敗走の特赦
あぁ、気持ち良い。
大人が十人は入れるかどうかの洞の中、うつ伏せ、半裸の俺の背中に当てられる暖かな光。火傷の痛みが退いていく。
まだ鳴り止まない雨音が睡魔の活動を助長する。
「一応、火傷は治療しました。痛みはありますか」
睡魔をまた推進するエルの穏やかな声。
「大丈夫。アレンを見てやってくれ」
眠さを押し出した微笑しかできない。しかし、まだ睡魔には敗北しないぜ。
「ハイ!」
何故にそこで顔が真っ赤になるのかな。恋する乙女ですね。
エルが離れると洞の出入口付近でタバコを吸っていたジンがポーカーフェイスで俺の近くに腰を下ろす。
睡魔は一時撤退しました。
俺も胡座をかいて、荷物から服を探す。
「今回はお前の賢明な判断にかなり助かった。正直、お前が居なかったら俺たちは全滅していた」
ジン、頭は下げるなよ。俺が怖いから逃げただけだ。
「逆に言えば、ジンが居なければ、俺は瞬殺されてたね」
「全くもってその通りだな」
いつの間にか、俺を見下ろす位置に居るユキちゃん。
何で貴女が一番に納得するんですか?
と言える立場ではありませんね。
「ところでだ」
切り出すジン。何か目が怒りを帯びてますよ?俺に顔が近付く。
「あの時、エルに疚しい気持ちがあった訳ではないよな」
敵を討つ時すら見せなかった圧迫感。
下手な返しをしたら、治ったばかりの身体に風穴が空くことでしょう。
「エルを守るために専心しての所作にございます」
押し倒した後に、一抹の劣情を催したのは俺の保身のために胸の内に閉じ込めておきます。
大丈夫です。主に年齢が俺の守備範囲外です。
ジンの舌打ち。
視線は俺を狙うのは止めて、次なる標的アレンへ。
その標的はエルちゃんと仲睦まじくジンの射るような殺気に気付かないようです。
「痛くない?」
アレンの肩に手を当て、治療するエル。肩の怪我に集中しているようですが顔の赤みが引いておりませんよ。
「うん。大丈夫…」
アレンの顔もエルの顔の色に染められている。
「あの…、あんまり無茶したらダメだよ」
「うん、…気を付けるよ」
殺伐なこちら側と違い和むムードのお二人。
その二人を愛娘を恋人に持ってかれる父親の目で睨むジン。
ジンがアレンをたまに敵視する理由がわかりました。とても部下が可愛いのですね。嫁にやりたくないほど。
俺もエルみたいな良い子を見てるとジンの気持ちは少しは分かるよ。
「ところで、ライ。アイツは本当にあの魔導大戦のクレサイダなのか?」
ポーカーフェイスに戻りジンの視線が俺に戻る。僅かな変化は、ライシスからライに変わったこと。
「実物見たことないから、何とも言えない。ただし、クレサイダと同じ種族のヘブヘルのシャプトだって確率は高いし、実はナールスに殺られて無かったってこともありえる。遺体が残らなかったらしいしな」
「どちらにしても、厄介な敵ということには変わらんな」
急にユキが言い切り、話の流れを強引に転じる。
「ところで、ネイスト。“只の旅人”なのに召喚魔法が使えるのだな」
疑いの眼差しが向けられる。まぁ、召喚魔法は使えるだけで国に召し抱えられる技術ですからね。
「今回は偶々、成功しただけだ。普段は使わないし、使えない」
「ホォ~。召喚魔法が偶々で成功する魔法だとは知らなかった」
ユキさん、貴女の中で一体俺はどういう人間なのですか?
「やっぱり、ライ兄は凄いね」
アレン、羨望の眼差しを向けないでくれ。結構、心苦しい。
俺は逃げるために睡魔を受け入れて寝転がる。
「俺が起きてるから、他の奴等も休め」
ジンの低い声が洞に響く。命狙われる身でありながら何故かぐっすり寝れそうだ。
睡魔に身を委ねながらも考えた。
俺はどうしてここに居るのかについて。
こいつらと共同するのはおかしい無能な男。逃げると誤魔化し以外はね。だが、結局その能力も然程のものでもなかった。
お人好しなこいつらからは逃げきることも誤魔化しきることも出来なかったのだから。