逃亡の一手
「ネイスト!貴様何を言っている!」
ニンジャ野郎と切り結びながら怒鳴るユキちゃん。悪いね、ユキちゃんみたいに真面目じゃないんでね。強くもないし。
「悪いね!俺は弱いから強い敵には逃げるのよ」
覚悟を決めたら、気分上昇。これが弱い俺の化けの皮を剥がれた姿だ。今度は迷わず逃げるぜ。
「逃げる?逃げれると思ってるのかな?ネイスト君」
黒坊主の発言は続く。
「それとも、仲間を残して逃げると?」
状況と俺の思考を読んだ言い考えだ。ジンの燃える弾丸を避けながら良く俺を理解している。
「俺はハッタリと逃走には自信があるんでね」
自信満々に言い放ってやるぜ。
悪いなアレン、お前が偶像のライ兄に見ていた期待を裏切るぜ。
俺はお前みたいに仲間の為に強敵に向かう強さや勇気は持ち合わせてねぇや。
だから、俺の本当の穢い姿を見せてやるよ。
俺のマイリュックから切り札を取り出す。
本日、シーベルエンスで購入した趣味とは異なる一冊、“初等召喚術講座”。
ちなみに召喚術は初等だろうが難しい。素人には無理だと言われる。
召喚陣無しで召喚に成功したのは歴史上僅か数人。その代表格がリンセン・ナールス。
召喚陣があっても、異世界を開くイメージ力は難しい。
俺の知る実例では、リンセン・ナールスに憧れたアホな餓鬼が召喚陣を込みで召喚術を数百回行ったが、一回しか成功しなかった。
そのアホ餓鬼は大人になって、この土壇場でまたアホをやる気だ。
あの時の一回だけの成功を信じて。
本を捲る。こんな状況で本を読む俺の豪胆さに周りはビビることでしょう。だが、そんなことは知らん。
開いたページに描かれた幾何学模様。
こんな小さな陣で大丈夫かと素人の疑問を持ちながらその召喚陣に魔力を込める。
後は、世界を繋ぐイメージだ。周りを気にするな。
仲間を気にするな。
厳つい扉が現れる。異界を繋ぐ扉が開く。
「召喚魔法だと!」
ヒョロメガネがびっくり。驚かせた俺も内心びっくりだ。
俺の背丈ほどの異界の扉から現れる影。
手のひらに乗るぐらい小さくて、杖を付き、髭を生やした二足…いや、三足歩行のカエル。
『此所は暑いのぉ』
一声鳴くカエル。その途端に雨が降りだす。
これが異界フィレト、召喚術師の通称精霊界から喚んだ水を司る精霊“コーレイヌ”の力。
「対価は何でも払う。あの黒坊主とヒョロメガネ、黒づくめの野郎から逃げる時間を稼いでくれ。他は味方だ」
『喚んですぐに命令とはのぅ。まぁ、良い。お代はお主の魔力を頂く』
物分かりが良い。頼りない姿とは異なり、その背後には水柱が出来上がる。
一瞬後に、その水流は敵を打つ。
ヒョロメガネは避けた。ニンジャ野郎はぶつかる。
黒坊主は魔術防壁で防ぎながらも圧される。こいつは、コーレイヌでも楽には倒せない。
「全員、逃げるぞ!」
俺の予定通りだ。
だから、ユキちゃん舌打ちはいただけないよ。
「逃がすか!ライシス・ネイストォー!」
伸びてくる魔鎗。だから、俺には届かないんだよ。
アレンが居るからね。
俺の側に集まるみんな。止まらない水流の攻撃を交わしながらそこを狙い攻撃を仕掛けようとするヒョロメガネ。
雨が激しくなる。ヒョロメガネの姿は雨に隠れる。
「くそォー!ライシス・ネイストォー!」
その雨音に負けない雄叫びを聞き捨てて俺たちは逃げ出した。