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第3章 煙る雨 11

2025年11月14日

次の用語を修正しました。

秘密結社→闇ギルド

加えて細かな修正を行いました。

 「やっぱり見張りがいるね。」

 先程から明らかに強くなり始めた雨の中、定宿の『トネリコ亭』の様子を路地の奥から隠れて覗き込むと、あたしは溜め息をついた。

 異人街からの脱出は、結果的には拍子抜けする程簡単だった。

 当初、あの地域はどこの出口にも衛兵がいて脱出はほとんど不可能に思えた。

 どうやって抜け出そうか頭を捻っていると、そういえばナギはどうやって封鎖された地域に入り、そして出て行くつもりなのだろうという疑問が浮かんだ。

 ナギの行動が参考になるかもと思い、彼女と行動を共にしていたノエルに訊いてみた。

 ノエルの話によると、まず抱えていたノエルを解き放って彼が建物の上階のベランダの上に止まったのを確認すると、『普通に』歩き出した。

 ベランダの上のノエルがどうするのかと見守っていると、衛兵がよそ見をした瞬間にこれまた『普通に』衛兵の背後を歩いて通り抜けたという。

 ノエルの言っている意味が分からずに詳しく訊き返した所、よそ見をした瞬間を狙ったものの、動作自体は普通に歩いているのと変わらずに見えたし、魔法を使った気配もなかったのに何故か衛兵は2人共彼女が通り抜けた事に気づいた様子はなかったという。

 あたしは高レベルシーフの伝説を思い出した。

 両者の間にかなりのレベル差がある場合に限られるが、高レベルシーフの中には見張りの『意識の死角』なるものを突く事で、見張りの眼の前を普通に通り抜けても気づかれる事はないという。

 この伝説自体は誇張されているきらいはあるが、それと似た事をナギはしたのかもしれない。

 これまでも急に現れたナギに驚かされた事が何度かあったし、ナギならばその手の芸当を普通に行ないそうな気もする。

 もしそうなら、ナギ本人が言っていた『誰にも見られなかった』という言葉も裏付けられるし、彼女の安全もある程度は担保されたようなものだ。

 それはそれで良い事だが、あたしの脱出に関してその話は全く参考になりそうもない。

 凡人のあたしにはナギのような芸当は不可能であり、他の手を考える必要がある。

 悩んでいると、突然路地の出口を見張っていた2人組の衛兵があたし達が潜んでいる方向に向けて走り出した。

 見つかったかと一瞬焦ったが、彼らの視線は明らかにあたしの方を向いていない。

 あたしが潜んでいる場所の前を通り過ぎる時に彼らの会話が少し漏れ聞こえたが、どうやら気絶していたベクターが発見されたらしい事が通信用魔道具を通じて衛兵達の間に断片的に広まったらしく、情報が錯綜する中で取り敢えず現場に行ってみようという事になったらしい。

 本来ならこういう時に慌てて動くのは悪手だろうが、元々彼らは殆ど背景情報を与えられない状態で動員されたらしいし、不測の事態にどう対応すべきか集団としての共通認識も定かではなかったのだろう。

 後ろ暗い件に公権力を利用し、何も知らせずに衛兵を動員したツケが回った結果だろうが、あたしにとっては降って湧いた幸運に違いない。

 お陰であたしは悠々と人で溢れて返る異人街のメインストリートに抜け出す事が出来た。

 余裕があり過ぎて逆に不安になったあたしは、メインストリートに出る前に変装の幻覚魔法をかける事にした。

 魔法による変装は魔力感知に引っかかる危険性もあったが、あたしのオッドアイは目立ち過ぎるし、人が溢れ返っているメインストリートなら魔法を使っている個人を特定するにも時間がかかると判断した事もある。

 無事異人街を抜けた出したあたしは、港湾地区に向った。

 港湾地区内の倉庫が立ち並ぶ一角の中には、時間帯によっては滅多に人が立ち寄らない場所があるのを知っていたからだ。

 そういった場所の一つである路地の奥で、あたしは髪を結わえ直して更に布で覆った後、携帯用の化粧道具で口髭と顎髭を描く。

 この前、スラムに行った時に比べるとかなり質の落ちる男装メイクだが、時間も道具も足りていないので仕方がない。

 メイクを終えてからまず距離が近い定宿の『トネリコ亭』の様子を見に向かったのだが、案の定2人の衛兵が宿の入り口前に立っていた。

 「どうするのさ?」

 懐のノエルが訊いてくる。

 「諦めるしかないわね。サンドラ達に一言詫びを入れたかったけど、そんな事したら却って迷惑かけるだろうし。」

 「部屋の荷物も諦めるの?」

 「仕方ない。」

 あたしの溜め息が更に重くなる。

 あたしの部屋にはいざという時の為にコツコツ貯めていた金貨が隠してある。

 それなりに見つからない場所に分散して隠してはあるが、虱潰しに探されればいずれ見つかるだろう。

 ベクター達があたしの罪状をどうでっち上げるのかは分からないが、官憲があたしの部屋を家探しし、あたしの私物を押収出来る大義名分を得る程度の罪はでっち上げると思っておいた方が良いだろう。

 長弓を始めとした野外用の冒険装備も部屋に置いたままだ。

 あの長弓は手に馴染んでいたし、お気に入りだったのだが。

 そして何より父の形見のリゾネーターギターが押収されるのは辛い。

 南方大陸の楽器であるギターは西方世界ではマイナーな存在であり、そのギターの中でも更にマイナーなリゾネーターギターを再び手に入れられるのかどうかはかなり怪しい。

 だがもし父が存命なら、

 『どんなに大切でも、物の為に生命を蔑ろにしてはいけない。』

 と言うはずだ。

 というか実際、幼少の頃言われたし。

 あれは確か、あたしが6歳か7歳の時だ。

 妹のヨハンナは成人するまでずっと病弱だったが幼少の頃は特にそうで、その為両親はあたしにまで手が回らない事が多かった。

 でもまあ、当時口の達者なマセガキだったあたしは同年代の友達も多く、近所の大人達からも可愛がられた方で、寂しいと自覚した事はそれ程多くはなかった。

 とはいえ、あまり構ってあげられない事を気に病んだ両親が、安物とはいえ人形をプレゼントしてくれた時あたしは凄く喜んだので、自覚していた以上に寂しかったのかもしれない。

 それから暫くの間外で遊べない時は大抵その人形で遊んでいたものだが、ある雨の日、あたしは降り続ける雨を窓際で眺めつつ、人形相手にお話をして遊んでいた。

 マセガキだったあたしは、近所の大人達が雨にの日にお約束のように言う愚痴を真似て遊んでいた様に記憶している。

 夢中になっている内に、あたしは手を滑らし窓から人形を落してしまった。

 反射的に人形を追いかけようとしたが、当時あたしの家族の住居は4階にあったのだ。

 偶然通りかかった母が気づかなければ、あたしは4階の窓から転落していただろう。

 当然母にはこっ酷く怒られ、あたしは泣き出した。

 その後、父がやって来て辛抱強くあたしを宥め、あたしが落ち着いた頃を見計らって何時もの低音の落ち着いた声で諭すように言ったのが例の言葉だ。

 久しぶりに両親の事を思い出した事でこんな状況にもかかわらず一瞬笑みが漏れるが、直ぐに形見のリゾネーターギターを手放さなくてはならない事を思い出し、また溜め息を吐く。

 両親といえば、今回の件では明らかに妹のヨハンナの足を引っ張る事にもなるので、それも申し訳ない。 

 何だか思考が負のスパイラルに入りかけたので、あたしは気持ちを切り替える為にもこの場所には見切りをつけて、次の行動に移る事にする。

 「ここはもう色々諦めよう。移動するよ。」

 「やっぱりスラムか。」

 ノエルが憂鬱そうに言う。

 先程移動中に、ノエルと今後について話し合って大まかな計画については確認した。

 スラムに行くことについてノエルは怯えてはいたが、それ以外に選択肢が思いつかなかった事もあり、反対はしなかった。

 「その前に可能ならジーヴァと合流したい。」

 「ああ、そうだね。でも、何処へ?」

 「心当たりを片端から探すしかないよ。なるべくリンク能力は使いたくない。」

 「まあ、探知されるかもしれないからね。」

 「いざとなれば仕方ないけど、出来る限りはね。取り敢えず冒険者ギルドの近くまで行くか。」

 あたしは強くなった雨の中、マントの中にノエルを抱えて歩き出す。

 なるべく人通りの少なそうな道を選んで歩くと、特に問題なく冒険者ギルドの職員用通用口の見える路地に辿り着く。

 この前、エレノアを待ち伏せした時と同じ場所で、商店と商店の間の路地だ。

 ただこの前は夜で、両脇の商店共に閉店後だったが、今日はまだ営業中だ。

 一般人の通行は殆どないが、店の関係者が出入りする可能性は高く、見つかると色々と怪しまれそうなので、余り長居は出来ないだろう。

 ジーヴァが今どういう状態にあるのか、どうすればコンタクト出来るのか、来る途中色々考えてみた。

 ジーヴァがあたしの命令を完遂出来ていれば、今もギルドで保護されている可能性はある。

 逆にギルドに辿り着けていない可能性や、ギルドに辿り着いてもメッツァー一派の連中に捕まっている可能性もある。

 そして、無事ヨハンナの手の者に保護されていたとしても、どうやってその人達とコンタクトすれば良いのか皆目見当がつかない。

 いくら変装しているとはいえ、堂々とギルドの中に入るのは論外だ。

 たっぷりと時間を掛けた変装でさえ、スラムの情報屋のタジには一発で見破られた。

 今回の即席の変装で、顔見知りの多いギルドでバレないとは到底思えない。

 一番不味いのは、例えあたしの味方になってくれそうな人でも、あたしと会っているのを目撃されるだけで立場が悪くなってしまう点だ。

 自分の計画性の無さにウンザリしながらも策を考え続けたが、結局ここに着くまでの間には何も思いつかなかった。

 時間も無い事だし、ノエルとの打ち合わせも手短に終える事にする。

 「ねえ、ノエル。」

 「なに?」

 「もうあたし、ジーヴァとリンクを繋げるしかコンタクトを取る方法を思いつかないんだけど、あんたは何か他に名案でもある?」

 「無いよ。強いて言えば、もっと情報を集めてから改めて迎えに来るって案だけどね。」

 「それは……。う〜ん。」

 スラムでも、タジ辺りに頼めばかなり正確な情報を仕入れてくれるだろう。

 しかし、高額なタジへの情報料を払えるかどうか、今の懐事情ではかなり怪しいという問題がまずある。

 何よりジーヴァが無事なのかどうかくらいは出来れば今すぐに確認しておきたい。

 もしジーヴァが死んだ場合、リンクを切っている状態でも即座にあたしに伝わるはずなので、少なくとも生きているのは確実だ。

 彼の精神とリンクを繋げば大まかな場所が分かるだけでなく、今現在彼が強いストレスを感じているかどうかくらいの事は判明する。

 「よし、決めた。一度ジーヴァにリンクしてみる。」

 「大丈夫かなぁ?」

 ノエルが不安そうに呟く。

 「取り敢えず範囲を絞ってやってみる。ジーヴァの近くに敵対的な魔術師がいれば意味ないけど、そうでなければ少しはリスクは減る。」

 「まあ、それしかないか。」

 ノエルも諦めたように同意してくれた。

 「じゃあノエル、あんたは高い所で見張っていて。それからなるべく念話を使わずに済むように、はぐれた時の合流場所も決めておこう。」

 一応出来る限りの用心をしてから、魔力を集中させてジーヴァの位置を探る。

 敵の魔術師に探知される事を警戒して極狭い範囲しか探らなかったので、場所を移動しつつ何度も探知する必要があるかも、と思ったが意外にも一発で探知出来た。

 すぐ近くに居るのは間違い無さそうだが、方角的には冒険者ギルドとは全く違う場所だ。

 魔力感知を警戒してリンクはすぐに切り、頭の中の地図と照らし合わせて、当たりをつけた場所を探ってみる事にする。

 ノエルに上から監視しつつ付いてくるようにハンドサインで伝えてから、あたしは今居る路地を抜け出す。

 方角も距離も大まかにしか分からないが、恐らくさっきまでいた場所と似たような路地か、それに面した建物の中のはず。

 このこの奥かも、と当たりを付けた路地を覗き込む。

 両脇の商店の荷物らしい物が散在しているだけで特におかしな点もなく、人影も無い。

 上を見上げてノエルが付いてきているのを確認すると、あたしは用心しつつ路地の中へと足を踏み入れる。

 用心して慎重に奥に進んだつもりだったが、山積みになった荷物の陰に何者かが潜んでこちらを伺っていた事に全く気づかなかった。

 結構路地の奥まで進んだ所で荷物の陰から何者かが飛び出し、完全に不意を討たれたあたしはそいつに飛びかかられ、そのまま組み付かれた。

 結構な勢いで組み付かれたあたしは見事に押し倒され路面に組み伏せられる。

 組み伏せられつつも何とか腰の大型万能ナイフに手を伸ばし、完全に抑え込まれる前にそれを抜こうとするが、そこで多少薄汚れてしまっているが特徴的な銀色の体毛に気づく。

 ジーヴァが尻尾を千切れる程の勢いで振りながら、あたしの顔を舐めていた。

 彼にしてみればじゃれついたつもりだったのが、勢い余ってあたしを押し倒す形になってしまったのだろう。

 ベクターの不意打ちをも感知したレンジャーの危険察知能力が今回発動しなかったのは、ジーヴァに全く敵意が無かったせいだ。

 「こら、ジーヴァ。分かったから、止め!」

 あたしも思わず笑顔になりながら命じると、ジーヴァは相変わらず尻尾を振りつつも大人しくあたしから離れ、お座りの姿勢を取る。

 あたしはジーヴァと思ったより簡単に再会出来た嬉しさからつい周囲の警戒を怠り、顔を綻ばせつつ上体を起こした。

 その瞬間、背中に悪寒が走る。

 今度こそ危険察知能力が発動したのだ。

 あたしは咄嗟に上体を起こした体勢から、身体を投げ出すようにしてその場に伏せた。

 その直後、あたしの頭上で何かが振り回される風切音と風圧を感じた。

 未だ状況が掴めず混乱していたが、恐らく鎧の動く音だろう金属音が迫り、追撃の気配があったので、あたしはその音から遠ざかるように路上を転がり、その勢いを利用して跳ね起きる。

 顔を上げ、襲撃者の姿を確認する。

 そこにはブーツ以外は全身を金属鎧で固めた人物が、左手に大型の盾、右手にウォーハンマーを構えて仁王立ちしていた。

 冒険者の中にもフルプレートアーマーの愛用者は一定数いるが、街中でも常に着用している者は珍しい。

 そしてこの襲撃者はかなり小柄だった。

 恐らく小柄なドワーフだろうが、長身のハーフキンという可能性も僅かながらあり得る。

 金属兜の面頬も完全に下ろしているので、容貌も表情も全く分からない。

 あたしは腰から大型万能ナイフを抜いて構えた。

 この襲撃者が何者かは分からないが、襲いかかってきた以上、こちらとしては自衛するしかない。

 もっともあの金属鎧相手に、強度に不安のあるこの万能ナイフが通用するとも思えないが。

 どうすべきか考える時間を稼ぐ為にもナイフを構えて牽制していると、ジーヴァがあたしのマントの裾を咥えて引っ張ってきた。

 襲撃者を警戒しつつもチラリとジーヴァに視線を向けると、彼から困惑の感情が伝わってくる。

 そう言えば、こういう時には危なっかしいくらい勇敢に戦ってくれるジーヴァだが、今回に限っては全く戦う気配がない。

 というか、襲撃者を敵とは認識していないようだ。

 更に状況が掴めなくなり混乱していると、金属鎧の襲撃者が声を発した。

 「ジーヴァから離れろ、この犬泥棒め!」

 面頬越しでくぐもっていたにもかかわらず、かなり甲高い声だった。

 子供だと言われてもおかしくない声だったが、子供がこんな金属鎧を着ている筈もないので恐らく女性だろう。

 声のインパクトが強すぎ、襲撃者の発したおかしな言葉の意味を理解するのが一瞬遅れる。

 「犬泥棒?え?」

 あたしが訊き返すと、襲撃者は怒ったように言う。

 「とぼけるな!おかしな魔法でジーヴァを操って連れ去るつもりだろう!

 さっきの攻撃はわざと外したが、次は容赦しないぞ!」

 そう言いつつ襲撃者はにじり寄ってくる。

 つまり、あたしの事をジーヴァを連れ去ろうとした犬泥棒だと思ったから攻撃してきたのか。

 彼女の言う通りなら、先程の攻撃が警告の意味の空振りというの事になるが、それにしては殺気が籠り過ぎていた気がする。

 まあ追撃のタイミングが遅かった事を考えれば、彼女の言う通り本当に警告の一撃に過ぎなかった可能性も否定出来ないが。

 どちらにしても、ここは誤解さえ解けば戦う必要はなさそうだ。

 あたしはナイフを腰の鞘に戻すと左手を上げて戦意の無さをアピールする。

 「誤解があるようだけど、あたしは犬泥棒じゃなくてこの子の主人だよ。」

 「嘘だ!このジーヴァの主人はゾラというハーフエルフの女だと聞いてるぞ!」

 襲撃者は全く構えを解かずに、にじり寄り続ける。

 「だからあたしがそのゾラだって。」

 「ドワーフの田舎者だと思って馬鹿にしているのか!?ハーフエルフの女には髭が生えない事くらいは知っているぞ!」

 ああ、そう言えば口髭と顎髭を描いて男に変装している最中だったな。

 時間も道具も足りない中の手抜きメイクだったが、コイツには充分通用しているようだ。

 「これは変装用のメイクよ。今、落とすから待っ……。」

 「妙な動きはするな!」

 あたしの言葉が終わる前に、襲撃者が警告の言葉を被せてきた。

 どうにも困った。

 これでは埒が明かない。

 その時、物陰からノッソリと小型の豹程の大きさの猫科の動物が現れ、あたしと襲撃者の間に割り込むとそこに寝そべった。

 「「キルスティン!?」」

 あたしと襲撃者が同時に声を上げ、それからお互いに顔を見合わせる。

 「どうしてキルスティンを知っているんだ?」

 襲撃者が、少し警戒心を緩めたような声で尋ねてくる。

 「一時的にパーティを離れたメンバーの穴埋めで短期間『キルスティンズ・ガーディアンズ』に参加していたからよ。」

 あたしがそう言うと、襲撃者は構えていたウォーハンマーをようやく下ろし、ガチャガチャと大きな音を立てながら近づいてきた。

 「本当に、あたいが居ない間代理で入ってくれていたゾラなのかい?」

 一応、攻撃する意思は無くなったようだが、未だに警戒しているように尋ねてくる。

 「そうだよ。あっ、ていう事は、あなたロジーナさん?」

 「レジーナだ。」

 襲撃者は憮然とした声で名前を訂正すると、面頬を上げて顔を見せた。 

 クリクリとした大きな目が特徴的な褐色肌のドワーフの若い女性で、童顔な事もあって愛嬌のある憎めない容姿をしていた。

 「ごめんなさい、名前を間違えるなんて本当に失礼な事をしたわ。」

 「いいよ、こっちこそいきなり襲いかかって悪かった。」

 そう言うと、レジーナは金属製の籠手を装着した右手を差し出してきた。

 あたしは何時ものように金属製の義肢をガチャガチャ鳴らそうとしたが、今は義肢を外している事を思い出し、左手でマントの右側を軽く叩いて右腕が欠けている事を示す。

 「ごめんなさい、こういう事だから握手は左手で失礼するわ。」

 「あ、ああ。」

 レジーナは気まずそうに改めて左手を出してくる。

 お互いに気まずい思いで握手した後、やっぱり気まずい沈黙が訪れてしまうが、レジーナがふとあたしの後方に目をやると、少し顔を綻ばせた。

 「あ、ルカ。」

 振り返ってレジーナの視線を追うと、ウェーブのかかった金髪を肩より少し上で切り揃えた可愛らしい外見のハーフキンの女性が近づいてくるのが見えた。

 今は歩いているが、少し前まで走って来たらしく、上気した顔で荒い息を吐いていた。

 「ルカ、久しぶり。」

 あたしは左手を挙げて挨拶したが、ルカはあからさまにムッツリとした表情をしている。

 彼女は自分の鼻の下を指差しつつ言う。

 「描いている髭、落ちかけているわよ。」

 「え、本当に?」

 あたしは慌てるが、鏡が無いので確認出来ない。

 さっきジーヴァに顔を舐められた時に落ちたのだろうか?

 まあレジーナは騙せた訳だから、落ちているとしてもほんの少しだろうが。

 「もっと切羽詰まっていると思っていたけど、見た感じそうでも無さそうね。」 

 溜め息混じりに言うルカに、あたしは慌てて言う。

 「いや、かなり切羽詰まっているって。ていうか、何処まで知ってるの?」

 「あなたに起きた事についてはほとんど知らないわ。まあ、情報のすり合わせはしたいけど、こんな所で立ち話も出来ないし、もっと落ち着ける所に移動しない?」

 あたしも、自分の立場が公にはどうなっているのか知りたかったので異存はないが、ルカ達の事を考えると懸念もある。

 「それは、あたし的には都合のよい話ではあるんだけど、あたしと一緒にいる所を見られるとルカ達にとって不味い事になるかもしれない。」

 あたしがそう言うと、ルカは眉をひそめる。

 「……あなた、一体何をしたの?」

 「あたしが何かをしたっていうよりかは、ハメられたって感じなんだけど。」

 あたしの言葉に、ルカは黙って考え込む。

 「ねえ。」

 黙り込んだルカに代わってレジーナが話に割り込んできた。

 まだ彼女の人間性が掴めていないあたしは、何を発言するつもりなのか分からず、緊張して彼女を見る。

 「あたいはゾラの事を全然知らないけど、ジーヴァをあたい達に預けた人についてはよく知っている。その人は、悪人に手を貸すような人じゃないよ。」

 鈍いのか肝が座っているのか今一つ分からないが、レジーナはノンビリとした口調で言う。

 具体性を欠いたレジーナの言葉は、今一つあたしにはピンと来なかったがルカには充分通じたようで、それで彼女の腹は決まったようだ。

 「分かった。ゾラと一緒にいるリスクより、何も事情が分からずに何かに巻き込まれるリスクの方が高い気がする。そうと決まれば、早速移動するよ。」

 「何処へ?」

 「知り合いがやっている酒場。開業したばかりで、常連もまだあたし達しかいないから大丈夫。」

 「まあ、店じゃなくて2階の居住スペースを使っても良いし。」

 レジーナがそう口を挟むと、ルカが少し嫌な顔をしたが何も言わなかった。

 余程パーティメンバーと親しい店主のようだ。 

 「信用出来る人?」

 あたしがそう言うと、ルカは何故かレジーナに視線を走らせ、レジーナが代わりに答える。

 「まあ、大丈夫なんじゃない?」

 レジーナが軽すぎる口調で答えるので、何だか不安になるがここは従った方が良いと結論づける。

 「分かった。お願いします。」

 あたしは答えると、あたし達の行動が気になりつつも律儀に建物の上から周囲の警戒を続けているノエルに、付いてくるようハンドサインを送ってから彼女達の後に続く。

 路地を抜け、幾らも歩かない内にその酒場は見えてきた。

 「へえ、ここ酒場になってたんだ。」

 あたしの記憶では、ここは低レベル冒険者向けの安食堂だったが数ヶ月前に店主夫妻が年齢を理由に引退し、それから空き店舗になっていたはずだ。

 「開業して1週間経ったっけ?」

 「確かそれくらい。」

 あたしの独り言にルカとレジーナが反応しつつ、扉を押し開け中に入っていく。

 あたしもノエルを呼び寄せて右肩に止まらせると、フードを被り直してしっかりと顔を隠しからそれに続く。

 「いらっしゃい!……なんだ、レジーナとルカちゃんか。」

 薄暗い店内に入ると、顔に大きな刀疵のある髭モジャの強面ドワーフが、似合わない満面の笑みを浮かべて出迎えたが、ルカとレジーナの姿を見てあからさまにガッカリする。

 「なんだって事はないでしょ?未だにあたし達以外の客は数える程しか来ないのに。」

 「オジサンの笑顔は怖いのよね。」

 いきなりルカとレジーナに続けざまに結構な事を言われているが、髭面のドワーフは怒るでもなく豊か過ぎる眉毛を下げて困ったように笑う。

 先程の全く似合っていない満面の愛想笑いと違って、この苦笑には何だか愛嬌が感じられた。

 「相変わらず手厳しいな。他の2人は?」

 「多分、後から来る。」

 「そうか。で、この……御仁は?」

 ドワーフは少し身体を傾けて、フードの中のあたしの顔を覗くような仕草をしつつ尋ねる。

 するとルカが、ドワーフの視線からあたしを隠すように移動する。

 まあ、彼女の身長ではドワーフの視線を遮る事は出来ないだろうが、続けてかなり厳しい口調で言う。

 「時期が来たらちゃんと紹介するから、今は詮索しないで。」

 ルカがそう言うと、今まで強面に似合わない柔らかい物腰だったドワーフが、その強面に相応しい剣呑な表情になると、迫力ある低音で言う。

 「訳の分からん奴を余りウチには入れたくはないんだがな。」

 「この人の人柄については、あたしが保証するけど?」

 しかしルカは脅すようなドワーフの声色に全く動じる素振りを見せずに、静かな声で即座に言い返した。

 2人の間に緊張感が走るが、すぐにドワーフがニカッと似合わない笑みを浮かべた事で、緊張感は霧散した。

 「分かった。今日の所は何も訊かねえよ。」

 「ありがとう。2階使っていいい?」

 「2階はあくまで俺のプライベートの部屋であって、お前らの溜り場じゃあねえんだけどな。まあ、いいや。」

 「ありがとう。」

 「オジさん、後で何か軽い食事持ってきてね。」

 ルカがあまり心がこもっていないお礼を言い、レジーナも厚かましい事を言うが、ドワーフは気にする様子もなく鷹揚に手を振って応えただけだった。

 「随分親しげね。」

 ルカ達に続いて狭く急な階段を登りつつ言うと、すぐ前のレジーナが答えた。

 「まあ、本当の叔父さんだから。」

 「え、親の兄弟って意味の叔父さん?」

 「そう、あたいの親父が5番目で、あのグスタフ叔父さんは確か7番目だったはず。」

 階段を登ると中央に大きなテーブルのある、それなりに広いダイニングに出た。

 汚部屋とまではいかないが、結構散らかっている印象だ。

 「3日前に掃除したばかりなのに、もうこんなに汚して。だから来たくなかったのよ。」

 ルカがウンザリしたように言うと、マントの中に手を入れ、そこから1匹のネズミを取り出した。

 確かあのネズミは、カミラの使い魔のジョージだ。

 「今からジョージを通してカミラと連絡するからちょっと待ってて。」

 そう言うとルカはジョージを抱きかかえて部屋の隅に行く。

 レジーナは全く遠慮する素振りもなく近くの椅子に腰を下ろした。

 「この部屋も自由に使わせてもらっているの?」

 あたしが尋ねると、レジーナがニヤッと笑った。

 「話の流れでこの店の開業準備を手伝われされたんだよね、あたい達全員。お陰で5日も冒険に出られなかった上に、最初の話とは違って給金は儲けが出た後で払うとか言い始めたんだ。それであたい達皆でキレてさ。特にルカは凄かったな。それ以来、叔父さんはあたい達に頭が上がらないのさ。」

 確かにいい加減な事が嫌いなルカならキレそうな話だ。

 ただそれ以上に、レジーナの叔父さんというグスタフの人間性が気になって、先程と全く同じ質問を繰り返してしまう。

 「叔父さんって、本当に信用出来るの?」

 「確かに一族の中では変わり者で鼻つまみ者だったけど、あたいは案外嫌いじゃないね。」

 レジーナの答えはあたしの質問と明らかに噛み合っていないものだったが、それを突っ込む前にルカが戻ってきた。

 「落ち着かないかもしれないけど、ゾラも座って。」

 ルカに促されてあたしも濡れたマントを着たまま適当な椅子に腰を下ろし、テーブルを囲んで3人が席につく。

 キルスティンはルカの足元に伏せ、ジーヴァもあたしの足元に伏せた。

 ノエルはあたしの右肩に止まったままだ。

 「それじゃあ早速だけど、話を聞かせてもらえる?」 

 ルカが少し表情を険しくしつつ尋ねてきた。

 あたしは今日の異人街での出来事を、カシュガル一味に絡まれた辺りからレジーナと出会った所まで時系列順に話したが、同性愛者である事を噂として広められた事だけは敢えて伏せた。

 ベクターから逃げ回っていた時にその可能性には気づいていたが、あの噂を流したのは嫌がらせの要素もあったにしても、異人街の住民にあたしの顔を認知させる方がやはり主目的であったように思う。

 そのお陰でベクターやカシュガルがあたしを待ち伏せ出来た事を考えれば陰謀の重要な要素の1つであり、そこも含めて話すべきなのは分かってはいたが、まだ冷静に話せる自信はなかった。

 「どうしてあなたが狙われたと思う?」

 あたしの説明が一段落した所でルカが質問してきた。

 「あくまでも推測だけど、理由は2つ考えられるわね。1つ目の理由はあたしがやっていた仕事に関わる事。」

 「そういえば、あなた最近ギルドで見かけなかったけど、どんな仕事をしていたの?」

 依頼内容については本来、軽々しく話してはいけないものだが、ここまで巻き込んだ以上さわりだけでも伝えるべきだろう。

 「最近、異人街の治安が悪化していたんだけど、それが人為的な可能性があるから調べて欲しいって内容だった。」

 「それで?」

 「あたしの調査では、とある闇ギルドが中心になって組織的に行われていたものだった。でもそこから先、闇ギルドを雇った黒幕がいるのは分かったものの、それが誰なのか分からずにその先の調査は行き詰まっていた感じだったんだけど……。」

 「あなたが自覚していた以上に実は真相に迫っていて、焦った黒幕とやらが実力行使に出たと?」

 「今考えるとそうなるのよね。あたしとしては目立たぬよう慎重に行動していたつもりだったんだけどなぁ。情報収集の時は大抵男装メイクで正体を隠していたし。」

 「男装メイクねぇ。」

 あ、ルカに何だか微妙な表情をされてしまった。

 今のあたしのメイクはそんなに酷い状態なのだろうか?

 何だか鏡を見るのが怖くなってきた。

 「それで、もう1つの理由は?」

 レジーナが真面目くさった顔で訊いてきた。

 「あたしがヨハンナの姉だからだと思う。特に、襲撃犯が生け捕りにこだわったのはこっちの理由のせいじゃないかな?殺すより生け捕りにした方が、ヨハンナに対してはそれなりに大きなカードになると思うし。」

 あたしの言葉に、2人は黙って考え込む。

 「ゾラは、その、ヨハンナさんの政敵が異人街で悪さをした闇ギルドの黒幕だと思っているの?」

 「そこは何とも言えないわね。今挙げた2つの理由だって、確証のないただの推測だし。」

 あたしがレジーナの質問に答えると、ルカが難しい顔で溜め息を吐いた。

 「今、副ギルド長の名前が出たけど、ちょっと前からギルド上層部がゴチャゴチャしてるって感じはあったのよね。上層部とは直接の接点が無いあたし達にもそれが伝わっているんだから、相当なものだと思う。」

 「今日も何だか慌しい感じだったもんね。」

 ルカの言葉にレジーナが同調する。

 「そういえば、どういう経緯でジーヴァを預かったの?あなた達にジーヴァを預けた人って誰?」

 先程あたしを助けるか迷っていたルカに、助ける決断を下させた形になる人物が誰なのか、実はかなり気になっていた。

 「エレノアだよ。」

 レジーナがあっさりとした口調で言う。

 確かにエレノアなら、もしあたしが本当に罪を犯したなら、それまでそれなりに親しくしていたとしても、容赦なく切り捨てそうなイメージはある。

 しかもそれは、あたし個人が彼女に抱くイメージというより、ルカ達を含むギルドで彼女に接する冒険者達の抱くパブリックイメージがそうだという事だ。

 そのエレノアが、リスクを冒してまであたしの相棒のジーヴァをルカ達に預けるとなれば、あたしが無罪であるとエレノアが確信を持っている、とルカが判断したのは想像に難くない。

 そう納得していると、ルカが更に詳しく経緯を説明してくれた。

 「普通に仕事を求めてギルドに行ったら、いきなりエレノアさんに呼ばれて奥の面会室に連れて行かれたのよ。そこでジーヴァに引き合わされて、暫く預かってくれないか、と言われて。」

 「理由とかは、何も言われなかったの?」

 「エレノアさんが説明しようとした矢先に別のギルド職員が入って来て、エレノアさんに何か耳打ちしたのよ。そうしたらエレノアさんの表情がみるみる変わってね。とにかくジーヴァを目立たないように預かって欲しい、詳しい事情等は後で必ず説明するとだけ言われて、報酬を押し付けるとエレノアさんは慌ててどっかに行ってしまったの。」

 あたしは視線を落とし、ジーヴァを見る。

 首に巻いたスカーフが無くなっているのは、今の話を聞く限りでは水晶球が無事にエレノアの手に渡った結果だろう。

 その点については概ね一安心だが、いつも冷静なエレノアが慌てていたというのは只事とは思えない。

 「あたし達も、少しでも情報が欲しかったから取り敢えずギルド内だけでも集められる情報は集めようと思ってね。この娘、レジーナは想像ついているかもしれないけど、腹芸が出来ない娘だから、ジーヴァを連れて近くで隠れて待機してもらっていたのよ。そうしたら護衛兼連絡役のキルスティンがあたしを呼んで……。ほら、使い魔と違って相棒は大まかな感情のやり取りしか出来ないじゃない?詳細が分からなかった事もあって駆けつけた訳よ。」

 「じゃあ、カミラとクリスタは……?」

 「今もギルドで情報を集めているはず。もうすぐ来るとは思うけど。」

 あたしは少し躊躇ってからルカに尋ねてみる。

 「その、あたしの事、ギルドで噂になっていなかった?具体的には犯罪を犯した事になっているとか……?」

 ルカは首を振る。

 「あたしがいた時点では特にそういう話は聞かなかったけど。でも取り敢えず、状況がハッキリするまでは大っぴらにはギルドに近づかない方が良いかもね。」

 あたしは小さく溜め息を吐いてから、ルカ達を見て頭を下げる。

 「なんか、あなた達まで巻き込む形になってしまったわね。申し訳ない。」

 「そこは仕方ないわよ。それにヘスラ火山ではあなたのお陰で命拾いしたんだから、気にしないで。」

 そう言うと、ルカは柔らかく笑った。

 少し空気が緩んだ所で、階段の方からギシギシとした足音が聞こえ、あたしはフードを被り直す。

 グスタフが料理の載ったトレーを持って姿を現す。

 トレーの上には、じゃが芋や人参がゴロゴロ入ったポトフの大皿と取り分け用の小皿数枚、いかにも硬そうな黒パン数個、あとキルスティンとジーヴァ用らしい生肉の皿が載っていた。

 「腹減っただろう。これでも食え。」

 そう言ってグスタフは、トレーに載っている皿をテーブルに並べていく。

 「ちょっと、多すぎるわよ。」 

 ルカが眉をひそめる。

 確かに今は丁度昼食と夕食の中間の時間帯で、軽食ならともかくこんなガッツリとした料理は重すぎる。

 あたしも朝食を食べたきりだが、朝食自体がいつもより遅かった上に、それ以降色々ハードな出来事が重なったせいで未だ食欲は戻っていない。

 「どうせ仲間の2人も合流するんだろ?なら丁度いいじゃねえか。」

 「そうそう、5人なら丁度いいよ。」

 あたしの基準では5人でも多すぎる気がするが、レジーナも同意した所を見るとドワーフからすると標準らしい。

 そもそもレジーナが要求したのは軽食だったはずだが、運ばれてきた料理を見ても特に突っ込みを入れていない所を見ると、ドワーフ基準ではこの量でも軽食の範疇に入るのだろう。

 「じゃあな、ゆっくりしていきな。」

 グスタフはキルスティンとジーヴァの前にも皿を置くと、そう言って階段を降りていった。

 「よし、じゃあ、食べよう。」

 そう言うと、レジーナは嬉しそうに早速自分の分を小皿に取り分け始める。

 あたしはルカと顔を見合わせると思わず苦笑してしまった。

 まあこの先、キチンと食事が出来る機会がどれ程あるかは分からないので、食欲がなくともあたしも食べる事にする。

 これからスラムに身を隠す予定である事などを話しながら、あたし達は食事を始めた。

 ポトフは普通に美味しかったが、じゃが芋や人参の切り方が大き過ぎるのが難点だった。

 男性ならともかく、女性にとっては食べづらい事この上ない。

 まあレジーナは構わず大口開けてかっ込んでいたけど。

 そこで今更ながら、レジーナが食事中なのに鎧も兜も着たままである事に気づく。

 「食事の時くらい、鎧は脱がないの?せめて兜くらいは。」

 「ん?ああ、これは敢えてだよ。この鎧、新調したばかりでさ、早く慣れる為にも可能な限り着ている事にしてるんだ。」

 「へえ。」

 あたし自身はこの手のプレートメイルには縁がないが、重装の戦士達は皆そうしているのだろうか?

 勝手な想像だが、どうもドワーフ独特のやり方のような気もする。

 「今までは金銭的な理由でスケイルメイルを装備していたんだけど、上から2番目の伯父さんが格安で作ってくれてね。まあ、格安なのは親戚価格ってのもあるけど、使った部品の7割以上が中古品から流用した物って理由もある。」

 「へえ。あたしの目にはもう充分そのプレートメイルに慣れているように見えるけど?」

 「まあ、時間を掛けて伯父さんにサイズ調整して貰ったから動き易いし、伯父さんの娘、つまりあたしの従姉がエンチャッターで、軽量化の魔法を掛けて貰ったってのもある。でも実戦の場では何があるか分からないし、もっと慣れておかないと。」

 「そうだね。そうか、その鎧の調整や受け取りの為にパーティを抜けて故郷に帰ってたんだ。」

 「そう。当初の用事はそれだけだったのに、親戚の集まりだの、見合いだのに駆り出された挙げ句、ハーケンブルクに店を出すっていうグスタフ叔父さんと帰りが一緒になるし、凄く気疲れしたよ。」

 「それは大変だったわね。」

 大袈裟な溜め息を吐いたレジーナにあたしは愛想笑いを浮かべたが、あたしの笑いは思った以上に乾いていた。

 初対面の人がいる場では常に大人しいノエルが、あたしの乾いた笑いの意図に気づいたようにあたしの顔を見上げたが、特に何も言わなかった。

 「見合いの話も断ったんでしょ?勿体ない。」

 見た目は少女でも、精神的には一番成熟して落ち着いているだろうルカが、珍しくからかうような笑みを浮かべてレジーナに言った。

 「そりゃそうよ。まだ結婚する気はないし、いずれ結婚するにしても相手は故郷以外で見つけるし。」

 「そうなんだ?」

 あたしは急に感じ始めた居心地の悪さを抑えつつ、さも興味ありそうに尋ねる。

 「あたしの故郷であるヘスラ火山の地下集落のゲーゲンはドンドン人が減っているのに、他の集落との交流に消極的でね。だから血も濃くなり過ぎる傾向があるのよ。将来的に故郷に戻る事があったとしても、結婚相手だけは他所で見つけるよ。」

 レジーナの言葉を聞いて、人はそれぞれが色々と事情を抱えている、という当たり前の事実が改めて腑に落ちたような気分になる。

 結婚とか子供とか、その手の話題が出ると常に感じる居心地の悪さが消える訳ではないが、相手の心情を思い遣る程度の余裕は出てきたのかもしれない。

 そこでふと、ダリルの出身地もヘスラ火山の地下集落ゲーゲンだったような気がした。

 もっともダリルはあたしが物心ついた時には既に異人街に居たし、異人街に来る前の事はあまり話したがらないので確証はないが、彼女以外の誰かがそういった話をしていたような朧気な記憶がある。

 レジーナにダリルの事を訊いてみようか、と考えていると再び階段を上がってくる音がした。

 再びフードを被り直したタイミングで、クリスタとカミラが部屋に入ってきた。

 「あ、もしかしてゾラ?」

 あたしは入ってきたのが2人だけなのを確認してからフードを下ろす。

 「2人共、久しぶり。」

 「久しぶり……って、まだ1月経っていないんだけど。っていうか、それどころじゃないんだけど!」

 クリスタが尻上がりに声量を上げつつ言う。

 どうやら少し興奮しているらしい。

 カミラもクリスタ程ではないがやっぱり興奮しているようで、少し顔が紅潮していた。

 「落ち着いて。何があったの?」

 ルカはカミラに視線を向けつつ尋ねる。

 やや落ち着いているカミラに説明させた方が話を論理的に進めてくれそうだし、結果的に早く内容が理解出来ると思ったのだろう。

 「ルカが去った後も、あたし達はロビーにたむろしていた他の冒険者達から噂話を集めていたんだけど、そうしてたら受付嬢の1人が掲示板に一枚の紙を貼り付けたのよ。

 そこには、副ギルド長のヨハンナ様の解任と、後任の副ギルド長については現在選定中って内容が書いてあったの。」

 「えっ!?」

 あたしは思わず椅子を倒しながら立ち上がった。

 ルカはチラリとあたしを見たが、直ぐにカミラに視線を戻す。

 「解任の理由は?」

 「貼り出された紙には何も書いていなかったわ。だから皆、色々なギルド職員に詰め寄ったんだけど、彼女達は『詳細は後日正式発表する』としか言わないの。余程強固な箝口令が敷かれているか、彼女達にも詳細が伏せられているか、どちらかね。」

 「だからまあ、これはちゃんとした情報ではなく噂の類と思って聞いて欲しいんだけど。」

 口を挟んできたクリスタだが、あたしに視線を走らせると言うのを躊躇するような素振りを見せた。

 あたしは一度深呼吸してからクリスタを見た。

 「話してくれる?」

 クリスタは一度ルカに視線を走らせ、彼女が頷いたのを確認してから話し始めた。

 「ジーヴァを預けられた時、エレノアさんがまさに経緯を説明する直前に慌てて退出した話は聞いた?

 あのエレノアさんがあんなに慌てる事情ってなんだろうって気になったから、ついでにその噂も集めていたんだよね。そしたら受付嬢の1人が、誰かは分からないけどギルドのお偉いさんの1人が執務室の中で倒れたらしい、と。」

 「その話を聞き出した直後に例の紙が張り出されたせいで、その話の真偽を確かめる余裕も無くなったんだけど……。」

 カミラが心配そうにあたしの顔を見つつクリスタの話を引き継ぐ。

 あたしは全身から力が抜け、その場に崩れ落ちそうになった。

 咄嗟に両側からクリスタとカミラが支えてくれ、レジーナが倒れた椅子を元に戻してあたしを椅子に座らせてくれた。

 「一杯飲みなさい。」

 そう言ってルカが、コップに入った何かの飲み物を勧めてくれた。

 「ありがとう。」

 あたしはこんな状況なのにもかかわらず反射的に気の抜けた愛想笑いを浮かべると、コップの中の液体を飲み干す。

 それが水なのか、気付けのアルコールの類なのか、あたしには判断出来ないくらい頭の中が真っ白になっていた。

  

 読んで下さりありがとうございます。

 第3章は今回で終わり、次回から第4章となります。

 次回の投稿は4月上旬を予定しています。


2025年3月8日改変

 現在執筆中の未発表部分との矛盾部分が見つかったので一部改変します。

 本来未発表部分を改変するべきですが、どうしても上手くいかず、既に発表した部分を変える事になりました。

 申し訳ありません。

 


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