歴史の舞台に立つ聖女
眼下の喧騒、俺たちを囲む兵たち全ての存在を否定して俺より前へと出る女。
彼女の長い髪が一陣の風に煽られて茶色の旗のように空に泳ぐ。
まるで芝居だ。
主役の台詞を待っていた観衆のように辺りが静まり帰る。
次の台詞の前に一息吐く彼女。
彼女お得意の軽口の代わりに出たのは重い志を持つ言葉の数々だった。
『もう一度言おう!国を捨てれば良い。国に何の価値があると言うのか、私には分からない。私はガンデアに生まれ育ち、ガンデアを守るためにガンデア軍に入った。しかし今は、ガンデアを守ろうなどという小さすぎる馬鹿馬鹿しい考えは無い。こんな国は消えれば良い!』
今度は静かな戦場に野次が飛び始める。
主に国のために身体を張っている奴等から。売国奴、裏切り者、恩知らずなどの高尚なる野次の攻撃。しかし、彼女はそんな大人が放つ野次が利くほど大人では無かった。
彼女は夢を見るガキだったのだ。
『それでも、私には守らなければならない物がある。それはこの世界だ!』
彼女の声が全ての野次を捩じ伏せる。
『私は、ガンデアを捨て、愛する家族の居るこの愛すべき世界を守るために戦い死んでいった偉大なガンデア軍人を知っている。そして、その大軍人にこの世界の全てを守ることを誓った!』
すでに彼女の独唱だった。
『だから、私はこの世界の全てを守り抜かなければいけない。もうすでにガンデアもシーベルエも関係無いのだ。この愛すべき世界の全てを救ってみせる!』
彼女が杖を西北へ空を貫くように向ける。
『私はこれから魔王を召喚し、この世界を破滅へと導く悪業を阻止するためにグルアンを叩きに行く。この世界を守る意志のある者は国を捨てて着いて来い!』
彼女の独壇場を止める馬鹿笑い。
『ねぇちゃあん、名前は何て言うんだぁーい!』
先程の威厳はどうしたのやら、ハシュカレ卿はナンパをするようなノリだ。戦場に変な風が流れ出す。
『これは皆様に大変失礼しました。ガンデア特殊任務機動第一隊隊長ニーセ・パルケストです』
ハシュカレ卿は馬鹿笑いを止めて、馬から降りると土に片膝を付ける。
『不肖ドラス・ハシュカレ、ニーセ・パルケスト様と共に世界を救う戦いに参戦させて頂きましょう』
それに続き頭を下げたり、敬礼を始めるガンデア軍一同たち。
『私はこの国がこの世界の全てだ。よって、この国を捨てることは出来ない。しかし、貴女の気高き御心を承った。クーセリング・シーベルエ、聖女ニーセ・パルケストのご意志に沿い、お力を御貸ししよう』
ノース門から聞こえる国王の声。シーベルエ騎士団も全員敬礼を始める。
俺としてはまさに、唖然である。
国王様、誰を聖女と言いましたか?
こうして、ニーセ・パルケストは国を越えた軍事同盟を結んだことをきっかけに“博愛の聖女”、“清麗なる聖女”などと世界中に名声が知れ渡る存在となる。次いで俺たちは聖女の第1の従者たちとされてこれまた有名になってしまうのだった…。
そのが初めて歴史に姿を現した大仕事は、後に聖女による『世界愛の大演説』として語り継がれることとなる。
「あぁ~ぁ、また慣れないことやったらスゴく疲れたよぉ~。ライ君、私を癒してぇー。チューしてくれたら元気になるよぉー。」
もしも俺が歴史を記せるならば、この時、清廉なる聖女の皮を被る狡猾なる魔女に世界は騙されたと歴史に記したい。