ライシス・ネイスト観察論
周囲に敵の気配は無い。魔物が数匹彷徨いている程度だ。
ここに寝ている人間以外の人気は無い。
いや、寝ていない人間が居ることに気付く。
「寝ないのか?」
俺の問いかけに目下考え事に忘我していたらしい女は面を食らった。
「私は、幼少時からの修練で2、3日は寝なくても大丈夫ですから」
直ぐに平静を取り戻しそんなことを言う。
俺とライで使い分けられるこの語り口調は好きにはなれない。階級の違いに因るものか、親近感の違いに因るものか。どちらにしろ、そういう風に分別されるのは不愉快だ。
それ故に彼女にささやかな仕返しをしたくなった。
「ライが余程気になるようだな?」
俺の顔をハッと見るユキミ。何を言うべきか迷っている様を目が語る。
「…レッドラート中佐」
「ジンサだ。階級やファミリーネームで呼ばれるのは好きじゃない」
レッドラート家に産まれたと言うだけで貰ったものだからだ。ただ寝ていても貰える階級などに興味は無い。
勿論、再び言葉を止めた彼女に悪意が微塵もないことは分かっているが自棄酒といかせて貰う。
「飲むか?」
先程の俺の冷たい対応に言葉が中々出てこなくなってしまったユキミに、ほぼ結果は解る勧めを酒瓶を差し出し聞く。ライならばかなりの可能性で応じるだろう。
「いえ、私は結構です。ジン…さんはライシス・ネイストをどう思いますか?」
真剣の中に垣間見る悲壮感。
どうやら、蜂の巣ではなく鳥の巣をつついてしまったようだ。蜂に刺される覚悟は多少はしていたが、雛鳥に泣き付かれる覚悟は全くしていなかった。
今度は俺が言葉を考える番だった。煙草を一本吸う間に。
「旅馴れている。旅人というのは確かだ。歴史的知識はかなりある。また、歴史研究院にいたのも確かだろう。戦闘能力は並みかそれ以下だ。召喚魔法もあの本当の危機でやっと使う点から偶然だろう」
そこで言葉を切るとユキミの伏せていた目線が俺を真剣で刺す。
「これは俺の主観だが、かなり行き当たりばったりな人間に見える。尚且つ、計画性が無いわけではない。ライは頭は良い奴だ」
「その頭の良さが気に懸かるのです。私はネイストが何かを隠しているような気がして…。今回の召喚魔法の件にしても」
どうやら、ユキミはライを観察してはいるが、見てはいないようだ。
「俺はライは嘘を付けない嘘吐きに見える」
僅かな酔いに任せて相手に理解出来ないだろうことをのたまう。
「ユキミがライをどう見るかは別として、俺はライシス・ネイストは弱くて強い人間だと思える」
「弱くて強い人間ですか?」
そうだ、と肯定してもう一口酒を喉に通す。そろそろ止めておくか。
「俺が言える立場では無いが、ライを知りたいならお前の仕事という枠を外して見てみろ。そうすれば、分かることもあると思う」
また、言葉を失うユキミ。
「体力温存の為に寝ておけ。無理にでも目を閉じておけ」
俺のぶっきらぼうな命令に素直に従うユキミ。
一人になった洞に漂う紫煙。
ユキミに触発されて考えてしまう。
俺は何故かライシス・ネイストに惹かれいる。
いや、俺はライシス・ネイストが羨ましいのか?
家名などと下らないものに縛られずにやりたいことをやってきたこいつが。俺の欲しかった自由を持っていたこいつが。
いつからか雨は弱まっている。雨が止めば出立する気だった。
近くに動いている人の気配は無い。
もう少し皆を休ませておいてやろう。
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嬉しくて一人で祝盃を挙げております。
呑んでいるのは勿論。Ginです。
酔いに任せて暴露。気付いた人もいるかな?レッドラート家の名前は酒名から僅かに改造しています。
一応、某頭脳が高校生の小学生探偵の悪の組織とは何の関係もありませんよ。