巻き込まれて異世界に来てしまったけど、聖女とか関係ないのでのんびりします。
30.
国中を覆う空気の質が変わったと感じていたのは、兵士や騎士たちだけではなかった。王都や町で暮らす人々も、森で林業や狩りを営むひと達も、いままでどんよりとしていた重苦しい空気が消え去っているのを感じていて。商業であちこちと動き回る商人たちも、スペード公国に向かう道中はとてつもなく安心できるということに、気付き始めていた。
「ここ最近、スペード公国に向かう森の公道に入っても魔物や魔獣が出て来なくなった。」
「おお、お前さんも感じていたか? スペード公国を囲っている森の雰囲気が、変わっているんだ。それに、俺は今までこんなに晴れ渡って青く光る空を、どの国でも見たことがない。」
「どの国にも聖女様はいらっしゃるが。国同士の国境に立つと判るぞ。スペード公国がいかに浄化されているか。」
「とてつもなく聖力の強い聖女様が、就任されたのか?」
「皇族から通達がないから、判らないんだが。けど・・・・・。そうかもしれないなぁ・・・・・。」
なら、他の国々にも安心して交易ができるようにして欲しい。と商人たちは、願うようになっていた。
街でも暮らす人々は、国全体を包み込む空気の質が変わったことに気付いていて。いままで、陽が沈むと外に出ることなんて危険すぎてできなかったことも、一軒隣の家までなら安心して出ることが出来るようになっていて。更に、子どもたちも元気よく遊び回れるようになっていた。
「ここ最近の、天気はとっても良いねぇ。お洗濯物がとっても乾いて、お布団もふかふかだよ。」
「そうさねぇ。あれほど濁っていた水も、透明になっていて綺麗だし。なにより、子どもたちが安全に外で遊べるようになったよ。」
「森の近くまで行っても、魔獣も魔物も出てこないから。商人たちの行き来が良くなって、市場もにぎわうようになって来たねぇ。」
「本当の。とてつもなく聖力の強い聖女様が、お就きになられたのかねぇ?」
「お城からの通達がないから。解からないんだけどねぇ。でも、そうかもしれないねぇ・・・・。」
「それなら、嬉しいねぇ。聖女様にお礼をお伝えしたいねぇ。」
共同洗濯場で話をしている女性たちの間でも、スペード公国の変化が話の中心になっていた。
一番の恩恵を受けているのは、その子どもたちであった。国中を覆い尽くすかのようにあった瘴気が消え去り、小さい子どもたちが寝込むことも少なくなり。外で走ってはしゃぎ回り、遊び回れるようになり。王都の城下に、子どもたちのとても楽しい声が響いていた。
「・・・・・子どもの声がまた聴こえるようになるなんて。」
「・・・・・もう、聴こえるようなるなんて考えてもいなった。」
街のシンボルともいえる噴水広場で、遊び回る子どもたちを見て、大人たちは感慨不覚に話し合う。
「これもきっと、力の強い聖女様がいらしてくださったおかげか。」
「城からの通達は全くないけどなぁ。でも、そのおかげかもしれない。」
きゃあきゃあと、遊び回る子どもたちを見て、大人たちの顔も自然とほころんでいた。
朝、起きた美奈は、欠伸をして体を伸ばす。起きると、お腹に乗っていたのかネコがコロン。と落ちた。
「ふあああ。・・・・・もう、ちょっと重たいなぁ。と思ってたら。ネコがお腹で寝てた。」
よっこいしょっ。とベッドから降り、ラグで毛布を被って寝ているリルとドランを見る。野性味がなくなってしまっているようなリルとドランを見て、美奈は笑うと着替えて寝室からリビングに出た。
「あ、今日はロイが来るんだった。きっと、また疲れをためた状態で来るんだろうし。どこでも寝られるようにしておこうかな。」
それなら。と少し考え、想像し、創造をする。
「よしっ。ハンモック! 創造!!」
ピカッ!!
一瞬にして、光りがはじけたと思うと、窓側のスペースに昼寝をするにはもってこいのハンモックができていた。
「よし、よし。これぐらいの強度なら、ここで寝ていても大丈夫。・・・・・ネットじゃなくて、布にしたし。枕かクッションを置いてっと。」
以前見たことがあるキャンプの展示を思い出し、座って強度を確かめ納得する。
「こういうのって、アウトドアをしないと使わないとか思っていたけど。こういうふうに使うのも良いかもね。というか、自分がもうここで寝てしまいそう・・・・。」
ゆらゆらと揺れるハンモックの揺れが気持ち良く。まるで、胎動のようで。身体が横になりかけるのを止めて、ハンモックから離れた。
起きて来たリルは、窓際に出来ている物を見て、美奈を眼を細めて見る。
「えへへ。お布団代わりって云うのかなぁ~~~。」
〈だからと云ってだな。外にもいろいろと造っているのに。中も随分とあれから増やしているだろう。もうそろそろ、不自然に思われても仕方がないと思うぞ。〉
「そ、そうかなぁ・・・・・? ロイもヤンさんも、疲れているだろうし。きっと、頭が動かないから聴いてこないと思うよっ。それに、今日来る目的は、ドランちゃんだしっっ。」
〈家庭菜園はともかくとして。厩舎はどうやって造ったのか、ヤンとやらが訊いてくるかもしれんぞ。〉
「・・・・・・ごまかすし。もとからあったよって。」
どこまでも楽観的な美奈に呆れつつ、リルは用意されていた朝食を食べ始めた。
朝一番に城を出て、美奈が住む森までロイは馬を走らせていた。そして、その森の静寂さと静謐さに驚きを隠せずにいた。
「・・・・・こ、ここの森は、こんな感じだったか? ヤン」
「・・・・い、いえ。以前は確か、ずっと暗くて陽の指さない場所しかなく。道も、獣道に近かったと・・・・。」
「だよな。美奈が住むにあたって、整地はしたが。ここまでではなかったと記憶している。それに、森もとてつもなく綺麗になっている。」
「はい。・・・・・・一体、ナニがあったのでしょうか? ここまで森が変わるのは・・・・。」
「私はひとつのことにしか、考えが至らない。・・・・・ヤンは?」
「・・・・・申し訳ございません。私もです。」
ロイとヤンの考えはひとつしかなく。だが、彼女自身がそれを望まないだろうと、考え、馬を走らせた。
美奈の家の屋根が見えて来て、ロイとヤンは思わず馬を止めて見入ってしまう。柵は確かにつけていたが、上と下になにやら丸いものが見え。更にその柵の先を見ると、緑が実っているのが見え、そしてそこに何かしている美奈の姿が見えた。
「・・・・・ロイ様。」
「・・・・あ、ああ。とりあえず、行こう。美奈が何かしているようだ。」
馬を動かし、ロイとヤンは道を進む。見えて来た美奈の背後に飛んでいる物を見て、ロイとヤンは急ぎ走らせた。
「美奈!!」
「美奈様!!」
ヒヒーーン!! 美奈の後ろに飛んでいる物に、馬たちは脚を止める。ロイとヤンは、馬から降りると美奈のところへ走った。
「・・・・・あれ? ロイとヤンさん。お昼ぐらいに来ると思ってたのに。早いねぇ~~~。」
立ちあがり、手を振る美奈の手を強く掴み、ロイは後ろへと隠した。
「ま、まさかっ。本当に、ドラゴンがいるなんて・・・・・・。」
ヤンが剣を抜き、ロイと美奈の前に立つ。ドランは、パタパタと羽根を動かし、ジッと見ていた。
〈・・・・・なんだ、こいつらは。突然入って来て、我れから美奈を奪うとは。〉
〈落ち着け。コヤツらは、スペード公国の第2皇子とその側近だ。美奈の後見人でもある。〉
ドランとリルが話すのを聴いて、美奈はロイとヤンに云った。
「ロイ、ヤンさんっ。新しく一緒に住むことになったドランちゃんだからっ。なにもしないから大丈夫だよ。」
「美奈。いくら小さいと云っても、ドラゴンはドラゴン。この世では魔獣の最強種と云われている。危険極まりない魔獣なのです。」
「危険なら、もう食べられていてもおかしくないでしょ? ドランちゃんは、怪我をしていてそこにあるトマトを全部食べちゃったんだよ。それで、ね・・・・・。」
「トマトを食べた? ドラゴンが? ・・・・・いえ、その前にこの菜園はいつ作ったのですか? この間来た時には、なかったでしょう?」
ヤンが驚きながらも、家庭菜園を見て訊く。美奈は、頬を掻きつつ云った。
「暇だったから。リルとネコちゃんに手伝ってもらってね。・・・・・あ、そうだっ。厩舎も造ったからっ。馬さんたちをそっちで休ませてやってっ。」
「「は!? 厩舎!?」」
美奈の言葉に、眼の前のドラゴンのことを据え置いて、ロイとヤンは声を揃えて訊き返した。




