英雄となった愚か者 2
俺ほど彼の武勇伝に嵌まったガキはそうは居まい。
しかし、魔剣を携えた大勇者はシーベルエのガキを一度は憧れの対象となる存在。世界で勇気の象徴として認められるリンセン・ナールス。今、その英雄の名に隠れた醜い姿は曝される。認めたくない史実だが、俺の培った歴史的観察力が事実だと俺のナールス最上主義を打ち崩していく。
「どう言うことです」
クレサイダがセレミスキーを使い更に現界召喚を行って出てきた魔狼を切り捨てながらアレンが詰問する。どうやら、クレサイダが持つ2つのセレミスキーの1つはこの世界のものであるようだ。
「ペグレシャンはねぇ、ヘブヘルの王、シールテカ様のものなんだよ。あのナールスはそれをパクっただけさ」
「それがどうしたって言うんです!」
その通りだと言いたい。だが、俺の中に言い知れぬ不安が広がっている。ナールスが魔王に会ったのはヘブヘルへ追いやった一度きりの筈だ。どうやって、ペグレシャンを手に入れた?ヘブヘルの魔王様のお家に飾ってあったものを召喚したのか?
「分からないかなぁ~。魔王様はこの世界に召喚された時にその魔剣を携えてたんだよ。その魔剣をパクれる何て近くに居ないと出来ないよね?」
俺の時間が止まる。辺りが静まり返ったように感じる。
俺の中で最強聡明の名を持っていた英雄は死んだ。
「クックックッ…、もう分かったよね、聡明なライシス・ネイスト君」
固まった俺に気付くクレサイダ。今、アイツの口を塞げば俺の英雄は守れるだろうか。いや、勘づいてしまった時点でもう俺の英雄は死んだ。
「シールテカ様を召喚したのは、あの勇者とか言われているリンセン・ナールスなんだよぉ!この世界の全てのものを対価にしてねぇ!」
こいつの話だけで真実だとは言えない。でも、反論する材料はナールスを本から良く知っている俺には無かった。
リンセン・ナールス。この世界を対価に魔王を召喚しておきながら、魔王を追い払ったことで英雄となった男。魔大戦終了後、騎士団に入ってくれと頼むシーベルエ国王に“私は決して勇者にはなれない人間です”と謙遜して辞退したと本に書かれている。謙遜では無かったのだ。ナールスは勇者にはなれない人間だったのだ。
今は戸惑っている場合では無かった。
「ライ!」
ジンの声が呆然自失な俺の耳を突く。
横から入ってくる黒い影。下からの薙ぎ斬り。交わせない。臍から胸にかけて痛みが走る。
そして、俺の重傷を防いでくれた胸元のセレミスキーを入れた小箱が裂かれて、血と共に舞う宝石。
ヘブヘルの鍵だけは守らねぇと!
しかし、俺を斬りさいたその手が不気味な紫に輝く石を掴む。それと同時に俺の剣が相手に振り降ろされるが、俺の遅い剣はひらりと交わされる。そして、この黒い男のカタナによる追撃に俺は死を覚悟する。
が、そのカタナを防ぐカタナ。まるで見えないカタナで顔を斬られた黒き男。
「また、邪魔をするか…女ぁ!」
捨て台詞を吐き、顔に傷を刻んだ男は狼を残し後退。くそ、ヘブヘルの鍵置いてけ!
「ネイスト、大丈夫か!」
くそぉー本当に不甲斐ない。ヘブヘルの鍵を奪われたことが。そして、リンセン・ナールスなんかを信じていたことが…。
「良くやった。ニンジャ君。先に撤退しててよ」
また、セレミスキーで狼を召喚。くそ、アイツも逃げる気だ。
「アレン!ソイツを逃がすな!」
他人頼りは情けないが仕方ない。しかし、アレンも狼の相手で無理だ。
「アレン君!派手に行くから退いて!」
即座にニーセの命令に従うアレン。
「だから、僕には君ごときの魔法は効かないんだよ」
クレサイダのニーセの魔法を防いで来た強固なる魔術防壁の展開。それに対してニーセの杖から放たれたのは、派手とは程遠い小さな針のような火魔法。迫るその魔法にクレサイダが鼻で笑う。
しかし、クレサイダの魔術防壁をまるで空気のように通り抜け、クレサイダに当たる。
そして、大爆炎。大地に大穴をあける。
「やっぱ、私は派手にやらないとねぇ~、ねぇ~ジンさん?」
上級魔法を使った魔女は不敵に微笑む。今度はジンが鼻で笑った。
「本当にムカつくネェー、君らはぁ!お陰で魔王様を召喚する魔力が無くなったじゃないかぁー!」
嘘だろ。まだダメなのかよ。身体が小さくなったクレサイダは蠢いてやがった。
「まぁ良いや。ヘブヘルの鍵は手に入れたしゆっくり休ませて貯めさせてもらうよ」
セレミスキーを取ると姿を消すクレサイダ。現界の鍵を使って自分を別の場所に召喚することも理屈的には出来るのか?
クレサイダは大きな課題を残してくれた。これは簡単だが置き土産の狼さんたち。
アイツの今回消費した魔力が回復する前にヘブヘルの鍵を取り戻さなくていかなくなったこと。
そして、ナールスに裏切られた俺とアレンの中身を整理しないとな…
さて、物語は終盤へ差し掛かりました。
これから、ライシス一行はどうなって行くのか?
次話は番外編行きます。時間を多いに遡ります。