旅は道連れ、世は… 1
天国に行けなかったライシス・ネイストです。ちょっとした地獄旅行中です。アレンとの気楽な二人旅は中断されました。何故か付いてくるユキちゃんにブロイ君、ベーデちゃん。
まぁ、ターシーまでの道中だろうから我慢しよう。主にユキちゃんの態度には…
俺以外の絶大な信頼を受けて、目的地ターシーまでの旅の主導権を握ったユキちゃん。俺が疲れたから少し休もうと提言すると軟弱者と罵られ却下。俺、一応死にかけた怪我人ですよ。ベーデちゃんのおかげで腹の傷は塞がっているけど、まだ歩くだけで結構痛むんです。
仲良くしようと最大限の親しみを込めてユキちゃんと呼んであげたら、スタイルの良い身体と滑らかな黒い髪をまるで鳥肌が立ったというように震わせ、その美声で“次にその名で呼んだら叩き斬る”と綺麗な黒い瞳によるアツイ視線を頂きました。黙っていりゃ美人なのに。
そして、彼女の一番の許せない行為。
森を抜け、畑や民家がちらほら見えてきた辺りでやっとのこと休憩。さて、一服と取り出す残り少ない貴重な煙草。
取り上げられました。理由は至極簡単。煙草の煙が嫌いだからだそうです。
納得はいきません。
しかし例え、ユキちゃんの行為が横暴だとしても、レディファーストの精神をそのまま表したような俺は手を挙げたりせず、譲りましょう。手を挙げても勝てる可能性は皆無だけどね。
後、少しの辛抱だ。ターシーに着いたらさよならだ。短い間だが、昨日の恩を感じてなのか、俺やアレンを何処かの王様のように敬って気に掛けてくれるブロイやベーデと別れるのは少しだけ淋しいが、怪我人を労ることを知らないニンジャとは早いところおさらばしたい。そして早く煙草と再会したい。
そんな悪魔の支配体制もようやく終わりを告げる。
良く頑張った。俺。
朝から歩き続け、昼下がり。シーベルエ最大すなわち世界最大の貿易都市ターシーに到着しました。
街門にて、残念ながらIカードに犯罪歴が記されているお二人はここでお別れとなった。入門検査に引っ掛かるからである。
別れ際に随分世話になってしまったこの元盗賊に仕事の紹介。とても親しいオンボロ宿屋経営者に推薦状を書いてやった。
宛名シーム・ネイスト。
俺の紹介なんだから、しっかり仕事してね。じゃないと今度帰った時に俺は確実に殺される。まぁ、研究院から黙って抜け出した時点で半殺しは確定している。
そんな恩人同士の別れを済ませて残った俺たち三人は、レッドラート北方騎士団長から授かったアレンの特権を悪用して面倒な持ち物検査をパス。
貿易都市ターシー、世界中の人や物が集まり、世界中へと流されて行く自由で開放的な都市。そして、美女の皮を被ったカイナ出身の悪魔から俺も解放される地。
「それで、アレンたちはこれからどうするのだ」
俺だけには使わない優しい声音で尋ねるユキちゃん。何だろう、実はアレンって俺よりも人に好かれやすい?いや、俺が嫌われてるだけですね。俺の何がいけないんでしょう。
「えっと…、シーベルエンス行きの船に乗ります」
そういうことで。名残惜しくないけど、縁が無くてまた会わないことを祈ろう。
「そうか、私もシーベルエンスに行くところだ。丁度良い、一緒に行こう。また、昨日のような奴らが来たら大変だろう」
いえ、出来れば遠慮して二人きりにして下さい。俺を解放して下さい。
「本当ですか?アッ、でも…」
言い濁すアレン。俺を僅かに見る。俺の意思は分かるな。
「遠慮はするな。旅は道連れ、世は情けというだろ」
俺には決して見せないだろう素晴らしいスマイルで勧誘するユキちゃん。
俺を地獄に道連れする気か。俺の世に情けはないのか。
「あの、その、ご迷惑をお掛けするかもしれないですが宜しくお願いします」
悪魔の罠に堕ちたアレン。俺の世に情けは無い。
まぁ、得体は知れないが、ある程度は信用できるから俺には文句は言えない。言ったところで、この女は歯牙にもかけないだろうけど。
話は勝手にまとまり、明日の船を確認しようと港へ向かう。
そして、激痛とともに更なる人災が現れる。
「ライ君、とぉ~っても会いたかったよ~」
怪我している俺の背中から熱い抱擁をしてくれるお姉様。背中が焼きごてを押し付けられたように熱いです。
さらにユキちゃんの視線がとてつもなく痛いです。断じて貴女の考えているであろう親しい間柄ではありません。
最近の俺、女難の相でもあるのかなぁ。




