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第3章 煙る雨 6

 2025年9月5日

 以下の用語と固有名詞の変更を行いました。

 秘密結社→闇ギルド

 クリーガー商家→アールワース商家

 アドルフ→ルドルフ

 マンザレク商家→ラドリッチ商家

 デンスモア商家→グウィン商家

 加えて細かい修正を行いました。

 煙管を吸いたくなるのを我慢しつつ路地に面した軒下で、あたしはとある人物を辛抱強く待っていた。

 この路地から道路を挟んで向い側に冒険者ギルドの職員用の通用口があり、日勤を終えた職員達が次々と出てくるが、目的の人物に限って中々出てこない。

 すっかり暗くなった空からは、飽く事なく弱い雨が振り続いている。

 ダリル夫妻から依頼を受けた日から2週間経つが、ずっとこんな天候だ。

 雨の降り方が弱いのが救いではあるが、1日のほとんどが雨降りだとさすがに気が滅入ってくる。

 「なかなか出てこないね。」

 沈黙に耐えかねたように、定位置のあたしの右肩に止まったノエルが呟く。

 いや、分かっているから、分かり切った事は言わないで欲しい。

 足元でノンビリ欠伸をしているジーヴァを見習って、少しは辛抱強さを身に着けて欲しいものだ、と自分の事は棚に上げつつ思う。

 ただまあ、ノエルはあたしの苛立ちを煽りはしたが、苛立ちの原因そのものではない。

 すぐに現れると思っていた人物が中々現れないのが苛立ちの原因だ。

 元々、外で長々と待つつもりはなかったので、ギルドのロビーで調べ物をする振りをしつつ、カウンターの向こうで仕事を続けている彼女が仕事を終えるのを待っていた。

 彼女が遅番の受付嬢達に指示をした後、仕事上がりの挨拶をして奥に引っ込んでいったのを確認してから今いる場所に移動したので、大して待つ事もあるまい、と思っていたのだ。

 でも冷静になって改めて考えれば、彼女の立場からして受付業務以外にも仕事を抱えている可能性もあるし、今はバックでそういった仕事を片付けている事も充分有り得る。

 そんな当たり前の考えが浮かんでたのが散々待った後なのが我ながら浅はか過ぎる、と反省したタイミングで、ようやく彼女がギルドの職員用通用口に姿を現した。

 彼女とは長い付き合いだが、私服姿を見るのは初めてかもしれない。

 一見無地の白いブラウスに濃紺のガウチョパンツという一見地味に見えるが明らかに高級感ある服を上品に着こなしているのは彼女らしいセンスの良さを感じさせ、さすがとしか言いようがない。

 小雨の降る夜の空をしかめっ面で見上げると、彼女はモノトーンの私服の上にやはり高級そうなフード付きマントを羽織り、やたらと良い姿勢で歩き出す。

 これ程自然体で姿勢良く歩く女は、あたしは2人しか知らない。

 1人はナギだが、彼女はほとんど足音を立てずにまるで地面の上を滑るように歩く。

 一方、通用口から出てきて歩き出したのはもう1人の女性は、常に靴音を高く響かせつつ格好良く歩くイメージがある。

 その動作の一つ一つが格好いい彼女こそ、ハーケンブルク冒険者ギルドの受付嬢チーフ、エレノアだ。

 あたしは彼女の姿を確認すると、右肩に止まっていたノエルをマントの懐の中に移動させてから路地から出て彼女の後を歩き、彼女を一度追い抜いてからわざとらしく振り返る。

 「あれ?誰かと思ったらエレノアじゃない?」

 一応、バードのクラスを持つあたしの演技力はそこそこ高いはずだが、滅多に出さないテンション高目の高音で話しかけたせいか、エレノアに可哀想な人を見る目で見られてしまった。

 その視線で少し心が折れかけたが、こういう事は恥ずかしがったら負けだと自分に言い聞かせ、あたしらしくらしくないのを充分承知の上で例の高いテンションを維持して話しかける。

 「奇遇だね。今、仕事上がり?あたし、今暇なんだけど、これから一緒に食事でもどう?」

 矢継ぎ早に話しかけるが、呆れたような表情のエレノアは沈黙を守ったままだ。

 エレノアの返答を待つあたしも当然黙っていたので、気まずい沈黙が訪れる。

 今度こそ心が折れそうになったが、実際に心が折れる直前にエレノアはようやく口を開いてくれた。

 「あなた、何やってるの?気持ち悪いわよ。」

 気まずい沈黙を破ってくれたと思ったら、相変わらずの鋭い言葉を冷静な口調で投げかけてくるエレノアさん。

 あたしは彼女の正論に対して咄嗟に言葉を返せず、いつものように反射的に引きつった愛想笑いを浮かべる事で無意識の内に自身の失敗を誤魔化しに入る。

 そんなあたしを見て、エレノアは大きくため息をついた。

 「まあ、私もあなたと話したい事があったから食事くらいはいいけど。」

 意外と、と言ったら失礼だが、エレノアさんは人を寄せ付けないクールな雰囲気をまとっている割には優しい。

 エレノアの言う『話したい事』という言葉があたしの頭の中で即『お説教』に翻訳されたせいで少しビビったが、そんなの気のせいだと自分に言い聞かせて話を続ける。

 「ありがとう、エレノアさん。それで、出来ればあたしの顔を知ってる冒険者が寄り付かないようなお店知らないかな?あ、もちろん、誘ったあたしが奢るよ。」

 我ながら怪しさを上塗りするの様な事を言う。

 案の定、エレノアの中に於けるあたしの胡散臭さが更に上昇するのをその表情から簡単に察せられた。

 それでもエレノアさんは、ため息をつきつつも了承してくれる。

 「奢られるのは好きじゃないから、割り勘にするなら行くけど。」

 やっぱり、エレノアさんは人が良すぎる。

 案外、騙され易いタイプなんじゃないかと余計な心配をしてしまうが、あたしとしてもそうそうお金に余裕がある訳でもないので、ここは彼女の甘さを有り難く利用させてもらう事にする。

 エレノアさんは、ジーヴァとマントの懐から顔だけ覗かせたノエルに視線を走らせ少し考えた後、

 「こっちよ。」

 と言って歩き出す。

 エレノアの視線の意味を一瞬計りかねたが、すぐに思い至る。

 冒険者には使い魔や相棒を連れている者がそれなりにいるから、冒険者御用達の店は基本的に使い魔や相棒を連れての入店はOKだが、一般の店、特にそこそこ高級な店は彼らを連れての入店は断られてもおかしくない。

 冒険者御用達の店ばかり通っているせいですぐにはその事に気づかなかったが、エレノアはノエルとジーヴァを連れても大丈夫な店を考えてくれたのだろう。

 エレノアは、冒険者ギルドの建物からは結構離れている金持ち向けの歓楽街の方向に迷わず歩いていく。

 確かにここら辺の店なら顔見知りの冒険者に出会う確率も少ないだろうが、あたし自身も浮きまくっているような気がして段々と落ち着かなくなってくる。

 すれ違う連中も老若男女問わず上等で小綺麗な服を着た連中が中心だ。

 彼らは大抵、メイドや召使いをお供に連れて、彼らに大きな傘を差させて雨を凌いでいる。

 傘を差してる当のメイドや召使い達は、傘の恩恵に与れずにあたし達と同様にフード付きのマントを雨具にしているのを見ると、少し微妙な気分になってくる。

 そういった優雅な連中が幅を利かせている中でも、エレノアは不思議と浮いてはいなかった。

 そう言えば、エレノアは良家のお嬢様という噂もあった。

 ただその噂は何か根拠があるという訳ではなく、エレノアが単なる受付嬢にしては博識すぎるのと、その立ち振舞いが常に優雅で凛としている事から、貴族並の高等教育を受けてきたに違いないという思い込みに基づく程度のものでしかないのだが。

 確かに根拠が無いにしては説得力がある噂だが、一見花形に見えても基本的に一般庶民並の給料しか出ない受付嬢に良家のお嬢様がなるなんて、余程の訳ありでないと普通はあり得ない。

 この噂の真偽について、クールビューティ然としたエレノアに直接尋ねるような勇者は未だ現れず、結果として噂は噂のままで、エレノアさんのプライベートについては未だ神秘のベールに包まれたままだ。

 でも実際に、高級店が並ぶ界隈でも物怖じしない態度を見ると、この噂が真実に思えてくる。

 エレノアは居並ぶ高級レストランの1つの前で立ち止まった。

 「ここは私の古い馴染みの店だから、ある程度融通は効くはず。」

 そう言うとエレノアはフードを下ろし、店の入口のキャノピーの下に立っていた立派なお仕着せを着た初老のドアマンに顔を見せた。

 「これはエレノア様。お久しぶりですな。」

 初老のドアマンは顔を綻ばせた。

 「ここ、受付嬢の給料じゃ、常連になるどころか、倹約を重ねた上で年に一度来れたら上出来って所じゃない?」

 あたしのマントの懐の中から顔だけ出したノエルが貧乏臭い事を囁くが、彼の貧乏臭さは主人であるあたしの影響だろうという自覚もあるので、黙れ、とはとても言えなかった。

 「今日は冒険者の友達を連れてきたの。予約無しで悪いのだけど、個室を用意出来るかしら?無理なら日を改めるけど?」

 ドアマンに対してそう言ってからエレノアは振り返り、これで文句無いでしょうね、とでも言いたげにあたしを一瞥する。

 そんな目で見なくとも、あたしの方が無理を言っている自覚はあるのでコクコクと頷く。

 「大丈夫ですよ、エレノア様。すぐに用意させましょう。」

 そう言うとドアマンは扉を開けて、あたし達を中に招き入れてくれる。

 エレノアはともかく、あたしやノエル、ジーヴァは胡乱な目で見られるのでは、とも思ったが、ドアマンはあたし達にもにこやかに微笑みながら会釈してくれた。

 まあ愛想笑いだろうが、恐ろしくレベルの高い愛想笑いだ。

 あたし達はロビーのような所に案内されたが、その時濡れたジーヴァをふかふかのタオルで拭いてくれた給仕から、マントなんかの上着と共に武器も預けるよう告げられる。

 まあ、こういう高級店では当然だろう。

 あたしは街をぶらつく際の標準装備である片手半剣と万能大型ナイフを渡してから、ブーツや革鎧に隠してある小型ナイフはどうしようと迷った。

 「取り敢えず、目立つ武器だけでいいから。」

 あたしが迷っていたのはほんの数秒間だけだったが、エレノアは目敏く気づいて小声であたしに教えてくれる。

 その後程なく、あたし達は個室に案内された。

 高級店という事で、高価な壺や華美なシャンデリアといったこれみよがしの調度品で満たされた部屋を想像していたが、中は最低限の調度品しか置かれていない、センスの良い落ち着いた部屋だった。

 どうやらあたしの金持ちのイメージは、本当の金持ちというより成金のものなのかもしれない。

 我ながら、貧相な想像力しか持っていない気がする。

 あたし達の世話をしてくれる給仕達も、いかにも安っぽい冒険者風の服装のあたしをエレノアと同様に丁重に扱ってくれる。

 エレノアは給仕が差し出したメニューを見もせずに、慣れた様子で注文する。

 あたしも一応メニューに目を通すが、食材関係の単語がかろうじて分かるくらいでどういう料理なのか見当もつかない。

 それ以前に、エレノアが手本を見せてくれた直後にもかかわらず、こういう高級店に於ける注文のやり方が分からずに戸惑ってしまう。

 完全にこの店の高級過ぎる雰囲気に呑まれたあたしは、いつもより更に引きつった愛想笑いを浮かべつつ精一杯取り繕う。

 「同じもので。」

 「畏まりました。」

 給仕達は、その内心を全く伺わせない完璧な微笑を浮かべつつ、一礼して去っていった。

 「こんな店の常連だなんて、凄いね。」

 給仕達が退室してから、あたしはため息混じりに感嘆の声を上げた。

 「別に、常連って程来ている訳じゃないわ。常連なのは、私の母よ。」

 「お母さん。」

 あたしがオウム返しに呟くと、そこで初めてエレノアは自分の発言に気づいたといった様子で顔をしかめる。

 エレノアがプラベートについて口を滑らす事自体珍しいので、折角の機会だしダメ元で一応訊いてみる。

 「お母さんって、どんな人?」

 冷たく答えを拒否される事も覚悟していたが、意外にもエレノアはあっさりと答えてくれた。

 「立派な人よ。立派過ぎるくらい。実の母親でなかったなら私も素直にあの人を尊敬出来たと思うけど、立派過ぎる母親というものは実の娘にとっては色々とね。」

 まるで独り言のようにそう言うと、ぼんやりと中空に視線を漂わせる。

 何だか、今日のエレノアは彼女らしくなくアンニュイな雰囲気だ。

 まあ、美人はアンニュイな雰囲気でも様になってしまうが、そういう感慨とは別に、そういう表情をされるとそれ以上質問する事が憚られてしまう。

 何となく気まずい雰囲気になるが、すぐに給仕達が戻ってきて食前酒を注いでくれたりした事で気まずい雰囲気は何となく有耶無耶になる。

 「それじゃあ、乾杯しましょう。」

 いつものクールな表情に戻ったエレノアは、給仕達が退室してからグラスを掲げる。

 あたしもぎこちない笑みを浮かべつつそれに応じた。

 食前酒は、アルコール分をほとんど感じず口当たりが良かった。

 あたしが普段飲む安酒とは全然違う。

 グラスの中の薄桃色の食前酒を眺めつつ、何を原料にしたお酒だろうと考えているとエレノアの方から話を振ってきた。

 「あなたが気にかけていた『ホワイト・ドーン』の子達。」

 「ああ、うん。元気でやってる?」

 彼らとはヌーク村の一件の後の打ち上げ以来、全く顔を合わせていなかったので少し気になってはいた。

 「元気そうね。もう既に、『アビス』の中層まで攻略を進めているみたい。」

 「え、もう?ペース早すぎない?」

 あたしはにわかには信じられなくて思わず訊き返す。

 そこで給仕達が前菜を運んで来たので会話は一旦中止になった。

 給仕頭らしい一番の年嵩の男が、エレノアと今夜の料理について話し始める。

 2人の会話にはあたしには意味不明の専門用語っぽいモノも含まれ、再び高級店独自の雰囲気に呑まれそうになる。

 他の給仕達もテキパキと働き、あたし達だけでなく、ノエルやジーヴァにまで専用の食事を出してくれる。

 ペット連れの客に普通に行っているサービスなのか、エレノアがやはり特別な存在なのかは分からないが、エレノアがそれを見越してこの店を選んだのだけは確かだろう。

 「それじゃあ、頂きましょう。」

 「あ、うん。」

 エレノアと相談して決めたらしい白ワインを注いでから給仕達が出て行くと、エレノアがそう提案し、あたしは頷く。

 完璧なテーブルマナーで食べるエレノアを見習って、あたしも見様見真似で上品っぽく見えるよう前菜を頂く。

 多分、背筋を伸ばして良い姿勢を保ったまま、極力音を立てず、料理をポロポロこぼしたりもせず、大口を開けずに少しずつ食べれば大丈夫だろう。

 自己評価ではそれなりに上品に出来たと思う。

 前菜はタコと玉ねぎのマリネで、どちらもこの街では良く見かける食材だ。

 耕作地が周辺にほとんど無いハーケンブルクは野菜や穀物をほぼ遠方からの輸入に頼っており、特に保存の効かない生鮮野菜は結構な高級品だ。

 そんな中で、ある程度保存の効く玉ねぎはこの街でも安価に手に入る野菜の1つである。

 またタコも、ハーケンブルクが面するクレタ湾で豊富に捕れる海産物で、輸入に頼らないで済む数少ない食材の1つであるため、ハーケンブルク人にとってのソウルフードとなっている。

 そういう事情から、この街ではタコと玉ねぎのマリネはありふれた料理で、あたしの行きつけの冒険者向けの安価な店でもよく出る料理なのではあるが、この店のマリネはなんか違う。

 基本薄味なのに、行きつけの店より明らかに美味しい。

 ただ具体的に味付けがどう違うのか、さっぱり分からないのが悲しい。

 子供の頃は忙しい両親を手伝ってそこそこ料理はしていたが、冒険者になってからは野営時以外は基本外食ばかりになって、ほとんど料理をしなくなってしまった弊害だろう。

 でもまあ、滅多に食べられない高級料理をネガティブな気分で食べるのも勿体ないので、味を堪能する事にする。

 「『ホワイト・ドーン』の事だけど。」

 エレノアさんが、先程途中で途切れた話題を再開する。

 「私も攻略ペースが早すぎるとは思ってはいたの。『アビス』に最初に潜って、まだ半月ちょっとでしょ?アビスに潜る直前、あなたと組んでゴブリン・ロードにギリギリ勝てた実力という事を考えれば、アビス向きのパーティ編成でかつ、全員が成長の早いヒューマンという事を考慮したとしても、中層には最速でも3ヶ月はかかると思っていたんだけど。」

 エレノアの話に、あたしは不安になる。

 「焦っているのかな?大丈夫なの?」

 「私も不安になって色々と調べてみたら、どうやら彼らにパトロンがいるらしいの。」

 「パトロン?」

 冒険者パーティにパトロンが付くのは、かつては珍しくなかった。

 パトロンはパーティに資金面やコネ、時には政治力等の援助をし、冒険者パーティは冒険の結果得た宝物を優先的にパトロンに売ったり、パトロンの依頼を優先的に受ける事で、両者ウィンウィンの関係を得ていた。

 冒険者ギルドからしてみれば自らの領域を侵されたようなものだが、そういったパトロンの殆どを占める旧守派大商人の傀儡がかつて代々ギルド長を勤めた事もあって、黙認状態が長らく続いていた。

 しかし旧守派大商人達に権力が集中し過ぎた結果、圧倒的な力を持つパトロン側が冒険者パーティに対して無茶な要求をするようになる。

 そうなると冒険者パーティ側のメリットが薄くなり、次第にパトロンを求める冒険者の数も減っていった。

 更に、ソニアがギルド長に就任して冒険者ギルド自体が旧守派との対決姿勢を鮮明にした事で、大ぴらにパトロンを持つ事が憚られる雰囲気も醸成されていった。

 ただ噂程度の情報だが、手駒となる冒険者が減ったせいで最近はパトロンとなる大商人達も態度を軟化させ、かなりの好条件を冒険者側に提示するようになってきたらしい。

 「なる程、金銭面を気にせず装備を充実させれば少し格上の相手ともある程度は安全に戦えるから、結果としてレベルアップも早くなるって事か。でも、あの子達が今のご時世でパトロンをつけるって、ちょっと想像しなかったな。」

 パトロンを付けるのが後ろめたい雰囲気になっても気にかけないパーティは一定数はいたが、そういう連中はいかにも成り上がり志向が強くてかつ、手段を選ばない連中という印象が強い。

 『ホワイト・ドーン』も上昇志向は強かったが、基本真面目で純朴な気質から、もっと堅実で正当な手段を取る子達だと思っていたのだが。

 「どうやらあの子達にパトロンを紹介したパーティがいたらしいわね。『キマイラ』っていうパーティなんだけど。」

 「知らないなぁ。」

 パトロンを他者に紹介出来るパーティともなれば、実力と実績の両方を兼ね備えたそれなりにベテランのパーティであるはずだ。

 あたしも長く冒険者をしているだけあって、ベテランのパーティについては結構知っているはずだが、『キマイラ』というパーティについては聞いたこともなかった。

 「でしょうね。半月ちょっと前に結成されたパーティだし。ちょうど、あなた達がヘスラ火山に登っていた頃よ。」

 「そんな新しいパーティに、パトロンを紹介出来る程のベテランがいたんだ。さては、どこか有名どころの高レベルパーティが喧嘩別れで分裂した結果、生まれたパーティとか?」 

 あたしが下世話な興味剥き出しで意地悪く笑うと、エレノアはため息を吐いた。

 「あなたのそういう所、治した方が良いわよ。」

 「すみません。」

 あたしが軽く謝ると、エレノアはジト目であたしを見たがそれ以上は突っ込まずに話を続ける。

 「喧嘩別れした結果ではないと思うけど、かなり有名な3人がそれぞれ自分のパーティから脱退して結成した新パーティという事で結構話題にはなったのよ。」 

 「あたしも知ってるような連中?」

 「狼の獣人のファイターのガウェインに、エルフのファイターのイヴェオリオス、ドワーフのファイターのリューリクよ。」

 「それは、確かに大物揃いで話題にはなりそうだけど……。色々な意味でバランスが悪いわね。」

 今名前が出た3人は、皆かなり名のある高レベルパーティをそれぞれ率いてきたリーダー格の大物で、その3人が1つのパーティに合流したとなれば、それは大きな話題になるだろう。

 しかし、いかにもバランスが悪い。

 エルフは秘術魔法、ドワーフは神聖魔法をクラスに関係なく使えるとはいえ、本職のメイジやクレリックには劣るし、3人共戦闘スタイルが異なるとはいえ、ファイターばかり3人集めた所で冒険中に起こる多種多様な問題に対処出来ない事態も多々発生してしまうだろう。

 そしてクラスのバランス以上に、3人共仕切りたがりの俺様キャラというのが悪すぎる。

 集団にはリーダー気質の者が必要なのは確かだが、サポート気質の者や裏方気質の者だって同じくらい必要なものだ。

 「パーティは3人編成?」

 「いえ、もう1人いるから4人編成ね。ヒューマンのシーフで、ジョンと名乗っているわ。」

 「ジョン?」

 ヒューマンではおそらく最もありふれた男性名なので、それだけでは個人を特定出来ない。

 まあ偏見かもしれないが、シーフがジョンと名乗ると偽名臭く感じてしまう。

 「少なくとも私は、これまで見たことの無い顔ね。」

 一度見た冒険者の顔を全て記憶しているという都市伝説を持つエレノアさんが知らないという事は、少なくともハーケンブルクの冒険者ギルドでは新顔という事だろう。

 「そんな新顔が、あのアクの強そうな3人に混じってやっていけてるの?」

 「少なくとも今の所、問題は起きていないみたいよ。」

 まあ、あの3人に混じってやっていけるという事は、他の土地でそれなりに経験を積んできたという事だろう。

 「それでその『キマイラ』ってパーティが、『ホワイト・ドーン』にパトロンを紹介したの?」

 「そういう噂ね。ただ、私もそれとなくあの子達に訊いてみたんだけど、あの子達にしてはやけに口が固くてね。多分、口止めされているんだと思う。」

 あたしを追い抜いて中レベル帯に入ったとはいえ、『ホワイト・ドーン』のメンバーは基本、未だ世間擦れしていない純朴な連中だ。

 パトロンを付けるのが後ろめたい雰囲気とはいえ、エレノアが言うように口止めされていない限りは秘密にしたりはしないだろう。

 何だか急にキナ臭い話になってきた。

 そこで再び給仕達が入ってきたので、話は再び中断した。

 続いて出てきたのはコーンポタージュ。

 あたしも行きつけの店でたまに飲むが、そこで飲むようなサラサラのコーンスープと異なり、ここのものは見るからに濃厚そうだ。

 給仕頭とエレノアとの、やはり半分以上意味不明な会話を愛想笑いを浮かべつつ見守りながら、『ホワイト・ドーン』の連中について考える。

 彼らからの誘いを断った事は後悔してはいないが、年長者としてもっとアドバイスすべき事があったのではないか、という考えが今更ながら浮かんでくる。

 実力者と目されるにつれ、冒険以外での誘惑も加速度的に増えていき、それで身を持ち崩した者も少なくないのだ。

 とはいえ、未だ中レベル帯にも至らないあたしには、その手の誘惑は話に聞くだけで実際に体験した事はないので、アドバイスする発想自体無かったのだが。

 給仕達が出ていくと、あたしは再びエレノアの食べ方を真似しながらコーンポタージュをすすり始める。

 見た目通り、安食堂でいつも飲むコーンスープとは濃厚さが段違いだ。

 おそらくトウモロコシだけでなく、周囲に牧場が無いハーケンブルクでは高価な生乳も使われているのだろうし、トウモロコシ自体も安食堂でよく使われる粉末状の乾燥トウモロシではなく、生のトウモロコシを使っているようで甘さも全然違う。

 金持ちは普段からこんな物を食べているのか、と軽くカルチャーショックを受けているとエレノアが話しかけてきた。

 「パトロンといえば、あなたにも最近出来たって噂があるんだけど?」

 「え?」

 全く身に覚えのない話に、あたしは顔を上げてエレノアを見た。

 「ギルド以外から仕事を受けて、色々と調べ回っているっていう噂よ。」

 この話が出てくる事は覚悟していたが、予想外かつ完全に気が緩んでいたタイミングだったので、あたしはひどく狼狽えてしまった。

 「パトロンとかじゃなくて、知り合いにちょっと調べ物を頼まれたレベルの話だから……。」

 慌てふためいたせいで、かなり挙動が怪しくなっているのが自分でも分かった。

 エレノアの視線がいつも以上に冷たく感じられる。

 パトロンの件と同様に、ギルドを通さない依頼は良く思われてはおらず、完全な黒ではないがグレーの領域だ。

 とりわけ、ギルド職員の前で堂々と言って良いような事案ではなく、

 『ギルドを通さず仕事を受ける事が出来るのですか。それならキルドで仕事を受ける必要もありませんね。』

 とか嫌味を言われて、干されてしまう可能性だってある。

 「あ、いや、ギルドを軽んじているとかではなくて、ギルドを通すにはまだ具体性に欠けているから撥ねられる可能性がある案件って事だかし、むしろギルドに依頼を通す前段階というか……。」

 エレノアの冷たい視線に更にみっともなく焦ったあたしは、彼女が何も言っていないのにペチャクチャと言い訳を垂れ流す。

 「いいから、落ち着いて。」

 あたしの言い訳の言葉が淀んだタイミングで、エレノアが呆れ気味に口を挟んできた。

 その落ち着いた声であたしは冷静さを少し取り戻したが、そうなるとそれはそれで今度は空回りした自分が急に恥ずかしくなる。

 「あなたがギルドを通さずに依頼を受けたのは、今のギルドが信用出来ないからでしょう?」

 続けてエレノアの口から出てきた言葉は、意外にもあたしに理解を示しているように感じられた。

 あたしは白ワインのグラスに手を伸ばしかけたが途中で気が変わり、水の入ったグラスに手を伸ばすとそれを一気に飲み干してからエレノアに尋ねる。

 「え〜と、ギルドはあたしの行動をどこまで把握している感じ?」

 あたしとしては結構恐る恐るといった感じで尋ねたが、エレノアは案外サラッとした口調で返してきた。

 「断片的に、という感じでしょうね。新しい副ギルド長も自分の周りを嗅ぎ回られたらあまり面白くないでしょうし。その嗅ぎ回っている相手がライバルの姉ともなれば尚更ね。」

 2週間前にソニアが語った通り、ソニアやヨハンナの盟友のガーラは副ギルド長の地位を追われ、閑職である防衛隊の隊長に格下げとなった。

 そして予定通り、5日前に前副ギルド長のメッツァーが正式に返り咲いた。

 続いてエレノアが更に詳しく語ってくれた内容によると、新しい副ギルド長のメッツァーの一派が主にあたしの動向を探り、それがエレノアにまで漏れ聞こえているような印象だった。

 「新しい副ギルド長については、特に嗅ぎ回っているつもりはないけど。」

 あたしの推測が合っているのか確認する意味も含めて弁解してみると、エレノアはゆっくりと首を振った。

 「同じ事よ。異人街の衛兵詰め所のチーフを含む大幅な人事移動は、新しい副ギルド長の肝いりだから。彼の息のかかった人達を嗅ぎ回るのは、彼にとっては自分の事を嗅ぎ回っているのと同じ事よ。」

 新しい副ギルド長のメッツァーについては面識が無かった事もあって深く考えずにいたが、どうやら知らない内に彼に目をつけられてしまったらしい。

 あたしの予想では、その下のイザベラ辺りが勝手に動いていると思っていたのだがどうやら甘かったようだ。

 ただ改めて考えると、侯爵令嬢という地位があり、かつあの性格のイザベラなら、根っからの官僚で旧守派のメッツァーを巻き込む事は予想して然るべきだったかもしれない。

 ただ、冒険者ギルドのナンバー2となったメッツァーがあたしの行動に注目しているとなると、別の心配が出てくる。

 「あたしの行動が、ヨハンナの立場に悪影響を与えたりする?」

 不安になったあたしは、エレノアに尋ねてみる。

 今、冒険者ギルドは、ソニアやヨハンナ率いる革新派と、メッツァー率いる旧守派が政争を繰り広げている最中だ。

 あたしもその事は心得ていたはずだが、どうしても雲の上の出来事という感覚が抜けず、あたしの行動がその政争に影響を与えるという実感がなかなか持てない。

 エレノアは食事の手を止めると、あたしの事をじっと見た。

 「良い影響は与えないでしょうね。ただ、あの方は考えが深い方ですから、おそらくあなたの行動も折り込み済みだと思いますよ。だから、そこは心配しなくても大丈夫だとは思いますが。」

 エレノアはそう言ってからもう一度あたしを見て思わせぶりに深くため息をついたが、すぐに何事も無かったように食事を再開する。

 エレノアの言葉で、あたしは少しばかり心が楽になった。

 確かにヨハンナなら、あたしの行動が与える影響くらい考えていそうだ。

 さすがにテンペストの一件は予想外だったろうが、あんな事は例外中の例外でそうそう起きる事態ではない。

 姉としてはちょっと情けなくはあるが、ここは素直に妹に甘えた方が上手くいくだろう。

 ちょっと開き直った気分になれたあたしは、ようやくエレノアに今日相談したかった最初の話題を話す決心がついた。

 「ええとね、実は、今日エレノアさんに会ったのは偶然ではなくて……。」

 「でしょうね。」

 エレノアは例によって、あたしの言葉をバッサリと斬る。

 まあ、あたしの猿芝居が本気でエレノアに通用していたとは思っていなかったので、斬られた事による精神的ダメージは軽微だったが。

 「エレノアに、というか、可能ならヨハンナやギルド長にも耳に入れてもらいたい事案があって、相談しに来たんだ。」

 「そんな事だろうと思いました。」

 エレノアを待ち伏せしてまで相談に乗ってもらおうとしたのになかなか話を切り出せなかったのは、彼女に怒られそうでビビったせいだが、どうやらエレノアさんは怒るレベルを通り越して呆れる境地に入ってしまったらしい。

 「ええと、なので、ちょっと長くなるけど、ここ2週間程のあたしの行動をまずは話すね。」

 「正直にお願いしますね。ゾラさん自身に自覚があるかは分かりませんが、あなたの嘘は非常に判り易いので。」

 いきなり先制パンチを喰らってしまったが、元より嘘をつくつもりはないので、やはり精神的ダメージは軽微だと思い込んでおく。

 あたしは、1月半前から急激に増えた異人街での派手な犯罪の増加から話し始め、それに関して受けたダリル夫妻からの依頼についてまで、必要と思われる事は全て正直に話した。

 あたしの話し方の要領があまりよくなかったせいもあって、話している間にコース料理がかなり進んでしまったが、それでもエレノアは真剣に聴いてくれた。

 あたしの話が一段落したタイミングでメインディッシュが運ばれてきた。

 給仕頭が料理の説明をしながらローストした大きな肉の塊を薄く切り分けてから皿に盛り、その上に食欲をそそる匂いのソースをかける。

 その間エレノアは彼女にしては珍しく、給仕頭の説明に対して生返事しか返さずに考え事に耽っている様子だった。

 ただ給仕頭も心得たもので、エレノアが気もそぞろな事に気づくと、彼女の邪魔をしないようにあたしに向けて話しかけてくる。

 「この肉は、鹿肉でして。」

 「もしかして、ザレー大森林で狩った?」

 「左様でございます。あの森は魔境と称されますが、中々恵みの豊富なところでして。あ、いや、ゾラ様は冒険者でしたな。これは失礼しました。私などよりあの森についてはお詳しいでしょう。」

 給仕頭の口調に嫌味ったらしい所が全く無かった事もあって、上手く彼に持ち上げられたあたしはつい口も滑らかになる。

 「奥の方にはほとんど入った事は無いけど、外縁部には何度も入った事がありますね。」

 「左様でございましたか。やはり、恵み豊かな所でしたか?」

 「そうですね。ただ、あの森はエルフが管理しているので、勝手に狩りなんかは出来ないのですよ。エルフか、彼らに認められた猟師しか狩りは出来ないはずです。だから、この鹿肉はなかなか貴重なものですよね?」

 「よくお分かりで。特にエルフの狩った肉は、仕留め方、絞め方、肉の熟成法全てが独自の手法を使っており大変美味なのですが、エルフは基本、最低限しか狩りをしないので流通量自体が少いのですよ。」

 「では、もしかして、この鹿肉は……?」

 「はい、その貴重なエルフが狩った鹿肉でございます。」

 あたしは『お高いのでしょうね。』と言いかけて、慌てて口を噤む。

 このような高級店で、値段の話をするのが野暮な事くらいはあたしでも分かる。

 あたしは一呼吸置いて気を取り直すと、可能な限り上品な愛想笑いを浮かべた。

 「ならば、しっかりと味を堪能させてもらいますね。」

 「ゾラ様にはきっと喜んでもらえると思います。」

 給仕頭はにこやかに会釈すると、あたしとエレノアの為に今度は赤ワインを注ぎ、ジーヴァとノエルにも味のついていない軽くローストした鹿肉を出してから去っていく。

 何だか妙に気疲れしてため息をつくと、エレノアがあたしを見て珍しく苦笑を浮かべていた。

 「あなた、彼に気に入られたみたいね。」

 「そんな事無いと思うけど?」

 今の会話のどこを聞いてそう思ったのか全く分からなかったので首を傾げていると、エレノアは一つ咳払いをしてから表情を真面目なものに戻した。

 結局、エレノアの言葉が本気か冗談か分からず仕舞いだったが、あたしにとってもどうでも良い事だったので、あたしもすぐに気持ちを切り替えた。

 「それで、あなたの話を聞いて思ったのだけど。」

 エレノアは、スライスされた鹿肉を更にナイフとフォークで一口大に切り分け、相変わらずの完璧な所作で口に運びながら、口火を切る。

 「はい。」

 あたしもエレノアの仕草をそれ相応に真似つつ、相槌を打った。

 「今聞いた話は私もヨハンナ様やギルド長に伝えるべきだと思いますし、個人的には出来うる限りゾラさんに協力すべきだと思っています。」

 エレノアの言葉にあたしは胸を撫で下ろすが、エレノアは安心するのは早いとばかりに、ほとんど間を開けずに先を続ける。

 「ただし、協力するにしてもゾラさんの話の裏が取れてからになりますし、協力する場合もこちら側はあまり公には動けない事は了承して下さい。」

 「その辺の事情については了承しているつもりよ。ヨハンナ達だけでなく、エレノアにも危ない橋を渡らせようとしている自覚はある。」

 あたしがそう言うと、少し間を置いてからエレノアは表情を僅かに和らげた。

 「あなたのそういう所は、嫌いじゃない。」

 よく分からない所を急に褒められてあたしは戸惑うが、エレノアはすぐに元の表情に戻る。

 「それで、協力出来るかは置いておいて、現時点での要望があれば言って欲しいのだけど。」

 「取り敢えず、何よりも情報が欲しい。」

 「情報。」

 エレノアは、あたしの言葉を確認するように繰り返す。

 「正直、ここ数日の間調査が行き詰まっているのよね。ほら、あたしの情報源からでは正直、この街の上流階級の連中についての情報はほとんど手に入らないし。」

 「上流階級ねぇ。」

 エレノアの食事の手が止まり、片眉が僅かに吊り上がる。

 「1つ例を挙げれば、あたしは四大商家の内情については無責任なゴシップ程度の知識しかないから、可能ならばもっと詳しく知りたい。」

 あたしが問うと、エレノアは赤ワインの入ったグラスを持ち上げたが、それを飲む訳でもなくワイングラスを弄ぶように軽く動かしながら、ユラユラと揺れる赤ワインを見つめ始めた。

 闇ギルドを意のままに動かせる財力を持つ存在が限られている以上、四大商家のいずれかが直接的、または間接的に関わっているとは思うのだが、闇ギルド側を調べても黒幕が誰なのか中々確証が持てない以上、今度は逆に黒幕候補側から調べる為の足がかりを得る意味もあって、彼らの情報を少しでも得たいと思ったのだが。

 「私だって、四大商家の内情についてはあなたと同程度の知識しかないと思うけど。」

 しばらく沈黙した後にエレノアはそう答えたが、チビリと赤ワインを口に含んだ後、知っている事を教えてくれた。

 とはいえ、エレノアが語ってくれたのは当たり障りの無い基本的な情報が殆どで、彼女の前置き通りにあたしにとっても目新しい情報は殆ど無かった。

 唯一の例外が、四大商家の当主の中でアールワース商家のルドルフに次ぐ年長者であるラドリッチ商家のカールの情報だ。

 あたしの中のイメージのカールは、旧守派の中でも穏健な実務派という印象で、強烈な存在感を放った先代のモリソン商家の当主、ダグラスの常に影にいる存在だった。

 7年前、ダグラスがデモをした民衆を武力弾圧した際も最後まで反対したという噂もあり、強硬なダグラスの抑え役という印象もあって、何となく好感さえ抱いていた。

 だがエレノアの話によると、ソニアのギルド長就任直後からダグラスに負けず劣らず強硬な態度を取る事が多くなり、ダグラスの死後はその態度に拍車がかかっているらしい。

 歳を取って意固地になったのか、旧守派がそれまで得ていた利権の多くを失った結果、形振り構っている余裕が無くなったのかは知らないが、エレノアが語った豹変っぷりは意外な話であった。

 自治会議において、最も強硬に改革派のソニアやグウィン商家のエリザベータとやり合っているのは、ダグラスの後継者であるロジャーではなく、このカールらしい。

 その姿は、モリソン商家の前当主のダグラスを彷彿とさせるものらしいが、皮肉にも旧守派の影響力が低下した事によって、彼の豹変した態度はあまり表沙汰にはなっていないらしい。

 注目度が下がれば、名声だけでなく悪名も拡がり難くなるという事か。

 今まで大穴に近かったカールだが、今の話によってあたしの頭の中では黒幕候補の2番手位まで上昇する。

 それ以上に強く思ったのは、やはり四大商家の情報についてはヨハンナ達の方が圧倒的に詳しいという事だ。

 実際、ギルド長のソニアは自治会議で四大商家の当主達と定期的に直接会っているし、ソニアの参謀役のヨハンナもその時の話を詳しく聞いているはずだ。

 というか政敵の情報だし、あたしの思惑とは関係なく常日頃から四大商家関連の情報収集は怠っていないはずだ。

 むしろあたしが下手に嗅ぎ回ってそれがバレた時の方が、色々な方面に迷惑をかけてしまう気もする。

 ヨハンナの事だし、今夜の話がエレノアから上がれば、必要な情報はあたしにも教えてくれると思う。

 なのでこの話題は目的を達成したとしてこの辺で打ち切り、あたしは次にエレノアに聞きたかった話題に移る。

 こちらの話は、冒険者ギルド内の話なのでエレノア自身が詳しく知っている可能性は高いが、同時に政争や人事に関わるので、知っていても話してくれない可能性もある。

 「ちょっと本題から離れてしまうけど、もう1つ訊いても良いかな?」

 「どうぞ。」

 急に話題を変えようとするあたしに、エレノアはあからさまに警戒しつつも話を促してくれる。

 「元『レイ・オブ・グローリー』のイザベラが、こんなに短期間でいきなりエリア長になれたのって、何か裏があるの?」

 「それについては、別に裏がある訳でも秘密でもないけど。」

 あたしの質問にエレノアはあっさりとした口調で答えたので、少し拍子抜けする。

 「いや、これまでも本土の貴族や有力商家の子弟がいきなりギルドの要職に抜擢された事はあったけど、そういうのって言ってしまえば実権の無いお飾りの名誉職みたいなものだったじゃない?でもあのイザベラの場合は、本当にそれなりの権力握ってバリバリ動いている感じだよね?」

 「それはそうね。」

 エレノアは頷くと、付け加えた。

 「ただ大前提として、元からあのイザベラは何も出来ないお飾りのお嬢様という訳ではないみたいよ。」

 「そんな気はしてたけど。」

 あたしはエレノアの言葉に同意したが、別にイザベラの事を認めた訳ではなく、その極端な傲慢さを皮肉ったに過ぎない。

 「私も詳しくは知らないのだけど、彼女も生家のホーエンツォレルン家で色々あって、自力で何らかの手柄を立てる必要があるみたいなのよ。」

 「それって、手柄を立てないと家での立場が悪くなるって話?それとも、手柄によっては次の領主になれるとか?」

 「どうも後者みたいね。」

 「マジか。」

 あたしは思わずため息を吐く。

 あたしが聞きかじった所によると、王位や領主の継承順位は、嫡出の男子(年長者から順)、庶出の男子(以下同じ)、嫡出の女子、庶出の女子というのが基本らしい。

 最もこの継承順位は明文化されたルールというよりは暗黙のルールに近く、様々な政治的理由により破られる事も少なくないらしいが、どちらにせよ女王や女領主は皆無ではないものの珍しい存在だ。

 まあ、彼女が領主なった所で領民でもないあたしにとってはどうでもいいことだが、そういう具体的な目標があると彼女のやる気も倍増して、そのヤバさに拍車が掛かるような気もする。

 イザベラのやる気はあたしの身の危険に直結するような気もするし、あまり気持ちの良い話とは言えない。

 「そういう背景もあって、彼女のギルド幹部就任の話はかなり早い段階からあったらしいわ。ただ、ギルド長が色々と理由をつけてそれを先延ばしにしていたみたい。」

 それはそうだろう。

 そういうゴリ押し的な人事がギルド腐敗の元凶の一つだという想いがソニア自身や彼女を支えた人々にあって、彼女のギルド長就任の原動力になったのだから。

 ただ現実に、イザベラは現在衛兵隊のエリア長という結構な要職に就いてしまっている。

 「でも結局、その動きは抑えられなかったのよね。」

 あたしはつい、イザベラへの反感もあって直接的な言い方をしてしまったが、あたし以上にソニアやヨハンナに近い立場のエレノアには結構痛い所を突く言葉だったかもしれない。

 エレノアは一瞬だけ唇を噛んだ。

 「不本意でも、政治的妥協を強いられる状況だったのは確かね。」

 強張った声でそう言ってからエレノアは小さく息を吐いた。

 「まあ、ギルド長達にとっても、イザベラがお飾りじゃなかったのは予想外だったようね。情報収集を怠ったといえばそれまでだけど、そういう前列が多すぎたし、ギルド長達にとってもこなさなければならない膨大な案件の中の1つに過ぎなかったから軽視してしまっていたという事情もある。」

 エレノアにしては珍しく言い訳がましい事を早口で言う。

 「お飾りじゃなかったという事は、それなりに実績を残しているの?」

 「実績と言っていいかは分からないけど、影響力を発揮しているのは確かよ。まあ、ギルドに幹部として潜り込めるかまだ分からない段階から、一冒険者としてギルドで活動しつつ、自分達のシンパを増やしてきたくらいだから、やり手なのは間違いないでしょうね。」

 エレノアは憂鬱そうに言う。

 あたし自身はベクターを取り込んだ件くらいしか知らないが、同じ様な事をもしかしたらあちこちでやっているのだろうか。

 もしかしたら、あたしが思っていた以上にイザベラはギルド内に確固とした勢力を築いているのかもしれない。

 それを知れただけでもエレノアを待ち伏せしてまで会食した甲斐はあった。

 これでイザベラの話題についても一区切りついたが、実はまだ、あたしの方からエレノアに伝えたかった話が残っていた。

 荒唐無稽だし、あたし自身もどこまで信用してよいのか分からない話でもあるので、話すかどうかこの期に及んでも悩んでいたが、コース料理も多分もう終わりに近づいていたし、この機会を逃せば次は何時になるか分からないと開き直って、エレノアに相談する事にする。

 「え〜と、これから話す事は、もしかしたら陰謀論みたいにエレノアは受け取るかもしれないんだけど。」

 あたしの前置きに、エレノアは今日何度目か分からない胡散臭いものを見る目つきをあたしに向ける。

 「もう、今更でしょう?」

 ため息混じりのエレノアの言葉の裏を考えないようにして、あたしは彼女の言葉に即乗っかる事にした。

 「一連の異人街の事件の中でさ、珍しく犯人を現行犯逮捕出来た事件があったんだけど、その現場に偶然、あたしも居合わせたんだよね。」

 ナギと初めて出会ったあの事件の事だ。

 エレノアは黙って頷き、話を進めるように促す。

 「その犯人達から証言を取りたくて、留置場に面会に出向いたんだけど。」

 事実上、街の治安維持をも担当するギルドの地下には結構な人数を収監出来る留置場があって、刑が確定する前の容疑者は一時的にここに収監される。

 「その犯人には会えたの?」

 「いや、無理だった。」

 「でしょうね。」

 エレノアは素っ気なく頷く。

 ギルドを通した依頼で、かつギルドがその必要性を認めて許可が下りれば収監された容疑者との面会は可能だが、そうでなければ第三者の冒険者が面会する事などまず無理な事は、ギルド職員であるエレノアはよく知っている。

 看守の中には衛兵のワイアットと同じく、あたしの知り合いの元冒険者も何人かいるから、許可が無くとも融通を利かせてくれるかもと出向いたが、あえなく断られた。

 「だからまあ、次は容疑者の関係者を装って出直してきたんだけど。」

 「どんな手を使ったのかは聞かないでおくわ。」

 エレノアは聞きたくないとでも言いたげに首を振る。

 捜査という大義名分が使えない以上、一般の面会の手法に頼るしかないが、基本容疑者との面会を許されるのは、肉親を始めとする容疑者の関係者だけだ。

 ただ、この『関係者』の定義が実は曖昧で、はっきり言えばその時対応した看守の裁量次第だったりする。

 規則を厳格に適用する堅物も少数ながら存在するが、多くの看守は容疑者本人や面会希望者の社会的影響力や袖の下の額などを考慮して独断で決めてしまう。

 主犯格の大男についてはそれ以前にある程度調べていた。

 あれ程の大男はそうそうおらず、スラムでも目立つ存在だったようで、調べるのは思いの外簡単だった。

 その結果、ガットという名前や、スラムを根城にする闇ギルド『獣牙』の構成員である事、懇意にしていたアリアという娼婦の存在などが分った。

 その情報から、あたしは懇意の娼婦に変装して面会に赴く事を思いついた。

 記憶力の良いノエルにこっそりと、アリアの面相や喋り方を観察してもらい、カツラやメイクに加えて魔法の力も借りてアリアに変装し、彼女の口調を練習した上で、最後にマントの下に娼婦らしい胸の谷間を強調する服を着込み、準備万端であたしは留置場に出向いた。

 マントの胸元を少しはだけてみせて、チラリと谷間を覗かせたのが功を奏したのか、当番の看守はあたしをガットの関係者と認めてくれたのだが……。

 「まあ、結局、面会は出来なかったんだけど。」

 「それはご愁傷さま。」

 あたしが面会する為に行った企てについての説明を省いたにもかかわらず、エレノアの目が全てを悟ったかのように少し憐れむ感じになる。

 まあ、捜査をする上での色仕掛けは今回が初めてという訳でもないし、得てしてこの手法を使用した事が一度でも明るみに出てしまうと、そういうイメージがついてしまうのも仕方のない事ではある。

 「いや、作戦が失敗したわけじゃあないのよ。ただ、看守が確認した所、前日に容疑者3人が全員移送されていたの。」

 「という事は既に裁判にかけられていたのね?」

 留置場の勾留期間はこれまたバラつきがあり、これ以上捜査の必要性が無いと判断されるた上で裁判所のスケジュールに空きが出来ると速やかに裁判所に移送され、ほとんどの場合即日で判決が下る。

 だが一方で、人手不足気味のギルドでは捜査自体が始まらない事すらあり、結果何ヶ月も留置場に放り込まれたままという事例も少なくない。

 緻密な裏付け捜査の必要性の低い、現行犯で捕まった容疑者は比較的早めに裁判にかけられる傾向があるが、あの3人組の場合は明らかに多くの余罪が疑われた為に、それなりに時間をかけた捜査が行われ、結果長めに勾留されると推測していたのだが。

 「それが、妙なんだよねえ。」

 「妙、とは?」

 「正式な書類を確認した訳じゃないけど、あたしが調べた限りではあの3人組、少なくともリーダー格の大男が裁判所に現れた形跡が無いのよ。」

 裁判に関する記録は望めば閲覧可能だが、閲覧にはそれなりに面倒な手続きと、正当な理由と、結構な手数料が必要だ。

 あたしには正当な理由が用意出来そうになかったので書類調査という正攻法を諦め、口の軽そうな裁判所の下働きの中年女性に被告人の不幸な内縁の妻を装って近づき、同情を誘うという邪道な手法で話を聞き出した。

 期待以上に噂好きで事情通だったその下働きの中年女性の話によれば、少なくともここ数週間はガットのように目立つ大男が裁判にかけられた話は知らないという。

 いくら事情通とはいえ下働きの人間の知る事は限られているから絶対とは言えないが、あの目立つ大男が誰にも姿を見られず裁判にかけられたとも考え難い。

 「確かに、にわかには信じられないわね。」

 エレノアはそう言ってから、赤ワインを一口だけ飲み、少しだけ考え込む。

 「裁判所への移送という形で留置場を出たにもかかわらず、裁判所には現れなかった。しかもその事自体、事件として騒がれる事なく、気づいているのはあなただけ。話だけ聞くと本当に陰謀論ね。」

 「まあ、自分でもそう思うよ。正直、今の話以上の裏だって取れていないし。」

 自分が話した事に自信が持てない事からあたしはつい、愛想笑いを浮かべつつ言い訳がましい口調で言ってしまう。

 「まあ、書類を調べる事が出来れば裏もある程度取れるでしょうけど。あるいは逆に、あなたの考えが全くの勘違いだったって事が証明されるかもしれない。」

 「それならそれで構わないわよ。あたしの推測が完全に間違っていたなら、ギルドはまだ信用出来るって事だし。」

 「そこよね。」

 エレノアが大きくため息をついた。

 「あなたの推測通り、留置場から裁判所に向かう途中、何の騒ぎも起こさずに容疑者達が姿を消したとなれば、護送していた衛兵達が積極的にこの件に関わっていたと考えるのが自然よね。」

 「こういう時の護送って、専用の馬車を使うんでしょう?」

 「そうね。そして、御者に加えて最低4人の衛兵も付くはず。それだけのギルド職員を非合法な行為に使うのは、本来かなり危ない橋なんだけど。」

 エレノアの眉間にシワが寄る。

 「無論、衛兵に化けた外部犯の可能性もあるけどね。」

 あたし自身全く信じていない推測であるが、一応他の可能性も提示してみる。

 「それは、そうだけど……。まあ、やっぱりゾラの話が本当という前提になるんだけど、ここまで誰にも気付かれずに実行出来たとなると、やっぱり内部犯、それも囚人護送の経験のある連中の仕業だと思う。ここまで気づかれないという事は、実行役以外にも護送馬車を管理している部門や、書類を管理している部門にも協力者がいるかもしれない。そして、これだけの人数を動かしておいて今まで秘密が漏れないとなると、かなり統率力に長けた人物が指揮を取っているという事になるわね。」

 エレノアはブツブツと呟くと、グラスにかなり残っていたワインを、彼女にしては珍しく上品さの欠片もない仕種で飲み干し、やや据わった目であたしを見た。

 「なるほど、だから上流階級の情報を欲しいがったのね?」

 「誰か、心当たりはある?」

 正直、妄想じみた陰謀論だと鼻で笑われる事も覚悟していたので、エレノアの食い付き具合は予想外だったが、それでも信じてくれて嬉しくなる。

 「心当たり無いわけではないけど、言わないでおく。あなたの話を疑う訳ではないけど、話の裏が取れない内は迂闊な事は言わない方が良いでしょうし。」

 「まあ、そうよね。」

 予想以上の食い付きは見せても、冷静な部分はしっかりと残っている所はエレノアらしい。

 「取り敢えず、この話は内密にヨハンナ様までには上げておきます。その先の判断は副ギルド長次第ですね。」

 「それで充分です。ありがとう。」

 あたしが頭を下げると、エレノアはため息混じりに言う。

 「まあ、事実だった場合、ギルドが受ける被害は甚大なものになりますからね。礼を言うのはこちらなのかもしれません。あくまで、ガセでなければの話ですが。」

 やたらガセネタの可能性に言及する所が逆にあたしの話に信憑性を感じてくれている気がした。

 あたしは、エレノアのその態度に背中を押されるようにして、エレノアに相談するのはちょっとお門違いかも、と躊躇していたお願いも話す事にする。

 「ええと、それでね。今の件の調査の過程で、ちょっと気になる話も出てきて。」

 「何かな?」

 もう既に、それまでの話でお腹一杯という印象のエレノアは少しうんざりした様子で聞いてくる。

 「この話の裏取りの一環で、看守の1人に酒を奢って聞き出した話なんだけど、それによると3人組のリーダーの大男は、俺達はすぐに留置所を出てやる、そうしたら俺達を捕まえた奴に復讐してやるって息巻いていたみたい。まあ、当の看守は単なる強がりだと気にしていない様子だったけど、3人組が本当に娑婆に出てきたなら単なる強がりと笑っている訳にはいかない訳で……。」

 「あなたが狙われると?」

 「いや、あたしは単に現場に居合せて多少手伝った程度だし、向こうは覚えていない可能性だってある。狙われるとすれば、実際に3人組を捕らえた人よ。」

 「あなたの知り合い?」

 「一応、あたしは友達だと思っているけど。」

 エレノアは、あたしの言い方に何か引っ掛かりを感じたような顔をしたが、その事については特に言及しなかった。

 「その友達に、危険が及ばないようにギルドで保護して欲しいの?」

 「いや、今の時点でそこまで頼むのはさすがに無理な事は分かっている。ただ、最悪の事態だけは想定しておいた方がいいかな、と。」

 あたしの言葉に、エレノアの表情が険しくなった。

 「最悪の事態って?」

 「いや、本当に、今の時点でそこまで深く考えてる訳じゃ無いのよ。ただ、その友達が狙われているとかいった類の情報をギルドの方で掴んだらあたしに知らせて欲しいし、逆にあたしに何かあったらその友達に危険を警告して欲しいの。」

 あたしの言葉にエレノアは即座に何か言いかけたが、思い留まったように口を噤むと、もはや空になったワイングラスに視線を落とし、少し考え込むと俯いたまま何やら呟く。

 「そうね、あなたも冒険者だし。」

 ハッキリとは聞こえなかったが、エレノアはボソボソっとそんな事を呟いた。

 それから気を取り直したように顔を上げて、あたしを見る。

 「それで、その友達の名前は?」

 「ナギ。今は異人街の小神殿で不定期に働いているモンクよ。」

 「ナギ、か。この辺じゃあ珍しい名前ね。」

 「東方人だから。多分、この街に来て2ヶ月位しか経ってないと思う。」

 「2ヶ月?それで、東方人?」

 エレノアは、何かが引っ掛ったように繰り返す。

 それから彼女にしては珍しく、探るような口調で尋ねてくる。

 「彼女は東方から直接来たの?それとも、西方の別の街から流れてきた?」

 「さあ、生まれが東方なのは確かっぽいけど。でも、言われてみれば東方訛はほとんど感じなかったし、もしかしたら西方での生活が長いのかも?」

 東方人が西方の言葉を喋る時、独特の訛がある事も多く、その訛を大袈裟に真似て笑えない冗談にする心無い連中も残念ながら多いのだが、言われてみればナギからもマヤからもそういった訛は感じられず、流暢に西方の言葉を喋っていた。

 「そう……。」

 エレノアはそう呟くと、何かを思い出そうとするかのように眉間に皺を寄せる。

 「ノエル、あんた、2ヶ月前に東方人絡みで何かあったか知ってる?」

 エレノアの態度が気になったあたしは記憶力抜群のノエルに小声で訊いてみる。

 お喋り好きのノエルが今夜大人しいのは、多分エレノアに苦手意識を持っているからだろう。

 「さあ。幽霊船騒動位しか思い浮かばないけど、でもあれはナギ達には関係ないって、ダリルは言ってたよね?」

 ノエルは小声で返事をしてきたが、エレノアには彼の言葉が聴こえたようだ。

 勢いよくノエルの方を見てそのまま彼を凝視したので、元々エレノアに苦手意識を持っていたらしいノエルはすっかり縮こまる。

 しかし大して間を置かずに我に返ったらしいエレノアがノエルから視線を外すと、ノエルは安堵の息を漏らした。

 そう言えば、幽霊船騒動は密貿易未遂という結論が出てすっかり解決した雰囲気があるが、相変わらずあの船に乗っていた船員は1人として見つかっていないし、その実態は何も分かっていない。

 冒険者ギルドはあの船から見つかった人身売買の被害者を一時保護していたし、当然彼らからも話を聞き、またあの船の捜査もしたはずだ。

 そのギルド職員であるエレノアは、一般には知られていない何かを知っているのだろうか?

 気になったあたしは、カマをかけてみる。

 「そう言えば、あの幽霊船騒動って何となく解決した雰囲気だったけど、本当の所は何も分かっていないよね。」

 エレノアはあたしに視線を戻す。

 その表情は、いつもの冷静なエレノアにすっかりと戻っていた。

 「そんな事はないわ。少なくとも、自治会議では完全に解決済みの案件よ。」

 エレノアの強い口調からは、これ以上突っ込むなという強固な意志が感じられた。

 エレノアがわざわざ『自治会議』と口にしたのは、会議を構成する4大商家と冒険者ギルドの間で話し合いが持たれ、その結果、幽霊船騒動についてはこれ以上深堀りしないという合意に達したのかもしれない。

 もしその推測が正しいのなら、安易に首を突っ込むのは危険極まりない気もする。

 そんな考えに耽りつつ、ふと顔を上げてエレノアを見ると、彼女は険しい表情であたしを凝視していた。

 「ど、どうかした?」

 その表情に気圧され、つい愛想笑いを浮かべるとエレノアは今夜何度目か分からないため息を吐いた。

 「お人好しも程々にしておかないと、身を滅ぼすわよ。」

 どこか突き放すような口調で言うエレノアの表情は、物騒な言葉とは裏腹に少し疲れているように見えた。

 読んで下さりありがとうございます。

 次回の投稿は11月上旬を予定しています。

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