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第4章 3つ首の竜 8

「止まれ!」

 ドワーフの地下集落ゲーゲン入口の大扉を守る重武装の門衛に、3メートルくらいまで近づいた所で彼らの片方が声を上げた。

 腹に響く様な野太い声で、中々威圧感がある。

 あたしは大人しく立ち止まった。

 「ここに何の用だ?」

 「高名な鍛冶師のドルガ様に仕事を依頼しに来た。」

 「頭領に?」

 あたしが義肢の修理をする為にヨハンナから紹介されたドルガは、ゲーゲンの長でもある。

 「あくまで鍛冶師としてのドルガ様への仕事の依頼だ。紹介状もある。」

 「悪いが見せてもらえるか?」

 「それは構わないが、確認したら返してくれるのだろうな?」

 そんな事はまず無いとは思ったが、万一門衛が紹介状を勝手に捨ててしまったりしたらここまで来たのが無駄足になってしまうので、無礼とは思ったが一応念押しておく。

「我々は盗人ではない。不審な点がなければすぐ返す。」

 案の定、門衛のドワーフの声が明らかに不機嫌になったが、あたしは気づかない振りをして更に神経質な事を言う。

 「分かった。取り出すから間違っても攻撃したりするなよ?」

 そう言いつつあたしは背負い袋を下ろし、それを地面に置くと中を探る。

 気が立った警備兵の中には物を取り出そうとしただけで、武器を取り出して攻撃するつもりだと勘違いし、いきなり攻撃してくる輩も僅かながらいるので、この手のコミュニケーションはしつこいくらいの方が良い。

 一見、大扉の警備はその両脇に立っている2人の門衛だけだが、何度かゲーゲンを訪れた事のあるあたしはこの2人以外にも、大扉の内側にそれ以外の警備兵がいるのを知っている。

 有事の際にはすぐ応援に駆けつけられるよう、擁壁の内側に作られた秘密の詰め所に待機しているのが最低4人。

 それとは別に、擁壁に目立たぬように開けられた銃眼からクロスボウで狙っている弓兵も最低2人いるはずだ。

 先程擁壁の一部が鈍く光ったように見えたが、今まさにあたしに向けられているクロスボウに装填されたボルトの鏃が反射した光だろう。

 このカラクリを知っているからこそ、あたしも慎重にならざるを得ない。

 加えて今日は明らかにいつもより警備が厳重だった。

 門衛が2人いるのははいつも通りだ。

 だがこれまでゲーゲンを訪れた際にはいつも、日が高い間は大扉は常に開け放たれていた。

 日中から大扉が閉まっているのを見たのは初めてかもしれない。

 あたしは門衛達と門の内側に隠れている連中を刺激しないように、背負い袋の中からゆっくりと封蝋で封印された封筒を取り出し、それを掲げながら門衛に近づいて渡す。

 手紙を受け取った門衛は裏面を見て低く呻いた。

 「ハーケンブルクの冒険者ギルド長の紹介状か?」

 「ああ。」

 ボロが出ないようあたしは短く返事をする。

 紹介状はてっきりヨハンナが書くものと思っていたが、実際ヨハンナが持ってきた紹介状の入った封筒には、ソニアのサインとハーケンブルク冒険者ギルド長の紋章が押された封蝋があった。

 それを見てあたしは慌てたが、表向きは副ギルド長を解任され、自宅で寝込んでいるはずのヨハンナが堂々と紹介状を用意する訳にはいかないのも、良く考えれば尤もな話だ。

 とはいえギルド長のソニアがあたし用の紹介状を用意するのも、バレたらかなりのスキャンダルになってしまう。

 その事を尋ねるとヨハンナは事もなげに

 『確かにサインはソニア本人がしたが、専門家が見れば偽造と判断するような書き方をした。紋章も同じ様なもの。』

 と言い放った。

 つまり本物と言えば本物だが、まずい事態になれば偽造されたと言い張れる代物という事か。

 そんな事が本当に可能なのか少し疑わしかったが、詳しく訊くのも怖い気がしてそれ以上突っ込まなかった。

 表面上は平静さを装いつつも内心ドキドキしつつ門衛を見守っていると、彼は金属製の篭手を装着した拳で門をゴゴンゴンと独特のリズムでノックした。

 大扉の内部から歯車が回転する音や鎖が巻き上がるような音が響き、それと共に巨大な観音扉の片側が軋みながら内側に向けて開き始めた。

 ゲーゲンに何回か訪れた経験があるとはいえ実際にこの大扉が動くのを見たのは初めてだったので、あたしは少しばかり興味をそそられたが、大扉はほんの少し動いただけで動きを止めた。

 紹介状を受け取った方の門番が僅かに開いた大扉の隙間の奥に向けて何か話し始め、それからすぐに紹介状を大扉の向こうの何者かに手渡した。

 やはり、今日のゲーゲンへの入場審査が異常に厳重なのは確かなようだ。

 この厳重な警備の理由が分からず落ち着かない気分になったあたしは、藪蛇の危険があるにもかかわらずつい我慢出来ずにもう一方の門衛に話しかける。

 「随分厳重に警備しているけど、何時もこうなのかい?」

 まるで初めて訪れたかのようにあたしは装って尋ねる。

 「いや、今ハーケンブルクが剣呑な事態になっているらしいからな。ウチもそのとばっちりを受けたお陰で何時もより警備を厳重にせざるを得なくなっている。」

 兜に隠れた門衛の表情は窺い知れなかったが、その口調は恐らくハーケンブルクから来たらしいあたしを非難しているように感じられた。

 彼からしたら、余計な事に巻き込まれたという感覚なのかもしれない。

 「確かに何だか、上の方はゴタゴタしているらしいな。」

 彼の気持ちがなまじ分かってしまった様な気がしたあたしは、後ろめたさからつい自分は無関係という事を匂わせる発言をしてしまう。

 「あんた、まさにその上の人間の紹介状を持ってきたじゃないか?」

 正論を吐く門衛の口調が更に一段厳しくなった気がする。

 「ああ、俺は単なる使いっ走りさ。自分が何を運んでいるかなんて知らない様にしているんだ。その方が長生き出来るしな。」

 「ふん、ヒューマンが言いそうな台詞だ。」

 冒険者仲間で良く使われる言い回しを言ってみたが、ドワーフの門衛にはお気に召さなかったようで、突き放す様に言われてしまった。

 彼からこれ以上話しかけるなというオーラを感じてしまったあたしはこれ以上の会話を諦め、気まずい沈黙に耐えながらここで暫く待つ事を覚悟したが、意外と早く再び大扉の向こう側で歯車が回転する音や鎖が巻き上がるような音がし、軋みながら巨大な観音扉の片側が更に内側に開いていく。

 大扉はあたしが2人分くらいは余裕で通れるくらい隙間を開けた所で再び停止する。

 そして、その隙間から新たなドワーフが姿を現す。

 門衛と同じく重装鎧に身を包んでいるが兜の類だけは付けておらず、少しだけ白髪の混じった長く伸ばした巻き髪と髭が顕になっていた。

 また盾も持っておらず、その手には所々金属で補強されたクォータースタッフが握られていた。

 胸元でブラブラ揺れている聖印からして、彼は恐らくクレリックであろう。

 彼は、大物っぷりを感じさせるゆったりとした足取りであたしに近づいてきた。

 彼は左手に紹介状を捧げ持ちながら、ドワーフらしい腹に響く低音であたしに尋ねる。

 「この紹介状を持ってきたのはお主か?」

 「そうだが?」

 「ふ〜む……。」

 即答したがあたしをこの初老のドワーフは無遠慮にジロジロ見回したが、不意にニカッと胡散臭い笑みを浮かべた。

 最近、似たような笑い方を何処かで見た様な気がする。

 「ま、取り敢えずこいつはお主に返そう。」

 そう言って、初老のドワーフはあたしに紹介状を差し出してきた。

 あたしがそれを受け取った瞬間、初老のドワーフはクォータースタッフの先端であたしの額に軽く触れ、次の瞬間その接触部分が白く輝いた。

 「えっ!?」

 完全に不意を突かれたせいで初老のドワーフの唐突な行動にあたしは全く反応出来なかったが、何やら呪文をかけられたのだけは反射的に分かった。

 光はすぐに収まり、少なくともすぐには不調も痛みの類もあたしは感じなかった。

 呆然としたまま棒立ちになっているあたしを無視して初老のドワーフは門衛達に向き直り、カラカラとドワーフらしからぬ軽薄な笑い声を上げた。

 「確かに此奴は胡散臭いが、危険ではないぞ。兄上に会わせても問題なかろう。」

 「しかし……。」

 反論しかけた門衛の言葉に、初老のドワーフは覆い被せる様に言う。

 「心配なら儂自身が兄上の所に連れて行く。それともこの儂が、このヒョロっとしたヒューマンの小僧っ子に遅れを取るとでも思うか?」

 「いや、そういう訳では……。」

 「お前らも見ただろう?この小僧は儂の動きに全く反応出来んかった。何度やっても同じ事じゃよ。」

 畳み掛ける様に言う初老のドワーフに押されてしまい、門衛は折れた。

 「分かりました。誰か護衛を付けましょう。」

 折れたとはいえ、最低限の条件を付けようとした門衛の言葉を初老のドワーフは食い気味に拒否する。

 「ああ、要らん要らん。ただでさえ人が足りとらんのだからな。」

 「グエン様!外部の者の前でそれは……!」

 グエンという初老のドワーフの言葉に門衛は激昂したように声を荒げかけたが、あたしの存在を思い出したのかその声はすぐに尻すぼみになった。

 確かにグエンの言葉はゲーゲンの兵力不足を示唆してしまっており、外部の人間の前で言う事ではないが、それに対する門衛の言葉もその示唆を肯定してしまっており、その事に彼自身言ってしまってから気づいたのであろう。

 「ともかく此奴は儂が連れて行く。お主らは元の任務に戻れ。」

 あくまでマイペースを崩さずに場を仕切るグエンに、門衛達は渋々といった感じで従った。

 「ほれ、ボケっとせずにお主も来んか。」

 グエンに促され、あたしは大扉を潜る。

 大扉の中はドワーフの技術力を感じさせる綺麗で完璧な石積みの壁とアーチ型の天井によって形成された地下道が奥へと続いていた。

 魔法による照明は一応あったが、ドワーフは夜目が効くせいもあってあまり明るい照明を必要としない事もあり、かなり薄暗い。

 エルフの血を半分引くあたしやジーヴァには充分だが、文字通り鳥目のノエルにはほとんど見えない程度の光量だ。

 大扉を潜ってすぐの所の両脇に頑丈そうな扉が1つずつあるが、その扉の向こう側に入り口の大扉を開閉する為の機械があるのだろう、扉越しに再び歯車の回転する音や鎖の巻き上がる音が響き始め、少し遅れて背後の大扉が軋みながら閉まり始めた。

 銃眼越しに外の敵を狙う弓兵や、待機している兵士もそこに詰めているはずだが、当然ながら扉は閉まったままで、中は見えない。

 だが一瞬、微かな音と共に扉の覗き穴が開いて何者かがこちらを見た。

 気配に気づいたあたしはそちらを見て、覗き穴からこちらを伺う何者かと一瞬目が合ったが、すぐに覗き穴は閉じられてしまった。

 「行くぞ。」

 大扉が完全に閉まる前にグエンはそう言い、あたしの返事を待たずに勝手に歩き出す。

 あたしは一瞬振り返り、ゆっくりと閉じられていく大扉を見て少し不安になったが、意を決してグエンの後を追う。

 グエンはあたしに無防備な背中を晒しつつ、どんどん先へと進んでいく。

 元よりあたしから彼に害を為すつもりは無いが、それでも他のドワーフ達がピリピリしている中での彼の無防備ぶりは、豪胆さ故か楽観が過ぎてるだけなのか、あるいはわざと隙を見せる事であたしを試しているのか、よく分からない。

 とはいえ、今歩いている通路もそれなりの防備がされている事は知っている。

 石壁には不規則に小さな銃眼が並んでいるし、噂によるとそこかしこに隠し扉もあって、いざとなればそこからドワーフの兵士が飛び出してくるらしい。

 真偽不明だが、ここに敵をおびき寄せた上で前後の大扉を閉じ、更にこの通路に水を流し込んで水攻めにする仕掛けもあるという話も聞いた事がある。

 馬車が余裕で擦れ違える幅のあるほぼ直線の通路を5分程歩くと、入り口と似たような大扉が再び現れ、入り口にいたのと同様の武装に身を固めた門衛が、やはり2人立っていた。

 「これは、グエン様!」

 門衛のドワーフ達は踵を打ち合わせる略式の敬礼を行う。

 ただその顔が兜で隠されてはいても、あたしへの警戒心はありありと伝わった。

 「この小僧は兄上への客じゃ。通るぞ。」

 やはりここの門衛もピリピリした様子だったが、相変わらずグエンの声は気楽そうだった。

 門衛達は顔を見合わせ一瞬躊躇するような素振りを見せたが、結局門衛の片方が金属製の篭手を装着した拳で、先程とは異なる独特のリズムをつけながら大扉の脇にある、おそらく詰め所兼大扉の開閉機構がその奥にあるであろう金属扉を叩いた。

 やはり軋みながら大扉が開くまでの間、あたしは手持ち無沙汰な事もあり何かグエンと会話しようかとも思ったが、特に話題も思い付かなかったし、下手な事を言ってボロが出てしまうような気もして躊躇している間に、巨大な観音扉の片側が通過可能な幅だけ開いて停止した。

 「こっちだ。」

 グエンに促されて2番目の大扉を潜ると、そこにはドーム状の広い空間が広がっていた。

 大体直径200m程のほぼ半球状のこの空間は通称『上ゲーゲン』と呼ばれている。

 実は『上ゲーゲン』の更に地下には『下ゲーゲン』と呼ばれる地下集落があり、そこには基本的にドワーフしか入れない。

 此処に住むドワーフの大半から身内と認められればドワーフ以外でも特例として入れるらしいが、そんな存在はゲーゲンの長い歴史でも5人いるかどうか、という話だ。

 当然、あたしも入った経験などない。

 つまり下ゲーゲンこそゲーゲンの本体であり、上ゲーゲンはゲーゲンを訪れたドワーフ以外の種族との交流の為の場だ。

 ここには商店、宿、倉庫、交易所等が建ち並び、人口の4分の1は非ドワーフ種族である。

 大神殿や鍛冶場、工房、行政施設、ほとんどのドワーフ住民が暮らす住居、それに坑道への入り口といった重要施設は全て下ゲーゲンに集中しているという話だが、当然ドワーフでないあたしにはその話を確認する術は無い。

 それにしてもパッと見の印象だが、以前来た時には上ゲーゲンももっと活気があったはずだが、今日は人通りも少なくやけに静かな気もする。

 グエンの後に続いてあたしは第2の門から上ゲーゲンの中へと歩を進める。

 ドワーフ流の建物は機能性を重視してか飾り気のない立方体然とした物が多く、碁盤目状の通りと相まって目印となる物が少ないので、グエンとはぐれればすぐ迷ってしまいそうな気がする。

 幸いドワーフの例に漏れず、足早に歩いていてもグエンの歩くスピードはかなり遅いので、置いていかれる心配はなさそうだが。

 やがてあたし達は、上ゲーゲンの最も奥の、一際大きな立方体状の建物に辿り着いた。

 ここは上ゲーゲンにおける頭領の館であったはずだ。

 無論、頭領の個人宅は下ゲーゲンにあるので、ここは実際の所頭領が非ドワーフの客をもてなす為のゲストハウス的な意味合いの場所となる。

 ゲストハウス前にも門にいたのと同様の重武装の門衛が居て、他の門衛と似たような反応をしたが、グエンも同様にあしらって中に入る。

 エントランスホールは外観程無機質ではなくそれなりに豪華な内装ではあったが、それでもヒューマンの金持ちの屋敷に比べれば質素で無駄を省いた印象を受けた。

 「お早いお帰りですな、グエン様。」

 エントランスで出迎えてくれたのはドワーフの執事だった。

 「まあな。儂も客人がこんなに早く着くとは思わなかった。この小僧は予想以上に健脚だったようだな。それで兄上は?」

 「まだ下におります。ですが、キアラ様はこちらに。」

 「ではキアラだけでもすぐ呼んでくれ。あまり客人を待たせる訳にもいかんだろう。」

 「了解しました。ドルガ様には既に連絡済みですので、程なく参られると思います。」

 「うむ。では、応接室を使わせてもらうぞ。」

 「心得ております。」

 あたしを無視して執事とやり取りをしていたグエンは、それが終わるとあたしの方を向いた。

 「こっちだ。兄上が来るまで少々時間がかかりそうだから少し待たせる事になるがな。」

 そう言うとグエンは再び歩き出した。

 彼はエントランスホールからすぐの部屋へと入っていき、あたしもそれに続く。

 その部屋は、向かい合った立派なソファーとその間に置かれたローテーブルが中央に鎮座している、如何にも応接室といった感じの内装の部屋であった。

 「歩き詰めで疲れたろう。好きな場所に座れ。」

 グエンはそう言うが、ドワーフは序列に煩そうなイメージがあるし、可能なら下座に座った方が良い様な気もする。

 ただ問題は、ドワーフにとっての上座下座をあたしが知らない事だ。

 何ならヒューマン社会での上座下座だって曖昧な知識しかないし。

 取り敢えず入り口から遠い方が上座というイメージがあったので、あたしは入り口に近い場所に腰を下ろす。

 あたしがモタモタしている間に、グエンは持っていたクォータースタッフを無造作に入り口脇の壁に立て掛けると、戸棚から水差しやらポットやらカップやら取り出すしてローテーブルの上に並べ、手慣れた様子でお茶を淹れる準備を始めた。

 グエンの様な地位の高そうな初老の、しかもドワーフの男性が自らお茶を淹れるイメージが無かったので、あたしは少なからず驚く。

 「あんな偉そうなおじさんでも、自分でお茶を淹れるんだ。」

 驚いていたとはいえ、ドワーフの風習に疎い事を自覚していたので、何が失礼になるか分からないとあたしはそれを口に出さなかったが、安定の迂闊さを誇るノエルが思った事をそのまま反射的に口にしてしまった。

 それでも一応彼なりに気を遣ったのかかなりの小声だったが、グエンには聴こえたらしく作業の手を止めると、振り向いてノエルを見た。

 「カラス君や、ドワーフはヒューマンの様に仕事に貴賤をつけたりはせん。地位に関係なく出来る事はやるのがドワーフ流じゃ。特にこの集落では慢性的に人手不足だからな。

 さっきの執事だって普段は鍛冶屋だし、門衛達も普段は鉱夫や職人が本業じゃ。」

 「はあ。」

 あたしは曖昧な相槌を打つ。

 さっきも感じたが、部外者のあたしにそんな内情を話して良いのだろうか?

 グエンはニヤリと笑うと再びお茶を淹れる作業に戻る。

 ふと気づくと、ポットに入れた水が火の気も無いのに湯気を立て始めた。

 お湯を沸かす、というか加熱の為の魔道具の存在は知っているが、据え置き型にせざるを得ないくらい大型であるのが普通だ。

 こんなにコンパクトに作れるとは、余程腕の良いエンチャッターの作だろう。

 あたしの視線に気づいたグエンが子供っぽい笑みを浮かべた。

 「魔道具に興味があるのか?ほれ、これも魔道具じゃぞ。」

 そう言ってグエンは水差しを持ち上げると内部が見える様にあたしに向けた。

 水差しの中には何も入っていないのを確認させてからその水差しをカップに向けて傾けると、注ぎ口から水が流れ出し、カップを満たした。

 水を生成する魔道具も知っているが、生成スピードはかなりゆっくりで、今の量の水を生成するには普通なら1時間以上放置する必要がある。

 やはり腕利きのエンチャッターの作のようだ。

 そういえば、ゲーゲンに鎧の新調の為に里帰りしたレジーナも、従姉のエンチャッターに軽量化の魔術を掛けて貰ったと言っていたが、同じ人物だろうか?

 ドワーフのメイジやエンチャッターは希少だと聞いているし、そう何人もいないと思うのだが。

 考え事をしたあたしを見て思ったより反応が薄いと感じたのか、グエンはつまらなそうな顔になると魔道具のアピールを止めて、お茶を淹れる作業を再開する。

 そこで、扉をノックする音がした。

 「開いとるぞ。」

 「失礼します。」

 気安い口調のグエンとは対照的に、生真面目そうな女性の声が扉の向こうからした。

 入ってきたのはドワーフらしからぬ真っ白い髪と白い肌の女性だった。

 普通、ドワーフの髪色は白髪の老人を除けば染めない限り黒か濃い茶色だし、肌色は濃淡に個人差こそあれ褐色だ。

 しかし、髪色そのものはドワーフらしからぬ白髪だが、その長く伸ばした髪質はきつい巻き毛でドワーフそのものだ。

 加えてヒューマンの3分の2程の身長にがっちりとしつつもグラマラスな体型といった特徴も典型的なドワーフ女性のものだ。

 つまり彼女は、その白い髪と肌からしてアルビノのドワーフということになるのだろう。

 ヨハンナ以外のアルビノを見たのは2、3回あるが、ヒューマン以外のアルビノを見たのは初めてかもしれない。

 「始めまして。私、ゲーゲン頭領ドルガの娘、キアラと申します。」

 アルビノのドワーフ、キアラはおっとりとした口調で礼儀正しく一礼した。

 「おう、そういえば儂もまだ自己紹介をしとらんかったなな。儂は頭領ドルガの弟のグエンじゃ。」

 キアラとは対照的に、グエンは一応お茶を淹れる作業を中断こそしたものの、かなりざっくばらんな態度で自己紹介する。

 ゲーゲンの大物らしい2人に自己紹介され、あたしは慌てて立ち上がって自分も自己紹介しようとするが、そこでふと、本名を名乗るべきか偽名のフランツを名乗るべきか迷ってしまう。

 今のあたしは犯罪者の賞金首という立場で、うかつに正体をバラす訳にはいかないが、一方で助力を受けるべき相手に正体を隠したままというのも具合が悪い気もする。

 紹介状を渡す相手であるドルガ相手なら正体をさっさと明かしても良い気もするが、この2人はドルガの近親者というだけでドルガ本人ではないし、どういう人物かさえ知らない。

 更に言えば、あたしはドルガ自身についても腕利きの鍛冶師として紹介されただけであり、その人物像についてはほとんど知らなかった。

 ゲーゲンに到着するまでは、故障した義肢を渡して修理してもらい、代金を払って終わりだと思っていたのだ。

 本当にそれだけなら偽名のフランツでも構わないだろう。

 ゲーゲンの警備がこれ程厳しくなっている事も、頭領の親族がゾロゾロ出てきて囲まれる事も完全に予想外だった。

 こうなってしまうと安易に素性を偽って偽名を名乗ってしまった場合、バレた時に面倒な事態を招いてしまう気がする。

 少し迷った末、あたしは立ち上がって頭を下げた。

 「失礼を承知で申し上げますが、私の素性については頭領様がいらしてから申し上げたく思います。」

 結局、あたしは決断を先送りにする事にした。

 ヨハンナと最後に会った際に、彼女が時間に追われていた事もあって細かい打ち合わせが出来なかった事が今になって響いてきた。

 キアラの眉が一瞬吊り上がったが、グエンはお茶の準備を再開しつつ、相変わらず気楽な調子で言う。

 「ああ、それで構わんよ。」

 「しかし、叔父上、今ここは……。」

 キアラは何か言いかけたが、あたしを見て途中で口を噤んだ。

 グエンはチラリと横目でキアラを一瞥しつつ、気楽な調子で門衛達に言った言葉を繰り返す。

 「こいつは胡散臭いだけで、我々に対して敵意も害意も持っておらん。」

 「どうして断言出来るのです?まさか、叔父上、また……?」

 キアラが目を細めてグエンを見た。

 「仕方なかろう。今は非常事態だし、こいつが安全かどうかを確認し、かつピリピリしている門衛共を納得させるのに手っ取り早い手段が他に思いつかなかったしな。」

 悪びれずに言うグエンの言葉で、あたしはほぼ出会い頭にグエンにやられた行動の内容を理解した。

 あれは、敵意なり害意なりを感知する呪文を使われたのだ。

 無論、その呪文とて万能ではないが、術者と対象のレベル差が大きければ心の奥に秘めた敵意すら感知されてしまう。

 グエンがあたしには敵意が無いと断言しているのは、彼自身かなり高レベルであり、自分の発動した呪文の結果に揺るぎない自信を持っているからであろう。

 ただ問題は、この手の呪文をかけるのは相手に対してかなり失礼な行為となる事だ。

 了承を得ようとする申し出さえかなり失礼なのに、相手の意思を確認せずいきなり掛けるなど、その相手から殴られても文句は言えない行為だ。

 キアラは改めてあたしに頭を下げた。

 「申し訳ありません。叔父が、かなり失礼な行為をしてしまったようで。」

 「いや、どうか頭を上げて下さい。」

 あたしにもちょっと後ろめたい気持ちがあるので、こうも丁寧に謝罪されると気まずくなる。

 グエンはあたしを見ると、ニヤリと笑った。

 彼は、あたしが後ろめたく感じている事を完全に看破しているようだ。

 「まあ2人共、茶でも飲んで落ち着け。」

 そもそもの原因であるグエンがまるで第三者の様な物言いをしたため、キアラが彼を睨みつけた。

 その気持ちがよく分かったあたしは、彼女に思わず共感する。

 当のグエンは全く意に介していないようであったが。

 それからあたし達は、グエンの淹れたお茶を飲み始めた。

 真っ先にグエンが口を付けたのは、恐らく一服盛ったりなどしていないというアピールだろう。

 少しだけ空気が弛緩した所で、グエンが口を開く。

 「実は今日、兄上の元にハーケンブルクからギルド長の関係者である客人が来る事は、事前に通信用魔道具によって知らされておった。

 だが、盗聴を警戒してか具体的な箇所はぼやかされておったし、この情報は極少数の者にしか知らせておらん。当然門衛にも知らされておらんから、彼等もああいう態度になったのじゃ。」

 なるほど、グエンと門衛の態度の差は事情を知っているか否かの差という事か。

 ここでグエンの方から門衛がピリピリしていた話題を振ってきたので、あたしもそれに乗っかって探りを入れてみる。

 「事前に聞いていた噂よりも警戒が厳重だったように感じたのですが、何かあったのでしょうか?それとも、常時このような警備体制なのでしょうか?」

 あたしの質問に、グエンとキアラは顔を見合わせた。

 いきなり突っ込み過ぎたかと焦ったあたしは慌てて付け加える。

 「いえ、勿論差し支えがあるなら答えなくても結構ですが。」

 グエンとキアラは再び視線を交わし、グエンが小さく頷いたのを見てキアラが話し出す。

 「まあ、特に秘密にしている訳でもないですし、いずれ知る事になる事でしょうから私から説明しますね。

 お客人は、ゲーゲンが上下で分かれている事をご存知でしょうか?」

 「はい。非ドワーフは上にしか入れないとか。」

 「その上ゲーゲンの治安が最近急速に悪化しましてね。」

 何だか何処かで聞いたような話になってきたな。

 「色々と調べた結果、上ゲーゲンに最近になって移住してきた非ドワーフの一部が組織的に治安を乱す行動を行っていた事が判明しまして。

 ただ今は、そういった不届き者のほとんどを捕らえまして、落ち着きは取り戻しつつあります。」

 異人街でやった事を、連中は同時進行でゲーゲンでもしていたのか。

 「ですが捕らえた連中は本当に下っ端ばかりで、背後関係等の全容解明には程遠い状態です。ドワーフの中には捕まった連中は氷山の一角に過ぎないとして、上ゲーゲンの非ドワーフ全てに疑いの目を向ける者さえおります。

 一方、非ドワーフの中には疑心暗鬼になったドワーフが徒党を組んで非ドワーフを排除するつもりではないか、と危機感を募らせている者もいます。」

 「ま、ここゲーゲンは構造上、外からの襲撃には強いが内から崩されると案外脆いからな。住民もそれを知っているからこそ、内部からの切り崩しには敏感になるのじゃ。」

 相変わらす気楽な口調でグエンが補足した。

 「そして今話したドワーフと非ドワーフとの間の疑心暗鬼についても、決定的な証拠は掴めていませんが、何者かが流言を流して煽っている可能性もあると思われます。」

 「確かに今、それ以外にも色々ときな臭い噂は飛び交っておるのう。例えばハーケンブルクで、もうすぐクーデターが起こるとか?」

 グエンがさり気ない口調で言いつつも、その目つきがあたしの反応を探るように鋭くなった。

 ふと気づくと、キアラも同じ様な目つきであたしを見ている。

 反りが合わないように見えて、意外とこの2人良いコンビネーションをしている気がする。

 「上の方は色々とゴタゴタしてるって噂は聞きますが、私のような下々の者の生活は今までと大差ありませんよ。」

 あたしはなるべく軽薄に聞こえるような口調を心がけつつ言う。

 「まあ、そういう訳で今ゲーゲンでは余所者の非ドワーフに対して警戒してしまう状況なのだが。」

 グエンがあたしの軽薄な口調に合わせるように軽く返してきたので、少し緊張が緩んだこのタイミングに乗じて彼らの自分に対する警戒心を更に緩めようと、ついあたしは欲張ってしまった。

 「参りましたね。私としては単に腕利きの鍛冶師に仕事を頼むだけのつもりでここに来たんですが、こんな大事になるには。」

 軽薄な口調を心掛けたつもりだったが、グエンとキアラの両方とも白々しい目つきになってあたしを見つめた。

 あたしはすぐに彼らの反応から自分が失言した事を悟ったが、愚かな事に具体的に何をどう間違えたのかが分からない。

 「単に腕の良い鍛冶屋を探しているだけの奴に、ハーケンブルクの冒険者ギルド長の地位にあろう者がわざわざ紹介状など書くだろうか?」

 「余程仕事内容が特殊か、依頼する人間が特別かのどちらかでしょうね。」

 再びグエンとキアラが息の合った様子であたしを問い詰め始める。

 「はは、どうなんでしょうね……。」

 あたしは誤魔化すように笑うが、とてもそれで誤魔化せる訳などないのは分かっていた。

 分かってはいても、他にどうしようもない。

 幸いと言って良いのか、あたしが更なる失言を恐れて愛想笑いだけを浮かべつつ黙ってしまうと、グエンもキアラもこれ以上は特にあたしを追求する事はなくなった。

 とはいえ、グエンとキアラが散発的に会話するだけのこの空間は酷く居心地が悪い。

 間をつなぐ為に矢継ぎ早に飲んでしまったせいでグエンの淹れたお茶はすぐに無くなったが、グエンはお代わりを勧めてきたりもしない。

 酷く長く感じた時間をひたすら耐えていると、ノックも無くいきなり扉が開いた。

 「客人が着いたと聞いて来たが、何じゃこのお通夜みたいな雰囲気は?」

 「いやいや、単に今丁度会話が途切れたというだけの話だよ、兄上。」

 部屋に入ってくるなりいきなりそう口にしたドワーフに対して、グエンが相変わらずの軽い口調で言う。

 入ってきたのはグエンと同年代くらいに見える初老のドワーフで、グエンによく似ているような気もしないではないが、正直ドワーフの顔の見分けに自信がある訳ではない。

 仕立ての良さそうな服を着ているが特に装飾品の類は身につけてはおらず、武装も一切身に着けていない。

 「ふん。それで貴殿が、ハーケンブルクのギルド長のよこした客人か。」

 そう言われたあたしは立ち上がって一礼する。 

 「失礼ですが、ゲーゲンの頭領のドルガ様でしょうか?」

 「うむ。儂がドルガじゃ。それで貴殿は?」

 あたしは紹介状を差し出しつつ言う。

 「重ねて失礼ですが、まずこちらをご覧になって貰って宜しいでしょうか?」

 紹介状の中身をあたしは読んでいないので、下手をすれば紹介状の中身と矛盾する事を口走ってしまう可能性もある。

 ならば先にドルガに紹介状を読んでもらい、その上でなるべくドルガの質問にだけ答える形にすれば、ボロは出難いと思ったのだ。

 あたしの言葉にドルガは眉を顰めたが、黙って紹介状を受け取り、裏面の署名を確認してから大き目のベルトポーチからペーパーナイフを取り出すと、豪快な見た目とは真逆の慎重さで封を切って中の手紙を取り出し、読み始める。

 「此奴、ハーケンブルクではお尋ね者らしいな。」

 紹介状を読み終えると開口一番ドルガがいきなりそう言ったので、キアラは勿論これまでお気楽な感じだったグエンまでも顔が強張る。

 そしてあたしの顔も当然強張る。

 もしかして、紹介状の中身がヘッツァー一派にすり替えられたりとかしたのだろうか?

 それとも、最後に会った時のヨハンナが偽物だったとか?

 「だが、それは冤罪らしい。少なくともこの紹介状によるとな。」

 続く言葉にあたしは胸を撫で下ろしたが、キアラとグエンの顔は強張ったままだ。

 よく考えれば、ドルガの言い方も明らかにわざと誤解を招く言い方だったような気がする。

 その事に考えが至った瞬間、ドルガが表情と口調を和らげた。

 「この紹介状は署名こそギルド長だが、実際に内容を書いたのはお前の友達のヨハンナらしいぞ。」 

 ドルガがキアラの方を見つつ言う。

 キアラとヨハンナが友達らしいと知り、あたしの緊張は一瞬緩みかけたが、未だ訝しげなキアラの表情を見て、緩みかけた心を再び引き締める。

 「ならば何故ヨハンナは自分で署名しないのですか?ヨハンナもギルドの副ギルド長で、肩書に不足はないはずですが?」

 「その辺についても書いてあるな。政争の一環で副ギルド長を解任され、更に表向き病気で自宅に引き籠もっている事になっているとか。具体的な事はそこの客人が教えてくれるらしい。」

 ドルガが視線であたしを示しながら言うと、キアラは一応納得した様子だった。

 どうやらヨハンナは誤魔化す事無く普通に事実を書いているらしい。

 つまりはヨハンナとしては、ここのドワーフ達を信用しているという事か。

 だがしかし、キアラの方は未だあたしに対する警戒心は完全には解いてはいないようだ。

 「それでこの方は、その紹介状には何と書かれていますか?」

 「ヨハンナの実の姉だから信用して欲しいと書いてあるな。……ん?姉?という事は、女!?」 

 ドルガはそこでギョッとしたように言葉を止め、あたしの顔をマジマジと見た。

 それだけならまだしも、キアラとグエンまで身を乗り出しつつあたしの顔をマジマジと見つめ始める。

 どうやらレジーナだけでなく、あたしの変装はドワーフに対しては効果てきめんらしい。

 少しだけ得意気になりつつ、あたしは鼻の下の付け髭を少しだけ剥がして見せた。

 「この髭は作り物ですよ。男に変装しているだけで、私はちゃんと女です。」

 「なんと……。」

 意識して声も女性らしく戻すと、3人のドワーフ達から感嘆の声が漏れた。

 あまりにも良すぎるリアクションについ調子に乗ってしまいそうになるが、咳払いをして自らの気持ちを落ち着ける。

 「改めて自己紹介をさせていただきます。ヨハンナの姉のゾラと申します。現在、追われている身という事で、大変失礼ながら素性を隠したまま皆様方にお目通りしてしまいました。改めて謝罪させていただきます。」

 あたしは深々と頭を下げ、可能な限り丁寧な口調で言った。

 「……まあ、お主の事はこの紹介状で大分分かった。だが先に言っておくが、儂らはハーケンブルクの政争に加わるつもりはないぞ。」

 ドルガは念押しする様に言う。

 「元より私は、ハーケンブルクとは直接の関わりのない腕の立つ鍛冶師を紹介してくれるよう妹に頼んだだけでして、それ以上のお願いするつもりはございません。」

 「ハーケンブルクとは直接の関わりのない鍛冶師か。まあ、確かに近場ではここゲーゲンのドワーフがすぐに思いつくだろうな。」

 「ドルガ様ご本人ではなくとも、どなたか鍛冶師を紹介して下さればそれで充分でございます。」

 ドルガはあたしが背負っている魔剣に視線を移すと、少し間を空けてから尋ねる。

 「その背中の剣に関わる仕事か?」

 「可能であればこの剣も見て頂きたい気持ちもありますが、まずはこちらの修理をお願いしたいと思っております。」

 あたしはそう言うと、布に包んだ上から紐で縛った義肢を背負い袋から取り出した。

 包みを解いて義肢を取り出すと、ドルガとキアラの父娘が身を乗り出して観察を始めた。

 グエンも興味がない訳ではなさそうだが、少し遠巻きで見ている様な印象だ。

 「これは、お主の義肢か?」

 ドルガがあたしを見上げつつ尋ねる。

 「はい。戦闘の結果、一部の部品が破損して動かなくなりまして。」

 あたしは最近よくする様に、身体の右側面を左手で軽く叩いて右腕が欠損している事を示す。

 「触ってみても?」

 思いの外、食付きの良いドルガが興味津々といった様子で尋ねてくる。

 「はい、勿論。」

 あたしが許可するとドルガは早速義肢を持ち上げ、様々な角度から検証を始める。

 「義肢という事は、付与魔術の効果で動く魔道具でもあるのよね?」

 やはり興味津々の様子だったが、最初の観察の機会を父親に譲ったらしいキアラが尋ねてくる。

 「そうですね。」

 「という事は、鍛冶師以外にエンチャッターが必要ですよね?申し遅れましたが、私もエンチャッターの端くれです。よろしければ、手伝わせてくれませんか?」

 ドワーフは秘術魔法系の術者になる者はあまり多くない。

 その事から考えて、やはりキエラはレジーナの鎧に軽量化の付与魔術を掛けたという従姉のエンチャッターの可能性は高そうだ。

 もしそうなら、ドルガとグエンもレジーナの伯父という事になる。

 「それは、私にとっては渡りに船ですが……。ご迷惑では?」

 「いえ、今ザッと見ただけですが、かなり高度な付与魔術が使われているようです。その解析と再構築をするだけでも私にはかなりの勉強になります。」

 おっとりとした最初の印象とはうって変わり、キラキラ、というかギラギラした目で訴えてくるキアラは、ちょっとマッドサイエンティストっぽい。

 それにしてもこれだけ手放しの賛辞を受けるという事は、やはりエドガーのエンチャッターとしての腕はかなり高いらしい。

 ダリルの妊娠以来、狼狽えてばかりの姿だけ印象に残っていたが、彼の支援を格安で受けられる環境にいる事をもっと感謝した方が良さそうだ。

 「専門的な事は私には分かりかねますが、エンチャッターの力が必要な時には是非ともお力添えを願いたいです。」

 「ありがとうございます!」

 キアラの顔がぱぁっと明るくなる。

 あたしの事を疑っていた先程までの態度とは雲泥の差だ。

 自分の番が回ってくるのをジリジリと待つキアラを放置して、大き目のベルトポーチから携帯用の工具を取り出して分解まで始めたドルガは、散々時間を掛けて観察した後、半分解体された義肢を娘に渡す。

 「お前もこれを見て勉強しろ。」

 喜色満面の娘を一瞥すると、ドルガは大きく深呼吸してからあたしに向き直った。

 「細かい部分については未熟な点も多々あるが、出来自体はかなり良いな。ここゲーゲンでもこれと同じレベルの物を作れるのは儂を含め3人くらいのもんだろう。」

 「そうでしたか。」

 あたしが褒められた訳ではないが、少し鼻が高い。

 「義肢って事は、オーダメイドだよな?」

 「ええ、そうです。」

 「ハーケンブルクにこれ程の腕を持つ鍛冶師がいたとは迂闊にも知らなかったな。それとも、他所の土地で作ったものか?」

 「いえ、ハーケンブルクで作ったものです。」

 「良ければ、これを作った奴を教えてくれんか?」

 「構いませんよ。ダリルというドワーフの鍛冶師と、エドガーというヒューマンのエンチャッターの夫婦に作って貰いました。」

 そう答えた瞬間、ドルガだけでなく熱心に義肢を観察していたキアラまで動きが止まった。

 まるで時間が止まったかのような空気が流れる。

 お気楽な印象のグエンまで渋い顔になって黙り込んだ。

 もしかして、ダリルやエドガーの名前をここで出してはいけなかったのだろうか、と雰囲気に呑まれて根拠も無く考えていると、ドルガがキアラに視線を向けた。

 キアラが小さく頷くと、ドルガの視線は更にグエンの方に向く。

 グエンも同じ様に頷いたのを確認すると、ドルガは小さく息を吐いてからあたしに向き直った。

 「義肢の修理は、儂と娘のキアラが責任をもって引き受けよう。」


 読んで下さりありがとうございます。

 次回の投稿は11月上旬を予定しています。

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