第二十一話 龍の谷前編
「水、水、魔術師殿、魔法で水を出してください」
「すまぬ、魔力切れだ。半日待ってほしい」
寒いのと暑いのどちらかを選べと言われたら、アタイは寒い方を選ぶ。地熱が凄い。間違いなく体温よりも気温の方が高い。
早く下山しないと持って来た水が無くなってしまう。魔法で水を出しても熱湯だし。
「司祭様たちは、フードを被っておられて暑くないのですか?」
「この服には気温を一定する術式が刺繍されているので、フードを被っている方が心地よいのです」
「便利な服ですね。羨ましいです」
暑い、ともかく、熱したフライパンの上を歩いている気分だ。でも、アタイたちは司祭様の服の恩恵を受けているので、後続の冒険者さんよりは涼しいはず。
後続の冒険者さんたちが、暑さで何人かが倒れている。それを助けると自分も倒れてしまうので放置する、冒険者のお約束だ。ただ一つのパーティを除いて。エルトムさんは自分のパーティメンバーを二人も抱えて歩いている。
マジもんの化け物だ。
下山途中で四人の冒険者が倒れた。現在生きている人間は二十六名だ。
◇
黒龍山の中腹まで下山すると秋の気配がし出した。やっと息が付ける。
「ふう、灼熱地獄エリアを抜けた。下山したら一本道なのか。これなら迷うことはないよね」
「ミサさん、迷うことはないですけど、ワイバーンの群れの下を歩くことになりますよ」
「司祭様、ワイバーンも龍の言葉はわかりますよね」
「言葉を話す龍は古龍のみです。生まれてから千年以上生きた龍しか言葉を理解しません」
「ワイバーンの寿命って二百年あるかなしか? だよね」
「俺たちって、ワイバーンにとっては餌にしか見えないってこと!」
「ありゃ、困った。ここで作戦会議をしないと全滅しちゃうよ」
「エルトムさん、ちょっとご相談があります」
「何だ? 水はないぞ。全部コイツらに飲ませてやったからなあ」
小脇に抱えたパーティメンバー二人を持ち上げた。やはり化け物だ。
「ワイバーンなんですけど、龍の言葉がわからないそうです。でもって若いドラゴンも司祭様たちの話す龍の言葉がわからないそうです」
「国王陛下は、龍、ドラゴン関係はすべて司祭様が対応すると仰っておられたが、それは嘘か?」
「私たちは亜龍にも若い龍にも対応は出来ません。それとですね、若い龍は黒龍様のお子様である可能性もございますので、冒険者の皆さま、ご注意下さい。亜龍は狩っても問題ないかと思います」
「ワイバーンを狩れってか、簡単に言ってくれるじゃないか。一頭狩るのにベテラン冒険者が二十人は必要だ。一本道の上を飛んでいるワイバーンは軽く見積もっても四十はいるぞ」
「皆さん、ここで野営します。亜龍との戦いに備えて下さいな」
リベラ司祭様が号令を掛けた。
司祭様たちが布の袋に山の土を詰めている。
「司祭様、何をされているのですか?」
「気休めですけど、亜龍がこの山に近づかないのはこの山の臭いが嫌いなのかしれないと思いましてね。亜龍の天敵は龍ですから。この山には龍の臭いで満ちているので、気休めですけどね」
ワイバーンはこの山には近づいて来ないのはそうしたら理由かもしれない。
「ジュン、サオリ、この事を各パーティのリーダーに伝えて来て」
「ミサさん、了解です」
翌朝、アタイは目が丸くなってしまった。
「えっ、何これ。全身泥パック状態……」
各パーティのメンバー全員が頭から靴の先まで黒龍山の土を塗っている」
「どうだ、ミサ、これでワイバーンも俺たちを襲うのを諦めるだろう」
「そうなると良いですね! エルトムさん」
◇
アタイたちは黒龍山を下山してワイバーンの群れが待ち受ける一本道をまとまって歩き出した。先頭はアタイたちのパーティ、その後ろに司祭様たち。その後ろに全身泥パックの冒険者たちが一塊になって歩いている。
ワイバーンも龍の臭いが気になるのかすぐには襲って来ない。周囲を警戒している素振りが見て取れる。この作戦は行けるかもって思ったら、数頭のワイバーンがアタイたちを襲って来た。
アタイはシールドを五枚重ねにして防いだ。シールドで止められたワイバーンの目を狙ってサオリが矢をはなつ。ワイバーンはたまらず上空に逃げる。ジュンはサオリを守るいつもの戦い方をする。
超一流の冒険者の皆さんはワイバーンの指を斬り落としたり、サオリ同様に目を狙って矢を放っている。魔術師はアタイと同じでシールドを張って防御に徹していた。
しかし、ワイバーンの鋭い爪に引っ掛けられて三名の冒険者が連れて行かれた。これで生きている人間は二十三名になった。
夕暮れ近くなるとドラゴンが上空にやって来た。ドラゴンたちは私たちには目もくれずにワイバーンを狩りだした。
アタイたちはその間に全力で前に進んだ。ワイバーンはドラゴンの生活領域らしきところには入らない。あそこまで行けば、アタイたちは助かるはずだと思って全力で駆けた。
エルトムさんは両腕に司祭様を抱えて先頭をきって走っている。マジで化け物だ。




