ふなれな船旅 3
苛立ちが収まらない。あの男の言動には本当に苛つかされる。さっきの話し合いだけじゃない。出会った時からだ。
あの男から取り上げた煙草を思い出す。喫煙者いわく、煙草を吸うと落ち着くらしい。
試しにあの男の真似をして煙草を吸ってみよう。何とも言えないこの感情が少しは収まるかもしれない。
あの男がやっていたように口に加えて、指先に魔力を集めて火を灯す。
身体の中に広がる苦い煙。激しい咳が襲い、直ぐに海に捨てる。
こんな不味い物を美味そうに吸うあの男の気が知れない。あんな男のことは知りたくも無いが…。
船内に入り、部屋を目指す最中、少しは冷静になった頭で考えてみる。何で私はあの男にこんなに苛ついてるんだ?
認めたくは無いがその答えにはすでに辿り着いている。あの男に出会った時から。そして、関わっていくうちにその答えは確信へと近付いてしまった。
アイツに似ているのだ。私が大嫌いだったアイツに。
容姿は全く異なっているが、あの男の馴れ馴れしい態度やあの口調や仕草が私が最も忘れたい人物を思い出させてくる。
だから、私はあの男が大嫌いなのだ。
この議題に自己完結をして部屋の中に入る。
いつもに増して一人でいたい気分だったがそうは問屋が卸さなかった。今夜の同室者はまだ起きていた。
「遅かったじゃない?」
「少し散歩をしていました」
「ライ君と一緒に?」
満面の笑みで私が今一番聞きたくない名を挙げる。この人は言動とは異なり勘が鋭どすぎる。気を付けなければ。
「良いなぁ。夜の船の上で海に映る月を見ながら…、キャー」
「私とネイストはそんな関係ではありません!あんな男のどこに惚れろというのか!」
つい声が大きくなってしまった。私の怒声にさらに口角が上がるニーセ。
「またまたぁ~、チラチラとライ君に流し目を送ってたくせにぃ~。気になってしょうがないんでしょ、ライ君のこと。」
「あの男が気に障ってしょうがないないだけです」
そのような解釈はいい加減にしてほしい。
「で、何のお話をしていたのかな?お姉さん、とても気になるな?」
顔には笑顔が貼り付いたままだが、軽快な口調と彼女の纏う雰囲気が変わる。
やはり、この女は油断が出来ない。だが、虎穴に入らずんば虎児を得ず、その誘いに乗ってやろう。
「ネイストに貴女が何者かを聞きました。あの男は何も答えてはくれなかったが」
「キャッ、ユキちゃんは私に興味津々。こんな可愛い娘を魅了しちゃうなんて。私もツミな女ぁ」
この女は中々掴ませてくれない。これならばネイストと話している方がまだ疲れない。
「私は真面目に話している」
「ユキちゃんは何でそんなことを知りたいのかなぁ~、ニンジャの性ってやつかな。…それとも、シーベルエからのお仕事?」
ニーセの洞察力に沈黙以外の選択肢を絶たれた。虎穴には竜が住んでいた。後は、好きに料理されるのを待つだけだ。
「私は見ての通りの只の美人な旅の魔導師だよ~。只の可愛い旅のニンジャのユキちゃんと同じでね」
どうやら、逃がしてくれるようだ。こちらがこれ以上手を出さなければ。だが、やられたまま引き下がるのは癪だ。
「ニーセさんは何故、忍者が黒装束を着るのかご存じですか?」
「ウーン。私はライ君みたいに物知りじゃないからなぁ。夜に動くときに目立たないからじゃないかな?」
「それも理由の一つです。もう一つの理由は黒い服ならば血の染みが目立ちにくいからです。…貴女が着ている真っ黒なローブと同様にね」
「へぇー…、そうなんだ。全然知らなかったわ。さて、お勉強したところで、今日はそろそろ寝ましょう」
一矢は報いた。ランプを消したニーセのその提案には賛成しよう。
暗い静かな空間で背中に船の揺れを感じながら、私の心は、明日、あの男に普通に接することが出来るのかという不安に揺れていた。
全く馬鹿馬鹿しい悩みだ。