第一話 ノロマの魔女
「テメエの魔法は遅いんだよ。俺たちいつもギリギリで戦わないといけねえ。怖いんだよ。もうお前はいらねえ。どこへでも行きやがれ! ノロマ」
「ええ、アタイ、あんたたちの無理なお願いをずいぶんかなえてきたのに、追い出すなんてひどいよ!」
「うるせーーーー!」
アタイはパーティから追い出された。小規模パーティ初、十五階層を攻略して、アタイは幸福の絶頂だったのに。どうして追い出されなきゃいけないんだよ。
◇
浴びるようにエールをがぶ飲みしている。
「マスター、お代わり」
「ねえ、ミサちゃん、そんなに飲んだら体に毒よ。お水も飲んで」
マスターはオネエが入っているので、言葉遣いが女性ぽい。
「ねえ、マスター、おい、シールドだ、やれ、土壁だ、命中率上げる魔法を矢に付与しろとかいっぺんに言う連中の指示通り魔法をかけていたら、そりゃあ遅くもなるよ。でもさ、ノロマじゃあないよね! マスター」
いつもギリギリって、お前らがバラバラで戦うからギリギリなんだよ。ふざけるな。ドン、ジョッキをテーブルに叩きつけてしまった。
「マスター、ごめん。今日さ、パーティをクビにされた」
「良かったじゃない。ピンハネしているパーティをクビになって本当に良かったって、あたしは思うよ」
「ピンハネって何のこと?」
「リーダーのロスはちゃんとパーティメンバーに、幾らでお宝が売れたのか、正直に言っていないのさ」
「その上、相方のハンスと二人で稼ぎの七割を取って、残ったのを弓使いと戦士に二割、残りを斥候とミサに分けているってもっぱらの噂だったよ」
「アタシとしてはさあ、最近冒険者がバタバタ死んでるから、ミサちゃんには冒険者を引退してもらって、この店をやってもらえると嬉しいのだけどね……」
「冒険者がバタバタ死んでいるの?」
「その、話も含めて、ジュンとサオリと話してくれないかい」
「誰、ジュンとサオリって」
◇
「俺がジュンです。こっちはサオリって言います」
子どもが二人、でも冒険者の認識票は首から下げている。
「あなたたち、十五歳? どう見ても十三歳かそこらにしか見えないのだけど。二人の認識票を見せてね」
「本当だ、二人とも冒険者登録してる。認識票も本物だね……」
「僕たち、冒険者になって一か月です。今、ダンジョンの一階で頑張っています。でも、最近、絶対おかしいんです。他の冒険者さんが、この階層には絶対いないモンスターがいるとか言うし、朝、会ったベテラン冒険者さんたちが昼には死んでるんです。それもまだ三階層なのに……」
◇
「マスターどういうことなの?」
「分からないよ。でも、ダンジョンの様子が変わったとかで調査隊がダンジョンを調べるらしいって聞いたよ」
「俺たち、たぶん、このままだと絶対死にます。それでお願いなんですが、僕たちとパーティを組んでもらえませんか」
「お願いです。今、俺たち、このお店の雑用をして何とか生きてます。でも、冒険者になったからには冒険者として生きたいんです」
「冒険者として生きるかあ」
「アタイなんかさ、どっぷり冒険者の世界にハマってしまっているから、今さら一般社会には戻れないの。でもさあ、あんたたちは、この酒場の仕事をしてちゃんと生きているじゃない。そっちの方が凄いことだと思うよ」
「ミサちゃん、アタシもね、この子たちに同じことを言ったんだけどね。俺たちの父さんは冒険者でした。素晴らしい冒険者だったと思いますって言って聞かないのよ」
父親に憧れての冒険者かあ」素晴らしい冒険者なんていないのにさ。
「あなたたち、冒険者はモンスターだけじゃなくて人も殺すのよ。アタイもこの手で何人もやった」
「……」
「それで、その素晴らしい父さんはどうなったのさ」
「モンスターと戦って、パーティメンバーを守って死んだと聞きました」
おおかた、モンスターに襲われて、ケガをして、パーティメンバーに置き去りにされた口だろうな。冒険者はモンスターの命を狩る代わりにこっちも命を差し出しているから。仕方ないんだけど。
「あなたたちのパーティに入ってやっても良いけどさ、条件がある。アタイがリーダー。アタイの言うことは絶対。取り分はアタイが九であんたたちが一で、良いなら、パーティを組んであげても良いよ」
「それでお願いします」
「契約成立だね。でも、もう一度言うよ。冒険者は人殺しだよ」
「……」
「それでも冒険者になるんだね!」
「はい。なります」
「そうじゃあ、あんたたちの役割を教えて、アタイは支援魔法が使える魔女」
「俺は剣士」
「アタシは弓使いです」
◇
「ミサちゃん、足手まといを抱えてダンジョンに入るのは、ソロで入るより危険なことは知っているよね」
「知っているよ。でもさあ、アタイがパーティに入らなかったら、すぐにあの子たち死ぬと思うの。冒険者に変な憧れを持っている限り、間違いなく」
「それにさあ、アタイも所属なしって寂しいからあ……」
「ミサちゃんもうちで働いたら」
「マスターみたいに、冒険者でめっちゃ稼いだら考えるよ」
「無理を承知で言うけど。あの子たちは死なせないでほしいのよ」
「出来るだけ、頑張ってみる。マスター。でもあの子たちもさ、冒険者やってるわけだからね……」
「わかってる。アタシね、子どもがいないからさあ、あの子たちを養子にしてこの店継いでほしんだよね、出来れば長女はミサで長男がジュンで次女がサオリが一番嬉しいのだけどさ」
「あの子たちが冒険者が嫌になるようにしたら良いんだね」
「まあね。でも、ミサちゃん、あの子たちの夢をぶち壊すと嫌われるわよ」
「良いよ。アタイは冒険者なんだから、嫌われてナンボだしさ……」
「そうか……、ミサ、あの子たちをお願いね」
「はいよ。エールお代わり!」
「もう、本当に飲みすぎだよ……、これで帰りなよ。うちも閉店なんだからさ」
◇
子どもたちとダンジョンに入った。ここからは人の定めた法律は関係ない。生きてダンジョンを出てきた者が正しい。死んだ奴は忘れる。
「おやまあ、ガキ連れですか。パーティを追い出されたノロマの魔女様よ」
ドコン
「ウギャーーー」
私に声を掛けてきた古参冒険者を、突風で壁に叩きつけてやった。
「あれ、まだ生きてるじゃん。さすがはベテラン冒険者だね。何が起きても受け身は大事だよ。ジュン、サオリ、あのおじさんの受け身よく見たかい」
「はい、見ました」
「ミサ、お前って攻撃魔法使えたんだっけ? 支援魔法専門じゃなかったの?」
「アタイはそんな三流魔女じゃないつーの」
「そうかあーー、なあ、ミサ、ガキ連れではなくうちのパーティに入らないか。その方がダンチで稼げるぜ」
「突風の魔法で、アタイの実力がわかるのはやはりベテラン冒険者だね」
「二十数年ダンジョンで生き残っただけのことはあるよね。アイツらとは大違いだ。でも、このパーティのリーダーはアタイだからさ。このパーティが解散したら、誘ってよね」
「悪いことは言わねえ、ガキ連れはヤバいって……」
「わかってるよ。見捨てる時は躊躇しないさ」
「ミサ、まあ良いや。ともかく俺は言ったからな。ガキども、リーダーの命令は絶対だ。死にたくなければ、ミサの言う通り動け。しくじれば死ぬ」
「……」
「ジュンとサオリ、おじさんからのありがたいお言葉だ、ありがとうございます、だろう」
「ありがとうございます」
「躾も大事だなあ。うちはもう全員手遅れだけど……」
「俺たちもちゃんと挨拶は出来ます。ウッス」
「じゃあ、俺たちは先に行く。生きていたらまた会おうや」
「それじゃあまたね。ソルドの親方さん」
「ジュンとサオリ、あれが、このダンジョンで古参中の古参のソルドの親方のパーティだ。あのパーティが最古参になれた理由がわかるか? ジュンとサオリ」
「……」
「仲間を見捨てるのに躊躇いがない。あのパーティは年に二、三人はダンジョンで死んでいる。ポーションでケガが治らなければ、その場で置き去りにする。それがあのパーティのたった一つの規則なんだよ」
「それが冒険者だ。よく覚えておくように」
「……」
「そんじゃ、ダンジョンの第十階層に行きますか?」
「ダンジョンの第十階層って中堅の冒険者でも行かない階層だと聞きました」
「そうだよ。でもさ、訓練には最適な階層なんだよ。生き残れればだけどね、ビビるなら今日から、マスターの酒場で働くってここで誓え!」
「嫌です。俺たち冒険者になります」
「それじゃあ、付いて来な。アタイから十メートル離れたら二人とも死ぬよ」
「はい!」