偉大なる兄貴へ
この戦場に居る全ての者を殴り付ける雨。
大地の表面を水が覆う。二千の兵による遠慮なき地響きと水による大侵略。
強固なはずの大地は昨晩のライの召喚魔法による穴堀りも相成って、地盤が落ちる。二千の兵達と共に。
良く良く落とし穴が好きなガキだ。ガキの悪戯にしては度が過ぎているが…。
タイミングが早すぎる。もう少し敵兵を間引いて欲しかったが、兄貴の布陣が案外深かった。
まさかの大地崩落に 敵兵はたじろいだ。
後、少しだ。気が焦っている。どうも俺はゆっくりしていろと言われるとゆっくり出来ないようだ。
大地と敵軍を崩壊させた雨はすぐに止む。そして、ライの計画通りコーレイヌによる濃霧が現れる。
『全軍、突撃~!』
ライの俺たちだけに向けた合図。実際、突撃するのは僅か5人。上手くいくかは運次第。もともと、運に頼りきる作戦。それを考えるとライはかなりの強運の持ち主なのだろう。
「行くぞ」
敵陣へ。
「銃は使うな。味方に当たる。剣を取れ!」
「魔導士隊、何をやっている!早く霧を吹きとば…、グァ、敵だ!敵が入っ…」
アレンか、カーヘルか。この霧に乗じて暴れているらしい。ニーセがこの全ての姿を消す霧にすら負けない存在感のある魔法を乱射している。相変わらず派手にやってくれるものだ。
霧に隠れ、方々で暴れるこいつらとは違い俺の標的はただ一つ。感じる存在一点そこをただ目指す。
解せない。俺には霧なんざで相手を見失うことはない。レッドラートの眼。ある一定ならば魔力持つ者を感知出来る。レッドラートの名とともに俺が継いだもの。ウォッチ・レッドラートと共に。
霧に紛れたとしても、あの男には俺が分かるはずだ。だが、動かない。俺を待っているのか?
いつもそうだ。俺はあいつに向かうだけ、あいつは俺の上で待っていれば良いだけだ。後、4、5年で親父の引退と共に騎士団総長になったであろう男。俺はあいつの残した北方騎士団長の座に着いただろう。どこまでいっても追い越すことのない兄貴。あいつが俺より劣ることは決してない。
「お前ら、どこに行く!」
上士官か、この状況にしては落ち着いているな。
「ハッ、先陣よりの伝令です!」
俺の隣のユキの緊迫した声。
「ならば、早く行け!」
命を拾ったな。俺たちの扮装に気付かないその鈍感さに救われたぞ。
目標が射程に入る。まだだ、早るな!確実に仕留められる距離ではない。
足の動きを早くする。風魔法。俺たちの視線を遮っていた霧が丸く切り取られる。
「やぁ、ジンサ」
あいつらしい気障な挨拶。俺と兄貴の銃口が対面する。
この時の俺の引き金に添えた指は躊躇いなんてなかった。だが、指の動きですら、昔から兄貴には敵わなかった。確実に、兄貴の方が早かった。
胸を撃たれて跪く兄貴。俺の足元に出来たばかりの小さな窪みから湯気が立ち上っている。
「ハッハッ…、ついにジンサに一勝持っていかれましたか…」
何を白々しい。手心を加えられた一勝に何の価値がある。
その鬱憤は兄貴が辛うじて握るライフルを思いっきり蹴り飛ばすことで発散させてもらった。
「何でこんなことをした」
この兄貴に俺が一方的優位に立つことが来るとは思わなかった。
「ジンサ、下らないと思いませんか?何故、あのシーベルエンスにいる国王とか言われる男に、私よりも劣る男に私が支えなければならないのですか?」
また白々しいことを言う。
「兄貴が国王になりたいのなら、騎士団総長になってから事を起こせば良い。何故、後、数年待たなかった」
いかにも面白いと苦しそうに笑い出す兄貴。敵兵が集まって来ている。ユキが押さえてくれているが長くは持ちまい。早く止めを差さないと…
「下らなかったんですよ…、北方騎士団長の仕事がね。…一部の人間がエゴで引いた国境を守る。あまりに馬鹿馬鹿しかった。…だから、北方騎士団長の仕事として、国境を消したんです。私の全てをかけた仕事ですよ。既にあの忌々しき国境を消しました。また私の勝ちですよ、ジンサ?」
動かなくなる。もう、オネムか?勝ち逃げがお得意のようだな。
「ウォッチ・レッドラートは自分の仕事を終えました、貴方の仕事を果たしなさい、ジンサ・レッドラート」
兄貴の胸に愚弟からの最後にして最高のプレゼントを送ってやる。
「…久しぶりに煙草を吸いたくなりましたよ…」
そう言えば、俺にこいつを引き合わせたのは兄貴だったな。
「ウォッチ・レッドラートを討ち取ったぁ~!北方騎士団、投稿しろぉー」
ユキの魔法による合図を受け取ったライの勝鬨。俺の不安に反して、敵兵は素直に戦意を消失してくれたようだ。
兄貴の紹介してくれた俺の連れ添いを一本、動かない口へ加えさせてやる。
霧が晴れて、真っ青な空に二つの紫煙が上がる。
結局、俺はあんたに一勝も出来なかった。
二つの口から出た煙は、交じりあい、空を舞い、溶けて消える。まるで、俺たちの冷めた兄弟関係を揶揄しているようだ。
その煙たちのからかいに俺は苦笑いを返すしか術がなかった。