♯2 入学からの決闘
「マジかよこんなの…あんまりだろ」
俺の名前はザックス。
アルバーレン孤児院で育ったから、ザックス・アルバーレンってフルネームだ。
アル中の親父と娼婦の母親に捨てられて、辺鄙な町の孤児院で育った俺の夢は、この国で最高の騎士になることだ。
騎士とは、この国において宝剣と契約した者の称号である。
宝剣と契約した人間は、異能と呼ばれる理を超えた身体能力を得ることが出来る。その力を使って国家の為に尽くすのが騎士という偉大なる職業だ。
騎士の大半は上流階級の出身であるため、俺みたいな貧民育ちが騎士になるには、僅か数人しか合格しない「一般入試試験」を突破するしかない。
俺は血の滲むような鍛錬の果てに、倍率三千倍の一般入試試験を突破した。
しかしそこで待っていたのは、目を背けたくなるような悲痛な現実であった。
「膂力・16」
「斥力・18」
「瞬発力・22」
「索敵力・17」
「魔力・19」
「こんなの、一般人と大して変わらねえじゃねえか」
通常の人間の数値が10前後というのを鑑みれば、いかに自らの異能が大したことないかが理解できる。
契約の儀を行った大聖堂から出て、騎士学校の校舎に向かうまでの外廊下を歩きながら、左手に浮かべた光文字を見て溜息を溢してしまう。
「これで、どうやって天帝騎士になれば良いってんだ」
愚痴なんざ情けないって自分でも思うが、凄まじい倍率の試験を突破して手に入れた宝剣が、こんなポンコツ装備だなんて心折れない方が無理というものだ。
「おい、まさか聞き間違いか? 貴様、天帝騎士になると言ったのか?」
すると、外廊下の向こうからやってきた制服姿のオカッパ頭の青年が俺の行く道を塞いでいた。
「あんた…確か」
「シュナイダー・フォン・グリザリオだ。剣を交えた相手を忘れるとはなんたる無礼だザックス・アルバーレン!」
「ああ…そうだったな。悪いな」
「ふん。まあいい。吾輩は貴様を認めてるんだ。貧民の出自でありながら試験で吾輩を倒したのだからな」
このシュナイダーという青年は、騎士階級の生まれでありながら腕試しを兼ねて一般試験にエントリーした物好きで、最終試験で俺と一騎討ちをしたのだ。
結果は、俺の勝ちだった。
試験で戦った奴の中では、多分一番強かっただろう。
「それにしても、貴様、天帝騎士になると言ったのか。吾輩の聞き間違いではないだろうな」
「悪いかよ。貧民の俺が天帝騎士を目指して」
「ならば吾輩と決闘をしろ。ザックス・アルバーレン」
「はぁ?」
切り揃えられたオカッパ頭に、高貴さの漂う顔立ちをしたシュナイダーが、何やら妙なことを言い出した。
「ここ騎士学校だろ。無許可で戦うことは禁ずるって」
「馬鹿が。貴様は校則すら読めないのか? 『決闘』を申請することにより宝剣での試合が可能となるのだ」
「つってもまだ入学して数分だぞ? 宝剣と契約したばかりだし…」
「だからこそだよ。己が契約した宝剣のことを知るには、実戦が一番だ」
「………でもよぉ」
「ビビってるのか? 貧民のお前は、吾輩と戦うことを恐れてるのかぁ?」
ニタニタ嗤いで挑発してきたシュナイダーに、流石の俺も怒りが湧いてくる。そもそも俺はいま虫の居所が悪いんだ。そんなところを絡んできたのだから、覚悟くらいはして貰おう。
「いいぜ。やってやるよ」
売り言葉に買い言葉。
結果として俺はシュナイダーと共に別校舎にある「決闘場」の一室を借りて戦うことになる。
「そこそこ広い部屋じゃねえか」
「結界も丈夫だ。これなら多少暴れても問題ないだろう」
俺たちは向かい合って距離を取る。
互いの間に、張り詰めた緊張の糸が真っ直ぐと伸びる。
決闘前の渇いた空気が、腹の奥底から闘争心を呼び起こしていく。
俺たち二人は、宝剣を呼び出すために右手を突き出して、意識を研ぎ澄ませる。
「来い、眠り姫の親指」
「来い、灰色の爆撃機」
俺の手に握られるのは、純白の棍棒だ。
そして相手のシュナイダーが握ったのは、銀色のロングソードだ。鈍色の燻んだ宝玉が鞘の中心に埋め込まれている。
「それが貴様の宝剣か。ザックス!」
「さっさと始めよう…ぜっ!」
俺は自らの剣を握りしめ、前方へ跳ぶように踏み込んだ。狙うのは先手必勝。相手がペースを掴む前に叩き伏せる。
俺が剣を握って迫ると、シュナイダーは「ん?」と怪訝そうに眉を顰める。どういうつもりか知らないが、油断しているならその隙を突く。
俺は剛速で眠り姫の親指を振るって叩き込もうとするが…。
「舐めているのか?」
とシュナイダーは容易に俺の攻撃に対応して振り向いた。
「!」
互いの剣が衝突し、鍔迫り合いが始まるかと思ったその瞬間、俺はあまりにも簡単に弾き飛ばされた。
俺は、力負けして部屋の中を鞠玉みたいに素っ転がる。
「なんだその膂力は…あまりにも弱すぎる。それは宝剣と契約した人間の力か?」
「クソっ…マジかよ」
こいつと試験で戦った時は、あんな素早く反応が出来る奴じゃなかった。こんなに力が強くもなかった。俺は基礎的な身体能力で、大きくこいつに劣っている。
原因は簡単だ。
俺は一度勝ったはずのシュナイダーは、宝剣と契約したことで人の理を超えた身体能力を得ることができた。一方で、俺の契約した宝剣はロクに異能が上がらないポンコツ装備だ。
「そんなはずはねぇ…俺が…こんなっ」
俺は闘志を振り立たせて、もう一度シュナイダーに斬ってかかる。だがーーー「遅い」と即座に反応されて打ち返される。
シュナイダーの蹴りが腹を撃ち抜こうと迫る
咄嗟に障壁を展開するも、俺の貧弱な「斥力」ではシュナイダーの脚力を防ぐことはできないようだ。
「っっっっ!!」
俺も腹にめり込んだ靴底が内臓を揺らし、また無様に吹っ飛ばされてしまう。
「どうやら、こんなところで差がついてしまったようだな」
「畜生っ…こんなっ…こんなはずじゃねぇ…俺は、騎士になって…必ずっ」
俺は強かった、はずだ。宝剣と契約していない相手なら、負けたことは殆ど無かった。そんな俺が宝剣と契約して騎士になったのだから、もっと強くなれると思ってた。
だが、現実はあまりにも残酷だ。
「まさか、そんな惰弱な剣とお前が契約するとはな。ザックス・アルバーレン。あまりにも、残念だ」
「クソっ! ぅぉぉおおおおおおおおおおおお」
俺は奥歯に力を込めて、なんとか立ち上がり、純白の棍棒を握りしめて再度振り被って立ち向かう。
だが、俺の動きは遅すぎた。
「行くぞ。灰色の爆撃機」
シュナイダーの振り抜いた銀色の長剣が、目にも止まらぬ速度で振り抜かれたと思えば、次の瞬間ーーーーー
全身を穿つような閃光が疾った。
それがシュナイダーの宝剣から放たれた爆発であると気付く頃には、俺は深い暗闇の中に落ちていく。
必死にやってきた結果がこれかよ…。
これじゃ、あの子との約束、守れねえじゃねえか…!
俺は絶望の底で、意識を失った。