賢者の最後の偉業
立ち向かう姿勢が出来た俺達に魔王が言い放つ。
「我をヘブヘルに返すだと。望むところだ。やってもらおうか」
随分と御余裕なことで、俺達を舐めんなよ。
「クックックッ、君たちが魔王様を倒せると本気で思ってるのかい?今のうちに逃げておきなよ。最もどこに逃げても無駄だけどね」
「チビ黒物黙ってろ。こっちはやることをやるんだよ」
まずは何としてもヘブヘルの鍵を奪還しねえとな。しかも、俺の手持ちのセレミスキーは使えない。一回でも使ったら俺に魔王を帰す魔力は残らない。
「何をしている!早くしろ!我は今凄く忙しいのだ!」
また、怒鳴る魔王。かなり苛立ってらっしゃるようだ。ビビるなよ、俺。俺には仲間が居るんだ。平常心だ。
「いやぁ。あんたを帰す為にどうやってヘブヘルの鍵をクレサイダから取り戻そうかなぁーって」
これで仲間たちに俺の意図が伝わった筈だ。作戦を建てても伝える暇が無い。まずは皆でどうにかして、ヘブヘルの鍵を取り返そうぜ。
「ヘブヘルの鍵?オシリスのか?成る程な。クレサイダ。それを渡せ。どうせ、今の魔力を使い切ったお前では使えんのだろう」
クレサイダが素直に渡したヘブヘルの鍵。しまった、敵にも不味い情報を与えちまった。魔王はヘブヘルから増援を楽に喚んじまう。
しかし、俺の焦りとは逆にあろう事かそれを俺に投げて寄越す魔王。
「それで良いのだろ。早くしろ。我はとても急いでるのだ」
成る程ね。こんなものを渡したところで俺たちごとき大した敵じゃないと言うことか。まぁ、有り難く使わせてもらうぜ。
「では、お望み通りに送り帰させてもらうぜ」
俺がヘブヘルの鍵を左手に、右手で剣を抜く。動き出そうとする仲間たち。
「そなたは何故、剣を抜く?」
魔王からの質問。えっ、秘魔具のセレミスキーは使って良いのに俺の平凡な剣を使ったらいけないの?もしや、魔王の弱点は平凡な剣だったとか?
「お前と遊んでる暇は無い。ヘブヘルの鍵を使え」
確かにアレンの剣技を軽くあしらう魔王様にとっては俺の剣技など児戯だろうな。
「あぁ、そんなに早くお家に帰りたいならすぐに帰してやるよ」
舐めてくれるなら舐めてくれて構わないぜ。
エルが震えながら俺の前に立ち魔法防壁を張る。ちょっと待て俺の盾になるってか?それはエルが危ないし、俺のプライドが許さん。
「そこの女子、何の真似だ」
「アッ貴方の攻撃からライシスさんをま、守ります。絶対に!」
「クックッ、勇気あるねぇ、そんな微弱な防壁で本当にシールテカ様の攻撃が防げると?」
しかし、クレサイダに笑われたこのエルの勇気が事態を好転させた。うん、好転何だろう。
「何故、私がそこの男を攻撃しなくてはいけないのだ?私は早くヘブヘルに帰りたいのだ。早くしろ!」
アレレ?
「シールテカ様、何を言っておられるのですか?クーレはどうするのですか?」
「こんな世界どうでも良い。今、大事が起きているのだ。早くヘブヘルに帰らねばならない。そこの男、早くしろ!」
成る程ね。向こうで大騒動中なのね。まぁ、帰って貰えるなら帰って貰っちゃおう。
「ヘブヘルで何が起きているというのです」
「遂にシルビーが倒れたのだ!早く帰らねばならない!」
誰でしょうね。つうか、皆で俺をどうする見たいな目で見ないで。取り敢えず帰って貰いましょう。
「あのアールから来た忌々しい監察者が倒れたのですか!それならばやっとアールを攻められるのですね!」
くそッ、他世界で戦争やる気か。どうする此処で素直に帰って貰いたいがアールとか言うところが落ちたらまた戻ってくる可能性があるぞ。
それにこの世界を救う為に他世界を犠牲にするのは癪に触る。
「違う!シルビーは私の妻にしたのだ!それで子を身籠って、先程陣痛で倒れて、もうすぐ産まれると言われて、あぁ~、早くシルビーの元に帰らねばぁー!我が子が我が子が産まれるゥー!あぁ~、シルビーが心配だぁ」
一同唖然。魔王様は妻を得て、600年前の伝承と比べて大変丸くなられたようです。
「えっと、魔王さん。出産の時はまずは旦那様が落ち着いて奥様を支えてあげないといけないですよ。ゆっくり落ち着いて接してあげて下さい」
「おぉ、そうだな。落ち着くんだ。落ち着け」
エルの助言を聞いて深呼吸を始める魔王様。
こいつは帰しても大丈夫というより無性に早く帰してやりたくなったので召還門を出してやる。
「おぉ、助かる。済まんな。もしまた会うことがあったらこの礼は果たそう。では…何をしている行くぞ、クレサイダ」
「あっ、魔王さん。さっきは斬りかかってごめんなさい。…それとこの魔剣ペグレシャンを貴方に御返しします」
アレン、人が良すぎるぞ。
「それはナールスにやったものだ。ナールスがお前にやったものなら既にお前のものだ」
何か魔王さんが格好良く見えます。
「魔王さん、奥様の無事な出産をお祈りしてます」
エルちゃん、魔王にお祈りって…
「あぁ、有り難く頂戴しよう」
召還門の向こうに消える魔王様とクレサイダ。
こうして俺たちの世界を巡る戦いは何だかなぁーな急展開で終了したのでした。因みに、このマイホームパパが奥さん出産の為に俺の手を借りて急遽帰宅した話は、シーベルエ国王により民衆に吹聴されている。賢者ライシス・ネイストが魔王に愛を教えてヘブヘルへと帰らせたとか、魔王との押し問答に勝って魔王を帰らせたやら、まだ根のある話から、賢者がその偉大なる魔法により魔王を圧倒したなどと言う根も葉もない噂が流れて、いつのまにやら賢者ライシス・ネイストは魔法や勉学の神様扱いとなってしまっていた。
うん、俺ことじゃないよね。
そして、この時の俺が失念していたことが一つあった。ヒョロメガネとニンジャ野郎が消えていたことだ。まだ何かをする気かも知れない。
まあ、後のことは俺は知らん。
俺の勇者との冒険はこれで終わり迎えた。
うん、終わった。
最終決戦に相応しい壮烈なバトルを期待していた読者の皆様。誠に済まない。
ただ、天見酒はこのユルユルな結末がなんともライシスらしいと思ったのですよ。