの衝撃は、先程クロエに会った時にも感じた。

 その事実は、あたしとナギ達の関係が精神的なものとは無関係な、単なる発情期の動物のようなものである事を象徴している様に感じられた。

 物音がしたのでそちらを見ると、ヨハンナがテーブルの上に並べていた『ドラゴン殺し』のアイテム類を、革袋の中に仕舞っているのが見えた。

 その動きをボンヤリと眺めていると、不意に声がした。

 「辛気臭い顔ね。」

 そのからかうような口調で話しかける声を聞いて、あたしは振り向いた。

 見慣れた胡散臭い笑顔を見て、目を覚ましたのがナギではなくマヤである事をあたしは即座に悟ったが、それでも直前まであたしの頭の中で渦巻いていたネガティブな思考が消え、安堵と喜びに自分の感情が支配されていくのを止められなかった。

 「マヤ……。」

 あたしは呟くと、自然と顔を綻ばせ無意識の内に彼女の額にキスをしていた。

 何時も余裕綽々の彼女にしては珍しく、戸惑ったような表情を浮かべたマヤを見て、あたしは首を傾げた。

 「どうかした?」

 「……そういうキスは、ナギに対してしかしないと思っていた。」

 そう言うとマヤの顔から戸惑いが消え、またいつもの胡散臭い笑みが戻った。

 「それとも、あたしとナギが1つの身体を共有していると知って、ナギと同じようにあたしを愛せるような気がしてきたの?」

 マヤの挑発的な表情と言葉は、以前のあたしなら少なからず苛立っていただろうが、今のあたしには何だか可愛らしく見えた。

 「相変わらず捻くれているわね。」

 あたしはそう言うと、マヤの鼻を指で摘んだ。

 「止めてよ。」

 マヤは怒りこそしなかったが、本気で嫌がるように顔を顰めると、あたしの手を払い除けた。

 その時、ヨハンナがわざとらしく大きな咳払いをした。

 マヤはこれ幸いとばかりにヨハンナに視線を向けると、ゆっくりと上体を起こした。

 「こんにちは、妹さん。どうやらあたしを何らかのトラブルから救ってくれたみたいね。」

 上体を起こしてベッドの上で座る姿勢になったマヤは、いつもの胡散臭い笑みを復活させつつ言う。

 「覚えていないの?」

 あたしの問いに、マヤは首を振った。

 「あたしの意識が表に出ていた最後の記憶は、昨晩自室で眠りに就いた時よ。そして再び意識が戻ったら、深刻そうな表情のゾラと妹さんの居る、見知らぬ部屋で横たわっていた。ナギが表に出ている間に何かトラブルに巻き込まれていた事くらいは想像出来るわ。」

 マヤの言葉にあたしとヨハンナは顔を見合わせたが、ヨハンナはあたしが何か口にする前に語り出す。

 「では、あたしから説明します。」

 あたしでは感情的になり過ぎるとでも判断したのだろうか、ヨハンナは座っていた椅子をベッドの近くに移動させて座り直してから、ナギが襲われ拉致された事、自分達の手でそれを奪還した事等を要点を掻い摘んで説明し始めた。

 説明を聞き終えると、マヤはニッコリとヨハンナに向けて微笑みかけた。

 「やっぱり妹さんにはお礼を言うべきね。ありがとう。」

 「お礼には及ばないわ。あたしは姉さんと違ってお人好しじゃないから、利益がなければ人助けなんてしないわ。

 当然、あなたにも対価を求めるつもり。」

 ヨハンナもニッコリと微笑みを浮かべて答える。

 しかしこの2人、この前もこんな風に上辺だけ笑顔を浮かべつつ空恐ろしい雰囲気を作っていた気がする、と独り気を揉んでいるあたしを余所に、2人の会話は続いていった。 

 「単刀直入に訊くけど、あなた……あなたとナギさんはドレイクよね?」

 「そうよ。」

 ヨハンナがいきなり直球の質問をぶっ込んできたが、マヤがあっさりと認めた。

 あまりにあっさりとマヤが認めたのに拍子抜けしたのか、ヨハンナは毒気を抜かれたように一瞬押し黙ったが、すぐに気を取り直したように言う。

 「じゃあ、姉さんと乗騎契約をして。」

 「それは出来ないわ。」

 かなり強い語気で言ったヨハンナの申し出を、これまたあっさりとマヤは拒否する。

 マヤがあまりにあっさり拒否したので、あたしは人族同士のテイムについて、先程までモヤモヤしていたのも忘れて微妙に傷ついてしまったが、同時に納得もし、仕方がないとも思った。

 如何にも自由人であるマヤが、何かに縛られるのを嫌がるのは至極当然のように思えたからだ。

 ヨハンナはまた間を開けたが、今回は先程と違って毒気を抜かれたからではなく、むしろこれからマヤをどのように説得しようかと頭の中で冷徹に考えを組み立てているように見えた。

 「乗騎契約が無理なら、姉さんを自由にしてあげて。」

 先程までより明らかに強いヨハンナの口調に、マヤは胡散臭い笑みを浮かべつつ首を傾げた。

 「どういう意味かしら?」

 マヤがとぼけたように聞き返したが、今回に限ってはあたしもヨハンナの発言の方が意味不明だった。

 戸惑うあたしを他所に、ヨハンナは淡々と話を続けた。

 「姉さんの背中には竜紋の出来損ないが浮かんでいるのよ。心当たりはあるんでしょう?」

 ヨハンナの口から驚くべき発言が飛び出し、あたしが唖然としていると、マヤも涼し気な表情であっさりと頷いた。

 「ええ、そうね。」

 さも当然の様に頷くマヤにも唖然としていると、2人の間であたしを置き去りにして会話が進んでいく。

 「その竜紋の出来損ないの相手は、状況からしてウィンドドラゴンのテンペストではなく、あなたかナギさんの可能性が高いと考えられる。」

 「あたしもそう思うわ。」

 「ドラゴンテイマーは、一度に一匹の竜としか乗騎契約出来ない。つまり、中途半端とはいえ、あなたとの契約が成立し掛かっている状態では、姉さんは他のドラゴンと契約は出来ない。」

 「そうなってしまうわね。」

 「だから、姉さんと乗騎契約する気が無いのなら、中途半端に結ばれた契約を破棄して姉さんを自由にして欲しいの。」

 「いや、ちょっと待って!」

 2人の間でどんどん会話が進行していったが、我に返った所であたしは慌てて2人の会話に割り込んだ。

 2人の視線があたしに集中したのを見て、あたしは1つ咳払いをしてから尋ねる。

 「そもそも、あたしの背中に竜紋の出来損ないが出来てるって、何?」

 あたしの質問に、ヨハンナが答えた。

 「この前、ここのお風呂に一緒に入った事があったでしょう?その時、姉さんの背中一面に大きな痣のような物があったのよ。」

 「ええっ!?」

 あたしは驚いて声を上げた。

 そんな事は初耳だ。

 まあ、自分の背中は自分では見れないから、他人に指摘されない限りは気づかなくて当然だが。

 「一見、薄っすらとした大きな痣にしか見えなかったけど、輪郭がドラゴンのシルエットに似ていたし、魔法陣のような文様や東方文字っぽい物も見えた。」

 呪紋は一般的に『関連する事物や事象を象徴する絵』『魔法陣』『文字』の要素がある。

 効果の低い呪紋の場合、一種類の要素だけで完結している事もあるが、二種類、三種類と組み合わせる事で効果が上がっていく。

 ただ、呪紋と竜紋が全く同じとは限らないので、竜紋にこの法則が当てはまるかは不明だが。

 「念の為に魔力を感知したら、姉さんの背中からは微量ながらハッキリと魔力を感知出来たわ。」

 あの時、ヨハンナがあたしの背中を凝視しながら固まっていたのは、そういう理由があったのか。

 ヨハンナはそれから視線をマヤに移した。

 「あなたの出身が、東方でも『ホーライ国』だと知って、あたしの疑いは深くなった。」

 そう言えばこの前、ヨハンナとマヤが初めて会った時、2人の間の会話でそんな国名が出てきた気がする。

 更に記憶を辿ると、最初にあたしがマヤと寝た夜に、マヤが語っていた自分の故郷についての話も思い出した。

 「『ホーライ』って、前にマヤが言っていたドラゴンテイマーとドラゴンがそこそこいるっていう、東方の中でも辺境の島国って事で合ってる?」

 あたしはマヤに向けて質問したのだが、答えたのはヨハンナだった。

 「正確には、ドラゴンテイマーとドレイクね。」

 ヨハンナに割り込まれても気にした様子もなく、むしろ余裕たっぷりにマヤはクスクスと笑った。

 「本当に妹さんは博識なのね。あたしは数年間、東方の中心地であるハン帝国に住んでいた事もあったのだけど、彼等でさえホーライについては存在自体知らなかったり、知っていると思っても間違った知識しかない連中がほとんどだったのに。」

 「とはいえ、同じハン帝国人でも大陸を股にかける様な交易商人や船乗りの場合はホーライ国の知識はそれなりにあるでしょう?仕事柄、そういった人達と話す機会は多いからね。」

 ヨハンナは別に勝ち誇る様子もなく突き放したように言い、それからあたしに視線を戻して話を続ける。

 「あの後、ドラゴンテイマーやドレイク、竜紋について分かる限りの事を調べたのよ。

 時間も資料も不足していたから大した事は分からなかったけど、姉さんの背中の痣が未完成の竜紋である可能性が高いって事くらいは突き止めたわ。」

 「そうなの?」

 ヨハンナの言葉を聞いて、あたしはマヤを見て尋ねる。

 「そうよ。」

 やはりあっさりと、悪怯れる事なくマヤは認めた。

 先程まで、人族をテイムする事について道義的にどうだろうと悩んでいたあたしが馬鹿に感じる程の軽さだった。

 それで脱力してしまったあたしは、マヤに対して呆れ気味に言う。

 「あたしはあんたと乗騎契約した覚えはないし、それっぽい事さえした覚えもないけど?」

 マヤはチラッとヨハンナに視線を走らせると、少し意地の悪い笑みを浮かべた。

 「あたしだって、ゾラと正式に乗騎契約した覚えはないわ。ただ、故郷にいた時裏技的なやり方について、小耳に挟んでいた事があったのよ。まあ、根拠の薄い都市伝説的な噂で、実際効果があるとも思えなかったし、そもそも目的はそれじゃなかったんだけどね。」

 「どういう事?」

 マヤが回りくどい言い方をするのは珍しくないが、今回の回りくどさはいつものとは質が異なる様な感じがする。

 マヤはヨハンナに視線を向けてニッコリ微笑んだ。

 「妹さんの前ではちょっと言い難い事かな?」

 マヤがそこまで言った所で、あたしは彼女が何故言い淀んでいたのかをようやく悟った。

 「ああ、うん、そこは詳しく言わなくとも……。」

 「つまり、姉さんとマヤさんが肉体関係を持った事で、中途半端に契約が成立してしまったと。」

 誤魔化そうと口を挟んだあたしを黙らせるように、ヨハンナが覆い被せるように言ってきた。

 ヨハンナの口調には全く照れも恥ずかしさも無かったが、だからこそ自分の恥ずかしい部分を冷静に観察されたような気がして、あたしとしては余計に恥ずかしくなった。

 「さっきも言ったけど、契約が目的じゃなかったのよ。あたしとしては、ゾラの背中に竜紋が形成されつつあるのを知った後で、そういう都市伝説の存在を思い出したくらいだし。」

 対するマヤの口調も相変わらずの飄々とした軽いもので、あまり当事者意識が感じられない。

 逆に当事者意識を過剰に感じてしまったあたしは、2人の間でテンポ良く交わされる会話を聞いているだけで非常に気まずくなった。

 そんな姉の葛藤を無視して、ヨハンナは俯いて考え込むと、少し時間を置いてから顔を上げ、探るような口調でマヤに尋ねた。

 「もしかして、この場所に姉さんが潜伏しているのが分かったのも、乗騎契約が半分成立していたせいで使い魔と同じような精神的リンクが成立していたから?」

 「半分正解ね。使い魔相手と同様に、精神を集中させればあたしはゾラの居場所や大まかな精神状態は分かるのよ。

 ただ実際の使い魔とは違って、分かるのは本当に大まかな事だけだから、具体的な場所を絞ったのはやっぱりルドルフのお爺ちゃんよ。」

 何それ聞いてないと憮然としたあたしだが、ふと閃く。

 「もしかして、あたしがベクターに襲われているのにナギが気付いたのも……?」

 「そうね。その時、あたしの意識は眠っていたから推測でしかないけど、ゾラの危機意識を精神的リンクによって共有して駆けつけたのだと思う。」

 飄々としいたマヤだが、ナギの話題になるとやはり、あからさまに不機嫌になる。

 困ったものだとマヤを眺めていると、ヨハンナが白い目であたしを見つめている事に気づいた。

 「え、何?」

 「今の話だと、ナギさんとも仮の乗騎契約を結んでいる事になるけど?」

 「まあ、そうなるのかな?」

 「という事は、ナギさんとも……?」

 「あっ……!?」

 あたしは慌てて記憶を掘り起こす。

 あたしの記憶の中でナギと初めて関係したのはルドルフとの面会の後だから、時系列順にはベクター襲撃の後だ。

 だが、マヤとナギが一つの肉体を共有している以上、マヤとしているつもりでナギとしてしまった事も可能性で言えばあり得る。

 あたしが慌ててマヤを見ると、彼女は意地の悪い笑みを浮かべた。

 「人格の交代はある程度コントロールは出来るけど、完全じゃないの。特に、色々な理由で意識が薄らいだ時なんかは意図せぬ人格交代は起こり易いわね。」

 「マジかぁ〜。」

 あたしは頭を抱えた。

 そう言えばベクター襲撃の前日にマヤと寝た時、一度軽く寝てから延長戦を行ったのだがその時、マヤにしてはやけに控え目でいじらしかった気がする。

 そして翌朝見つけた置き手紙の、美しさより読み易さに全振りしたような無骨な文字もマヤらしくないと思ったが、ナギが書いたとすればそれらしい気がしてきた。

 ただ、あの時ナギと既にしていたとすると、ベクター襲撃前後の、それ以前とは明らかにあたしとの距離感が急速に縮まったかの様なナギの振る舞いの理由も、説明がつく様な気もする。

 もしそうなら、ナギはあたしが思っていたよりずっと前から、あたしに好意を持っていたのかもしれない。

 「心当たりがあるようね、姉さん。」

 浮かれかけたあたしの気持ちは、ヨハンナの冷たい声で現実に戻された。

 「ああ、いや、心当たりというか……。」

 しどろもどろになりつつ意味のない言い訳をしようとすると、ヨハンナに盛大なため息を吐かれた。

 「まあ今回は不可抗力っぽいし、結果的にはそれで姉さんが助かったらしいので、これ以上は何も言いません。」

 どうやら有り難い事に、ヨハンナは色々と突っ込まないでくれる事にしたようだ。

 「ありがとう、そうしてくれると助かります。」

 とりあえずお礼を言ったあたしの顔を思いっきり白い目で見た後、ヨハンナは視線をマヤに移した。

 「そうなると分からないのは、どうしてあなたが姉さんと正式に乗騎契約を結ぼうとしないのか、なのだけど?」

 ヨハンナの質問に、マヤは肩を竦めた。

 「どうやらあなたは少し誤解しているようね。」

 「誤解?」

 「あたしは『やらない』とは言っていない。『出来ない』と言ったのよ。」

 細かい事だが確かにマヤは、そう言っていた気がする。

 マヤの言葉を聞いて、ヨハンナは眉を顰めると僅かに前屈みになり、顔をマヤに近づけた。

 「つまり可能ならば、姉さんと乗騎契約を結ぶつもりはあると?」

 「あたしはね。」

 そう言うとマヤはあたしを見て意味ありげに笑った。

 人族相手に乗騎契約を結ぶのにはやはり躊躇いというか違和感を感じるが、マヤの方からそう言ってくれたのは素直に嬉しい。

 そう思ってあたしは思わずニヤけかけたが、その表情をヨハンナに見られたらまた白い目で見られてしまうと慌てて表情を引き締めてから、彼女の様子を確認する。

 幸いヨハンナはあたしのだらしない表情を見咎める事もなく、俯きながら顎に手を当て、ブツブツ独り言を呟きつつ自分の思考に没頭していた。

 「ドレイクとの乗騎契約が可能なら、それに越した事はない。常時巨体のウィンドドラゴンのテンペストとの乗騎契約となると色々と大袈裟になりそうだし、予期せぬ面倒事も起きそうだし……。」

 ヨハンナの独り言に、あたしは少し慌てた。

 「ちょっと待って。あたしが誰かと乗騎契約するのはもう確定なの?」

 ヨハンナは顔を上げると、あたしの顔を見てニッコリと微笑んだ。

 「ええ、そうよ。」

 その、明るいのにひどく圧を感じる笑顔に気圧されつつ、あたしは恐る恐る尋ねる。

 「あたしの意思は?」

 「勿論、姉さんの意思は最大限尊重するわ。ただその場合は、ここの滞在費用、ゲーゲンの滞在費用と頭領のドルガさんへの紹介状を書いた時の手数料、マヤさんの救出にかかった人件費、3回の遠距離転移呪文に費やした魔水晶等の使い捨ての各種魔道具の料金と呪文使用料を請求する事になるけど?」

 ニッコリ笑いながら淀みなくつらつらと述べるヨハンナに唖然としていると、マヤがクスクスと笑い出した。

 「本当、仲が良いわね、あなた達。」

 少し小馬鹿にした感のある笑い方にあたしは憮然となったが、ふと気づくとヨハンナも同様にマヤを憮然とした表情で見ていた。

 それからヨハンナは大きく息を吐くと、真面目な表情になってあたしを見た。

 「冗談はさておき、姉さんはマヤさん……正確に言うとマヤさんとナギさんと乗騎契約するのが嫌なの?」

 あんた、冗談のつもりとか無かっただろう、というツッコミは自重しつつ、あたしは先程から感じている引っ掛かりも含めて自分の気持ちを考えてみる。

 「嫌とかじゃなくて、マヤ達と乗騎契約する事への実感というか、リアリティがない。その、マヤ達がドレイクって事は理解は出来てはいるんだけど、実際にドラゴンに変身するのを見た訳ではないし、人の姿をした者との乗騎契約なんてあたしには違和感しかないから。」

 「じゃあ早く、違和感を取り除いてリアリティを持つ事ね。」

 相変わらずこういう時の妹は容赦がない。

 ぐうの音も出ずに顔をしかめていると、あたしはふと、マヤが目を醒ます前にヨハンナと交わした会話を思い出した。

 「ていうか、ウィンドドラゴンのテンペストなら分かるけど、マヤ達との乗騎契約をナギが勧めるのがあたしにとっては意外なんだけど?」

 「意外?」

 ヨハンナは、あたしの言葉の方が意外だと言いた気に首を傾げた。

 「ほらさっき、『ドリフトウッド』の例を上げて話した事よ。」

 「ああ。」

 ヨハンナはようやく理解した様子で頷くと、クソ真面目な表情で言った。

 「姉さんは単なる魔法的、生理的な現象に過剰にロマンチックな意味を見出しそうな気がしたから釘を刺しただけよ。

 前々から姉さんには恋愛依存な気質があるとは思っていたし、乗騎契約をすれば更に深みに嵌まる可能性を感じたしね。

 常識的な範囲内なら姉さんがマヤさんやナギさんとどんな関係性を築こうが、あたしは口出しする気はありません。

 あくまで常識的な範囲内ならね。」

 真面目な表情で語るヨハンナに、それまで黙ったまま大人しく話を聞いていたノエルがプッと噴き出した。

 あたしがジロリとノエルを睨むと、マヤも嘴を挟んでくる。

 「あら、楽しそうね。何の話?」

 妹に性的な事で注意を受けるとか、既にかなりの辱めなのだから、これ以上話を広げないで欲しい。

 あたしの気持ちが通じた、というよりマヤの参戦のせいで一歩引いた気分になったヨハンナが、口調を改めてマヤに尋ねた。

 「それで、乗騎契約が不可能な理由を教えてくれますか?」

 マヤは頷くと、やはり軽い口調で語り出す。

 「まず、また繰り返しになるど、お姉さんと疑似契約的な状態になったのは意図した事ではなくあくまで偶然の産物よ。

 それでも仮にとはいえ契約が成立してしまったのは、元々こちらが本来の契約のやり方だったのかもしれない。」

 「どういう事?」

 ヨハンナは眉を顰めつつ首を傾げる。

 「肉体と精神と魂と魔力の結合に加えて様々な偶発的要因が重なれば乗騎契約を始めとするテイムは成立する、というのが今回の仮契約の成立を通してあたしが思い至った仮説よ。

 そこから偶発的要因に左右されずに定められた過程さえ積んでいけば自動的に契約出来るようにしたり、姿形が大きく異なった種族間でも契約が可能なように肉体同士の結びつきとかいった要素を除外しりといった改良を重ねた結果、今現在の乗騎契約を始めとするテイム系の儀式が出来上がっていったのではないか、とあたしは考えているのだけどね。」

 「つまり、乗騎契約を成立させる為の儀式が確立される以前の乗騎契約のやり方を、意図せず再現してしまった、と?」

 そう尋ねた後、ヨハンナはマヤの返答を待たずに俯き、再びブツブツと独り言を呟き出した。

 「確かに魔法自体、遥か昔は発動に運不運の要素が強く、実際に発動するまで効果が分からない混沌としたものだったと聞いた事がある。そこから試行錯誤を繰り返して運不運や混沌の要素を排除して、長い年月をかけて今の秩序立った魔法体系が確立したと言われている。

 テイム系の魔法儀式が同じ過程を経て成立したとしても不思議じゃない。」

 一通りブツブツと独り言を言い、独り勝手に納得したらしいヨハンナは、顔を上げてマヤを見た。

 「面白いし、的を得ている仮説だとは思う。

 けどどうして契約が不可能なのか、というあたしの質問の答えにはなっていないわよね?」

 「それはそうよ。これは単なる前置きだから。」

 悪怯れずに言うマヤにヨハンナの片眉が僅かに上がるが、マヤは気にせずに先を続ける。

 「大前提として、儀式に則ったものであっても、今回のようにイレギュラーなものでも、この手の契約は両者の同意が無ければ成立しない。

 同意についてはハッキリと自覚していない、無自覚な同意でも成立すると今回の件であたしは推測してはいるけど、それでも自覚の有無にかかわらず、両者の同意が無ければ例え仮のものでも契約は成立しない。」

 「え、じゃあ、あたしは無自覚な内に契約に同意していたの?」

 先程から感じていた葛藤の意味がほぼ無くなりそうな事実に、驚いて反射的に口を挟んでしまうと、やたら色っぽい流し目でマヤに見られた。

 直後にヨハンナがわざとらしい大きな咳払いをしたので、あたしは再び居心地が悪くなって黙り込んでしまう。

 「ところで、多頭竜って知ってる?」

 また唐突に、マヤが話題を変えた。

 それでも、あたしにはマヤの言いたい事が分かった気がした。

 ヨハンナの表情を伺うに、彼女もピンときたようだ。

 「ええ。」

 短く頷くヨハンナ。

 知名度だけは高いドラゴンではあるが、実際に対峙した者は少ない。

 それでもハーケンブルクに限って言えば、しばしばその上空を高々度で飛ぶ事があるので、一般人でもその姿だけは遠目に見る事が出来る。

 しかし複数の頭部を持つという多頭竜については、伝説だけは昔から存在したが普通のドラゴン以上に見る機会が少なく、その実在を疑問視する者さえいた。

 だが5年前、アビス最下層にて7つの首を持つ多頭竜と遭遇し、それを倒したパーティがいた事で多頭竜の実在が証明された。

 伝説的な冒険者パーティ、『シーカーズ』がアビス最下層で最後に倒した敵こそ、7つの首を持つ多頭竜『ティアマト』だ。

 その『シーカーズ』の一員であったヨハンナは実際にそのティアマトと戦い、倒した当事者である。

 そのヨハンナからあたしは断片的にではあるが、ティアマトとの戦いについて聞いた事があった。

 7つの首を持つティアマトは、7つの首それぞれが意思を持ち独自に行動していたらしいと。

 「ドレイクにも多頭竜っているのよ。」

 マヤの言葉を聞き、ヨハンナはあたしを見て目配せをした。

 次の質問は、ヨハンナではなくあたしがすべきだと言う彼女からの意思を感じたあたしは、マヤに向き直る。

 「マヤは……いえ、マヤとナギは多頭竜のドレイクなの?」

 「そうよ。」

 意を決して尋ねたのに、全く大した事ではないかのようにマヤはあっさりと答える。

 「多頭竜のドレイクは、竜形態時は複数の頭部が存在する故にそれぞれが同時に意思を持てるけど、人間形態時は頭部が1つであるが故にその複数の意思が交互に現れる、という認識で良いのかしら?」

 今度はヨハンナが横から口を出してきた。

 マヤは内心を感じさせないいつもの胡散臭い愛想笑いを浮かべつつ、頷いた。

 「そう単純な話ではないけど、基本的にはそう思って間違いないわ。

 ところでこの街の最高意識決定機関である自治会議では、重要な決定の可決に必要なのは5人の議員全員の賛同ではなく、過半数の賛同だけで良いらしいわね。」

 また唐突にマヤは話題を変えてきたが、今までも唐突な話題変更には意味があった。

 事実、その意図に見当がつかないあたしと違って、どうやらヨハンナにはピンと来るものがあったらしい。

 「多頭竜のドレイクが乗騎契約を結ぶには多数決では足りないと?」

 「そうね。日常の細々とした事はともかく、乗騎契約のような重要な決断は、全会一致でないと決められないの。」

 「ナギが反対しているの?」

 あたしの言葉に、マヤはまた分かり易く不機嫌そうな顔になる。

 「まさか。あの女はゾラにベタ惚れだから拒否するはずもない。」

 こんな状況なのに、マヤの言葉を聞いてあたしの頬は少しだけ緩んでしまう。

 それを見てマヤが益々不機嫌そうな顔になり、あたしは気まずくなって調子に乗ったのを後悔しかけるが、ヨハンナが空気を読まずに質問してくれた。

 「でも、さっきの話だとマヤさん自身も反対ではないのよね?」

 「そうね。あたしだってお姉さんにベタ惚れだからね。」

 マヤはヨハンナに対してハッキリとそう言うが、その言葉はいつも通り軽く、そして胡散臭い。

 しかしヨハンナは、自分の姉に対するマヤの軽すぎる愛の告白を軽くスルーし、完全に実務的な表情と口調で尋ねた。

 「つまり、まだ姉さんが会っていない人格、というか竜の頭がいると?」

 「そうね。ミオっていう名前の娘がいるわ。」

 「そのミオさんは、どうして反対しているの?」

 「別に反対はしていないわ。」

 ヨハンナの問いに、マヤはまた煙に巻くような答え方をするが、すぐに自分の頭を人差し指で軽く突いて理由を話す。

 「彼女はここに封印されてしまっているの。だから彼女は、賛成も反対も出来ない。

 乗騎契約を結ぶには、ミオの封印を解いてから彼女の同意を得るしかないわ。」


 読んで下さりありがとうございます。

 次回の投稿は2月上旬を予定しています。

 それと、まだ先の話になりますが、ep1の「プロローグ」を大幅に変更する予定です。

 投稿済みの文章を大幅に改変する事には賛否あるとは思いますが、個人的にプロローグについてはもっと良い描き方があったのでは、とずっと引っ掛かっていたので、申し訳ありませんがここは作者のエゴを通したいと思っています。

 ep1にリアクションをして下さった方、申し訳ありません。

 書かれている内容自体に大幅な変更は無いとは思いますが、語り手が主人公の妹のヨハンナではなく本編同様ゾラになり、それに伴い大幅に加筆を行って前後編の2エピソード分になる予定です。

 3月上旬に前編、同中旬に後編の投稿を行う予定です。

 現在投稿しているプロローグについては、消す事はせず本編の後に、『旧プロローグ』と明記した上でコピーするか、後書きの所にコピーする予定でいます。

 尚、上記の事は現時点での予定であり、変更する可能性もあります。

 以上、長々と失礼しました。

 

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