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3/3

♯3 はじめての一撃必殺


 目を覚ますと、既に外だった。

 日は傾き始めていて、空が茜色に染まり始めている。


「お目覚めか。いま医務室に運んでいるところだ」


 どうやら俺は担がれているようだった。

 全身に痛みがある。顔も腫れているのがなんとなくわかった。きっと俺はブサイクな面になっている事だろう。


「決闘は…負けた…のか」


「そうだな」

 

 俺を打ちのめしたアルト・フォン・シュナイダーは、敗北者を背負って医務室に向かっている最中というところだろう。


「律儀だな」


「当然だ。吾輩から仕掛けた決闘だからな」


「…恥だ」


「まさか貴様ほどの男が、あんな弱い宝剣と契約するとはな。闘神も見る目がないというものだ」


「同情はいらねえよ」


 と言いつつも、背負われるしかない俺はいくらなんでもダサすぎる。決闘に負けた相手に情けをかけられて、医務室にその手で運ばれているなんて姿、あの子には絶対見られたくない。


「あれほど弱い宝剣というのも聞いたことがない。何か特殊な固有スキルがあるんじゃないか? なぜ使わなかった」


「…? 固有スキル?」


「なんだ。そんなことも知らないのか。まあ、民衆には宝剣は秘匿情報だ。知るよしもなしか」


「何言って…」


「最後に貴様を仕留めた爆発。あれは吾輩の宝剣の固有スキル『爆裂』によるものだ」


「魔術…じゃなかったのか」


「魔術とは別の理で動く、宝剣特有の力だな」


「んなもんがあるのか…」


「貴様の宝剣にもあるはずだ。契約の儀の時に確認しなかったか?」


「いや…あまりの弱さに驚愕してたから、そればっかりで」


「あとで確認してみると良い。だが、どんな力が眠っていたところで、あの弱さは到底覆らないだろうがな」


 弱い、と言われて反論できないのも、なんとも悔しい話である。

 だがこのアルトという男。最初はいけすかない野郎かと思ったが、負かした奴をわざわざ医務室に連れてくために担ぐとは、貴族とは思えないお人好しだ。


「お前、なんで貴族のくせに一般入試受けたんだよ」


「あの時言っただろう。腕を試したいと」


「変な奴だな」


 二日前の試験じゃ、俺の方が強かったのに、宝剣一つ契約するだけで手も足も出なくなってしまった。あまりにも酷な現実に、涙が出ちまいそうだった。


 するとーーーーー



「おいおい、アルト。ボロ雑巾のような男を背負っているな。弱い者いじめでもしてきたのか?」



 俺を担いで歩くアルトの前に、金髪を固めて尖らせた髪型の学生が立ち塞がった。何やら偉そうにふんぞりかえったその男の周りには、五人くらいの見るからに取り巻きっぽい青年たちが立っている。


 ネクタイが紺色なのを見るに、金髪の男はどうやら学年が上の先輩のようだ。


「ダグラス兄さん…」


 アルトが金髪の男に向けてそう呟いた。

 こいつが兄貴? あんま似てないように見えるが。


「すまない。少し面倒になりそうだ。そこで待っていてくれ」


 アルトは俺を芝生の上にゆっくりと降ろすと、金髪の男……ダグラスの前に向かっていく。


「吾輩はこの男を医務室に連れて行かなくてはならない。そこをどいてほしいのだが…」


「俺の話を少し聞いてけよ。そのあとは好きにすればいい」


「…何の用だ」


「俺は言ったはずだ。お前が騎士になることは許さないって」


「吾輩の人生は吾輩で選択する。一般入試で入ったんだ。文句もないだろう」


「ま、貧民に混じって入学したのは笑えるが、それにしたってお前にその資格があるとは思えんな」


「何が言いたい」


「そりゃもちろん、売女の薄汚れた血が、騎士になるなんざ笑える話だろう」


「っ!」


 恐らく、ダグラスという男の今に発言は、アルトの決定的な逆鱗に触れたのだろう。アルトは右手を開き、力を込めると宝剣「灰色の爆撃機(パイロレンジア)」が召喚される。


「おいおい。私闘は禁止だ」


「今の発言を訂正しろ。母を愚弄することは許さない」


「くくっ、てめえの母親は淫乱な雌豚だ。妾の子の分際で、貴族ヅラしてるんじゃあない」


 半笑いで言い放ったダグラスの背後で、取り巻きの生徒たちがクスクスと嘲るような笑い声を上げた。虫が背中を這うような不快感を覚えるほど、醜い笑い声だった。


 アイツ、妾の子だったのか。


「いいだろう。吾輩も騎士になった。この宝剣で貴様を討つ」


「先に剣抜いたのはテメエだからな」


 ダグラスは宝剣を召喚すると、それは彼の身の丈よりも巨大な黒鉄色の棍棒だった。俺の宝剣と形状は似ているが、そのサイズは桁違いだ。


「この黒狼断崖(ヴォーウルフ)は、見た目こそ不恰好だが一撃の重さは…」


「行くぞ。灰色の爆撃機(パイロレンジア)


 アルトは躊躇なく銀色の剣を振るった。その瞬間、固有スキル『爆裂』が発動した。閃光が迸り、盛大な爆発が風を生み出して芝生を靡かせる。


 これが宝剣の力。

 凄まじい威力に息を呑んでいると…。


「馬鹿が。今さっき契約したばかりのルーキーに、俺の障壁が破れるわけねえだろ」


「なっ…」


 しかし、ダグラスは傷どころか砂埃一つ付けずにその場に佇んでいた。

 奴の肉体を防御するのは、その全身を覆う半透明な障壁である。異能(ステータス)のうち、斥力を利用することで生み出される防御結界だ。


 ブンッッッ、と重厚な音を立てて、アルトの脇腹にダグラスの柱のような棍棒が叩き込まれた。それは彼の障壁を容易に叩き破って肉体を打ち付ける。


「っっ!!!!」


 おかっぱ頭の貴族アルトは、いとも簡単に吹っ飛ばされて、芝生の上に転がって悶えた。


「おいおい。軽く振っただけだぞ」


「…っ、…ぁあ」


 俺が手も足も出なかった男が、今度はあっという間に敗北した。その事実が、より一層俺の虚しさを増長させる。


「売女のガキが…俺と対等でいるつもりかよ」


 ダグラスはアルトを踏みつけて、ニタリと邪悪な笑みを浮かべる。


「教えてやるよ。お前に騎士は無理だって」


 ダグラスは、もう動けるようには見えないアルトに向けて、巨大な黒鉄の棍棒を振り上げた。


「待てよ…!」


 俺は声を振り絞ってそれを止める。


「あぁ?」


「もう、勝負はついてんだろ」


「何だお前。俺に意見をするのか? ていうかお前、確か孤児院育ちで入学したっつう奴だろ? そんな下級国民がどうして俺に意見ができるんだ?」


「そんなに暴れたきゃ俺が相手してやるよ」


 俺は痛む身体に鞭を打ち、なんとか立ち上がると、ダグラスは今にも吹き出しそうに頬を膨らませる。

 

「お前、アルトにも勝てない癖に、俺と戦おうってのかよ」


「勝負はやってみねえとわからねえ。猿にでもわかる常識だぞ。かかってこいよ猿以下」


「いい度胸してるじゃないか。殺してやる」


 ダグラスが宝剣を引きずりながら俺の方へと迫ってくる。武者奮いではない恐怖から震えが起こるのを感じた。


「待て…そいつは関係ないっ」


 アルトがダグラスを止めようとするが、「黙れ」と踏みつけられる。


 コイツとは決闘した縁があるが、そもそもこのダグラスっていう金髪野郎は気に食わない。生まれがどうので人を見下す奴を、見返したくて俺は騎士になるんだからな。


「こいや、金髪ザル」


「ぶっ殺してやるよ」


 ダグラスは、大きく宝剣を振り上げる。黒鉄の棍棒が俺を叩き潰そうと迫る。


 出でよ、眠り姫の親指(ワンスタンプ)


 俺は相棒の宝剣を召喚し、なけなしの異能(ステータス)を振り絞ってその一撃を回避する。敵の棍棒が大地を穿ったその瞬間、とてつもない衝撃が大気を軋ませる。

 すげえ一撃だ。

 こんなの食らったら一発であの世行きだろう。


 だが、俺は踏み込む。

 ここで臆したら、そん時は俺の魂が死んじまう。


 なあ、相棒。

 なんでそんなに弱いのかは知らねえが、固有スキルだろうがなんだろうが、もし隠れてる力があるなら、今ここで発動してくれ。


 もう、負けたくねえんだ。


「!」


 その時だった。

 俺の期待に応えるように、純白の宝剣が青白く光を放った。

 燐火のような、淡くも美しい輝きだった。


 ダグラスは余裕そうに言った。


「お前の攻撃が、俺の障壁を突破できるはずがないだろ」


 ダグラスは身に纏った障壁の強固さに慢心しているのか、隙をあえて見せつけてくる。


 だったらそこを叩くだけだ。


 光り輝く眠り姫の親指(ワンスタンプ)を、横薙ぎに払って振るう。


 ダグラスの脇腹に、俺の宝剣が打ち込まれる。


 すると、刀身が障壁を通過するのがわかった。そのまま光り輝く一撃を振り抜くと、青白い雷撃のような光がダグラスに迸った。


 バチチチ、バチチチチチッッ!!!


 と鈍い音を立てて、ダグラスの長身を青白い雷光が伝う。


「ぅぅぅがぐぅがああああああああああああああああ…あ、あり得ねぇ…なんだ…このっ…ぁっ」


 悶絶し、口を開けて叫ぶダグラスは、白目を向いている。


「?」


 そしてそのまま、煙を口から吐き出してその場に倒れ込んだ。


 たった一撃で、俺より遥かに強いだろう相手があっけなく沈んだ。


「まさか…一撃で」


 アルトが唸るように呟いた。


 何が起きたのか理解できず、左手で生体情報を確認するとそこには俺の異能(ステータス)が記録されている。

 変わらず貧弱極まりない数値の下には、小さくこう記されている。


「固有スキル…一撃…必殺?」


 名前だけから推測するのであれば、一撃で相手を倒せる能力という事だろう。


「ははっ。やりゃあ出来るじゃねえか。相棒」


 なるほど、これなら俺の異能(ステータス)が弱かったことも頷ける。こんな馬鹿げた能力があるなら、この弱さは相手へのハンデって事だろう。


 ボスがやられた事で、取り巻きの生徒たちも宝剣を召喚したようだ。


 数は五人。全員俺より身体能力は高いだろうが、一撃を当てるだけで勝てるってなら話は別だ。


 全員フルボッコにしてやるよ。


 俺は眠り姫の親指(ワンスタンプ)を構えて、取り巻きどもに突っ込んでいく。

 そのうちの1人の隙を突いて、剣を突き出して放つ。


「うおらぁ!!」


 さっきの要領でぶっ放した宝剣だったがーーーーー


 ペシンっ、、、、


 と障壁に防がれてしまった。

 そもそも青白く光ってすらいない。

 眠っちまったみたいに、うんともすんとも言わない。


「嘘ぉ」


 結果として俺はまたボコボコにされる。

 悲しいことに、本日二度目の気絶であった。


 なんだよ相棒。


 お前連続で使えねえのかよ…。



 ◇



「目が覚めたか…」


 目を開けるとすっかり夜になっていて、星空が視界いっぱいに飛び込んでくる。爽やかな夜の風が、頬の傷に沁み込んだ。


「アイツらは?」


「吾輩たちが気絶したのを確認して帰ったようだ。ダグラスを医務室へ運んだのだろう」


「もしかして殺しちまったか?」


「息はあったようだから、死んではいないだろう。残念だ」


「入学初日で退学は勘弁だから、良かったよ」


「…君も変な奴だ。あそこで喧嘩を売る必要はなかっただろう」


「ムカつくんだよ。ああいうの。別にお前のためじゃねえ」


「そうか……だが凄まじいスキルだな。障壁すら無視して相手を撃破するとは」


「ん…あー、ダメだ。また光らねえ」


 俺はもう一度、眠り姫の親指(ワンスタンプ)を召喚してスキルを発動してみたが、全く光り輝く気配がない。なんとなく、いくらやっても無駄ということがわかった。


「宝剣の中には、一日のうちに発動回数に限りがある能力もあるそうだ。恐らくそれと同じだろう。一日一回の一撃必殺ということか」


「マジかよ…ほんとにポンコツじゃねえか」


「だが使い様によっては、どんな相手にも勝つことが出来る」


「じゃあ交換できたらするか? 俺のと」


「死んでも御免だな。そんな弱くては、警戒した敵に当てることすら困難だ」


「畜生…こんなのでどうやって天帝騎士になれってんだ」


 天帝騎士。

 それはこの国において、最高の騎士の称号である。

 僅か八人しかいない。人という種の頂点とも言える。

 俺には、「約束」がある。

 なんとしてでも、そこに辿り着かなくちゃいけねえ。


「吾輩は愛人の子だ。母さんは、家の使用人だった。今は辺境で暮らしている。いつか吾輩が当主になって、母にシュタイナー家を名乗らせたい」


「んだよ、突然」


「だから天帝騎士になる。吾輩とお前は、同じ夢を持っている」


「…………」


「ザックス。お前はなぜ、天帝騎士になりたいんだ」


 コイツも身の上話をしたんだから、俺もするべきって事だろう。別に話して遠のく夢でもない。ただ少し、恥ずかしいってだけの話だ。


「惚れた女がいるんだよ」


「なに?」


「ガキの頃、結婚を約束したんだが、どうにも高嶺の花って奴でさ。貧民のままじゃ、一緒にいることすら叶わねえ。だから天帝騎士になって、その子と結婚したいんだ」


「……………」


 すると、アルトは盛大に吹き出して高笑いした。


「おいおい。人の夢を笑うとはどういう了見だ」


「いやぁ…ははっ…すまないっ。やはりお前は大馬鹿だ。だが気に入ったぞ。吾輩はお前が気に入った。ザックス・アルバーレン」


 芝生に寝転んだ俺に、アルトが手を差し伸べてくる。

 それが握手を求めているのだとすぐわかった。


「必ず、天帝騎士になろう。ザックス」


「……言われなくても、やってやるさ」


 俺たちは互いに握手を交わす。夢を果たすと誓いを立ててーーーーー


 入学早々、二回もボコられて気絶して、契約した宝剣は一日一回しか使えない一撃必殺の剣ということがわかった。前途多難だが、仕方ない。俺はこの騎士学校で頂点に立ち、必ず天帝騎士としての道を啓く。


「待ってろよ、ロゼ」


 全てはあの子との約束を守るために…!


 こうして俺の学生生活は、一人の友人と共に始まりを迎えた。


 

 

 さあ、一日一回しか使えない一撃必殺の超ピーキー装備で、ザックスは騎士学校で勝ち抜いて行けるのか! という内容の作品になっております。


 少しでも楽しそう! と思っていただけたなら、感想や評価などよろしくお願いします。今後の投稿も頑張ります。


 nanafushi

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