闇に覆われた洞窟で 1
舐めていたようです。俺じゃないよ。他の連中。
ナールスは確か初夏にこの天然大洞窟を通った筈だ。今は晩夏。少し寒いです。北の地トーテスに育った俺やこれまた極寒の地ガンデア台地で育ったカー君やニーセさんは平気であっても、他のメンバーにはこの寒さは厳しい筈です。
だからね、もっと分厚いのを買いなさいと言ったでしょう、ユキちゃん。動きにくいとか言ってそんな薄い外套で済ますから。
揺れる松明の炎に照らされるユキの顔色は少し悪く見える。
「今日はここで休憩にするぞ」
ジンもメンバーの気を使ってか、小まめに休憩を取る。
この洞窟に入って2日目。ナールスの伝記では、この洞窟を通り抜けるのに5日かかったそうだ。このメンバーでは5日では無理そんだ。
正直、ナールスはやっぱり凄い。脇下を凄い勢いで流れる雪解けの地下水の音だけの響く暗い道を一人で通ったのだ。俺は怖くてそんなことは出来ない。俺一人なら途中で出てきたでっかいコウモリたちに食い殺されるだろうし。
ただし、ガンデアで厳しい寒さを経験しているナールスは寒さに抵抗があった。それだけで全然違う。
トーテスで我がお袋に鍛えられたエルちゃんの手伝いも有り、手っ取り早く皆の身体が温まる料理を作った優しき俺。
その優しさを切り捨てるこの冷血女。
「…いらない、済まないが食欲が無いんだ」
俺は寒さに震えるレディに怒るような男では無い。
「大丈夫か?風邪引いて無いよな?」
あぁ、なんて紳士な俺。ユキの額に手を当ててみる。熱は…
「触るな!」
即座に手が払われる。いや、確かに勝手に触ったのは悪かったけど、そこまで怒鳴らなくても…。
「アッ、済まない…。ここまで酷く言うつもりは無かった…、少し虫の居所が悪くてな…」
罰の悪そうな顔をするユキちゃん。無意識だろうか自分のお腹を撫でる。それでピンと来た。
「もしや、ユキちゃん。女の子の日だった?悪い気が付かなかった」
アラ、ユキちゃんの顔が真っ赤に…、えっ、ユキちゃんが涙目ですか?
「そうだ!悪いかぁ!」
いや、全く悪くない。自然の摂理だ。そして、今の半べそのユキちゃんが女の子に見える。
「ラーイく~ん、エ~イ!」
ドワァ、魔法を俺の顔すれすれに投げないで下さい。
振り返るとそこには怒りの笑顔を浮かべる恐怖の大魔女様が降臨していました。
「女性に何失礼な聞いているのかなぁ~君はぁ!今度、そんなふざけたことを言ったら、燃やしちゃうぞ」
「ニーセさんの言う通りですよ!ライシスさん、最低です!ユキさん、大丈夫ですか?辛いですか?」
ニーセさんの言葉よりも、純粋なエルの“最低です”が俺の紳士的な心を砕け散らしました。俺は紳士では無かったようです。最低な人間です。
「ユキちゃん、今度から辛かったら私たちに言うんだよぉ。あんな最低男はほっておいてねぇ~」
女性同盟が出来て、心に深手を追った俺が男性陣に助けを求める。
ジンは我関せずスタイル。
俺と違い女性にも優しいアレンはユキをとても心配しているようだ。俺と違って余計なことをしないようにしている。
「あの、ライシスさん。もう少しオブラートに包んだ方が良いんじゃ無いですか?女性にとっては神経質になることですし…」
あぁ、君ならそうしたことだろう、紳士なカー君。傷口に塩を振り掛けてくれて有り難う。
「チッ!」
今の舌打ちは俺じゃないですよ。
「また、コウモリどもが集まって来た。ユキは休んでろ」
さすがジンさん。然り気無く女性への配慮を!俺と違って紳士ですね。
そうは言われても、立ち上がりカタナを抜くユキちゃん。いや、本当に休んどけって。
大量の羽音が聞こえて来る。カルニバルバット。肉食コウモリ。人間だろうが家畜だろうが魔物だろうが肉なら何でも食べる。しかも、繁殖力が半端ない。
黒い飛行物体の群れ。そこを貫く風の刃。弾丸も飛ぶ。俺も小さき雷で一匹ずつ撃ち落とす。
「あーァ、もし洞窟内じゃなかったら、バァーンとやるんだけどなぁ~」
貴女がここでそれやったら、俺たち生き埋めですから絶対に我慢してくださいね。
という訳で、大群にチマチマした攻撃では接近を許してしまうのは仕方がない。アレン、カーヘル、ユキの前衛陣が戦闘に入ったのと同時に俺も剣を抜く。絶賛体調不良中のユキちゃんに手を貸そう。
必要ないですね。ユキの剣技は冴えてる。アレンとカーヘルのチャンバラを見ていて分かって来たことだが、ユキの剣技は純粋に速い。カーヘルのような難しい混合技とかでは無く、只、単純で剣術の基礎的な薙ぎ、返し、突きの動作がとにかく速い。そこがカタナを用いるカイナ剣術の強さなのだろう。
しかし、足場が悪かった。隣に柵無き崖の下に流れる地下水道。
コウモリを斬り捨てるユキのダンスのようなステップに耐えられなかった地盤。
崩れる。
俺の手がユキの手をギリギリ掴む。
でも、勢いを増して落下するユキを支える筋力は俺にありませんでした。
一瞬の浮遊感の後に俺たちは冷たい急流にドボン。
女性読者の皆様に不快な表現があったかもしれません。大変失礼しました。