ふなれな船旅 2
少しふらつく足で客室に向かう。酒のせいなのか、波のせいなのか。
無理にでもそんな下らないことを考え続ける。明日、どうやって顔を合わせりゃ良いのかを考えないように。
そんな、ずいぶん酔いざめしてしまった目に移るのは、自分の部屋の前で煙草を吸いながら紙切れを見る巨体。
俺とアレンが寝る部屋に異変がないことを目で確認してしまう。
「船の上で騒ぎ起こしたら、港で御用だぜ」
俺の存在と目線の意味に気付くおっさん。
「何見てるんだ」
「これか?娘からの手紙」
おっさんの見せてくれた汚れた紙には、多分、親子だろう独創的な絵と「お父さん大好き」の形が崩れまくっている字。
「おっさん、既婚者だったのか」
「羨ましいだろ。美人な妻と可愛い娘だぜ」
それは羨ましいことで。
「おっさんはその美人な奥さんと可愛い娘さんを置いて、他国の男の尻追っかけてんのね」
自慢気なおっさんに皮肉を言っておいてやる。
「これが俺の仕事だからな。学者と違って馬鹿な俺にゃあ、こういう仕事以外家族を食わせてやれねぇんだよ」
「悪い。失礼過ぎた」
おっさんが明らかに哀しそうな笑みを浮かべる。
「構わねぇよ、事実、家族をほったらかして飛び回ってるんだからな」
掛ける言葉は見付からない。俺にはおっさんの気持ちは理解出来ないだろうから。
「学者。一つ言っておくぞ。俺はペグレシャンをガンデアに持ち帰る。絶対にな」
俺に決意表明をして、おっさんは俺はもう寝るぞと、カー君がダウンしている部屋へと去る。その後ろ姿を見送り、アレンが寝ている隣の部屋へ。
暗闇の中、慌てて動く気配。
「聞いてたのか?」
「あの…、ごめんなさい」
しばらくしてか細い声が暗い部屋に現れる。
「別に俺は聞かれて困る訳じゃない」
今、俺から出た声は笑い声に聞こえただろうか。
俺がベッドにたどり着いた時、俺を呼ぶ声。生返事を返しておいた。
「ペグレシャン…、ラベルクさんに渡した方が良いのかな」
アレンと俺の迷いが一致してしまった。今度は俺が間を空けてしゃべる番だった。
「伝記でナールスは、犠牲は必ず出てしまう。だが、犠牲を恐れるとさらに大きな犠牲を産むことになる、と言っている。そうして、世界の為にガンデアとの戦争を決意した」
次に続く言葉は己自身にも言い聞かす大義名分。
「ガンデアにペグレシャンが渡れば何が起こるのか分からない。第二次魔大戦が起きてもおかしくない。分かるな」
アレンの元気の無い返事が聞こえる。
静けさの戻った部屋。
枕元にあったナールスの伝記を退かす。
何度も読み返した俺のボロい本は、おっさんの持っていた一枚の汚れた紙切れより、何倍も軽く感じた。