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第3章 煙る雨 1

 お久しぶりです。

 12月初頭に第2章最終話を投稿した際、

 『第3章は遅くともゴールデンウィーク頃には出来上がるだろう。』

 などと書いてましたが、


 申し訳ありません。

 現状、第3章につきましては完成には程遠い状態です。


 ただ、最初の数エピソードにつきましては大体出来上がっておりますので、月1くらいのペースで1エピソードずつ投稿していきたいと思います。

 続きを期待して下さった方、投稿のスピードが大幅に遅くなってしまい大変申し訳ありません。


 2025年8月7日

 以下の固有名詞の変更を行いました。

 アドルフ→ルドルフ

 クリーガー商家→アールワース商家

 デンスモア商家→グウィン商家

 マンザレク商家→ラドリッチ商家

 加えて細かい修正を行いました。

 ハーケンブルク冒険者ギルドの受付嬢チーフであるエレノアに案内され、副ギルド長である妹のヨハンナの執務室に入ったあたしは部屋の入口で固まってしまった。

 ヨハンナの執務室は様々な書類が散乱した目を覆う様な汚部屋状態だったが、それはいつもの事だので驚いた原因はそれではない。

 部屋の中には執務机の向こう側からあたしに向けて笑顔を向ける妹のヨハンナと、それ以外にもう1人、別の人物がいた。

 あたしより1周り高い身長に健康的な褐色の肌、背中まで長く伸ばしたビーズ類で彩ったドレッドヘアの黒髪、引き締まりつつもグラマラスな肢体の南方人の女性が、そのエキゾチックな口元に笑みを浮かべつつ、来客用のソファーにブーツを脱いだ素足を投げ出すというだらしない姿勢であたしを見ていた。

 あたしは振り返ってここまで案内してくれたエレノアに、いつもより下手くそな愛想笑いを浮かべつつ困惑の視線を向ける。

 「ええと、お取り込み中らしいし、あたしは出直した方が良くない?」

 「いいえ、取り込み中ではありませんよ。では、私は失礼しますね。」

 エレノアはドS感溢れる笑顔で言うと、あたしが先程彼女に預けた雨に濡れたフード付きロングマントを部屋の入口脇の外套掛けに吊るし、そのまま扉を閉めて去っていった。

 「姉さん、とりあえず座りなよ。」

 エレノアが閉めた扉を呆然と見つめていると、背後からヨハンナの声がした。

 あたしは恐る恐る振り向くと尋ねた。

 「いや、あたしがいたら邪魔じゃない?」

 「何言ってるの?ソニアは姉さんに会いに来たのよ?」

 ヨハンナは、エレノアそっくりの威圧感のある笑顔を浮かべて言う。

 子供の頃の、泣き虫であたしに甘えてばかりだったヨハンナちゃんはいったいどこに行ってしまったのだろう?

 それにしても、ソファーに座っている、というよりほとんど寝っ転がっている姿勢の先客はやっぱりソニアだった。

 南方大陸からの貧しい移民の娘で、スラム街の出身ながら冒険者として腕一本で成り上がり、伝説的パーティ『シーカーズ』を結成してそのリーダーとなると、それを率いて底なしのダンジョンと言われたアビスを初めて完全攻略したハーケンブルクの英雄。

 100年以上の歴史を誇るハーケンブルク冒険者ギルドの中で、断トツで最強の冒険者であるという評価は引退して5年経った今でも微塵も揺らいでいない。

 そして引退後、電撃的に冒険者ギルドのギルド長に就任すると、様々な改革を推し進めて閉塞気味だったハーケンブルクに活気を取り戻し、民衆からは特に『ギルド長としても史上最高の人物』と支持されている、生ける伝説とも言うべき人物だ。

 「また何かしでかしたの、ゾラ?」

 定位置の右肩に乗っているノエルが、少し怯えたようにコッソリと尋ねてくる。

 そんなの、あたしの方が訊きたい。

 唯一ジーヴァだけが、あたし達の緊張の意味が理解出来ないようで不思議そうにあたし達を見上げていた。

 「ヨハンナの言う通り座ってよ、ゾラ。」

 ソニアにまで言われては、あたしとしても覚悟を決めなければならない。

 それでも、未練がましくいくつか並んでいるソファーの中でソニアから一番遠い対角線上のソファーに座る事にする。

 あたしに続いてのんびりとあたしの足元に伏せる、ジーヴァのマイペースっぷりが羨ましい。

 あたしが座るのを確認してから、ヨハンナが執務席から立ち上がった。

 「じゃあ、お茶を淹れるからちょっと待ってて。」

 「ええ?!」

 あたしは思わず、すがるように妹を見てしまった。

 妹の茶道楽は知っているが、彼女がお茶を淹れている間、ギルド長とサシでどうしろというのだ?

 「そんなに怯えられると傷つくわぁ。私に冒険者のイロハを教えてくれたのはゾラ先輩じゃない。」

 全然傷ついている様子もなく、むしろあたしをからかっているとしか思えない笑みを浮かべ、ソニアはわざわざ子供っぽい声を作って言う。

 確かにあたしが冒険者になって5年目くらいの頃、駆け出しのソニアと短期間パーティを組んでいた事はある。

 ただその後は、ソニアが前代未聞の偉業を手土産にギルド長に登り詰めた一方で、あたしは未だ中レベル手前で足踏み状態の一冒険書と、天と地ほどの大きな差がついてしまったのだが。

 そこであたしはふと気づく。

 一緒にパーティを組んでいた新人の頃のソニアは常に殺気立っている印象で、笑った顔などほとんど見た事が無い。

 その後のソニアは猛スピードで出世したために一般人のあたしと直接接する機会などほぼなくなったのだが、有名人故に遠くから眺める機会だけはそれなりにあった。

 大物になった後はあからさまに攻撃的でピリついた印象こそなくなったが、その代わり常に仮面でも付けているかのような本心の読み取れない表情が強く印象に残るようになり、別の意味で近づき難い雰囲気を漂わせるようになった。

 そう言えば服装も、常に一部の隙もなく神経質なまでにきっちりと羽織っているイメージがあった。

 それは、貧乏でボロ布に毛が生えた程度の安物の服しか着れなかった駆け出し時代からそうだった様に思う。

 その姿はまるで、他人には一切付け入る隙を見せまいとする彼女の意識を体現しているようにあたしには見えた。

 ところが今のソニアは、高価そうなシャツをかなりだらしなく着崩して羽織っており、あたしの中にあるソニア像とはかなりかけ離れていた。

 「ジーヴァに、ノエルだっけ?2人とも元気?」

 あたしが言葉を失っていると、ソニアがあたしの相棒と使い魔に気楽な口調で話しかけた。

 15年前に一緒にパーティを組んでいたのはほんの短期間で、すぐに彼女はよりレベルの高いパーティに移籍してしまった。

 それ以来、ほとんど話す機会もなかったのによく彼らの名前を覚えていたものだ。

 まあ、穿った見方をすれば事前にヨハンナに教えてもらったのかもしれないけど。

 ただ、声をかけられてもジーヴァは特にリアクションもなく床に伏せたままだったし、逆にノエルは内弁慶ぶりを遺憾なく発揮して助けを求めるようにあたしを見るだけだったが。

 助けを求められた所であたしも困るが、一応腐っても2人の主人だし、あたし自身も沈黙が気まずく感じ始めていた。

 なのであたしは、身についた愛想笑いを浮かべつつとりあえず適当に話題を捻り出して話かける。

 「え~と、会ったのはヌーク村訪問以来ですよね?あの時はお世話になりました。」

 話しかけられるとソニアは、以前の彼女からしたら考えられないような子供っぽい笑みを浮かべつつあたしを見た。

 「ん?いやいや、お世話になったのは私、というかギルドの方だ。あれ以上ヌーク村との関係が拗れずに済んだのはゾラのお陰だ。改めて礼を言わせてもらう。」

 そう言うと、それまで完全にリラックスモードだったのに急にギルド長の顔に戻り、相変わらずブーツは脱いだままだったがきちんとソファーに座り直し、居住まいを正して頭を下げてきた。

 とりあえず思いついた直近の共通の話題を適当に口にしたら頭を下げられてしまい、あたしは焦ってしまう。

 「いや、そういうつもりで言ったんじゃあ……。」

 「あまり姉さんを困らせないでよ、ソニア。」

 ティーセットの載ったトレイを持ったヨハンナがようやく戻ってきて、苦笑混じりにソニアをたしなめてくれる。

 「困らせてるつもりはないけど?」

 ソニアが不満そうに口を尖らせると、ヨハンナはちょっと説教口調になりつつ言う。

 「あなた、時々、自分の地位が他人に与える影響力について無頓着過ぎるのよ。そこをもっと自覚しなさい。」

 「むう。」

 説教されて子供のように頬を膨らませるソニアの態度に、あたしは唖然とする。

 こんな子供じみていて表情豊かなソニアなど今まで見たこと無い。

 それに、ソニアとヨハンナの会話から伺える、予想外に親密な関係性も意外過ぎた。

 あたしの視線に気づいたソニアは、悪戯っぽく笑う。

 「あなたの妹は本当に口煩くてね。それ助けられている部分も確かにあるんだけど、もう少し手加減をしてくれるようにお姉さんからも言ってくれない?」

 「あ、はあ。」

 あたしが相槌とも呼べない曖昧な言葉を発すると、今度はヨハンナが3人分のお茶の用意をしながら、訥々と語りかけてくる。

 「この人、外面は本当に良いんだけど、中身はただの大きな子供よ。そりゃあ昔みたいに四六時中ピリピリしているよりは良いけど、人が変わるにしても限度ってものもあるでしょうに。聞いてよ、姉さん、この前だってさ……。」

 延々と愚痴を言う妹と、涼しい顔でその愚痴を聞き流すこの街の最高権力者の1人に挟まれたあたしは、機械的に愛想笑いを浮かべる事しか出来ずにいた。

 一体、あたしは何を見せられているのだろう?

 あまりに意外過ぎる光景の連続に混乱した為か、延々と続く妹の愚痴の具体的な内容はほとんど頭の中には入ってこない。

 3人分のお茶を淹れ終える頃には色々吐き出してスッキリしたのか、ヨハンナの愚痴もすっかり収まり、当然のようにソニアの隣に彼女も腰を下ろす。

 「姉さん、遠慮しないで飲んで。」

 ヨハンナに勧められるままに、あたしはお茶を一口啜る。

 チラリとソニアの方を見ると、ソニアは再びソファーに寝そべろうとし、ヨハンナにだらしないと注意され頬を膨らませていた。

 思いがけないソニアの登場によってあたしが陥っていた極度の緊張も、2人の気安い態度にいくらか緩んだのだろう、あたしはその光景にほのぼのとしたものを感じる程度の心の余裕を取り戻し、自然と口元も緩む。

 しかし、あたしの緊張が緩んだそのタイミングをまるで見計らったかのように、ヨハンナが居住まいを正す。

 「さて、それじゃあ本題に入りましょうか。」

 「えっ?本題?」

 リラックスした瞬間に形式張った声で話しかけられ、戸惑い気味に訊き返すあたしに、ヨハンナは首を傾げる。

 「エレノアから何も聞いてないの?」

 マヤがアールワース商家の馬車に乗って去った後、あたしは早朝から遠征時に着ていた服の洗濯やら、武器や装備品の手入れ、久々のお風呂や買い出し、ジーヴァの散歩などでその1日を予想外に慌ただしく過ごし、遠征で疲れた身体を休める暇もなかった。

 さらにその翌朝、つまり今朝は明け方から小雨が降り出していた事もあり、今日こそノンビリ過ごして身体を休めようと決めたのだが、ジーヴァにせがまれ、朝食後に小雨の降る中フード付きロングマントを着込んでジーヴァの散歩に出かけた。

 散歩の途中で雨足が少し強くなってきたので早めに切り上げ帰ってくると、定宿の『トネリコ亭』のロビーに冒険者ギルドのメッセンジャーが待ち構えていた。

 冒険者見習いのメッセンジャーの少年に、具体的な内容を聞かされることもないまま急かされギルドに行くと、ヨハンナが面会を求めているとだけエレノアに説明され、ヨハンナの執務室に通され今に至る、という訳だ。

 「うん、ヨハンナが面会を求めているとしか聞いていない。」

 「ふ〜ん、そうか。まあ、いいや。ところで、姉さん自身には何で呼ばれたか、心当たりはない?」

 ヨハンナは威圧感しか感じさせない笑顔を浮かべながら、不穏な口調で訊いてくる。

 そういう聞かれ方をすると、妹に叱られるような細かい心当たりはいくらでも浮かんでくる。

 あたしは誤魔化すように笑いながら、ちらりとソニアに探るように視線を向ける。

 再びだらしない姿勢に戻って茶を啜っていたソニアが、目聡くあたしの視線に気づくとニッと笑いながら簡潔に言う。

 「ドラゴンの件よ。」

 「ああ、それですか。」

 単純なあたしは、だらしなく寝そべった上に軽い口調で言うソニアの姿に再び警戒心が薄れ、ホッとしたように言うと、今度はヨハンナの片眉が吊り上がった。

 「今の姉さんの受け答えだと、それ以外にもあたしに呼びつけられて当然の行為をしているように見えるけど?」

 「ああ、それは誤解よ。大体、あなたみたいな質問の仕方では、実際にやましい事が無くとも誰だってやましい事をした気持ちになるでしょ?」

 「そうだね。それは間違いない。」

 やたらと感慨深い表情でソニアがあたしを援護する相槌を打ってくれたが、どうやらヨハンナを納得させる効果は皆無だったようだ。

 冷静になってよく考えれば、姉のプライベートでの些細な素行不良を咎める為だけに、エレノアやメッセンジャーといったギルド職員を使うのは公私混同だし、多忙なギルド長を同席させるなど更にあり得ないだろう。

 ヨハンナは肉親としてあたしを呼んだのではなく、あくまで副ギルド長としてギルド所属の冒険者ゾラを呼んだのだ。

 そういえば、ドラゴンとの遭遇を報告した時、エレノアが近々ヨハンナとの面会をセッティングするって言ってたっけ。

 あの時、何故かエレノアの地雷を踏んでしまったように感じたが、今日あえて彼女が面会の理由を言わなかったのは、まだ怒っているからかもしれない。

 そして、相変わらず威圧感のある笑顔を浮かべているヨハンナさんも、怒っているっぽい。

 「まあ、姉さんの余罪については日を改めて追求するとして。」

 ヨハンナが恐ろしい前置きをしてから、語り始める。

 「どうも姉さんは、ドラゴンとの遭遇を軽く感じているみたいね。」

 「そんな事ないけど、結果的には何も起きなかったし。」

 あたしは別に言い訳のつもりもなく本心からそう言ったが、ヨハンナに大きなため息を吐かれてしまった。

 「まあまあ、とりあえず起こった事を私達に話してみて。」

 ソニアが取り成すように言ってくれた。

 何だか今日は、ずっとソニアが軽い感じで接してくれているが、それと反比例してヨハンナからの圧が尋常でないの気になる。

 とりあえず、エレノアにした話をもう一度繰り返そうとすると、ノエルが念話で話しかけてきた。

 (ヨハンナには下手な誤魔化しは通用しないから、全部正直に話した方が良いと思うけどね。)

 別にエレノアに話した内容だって、いくらか重要な部分を端折っただけで嘘はついていないと思ったが、そこでふとあたしは気づく。

 ドラゴンについての報告なら、本来であれば一緒にいた『キルスティンズ・ガーディアンズ』のメンバーも同席しているのが自然だ。

 それが何故、彼女達と別々に呼ばれたのか。

 最初の報告から丸1日以上経っているし、彼女達が今ここにいないのは、彼女達の聴取が既に終わっているからではないのか?

 そして個別に面談する理由としては、口裏合わせを防ぎ、個々の証言に食い違いがあるかを確認する為かもしれない。

 そこであたしは、『キルスティンズ・ガーディアンズ』のメンバーが知っているであろう情報までは正直に話す事にした。

 そう決意して、あたしはエレノアに話した内容より少しだけ詳しくあの時の遭遇を説明し始める。

 説明中ヨハンナはほとんど口を挟まず黙って聞いていたが、あたしの説明が終わると矢継ぎ早に質問を始める。

 あたしが敢えて、ヨハンナ達に言わないでおこうと決めていたのは、あたしの4つ目のクラスがドラゴンテイマーである事と、マヤと関係を持った事、そしてこの2点と関連付けられそうな事柄だけで、それ以外は正直に答える事にした。

 ヨハンナの質問は、マヤの依頼を引き受けた経緯から折れた魔剣を発見した時の状況、テンペストとの交戦の内容へと移っていく。

 テンペストとの交戦の途中までは特に誤魔化す必要もなかったのでスラスラ答えられたが、ドラゴンテイマーの力を使ってテンペストの精神に侵入して彼の呪いを解いた段階に質問が移ると、あたしの答えは『無我夢中でよく覚えていない。』とか『気づいたらそうなっていた。』とか、曖昧で言い訳じみたものに変わっていく。 

 我ながら酷い返答だと思っていたので、ヨハンナからの更なる厳しい追求を覚悟したが、意外と彼女からの突っ込みは緩く、それどころか彼女は考え込むような表情で黙り込んでしまった。

 少し間を置いてから、あっさりとヨハンナは次の質問に移行した。

 「ところで、ドラゴンが守護していたという魔剣は今何処に?」

 「依頼人に渡したよ。」

 あたしはマヤという個人名を言う事に何だか抵抗を覚えて、依頼人という一般名称を用いつつ答える。

 あたしの答えに、ヨハンナとソニアは視線を合わせ、困ったような顔をする。

 その表情にあたしまで不安になり、慌てて付け加える。

 「いや、元々あの剣は折れていたし、依頼人に渡した時点で魔力も枯れていたから。」

 「うん、まあ、姉さんの言ってる事を疑っている訳じゃないんだ。」

 ヨハンナには珍しく、迷いをあからさまに表情に出ししつつ言う。

 「強力な魔法のアイテムの中には、特定の手段じゃないと完全には破壊できない代物もあるの。そういうアイテムは、一見力を失ってしまっているように見えても少しづつ自己再生するのよ。姉さん達が見つけた魔剣がそうとは限らないけど。」

 「え、そうなの?ノエル、知ってた?」

 あたしは驚いてノエルに尋ねる。

 「そういうアイテムがあるのは知ってたけど、あの魔剣がそれに当てはまるとはちょっと思わなかったな。そういう自己再生する魔法のアイテムは本当にレアで強力なものだし。」

 「だってさ、ヨハンナ。考え過ぎじゃない?」

 あたし自身ヨハンナの言葉にビビっていたので、ノエルの言葉に胸を撫で下ろす。

 ついでに優秀過ぎる妹に対しては滅多に出来ないので、大人気なくドヤってみる。

 「考え過ぎかとは思うんだけど、う~ん……。」

 調子に乗ってドヤったが、ヨハンナが思った以上に真剣に考え始めたので、お調子者の癖に根が小心者のあたしはちょっと焦る。

 「ヨハンナは、依頼人がアールワース商家のルドルフと繋がっているかもしれないのを気にしているのよ。」

 ソニアが意外な事を言い出した。

 ついでに、今までだらしなくソファーに寝そべるっていた彼女が、再びきちんと座り直して口調も少し真面目になる。

 「え?でも、アールワース商家って、基本冒険者ギルドの味方じゃないんですか?」

 「アールワース商家のルドルフは、誰の味方でもないよ。」

 ソニアはあっさりとした口調で言うが、それを補足するヨハンナの口調は苦々しげだった。

 「確かにルドルフ様は我々の味方をしてくれる事も多いけど、それはあたし達の考えに同調してくれるからじゃないの。あたし達やグウィン商家のエリザベータ様といった革新派と、モリソン商家やラドリッチ商家といった旧守派の力を同程度にした上で、対立を更に煽ろうとしているのよ。」

 「両者の力が均衡していればいる程、そして対立が激しい程、自分を高く売り付けられるからね。」

 ソニアも他人事のように言う。

 「でも、両勢力の力を均等にしようとしているって割には、革新派の味方をする場面の方が圧倒的に多い気がしますけど、気のせいですか?」

 あたしの質問に、ソニアの表情がほんの少し歪んだ。

 「気のせいじゃないよ。ただ単に、ルドルフの爺さんが私達にあからさまに肩入れせざるを得ない程、旧守派とは力の差があるってだけの話で。」

 ソニアはすぐに表情を消し、他人事のような軽い口調に戻って言うが、その言葉はあたしにとっては中々に衝撃的な内容だった。

 「えっ、革新派ってそんなに劣勢なんですか?」

 あたしの肌感覚では革新派の支持が圧倒的で、旧守派を支持するのは少数の金持ちのみという印象だったのだが。

 「この街の大きな組織の上層部は、驚く程旧守派の人間ばかりよ。」

 ヨハンナはため息混じりに言う。

 「あたし達の盟友のエリザベータ様ですらグウィン商家を完全に掌握してるとは言い難いの。ちょっとしたスキャンダル1つで簡単に当主の座から引きずり降ろされる可能性だってある。そしてそれは、この冒険者ギルドだって同じ。」

 ヨハンナの話は更にショッキングだった。

 ここ数年、大商家による専横や横暴の話は大分少なくなってきおり、これからもそれが当然のように続くと思っていたが、ちょっとした事で崩壊してしまうような薄氷の上の平穏だったらしい。

 「ゾラはガーラと知り合いだったっけ?」

 そこで唐突にソニアが話題を変えてきた。

 「何度か挨拶をした程度で、知り合いって程ではないです。」

 虎の獣人のファイターのガーラ。

 最強冒険者パーティ『シーカーズ』の3人目のメンバーで、白兵戦に限ればソニアより強いと噂される人物だ。

 「そうか。それでも、ヨハンナと同じく副ギルド長である事ぐらいは知ってるだろう?」

 「まあ、それくらいは……。」

 ギルド長のソニアの下には副ギルド長が2人いて、1人はあたしの妹のヨハンナ、そしてもう1人が今話に出てきたガーラだ。

 ハーケンブルクの冒険者ギルドは、街の行政の実務を一手に引き受けるほど肥大化した組織になってしまったが、ザックリ分けてヨハンナは本来の冒険者ギルドの業務と街の内政の実務トップ、ガーラは街の治安や防衛の実務トップという棲み分けをしているらしい。

 「そのガーラだが、近々副ギルド長から降格させられる。」

 「えっ、どうしてですか?」

 確かにあたしはガーラについてよく知らないが、彼女の悪い噂はほとんど聞いた事がない。

 陽気で人情味溢れる彼女は、いかにも大物オーラを漂わせているソニアや切れ者然としたヨハンナと違って、気さくで親しみ易く冒険者ギルドでは群を抜いた人気者でもある。

 「彼女に落ち度があった訳じゃない。我等の政治力の無さが招いた結果さ。」

 ソニアは相変わらずの軽い口調を装って言おうとしていたが、特に洞察力に優れている訳でもないあたしでも、軽薄さの仮面では隠し切れない彼女の苛立ちが伝わってきた。

 「治安悪化の責任を取らされるのよ。」

 ヨハンナは横目でソニアを見ながら補足する。

 あたしは、異人街でダリルに聞いた話や自分自身で見聞きした事を思い出す。

 「異人街でも最近、強盗事件のような犯罪が急増しているって聞きましたが……。」

 「それは正しくもあり、間違ってもいるな。」

 ソニアは、顔を歪ませるようにして笑う。

 「犯罪件数自体は、微増程度なの。ただ、ソニアがギルド長に就任して以来ずっと犯罪件数は減少していたから実数以上に増えた印象はあるし、個々の犯罪が凶悪化、というか派手になっているから、より治安が悪化している印象が強くなってしまっているのよね。」

 ヨハンナもため息を吐く。

 あたしは、ラルおじさんの雑貨屋の犯罪現場を見た時を思い出した。

 金品の奪取はついでで、まるで暴れ回る事の方が主目的みたいだった。

 「え~と、もしかして陰謀?」

 あたしがそう言うと、ちょっと冷静さを取り戻したらしいソニアが、わざとらしく人差し指を唇に当てる。

 「証拠も無しにそんな事を言っては駄目だよ、ゾラ。」

 いや、ソニア達の話を聞いてそういう結論に至ったんだけど。

 この人、ちょくちょくあたしをからかって楽しんでいる節があるな。

 「それで、次の副ギルド長はメッツァーに内定しているわ。」

 「メッツァー?」

 ヨハンナの口から出てきた人名は、聞き覚えがある気もするがハッキリとは思い出せない。

 「前ギルド長時代に副ギルド長だった人だよ。ソニア様がギルド長になっていなければ、多分、現ギルド長になっていた人だね。」

 「相変わらずノエルは物覚えがいいな。」

 あたしの疑問に答えたノエルを、ソニアは感心したように褒める。

 ノエルは恐縮したように縮こまったが、今回はいつものノエルの惚れっぽさが原因ではなく、ソニアの大物オーラに単純にビビっただけのようだ。

 言われてみれば確かにそんな人もいたような気もするが、直接の面識もないし、噂の類もほとんど聞いた事がない気がする。

 「その人って、どんな人なんですか?」

 「優秀な官僚なのは間違いない。」

 ソニアは再び顔を歪ませるようにして笑う。

 「でも、まあ、旧守派の手先なのも確かだな。」

 「彼のような人は、ギルド内にも結構いるの。ソニアがギルド長になってからは押さえつけられていたけど、これからはメッツァーを旗頭にできる分、活動が活発になるでしょうね。」

 つまり、ギルド内部でもこれからは旧守派が幅を利かせるようになるという事か。

 そう言えばこの前ヨハンナと話をした時、ハーケンブルクの旧守派と王国の反動貴族が手を結んだという話も聞いた。

 ヌーク村で無法を働いた貴族のボンボン達や彼らの奪還を企てていたイザベラ達はこれまでも恐らく、密かにギルド内部の旧守派連中の支援を受けてきたのだろうが、今後はそれが大ぴらに出来るようになるという事か。

 「だからこそ、ゾラにはドラゴンと乗騎契約をして欲しかったんだけどね。」 

 我が物顔でギルドを闊歩するイザベラの姿を想像してゾッとした気分でいると、ソニアが相変わらずの軽い調子でサラリと爆弾を放ってきた。

 あまりにもさり気ない調子だったので、あたしも何も考えずに『はい、そうですね。』とか適当な相槌を打ちそうになってしまった。

 「え〜と、何の話ですか?」

 先程のヨハンナからの質問攻勢から、あたしの4番目のクラスがドラゴンテイマーであるという秘密を守り抜いたと思っていたので、時間差で放り込まれたソニアの爆弾にあたしはひどく動揺し、引き攣った作り笑いを浮かべながら誤魔化そうとする。

 「ゾラ、ヨハンナの実のお姉さんであるあなたには今更かもしれないけど、ヨハンナはこの世界の全メイジの中でも五指に入る実力の持ち主で、加えてこのハーケンブルクではトップクラスの情報収集力を誇る冒険者ギルドが集めたあらゆる情報にアクセス出来る存在なのよ。」

 ソニアは無意識なのか、それともあたしをビビらせようとしているのか、ひどく大仰な言い方をする。

 「え〜と、判り易く言って頂くとどういう事でしょうか?」

 そしてまんまとソニアの術中に嵌って、ビビって三下っぽいリアクションをしてしまうあたし。

 「ヨハンナには隠し事が通用しないってことよ。」

 薄々感じてはいたが、目を逸していた事実をソニアはあっさりと口にした。

 そして、追い打ちをかけるヨハンナちゃん。

 「姉さんはずっと隠そうとしていたけど、4番目のクラスがドラゴンテイマーである事は結構前から知っていたわ。」

 「どうして……って、ヨハンナならいくらでもそれを知る手段はあったんだっけ。」

 あたしがなおも無意識の内にボケると、ソニアはツボに入ったようで声を上げて笑ったが、ヨハンナは更に呆れたようにため息を吐く。

 「まあそういう訳で、姉さんを政治の世界に引き込むつもりはないけど、姉さんがそのドラゴンと乗騎契約をしてくれれば政治的なパワーバランスにおいてに楽になったかも、という気持ちは正直あるわ。」

 ヨハンナは、ちょっと苦しそうに言う。

 まあ、あたしを政治の世界に引き込みたくないっていうのも、今の状況が苦しくてちょっとでも楽になる材料が欲しいっていうのも、そのどちらも本音なんだろうな、とは思う。

 「それは、なんか……。ゴメン。」

 頼りない姉であっても少しでも妹の力になれるよう励ましてあげたい所であったが、結局出てきたのはまともな謝罪にすらならない陳腐な言葉だった。

 そんな陳腐な謝罪に対して、ヨハンナは力のない笑みを返してきた。

 そんなあたし達のやり取りをニヤニヤ笑いつつ傍観していたソニアは、更に意地の悪い笑みを浮かべて言う。

 「やっぱりゾラには、ドラゴンと乗騎契約出来るチャンスがあったんだね。」

 今更何を言っているんだ、とあたしは思ったが、ふと気付く。

 「もしかして、カマかけましたか?」

 あたしの質問に、ソニアはニヤッと子供じみた笑みを浮かべた。

 あたしがドラゴンテイマーのクラスを持っているのをヨハンナが以前から知っていたとしたら、あたし達がドラゴンとの遭遇を切る抜けたという情報を得た時点であたしがドラゴンを乗騎にした可能性に思い至り、裏を取るべく情報収集しようとしても不思議はない。

 ソニアが言う通り、世界でもトップクラスのメイジであり、冒険者ギルドの情報網を自在に使えるヨハンナならいくらでもその方法はあるだろう。 

 その結果、予想に反してあたしが未だにドラゴンの乗騎を得ていないという情報を得たのだろう。

 そうなると次に重要になってくるのは、乗騎契約など端から無理だったのか、それとも敢えてしなかったのか、という事だ。

 乗騎契約など端から無理だった、というのなら問題はない。あたしは今まで通り、ギルド上層部が気にする必要もない、取るに足りない存在というだけだ。

 だがそうではなく、可能なのに敢えてしなかったというのなら話は違ってくる。

 ドラゴンの力は強大で、それを従える者の力もまた強大という事になる。

 今回乗騎契約をしなかったからといって、次の機会もそうとは限らない。

 最早無力な存在として放置しておく訳にはいかないのだろう。

 もし、『キルスティンズ・ガーディアンズ』の尋問が既に行われていたとしてもドラゴンのテンペストとの会話はほぼ念話で行われていたので、彼女達の話から色々と推測は出来ても、決定的な事は何も分からなかったはずだ。

 だからこそ、あたしから決定的な確証を得ようと2人は色々と仕組んでいたのだろう。

 ヨハンナの質問の詰めが甘かったのも今にして思えば、ソニアのカマ掛けを効果的にする為に油断を誘う罠の1つだったのかもしれない。

 あたしが慌ててヨハンナの方を見ると、彼女は苦笑を浮かべていた。

 「状況証拠は揃っていたし、いずれバレる話だから気にしなくていいよ。」

 悪びれもせず、どこか上から目線に感じられるヨハンナの口調にあたしは大人気なく苛つく。

 そもそも事情があったとして、結構な地位に居る2人が協力して、それも1人は実の妹が、あたしみたいな冒険者稼業で何とか食っているだけのしがないハーフエルフを引っ掛けた事自体が今更ながら腹立たしい。

 「確かにドラゴンと騎乗契約はしませんでしたけど、それって、その、皆が言うように政治的なパワーバランスとかに影響を与えるとも思えないんですけど。」

 苛つき過ぎたせいで、それまでどこかソニアに対して萎縮していたのにそれも吹き飛んでしまい、結構な喧嘩腰の態度で突っ掛かってしまう。

 「ゾラ、マズイよ。」

 右肩のノエルが怯えたように囁きかけるがその忠告も耳に入らないくらい、あたしは頭に血が昇っていた。

 「それって、どういう事かな?」

 そんなあたしの精一杯の喧嘩腰の態度もソニアにとっては子犬の威嚇程度にしか感じないのか、むしろ楽しげに尋ねてくる。

 「ハーケンブルクは栄えているとはいえ、単なる都市じゃないですか。そんな都市内の政治抗争にドラゴンの力は過剰過ぎます。ドラゴンを使って抗争に勝ったとしても、残るのは廃墟だけです。ドラゴンの戦闘力なんて、国同士の規模の戦争ならまだしも、都市内の政治抗争では所詮ハッタリにしか使えない代物じゃあないですか。」

 あたしが苛立ちに任せてまくし立てるとソニアは何故か両手を叩いて大喜びしてヨハンナを見る。

 「お姉さん、思ったより頭が良いし、視野も広くて肝も座っているじゃないか?」

 「駄目ですよ、ソニア。」

 ヨハンナは対称的に、渋い顔で言う。

 「姉さんの地頭が良いのは昔からです。でも根が善人なので、こっちに引き入れては絶対駄目です。」

 「それはガーラの件で身に沁みてるよ。信用出来る友人ってだけで、人柄に合っていない役職を押し付けてしまったからね。」

 ソニアの顔が一瞬だけ歪んだが、すぐに元のリラックスした表情に戻ると立ち上がり、素足のまま絨毯の上を歩いてあたしの傍まで来た。

 そして、その野性味溢れながらも整った顔をあたしにグイっと近付けた。

 「お姉さん。」

 ソニアはニッコリと、威圧感しか感じられない笑顔を浮かべる。

 「はい?」

 その笑顔に圧倒的され、あたしの怒りは一瞬で消し飛んでしまう。

 そして、まるで心臓を鷲掴みされたかのように全身が縮こまるのを感じる。

 あたしの変化はすぐにソニアに伝わったようで、彼女はすぐに雰囲気を和らげるとあたしを諭すように言う。

 「政治の世界なんて、所詮ハッタリが全てよ。」

 「は、はあ。」

 ソニアの言わんとする意味などサッパリ分からなかったが、とりあえず頷くとソニアは満足そうに笑った。

 中々にチャーミングな笑顔だったが、どうしてもあたしの頭の中にはさっきの威圧感溢れる笑顔の方が強く印象に残ってしまう。

 「さて、あたしもそろそろ仕事に戻るか。」

 サッパリとした顔で言うソニア。

 え?

 なんか今の言い方だと、あたしとのやり取りが全て休憩中の雑談みたいに感じられるのだけど。

 でも何だかソニアの発言には常に裏があるような気もしてきたし、今の発言も額面通りには受け取れないのかもしれない。

 あたしが眉をひそめて答えの出そうもない考えに耽っていると、サイズが小さいのか、ブーツを履くのにやたら手間取っている様子のソニアが尋ねてくる。

 「ゾラ、もういい加減面倒だし、率直に答えてほしいのだけど?」

 ソニアの視線は、最強の冒険者をも手こずらせる意外な強敵のブーツに向いたままで、口調も相変わらず軽かったが、あたしは警戒心を露わ訊き返す。

 「何でしょうか?」

 「ドラゴンと乗騎契約しなかった理由って、何?」

 あたしはいつも反射的に浮かべてしまう愛想笑いを浮かべる事もせずに、ギルド長に対してあからさまに顔をしかめてしまう。

 何故あの時、ドラゴンの申し出を了承しなかったのか、その後も何度も自問自答したが、ハッキリとした答えは未だ出てない。

 だからあたしは、あの時確かに感じた感情を、おそらく理解されないだろうと思いつつも素直に話した。

 「あのドラゴンと乗騎契約するのは正しい事だろうけど、あたしにとっては違う、と感じたからです。」

 あたしの返答に、ソニアは手強いブーツからあたしの方に視線を移したがそれはほんの一瞬だけですぐにブーツに視線を戻し、感情の読み取りにくい平坦な声で言った。

 「ふ〜ん。私には分からないわね。」

 「姉さんは人当たりが良いお人好しに見えて、意外と頑固なのよ。」

 ヨハンナが、フォローにしては突き放したような口調で言う。

 その口調がちょっと気になって、彼女の声のした方に視線を向けると、ヨハンナはいつの間にか座っていたソファーから移動し、ソファーの背もたれに掛けられていた上等そうな上着を両腕で抱えてソニアの傍に立っていた。

 「それ、何となく分かるわ。」

 ようやくブーツを履き終えたソニアがニヤッと笑いながら軽い口調でヨハンナに同意し、ヨハンナから上着を受け取る。

 単なる上着の受け渡しと言えばそれまでだが、その一連の2人の動きがあまりにスムーズ過ぎるのが妙に心に引っ掛かっていると、ソニアが上着を着ながら話題を変えてきた。

 「これは余計なお節介かもしれないけど。」

 「はい?」

 「今回の依頼人、アールワース商家のルドルフ爺さんと関わりがあるらしいし、注意した方がいいかも?」

 ソニアが『依頼人』の部分を強調したような気もするが、そう聞こえたのは単にあたし自身もその『依頼人』について敏感になり過ぎているせいかもしれない。

 ソニアが何か知っているのか、またカマをかけただけなのか、単にあたしが気にし過ぎなのか、どれも同じくらいあり得そうに感じてしまい、どれが正解か全く見当がつかない。

 「注意するとは?」

 それでも精一杯平静を装って訊き返す。

 「ルドルフ爺さんには病気の噂があってね。」

 ソニアは本当に、世間話のテンションで言う。

 「まあ、あの年齢ですし、病気くらいは。」

 本当を言えば、あのお爺さんには妖怪じみたイメージを持っていたので少し意外に感じたが、自分で今言った通り、ヒューマンならいつ寿命を迎えてもおかしくない年齢ではある。

 「それはそうなんだけど、問題はね、アールワース商家全体がそれだけで結構、動揺しちゃっている事よ。」

 「そうなんですか?っていうか、そんな事、あたしに言っても大丈夫なんですか?」

 「単なる噂話よ。」

 ソニアは、悪びれる事なく笑う。

 「この噂の真偽はともかく、どの道先の長くないルドルフに何かあれば、未だ後継者の育っていないアールワース商家は大混乱になるでしょうね。まあ、ライバルになりそうな芽をことごとく潰した挙げ句、後継者も育てずに独裁的に商家を運営し続けたツケが今になって回ってきただけの話なんだろうけど。」

 先程までのだらしない格好からは想像も出来ないくらいキッチリと上着を着込むと、そこには完璧なギルド長のソニアがいた。

 駆け出し時代のソニアも今と違って粗末な服ではあったが、一部の乱れもなくキッチリと服を着ていたのを改めて思い出したあたしには、胸元をだらしなく開けてシャツの裾をズボンから半分出した先程まで姿より、今の姿の方がしっくりくる。

 ソニアは鏡に向かって最終的な身だしなみチェックをしながら、独り言のように言う。

 「例の依頼人さんはどこまで知って、あのお爺さんと関わっているのかな?」

 ああ、これは完全にあたしとマヤの関係を知っているな、とあたしは思った。

 まあ、あたしの定宿のサンドラ一家にはあたしがレズビアンである事は知られているし、あの夜2人で自室にしけ込んんだのも見られているから、調べようと思えば簡単に調べられる事ではあったな。

 つまり、あたしが隠そうとしていた2つの事柄、マヤとの関係もドラゴンテイマーのクラスの事も、とっくに2人にはバレていたという事か。  

 何だか急に、色々とバカらしく感じてきた。

 ただそれとは別に、ソニアに遠回りに指摘された事であたしはマヤについて考えてみる。

 一見開けっぴろげに見えるが、自分の事はほとんど話さないので、彼女について知っている事は驚く程少ない。

 更には、彼女が本当にレズビアンか、少なくともバイセクシャルであるのかさえも、あたしは確証が持てないでいる。

 何というか、あの夜は凄く盛り上がったのは事実だけど、だからといって彼女があたしに対して恋人に向けるような愛情を持っているとはハナから思ってはいないし、それどころかセフレ並の関心すら抱いていないのでは、という気さえする。

 それこそ何か確証がある訳ではないが、あの夜の事は彼女にとっては完全なお仕事だったのではないかという考えが、マヤがアールワース商家の馬車に乗って去るのを見送って以来、あたしの頭の片隅に病的にこびり着いてしまっている。

 「まあ、あのお爺さんがくたばる前に、あたしの首が飛ぶ可能性もあるんだけど。」

 あたしがマヤとの関係について泥沼的思考に陥り顔を歪めていると、ソニアもソニアで、自虐的な事を口にしてきた。

 まあ、彼女も人間だからネガティブな感情に囚われる事もあるだろうけど、それをあたしの前で露わにするとはどういうつもりだろう。

 あたしが戸惑い気味にソニアを見ると、彼女は何事も無かったかのようにあたしに笑いかけ、次いでヨハンナの方を見る。

 「それじゃあ、そろそろ行くわ。」

 「うん、頑張って。」

 たったそれだけのやり取りではあるが、やっぱり2人からは独特の親密さのようなものが伝わってくる。

 「お姉さんも、また。」

 「あ、はい、よろしくお願いします。」

 彼女との短い会談の間に感情の起伏が激しくうねり過ぎたせいで、ここに至って彼女に対してどう接すればいいのか分からなくなってしまい、何だか妙な挨拶を返してしまった。

 しかしソニアは特に気にした様子もなく、ヨハンナの執務室を出て行った。

 ソニアを見送る為に立ち上がっていたあたしは、彼女が部屋から出るとグッタリと長椅子に座り込む。

 「固くなり過ぎよ、姉さん。まあ、気持ちは分かるけど。」

 そんなあたしを見て、ヨハンナはからかうように笑う。

 「はいはい、どうせあたしは小心者の小物ですからね。」

 ヨハンナの余裕たっぷりの口調が気に入らなったあたしは、大人気なく拗ねた口調で返事をする。

 ヨハンナは微笑んだだけで何も言わず、ソニアの分のお茶を片付けてから自分とあたしの分のお茶を淹れ直し始める。

 先程までのソニアの態度をとても非難出来ないようなだらけ切った姿勢でソファーに座りながらヨハンナの作業を見守っていたあたしは、一つ咳払いしてからヨハンナに尋ねる。

 「で、いつから知っていたの?」

 「え?何を?」

 ヨハンナはキョトンとした表情で訊き返してくるが、彼女は何でも知っているという思い込みが常にあるあたしには、ヨハンナが全て知っている上でとぼけているようにしか見えない。

 「あたしの4番目のクラスがドラゴンテイマーだって事よ。」

 「ああ、それ。正確には覚えてはいないけど、結構前からね。」

 ヨハンナは全く悪びれる様子もなくシレッとした顔で言うと、あたしの前に淹れ直したお茶を置く。

 「偶然知ったとかじゃないよね?」

 ヨハンナの開き直りとも取れる態度にあたしはまた少し苛つき、少し突っ込んで訊く。

 「偶然なんてあり得ないでしょ?あんまり姉さんが必死になって隠すから、逆に好奇心を刺激されてね。」

 やっぱり澄まし顔で悪びれずに答えるヨハンナさん。

 「ほらね。やっぱりヨハンナには隠し事は出来ないんだよ。」

 あたしの右肩からソファーの背もたれに移動したノエルの、相変わらず空気を読まない訳知り顔の発言が、更にあたしを苛立たせる。

 ペチンとその頭を叩いてやりたい衝動に駆られたが何とか自分を抑えて睨みつけるだけで我慢していると、あたしの向いのソファーに座ったヨハンナが淹れ直したお茶を優雅な仕草で飲みながら続けた。

 「ドラゴンテイマーみたいなレアなクラスを取ったのは驚いたけど、まあ、ドラゴンに出会える機会も無いだろうと思って知らない振りをしていたのよ。ただまあ、このタイミングで姉さんがドラゴンと遭遇したと聞いては色々と確認する必要もあってね。」

 そこまで言うとヨハンナはティーカップを置き、立ち上がって頭を下げてきた。

 「とはいえ、姉さんを引っ掛けるような事をしたのはやっぱり配慮を欠いていたと思います。

 ごめんなさい。」

 そう殊勝に謝られるとあたしも苛立ちが収まるだけでなく、逆に軽い罪悪感すら覚えてしまう。

 「そこまでしなくていいよ、もう。」

 あたしが立ち上がってヨハンナに顔を上げるように促すと、彼女は顔を上げてニッコリ笑った。

 「そう?ありがとう、姉さん。」

 そう言うとヨハンナは再びソファーに腰を下ろし、何事もなかったかのように優雅にお茶を飲み出す。

 こいつ、こんなに図太い奴だったっけ?

 それともあたしの方が、幼い頃のヨハンナちゃんのイメージを引きずり過ぎて、大人になった現実の彼女の姿が見えていないだけだろうか。

 ただまあ、あたしの方にも後ろめたい気持ちはある。

 「いや、まあ、バレてしまった今だからこそ言えるんだろうけど、よくよく考えればあたしの方こそ必死こいて隠すような事でもなかったかな、とも思う。少なくとも、ヨハンナくらいには言っておくべきだったかもしれない。」

 「まあ、隠していたのは姉さんらしい事だとは思うけどね。」

 おっかなびっくりとあたしは後ろめたい気持ちを吐露したが、ヨハンナはあっさりとした口調で斬って捨ててしまった。

 「現実主義者を気取っているけど本質はロマンティストだし、開けっ広げなようでいて見栄っ張りな所もあるしね。」

 そう言って、ヨハンナはクスクスと笑った。

 「そりゃあ、随分と高評価で。」

 「あら、姉さんのそういう所、結構可愛いいと思っているのよ。」

 自覚があり過ぎて反論出来ずに皮肉で返すと、ヨハンナは更に子供を諭すような口調で返してくる。

 「だからまあ、ドラゴンテイマーのクラスを隠していた件については別に怒ってはいないの。怒っているのは別の事よ。」

 そう言うとヨハンナは、静かにカップをソーサーの上に戻した。

 空気感が急に変わったのを感じ、あたしは思わず姿勢を正してしまった。

 「改めて言わせてもらいますけど、ドラゴンを相手にするなんて正気ですか?」

 妹の静かな口調と敬語がやたらと怖い。

 「いや、まあ、それは本当に弁解の余地もない。」

 正直、あたしとしては巻き込まれただけだし、未だ悪い事をしたという自覚は乏しかったが、ひたすら妹が怖かったので全力で謝る。

 「ただまあ、ドラゴンとの遭遇は予想外の事らしいし、何より生きて帰ってきたのだからこれ以上この件で姉さんを責めるつもりはありませんけど。」

 「そうか、うん。でも、本当にゴメン。」

 あたしはヨハンナの言葉にホッとしたが、一応もう一度だけ謝っておく。

 「あと、正直、ドラゴンとの遭遇が、わざわざギルド長が直々に出張ってくる程の大事って事に考えが及ばなかった。

 最初からエレノアとかに詳しい報告をしていればこんな面倒をかけずに済んだのにね。

 それについても謝ります。」

 一応、それ以外にもヨハンナに怒られそうな点を思いついたので、先回りして謝るとヨハンナは何故かクスクスと笑いだし、シレッとした口調で言う。

 「そもそもソニア自身、今日はわざわざ出張ってくる必要もなかったのよ。ドラゴンの件は、あたしが聴取して報告書を後で上げればそれで充分だったから。」

 「はえ?」

 あたしは喉の奥から妙な声を出してしまった。

 「……じゃあ、何で居たの?」

 「前からソニアは姉さんとゆっくり話をしたかったのよ。」

 疑問は1つ解明されたが、新たな疑問が浮かぶ。

 「あたしと?」

 もしかして質問を続けるあたしが間抜けに見えたのか、ヨハンナは再びクスッと笑う。

 「姉さん、駆け出し時代のソニアに結構世話を焼いてたんでしょう?あれでもソニアは姉さんに感謝してるのよ。」

 先程までのソニアとの会話を思い返してみたが、体よくからかわれていたばかりだった気しかしない。

 あたしの表情を見て、ヨハンナは全てを察した様に笑う。

 「まあ、ソニアにとっては姉さんをからかったのがいいストレス発散になったみたいだけど。」

 「やっぱり、そうだったんだ。」

 とてもソニアに対しては出来ないので、ヨハンナに対して膨れて見せる。

 「まあ、いつもはガーラをからかってストレス発散をしているんだけど、今回は流石にそれも無理だしね。」

 ヨハンナの言葉に、あたしは少し真面目になる。

 「ガーラさんって、これからどうなるの?」

 「まあ、副ギルド長からは降格されるけど、ハーケンブルク防衛部隊の指揮官のポストは内定しているから心配しなくて大丈夫よ。あの地位は今の所ほとんど閑職だけど、性根が真っ直ぐな彼女には今度の役職の方が合ってると思う。」

 ハーケンブルク内部の治安を守るのが衛兵部隊の役割なのに対し、外部からの脅威に対するのが防衛部隊の役割だ。

 陸の孤島といった立地にあるハーケンブルクは、元々外側から直接的な脅威に晒される可能性は低く、防衛部隊の規模は衛兵部隊より小さい。

 更に、海からの脅威に対しては防衛部隊とは別に海上部隊も存在しており、防衛部隊はもっぱら陸上からの外敵のみに対応する事となる。

 そして、海上部隊は回数こそ少ないが何度か海賊討伐などで本格的な実戦を経験しているのに対して、陸上部隊は創設以来100年以上の間小競り合い程度の実戦しか経験しておらず、その結果、『訓練だけの軍隊』といった謂れのない中傷の的になる事も少なくない。

 そういった事情もあり、その指揮官は閑職呼ばわりされている。

 「まあ、あたしにはガーラさんにとってどういう状況が良いのか判断はつかないけど、でも、ヨハンナ達にとっては彼女の降格はやっぱり痛手なんでしょう?」

 「そりゃあね。」

 ヨハンナはちょっと軽い口調で応じてから、また彼女らしくもなく、あからさまに迷った様な表情であたしを見る。

 その表情のまましばらくの間黙っていたので、あたしの方が耐えきれなくなり、つい尋ねてしまう。

 「どうかした?」

 ヨハンナは更に迷うような仕草を見せたが、やがて意を決したように口を開く。

 「これは、ここだけの話にして欲しいのだけど。」

 ヨハンナはそう口火を切ったが、まだ迷っているらしく次の言葉が出るまで更にまた、少し間が空く。

 無理に言わなくとも、とあたしが口にしかけた瞬間、ヨハンナの重い口がようやく開く。

 「まだ正式には何も決まってはいないんだけど、もしかしたらソニア、結婚するかもしれない。」

 「へ?あの人、付き合っている人がいたの?」

 あたしの能天気な答えに、あたしを見るヨハンナの目がみるみる冷たくなっていく。

 「冒険者時代ならともかく、ギルド長になった立場の今、恋愛結婚が出来ると思う?」

 「ああ、それはそうですね。」

 ヨハンナに割とガチ目のトーンで怒られ、あたしは身を縮こまらせる。

 確かに、独身のままギルド長になったソニアが結婚するとなれば、それはどうしても政治的な案件を含んでしまうのは致し方ないだろう。

 政略結婚を視野に入れなければならない程、政治的状況が悪化しているという事か。

 そこでふとあたしは思い至る。

 「だからこそ、あたしにドラゴンと乗騎契約して欲しかったの?」

 「まあそれは、確かにそう思ったりはしたけど、でも、そう思ったのはあたしの弱さだから、その話は忘れて。」

 途端にシドロモドロになるヨハンナ。

 ヨハンナとしては、ソニアに望まぬ政略結婚などして欲しくはないが、かといってそれを回避する為にあたしを政治の世界に引き込むのも気が引けるという事だろう。

 「まあ、具体的な話は何も進んでいないし、ソニアがそういう事も選択肢に入れたってだけの話だから、気にする事もないんだけどね。」

 ヨハンナはそう言って笑うが、明らかに無理矢理作った笑顔がやけに痛々しく見えた。

 その痛々しい笑顔の理由も気になったが、それよりも何とか妹を慰めたいという気持ちがより大きく心を占める。

 だが、情けない姉のあたしにはその方法が分からず、何を言っても逆効果になりそうで具体的な行動を躊躇してしまう。

 その時、執務室の扉がノックされた。

 「何ですか?」

 一瞬にして弱々しい表情が消え、副ギルド長の顔に戻るヨハンナ。

 我が妹ながらその豹変ぶりに驚いていると、扉の向こうから声がする。

 「エレノアです。申し訳ありませんが、ゾラさんはまだそちらにいらっしゃいますか?」

 エレノアの言葉を聞いて、ヨハンナはあたしに視線を向ける。

 あたしが頷くと、ヨハンナは扉の向こうに声をかけた。

 「まだ居ますよ。入ってきて構いません、エレノア。」

 ヨハンナの了解を得て、エレノアが入室してくる。

 彼女はヨハンナに一礼してから、あたしの方を見る。

 「ゾラさん、異人街のメッセンジャーを名乗るレナというハーフキンの方がいらしているのですが、ご存知ですか?」

 「ええ、知ってますけど?」

 「彼女は緊急の用件があって、至急ゾラさんに会いたいと仰っているのですが。」

 レナは不思議ちゃんではあるが、基本真面目な性格だ。その彼女が言うからには本当に緊急の用件なのだろう。

 ただ、まだちょっと妹が心配だったので、振り返ってヨハンナの方を見ると、彼女は力強いが一方で本心を見通せないような笑みを浮かべた。

 「あたし達の用件は済んだから、行ってあげて。」

 本心はどうあれ、妹が業務モードに入った事は明らかだったので、あたしは外套掛けに掛けてあった、まだ半乾きのフード付きマントを引っ掴む。

 「すぐに行きます。案内して下さい。じゃあ、またね、ヨハンナ。」

 「ええ。あんまり無理しないでね、姉さん。」

 エレノアの前だからか、幾分余所余所しい態度に変わった妹と挨拶を交わした後、彼女の執務室を慌ただしく出る。

 ふと気づくと、エレノアの表情がひどく強張っていたし、歩くスピードも小走りに近かった。

 「どうかした?」

 この程度の歩くスピードは全然苦にはならないが、いつもポーカーフェイスのエレノアの、今の表情は流石に気になって思わず尋ねる。

 「そのレナってハーフキンの娘なのですが、ちょっとパニック気味でして。奥で休むように勧めたのですが、急ぐからの一点張りでロビーから動こうとしないのです。」

 全く歩くスピードを落とさずに言ったエレノアの説明に、あたしは驚く。

 「え、あの娘がそんな状態なの?」

 あのマイペースな不思議ちゃんがパニックになるなど、にわかには信じられない。

 「受付嬢の一人が付き添っているので大丈夫だとは思いますが。」

 エレノアが質の悪い人冗談を言うはずもないので、あたしの歩くスピードも自然と速くなってしまう。

 エレノアに案内されるままギルド1階の広大なロビーに着くと、その片隅には濡れたフード付きマントをまとったままの小柄な人物が、落ち着かない様子で同じ場所をグルグルと歩き回っており、その傍には若い受付嬢が1人、心配そうに付き添っていた。

 「レナ?」

 あたしが声をかけると、その小柄な人物はパッと顔を上げて、あたしを見上げる。

 エレノアの言葉通りに、あのレナが半泣きに近い青ざめた表情をしており、それを見ただけであたしは狼狽えてしまった。

 「ゾラ、大変、だよ。すぐ、に、来てよ。」

 半パニック状態のレナは、言葉が上手く出てこないのか、音節ごとに区切って話すのでひどく聞き取りにくかった。

 内心の動揺を抑え込みながら、要領を得ないレナを落ち着かせようと、あたしは子供を相手にする時のように膝を床につけて彼女と目線を合わせ、笑顔を作り落ち着いた声を出すよう意識しつつ言う。

 「落ち着いて、レナ。何があったの?」

 見た目が子供でも実際は大人であるレナは、すくにいくらか自制心を取り戻したらしく、表情に少しだけ落ち着きが戻る。

 「ダリルが。」

 「うん。」

 やっぱりまだ、音節ごとに区切って喋るレナの口から最初に出た固有名詞に少なからぬ動揺を覚えつつ、あたしは作った笑顔を崩さずに、先を促すべく相槌を打つ。

 「倒れた。」


 前書きでも触れました通り、次回の投稿は6月上旬を予定しております。

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