シーベルエ城の夜に 3
一人、部屋を出て城の廊下を歩いて城の裏に向かう。ライ兄と一緒でなければたまにすれ違う騎士団員達の目は慣れたものなんだ。いい気分にはなれないけれど。
目的地は、“群雄の園”、殉職した騎士団員が眠る場所。第3独立遊撃隊隊員の為の小さな慰霊碑。
その慰霊碑の前には人が座っていた。それだけで僕は目的を断念することを考える。あの人たちの死を悲しんでくれる人の前に僕の姿を見せるのは憚られる。元々、僕はここに来るべき人間では無いんだ。
「アレンか。こっちに来て座れ」
この言葉に僕は怖がりながらもその人の隣に無言で座る。
「相変わらず愛想の無い奴らだな。…と言うんだろうな、ラスウェルならば」
ジン隊長の台詞で、隊長の笑い声が聞こえそうな気がした。
「いつものラスの代わりだ。飲め。アレン」
初めてジン隊長にお酒を渡された。
隊長は僕がほとんど飲めないことを知りながらいつもお酒を勧めてきた。隣にジン隊長が居ない時は確実に酔い潰された。
久しぶりに喉を通るお酒。
「不味いです」
ジン隊長から苦笑が漏れる。隊長ならば、『アレンはまだまだお子様だな』と大笑いするだろう。
「アレン。何故、騎士団を抜けた」
暫くして、苦笑を止めたジン隊長からの真剣な質問。
「僕は騎士団に相応しく無い人間だからです」
一気に言い切った。僕が逃げるために使う言い訳を。
「そうか。だが、俺はラス程では無いと思うがな」
僕はともかく、隊長が騎士団に相応しい人間だったかという意見には賛成だ。隊長は騎士団規律なんて一つも知らなかっただろう。
「でも僕にとって隊長は、シーベルエ騎士団一の騎士でした」
「そうだったかもな」
碑石の文字を眺めるジン隊長。不意に僕の顔を見る。
「ならば、ラスウェルを殺すな。お前が逃げることでラスは本当に死ぬぞ。ラスがお前に残したモノをしっかりと生かせ」
責めるようでもなく、慰めるようでもない言葉。隊長の親友の言葉。僕には重すぎる言葉。何にも言えない。
そんな僕を見てか、溜め息を出すジン隊長。次に出た言葉は予想外だった。
「エル。来てるんだろ。そんなところに居ないで出てこい」
「あのぅ…ごめんなさい。えっと、アレンが歩いて行くのが見えたので…」
僕はエルが何だか苦手だ。誰にでも優しいから。同士殺しになった僕にさえも優しくしてくれる。決して嫌いな訳じゃない。寧ろ、好きなんだと思う。ただ、苦手なんだ。エルに一言を発するだけでも難しい。
「これから任務を共にする前に一つ言っておく。俺の許可なくエルに手を出すな」
僕にだけ聞こえる囁き、今度ははっきりと威圧感が声に出ている。
それだけ言うとジン隊長は去っていく。その背中を見つめながら、昔、エルに無理矢理手を出そうとした騎士団員が辿った末路の噂を思い出した。ジン隊長は自分の部下をとても大切にする人だ。エルとはケンカしないように心掛けよう。
エルと二人きりになる。城の中の物音がはっきり聞こえる程僕らの周囲は静かだ。
隊長かライ兄に助けを求めたい。
「アレン君はお墓参り?あっ…ここに来ているんだから当然だよね」
何とか笑顔を作れたけど、エルの言葉に頷くだけで返せない。僕じゃなくてライ兄なら気の利いた事を言えるだろう。
エルも黙ってしまう。しかも、下を向いて。顔は夕日に染まって赤い以外良く見えない。
「僕は部屋に戻るけどエルはどうする?」
何とか早くエルと別れたい。どうしてか、エルと二人きりでいるのはとても苦手なんだ。最も、隊長とライ兄以外だと二人きりは苦手だけど。
「じゃあ、私も途中まで一緒に行くね」
その後、何か会話をする能力は僕にはなかった。
部屋に戻ってライ兄に話し掛けられるまでは。